心地よく風が吹いていた。 「メルグさん、レジさんをどうするの?」 アマルナが聞いた。 モルスの神社に、メルグとアマルナ、カリスは居た。そして、シーファとクレヴァスも居た。 モルスの結界は解けているそうだ。 シーファとクレヴァスは、闇の空間から捨てられてから居場所を探し、結局間に合わずに、モルスで再会したところだった。 メルグはアマルナに答えて言った。 「連れて帰るわ。一人だとちょっと大変だけど、お兄ちゃんが居るから、結界で帰れるし」 その答えを聞いて、アマルナは優しく微笑んだ。 杖に魔力を全て吸い取られたレジは、昏々と眠り続けていた。 このまま、目覚めないかもしれなかった。 「目覚めても、魔の心は健在かもしれないわ。それでも、一緒に帰るの?」 メルグは頷いた。 「このまま眠り続けたとしても、ずっとわたしが面倒を見るわよ。わたしがおばあちゃんになってからレジが目覚めたら、レジはわたしを見て驚くかな」 メルグはそう言って笑った。 「別に食事を与えなくても生きてるんだから、わたしもそれで良いと思うわ」 シーファが言った。 メルグがレジの世話をするのは、目覚めるまでだ。 いつになるのかは分からないが、何百年も先のことでもないと、シーファは思った。 「もし、レジさんが目覚めたとき、まだ魔の心を持っているようなら、このモルスの宮に来て下さい。お払いをしてあげますから」 アマルナが言った。 「そんなことぐらい、ネリグマの神社でもできるから、アマルナは心配しなくていいよ」 クレヴァスが言った。 人の心を、お払いなんかで消してしまえるわけがない。だから、アマルナが言っていることは、その場を和ませる為のものに過ぎなかった。 「さて、帰ろうか」 クレヴァスが言って、移動用の結界を張った。 「今度こそ、さよならね」 アマルナが言った。 「また来るわ。……そうね、レジが目覚めたら、お礼を言いに二人で来るわ」 メルグは言った。 「いつになるのよ?」 アマルナが笑って言った。 いつになるのだろう。もしかしたら、今日か明日かもしれないし、また何十年も先のことになるかもしれなかった。 「さよなら」 メルグは言った。 アマルナと、…カリスに。 秘宝が惹かれ合うから自分はカリスに惹かれただけなのだろうか…と考え込んだこともあった。けれど、そうでもない、と今は思える。考えてから一日も経っていないので、まだなんとも言えない部分はあるが。 カリスはメルグを見て微笑んだ。男か女かわからない、彼独特の笑顔で。 カリスはメルグたちにさよならを言わなかった。 結界の中に、メルグたちは入った。 メルグの見ていたモルスの景色が薄れていった。 (さよなら……) 景色の中に居るカリスに、メルグは心の中で言った。 メルグたち三人の姿が消えて、アマルナは神社に戻ろうとした。 「あ、カリスさん、メルグを追いかけないんですか?」 振り返って、アマルナは悪戯っぽく言った。 カリスはまとめた荷物を肩に担いだところだった。 「追いかけますよ。徒歩で、ですが」 カリスは言った。 「どうせ追いかけるなら、結界で追いかけた方がいいですよ。来て下さい。私たちの神官が移動用結界を作れます」 アマルナはカリスを神社の神官に会わせた。 結界での移動なら、すぐにメルグたちに追いつくだろう。 神官は快く移動用結界を張ってくれた。ただし、ネリグマの神官クレヴァスに宛てた色々な品物を、カリスが届けることが条件だった。 「ありがとうございます」 カリスは感謝の気持ちを込めて、神官とアマルナに言った。 「この品物を届けてくれる人が居て助かりましたよ。結界を消してくださったお礼もできませんでしたもの。それに、なにせ私たちは仕事場を離れることができないので」 神官フィレンジアは言った。 カリスとメルグが会えるのは、ネリグマでだった。 カリスを見た時のメルグの喜び様は、言葉では表現できないほどだった。 (来て良かった) カリスは確かにそう思った。 もしかしたら避けられるかも、という思いも、ただの取り越し苦労に過ぎなかったようだ。 喜んだのはメルグで、驚いたのはメルグの両親だった。 当たり前だ。カリスはいきなり、メルグの両親に、メルグと結婚したいと言ったのだから。 ヤベイ族が裏で人殺しだと言われていることを知らない両親は、少しカリスと話しただけで彼を良い人だと決めて、二人の結婚を承諾した。 もっとも、この両親の場合、カリスが人殺しのヤベイ族の出身だと知っても、二人の結婚を反対したりはしなかっただろうが。 「でも、結婚はメルグが学校を卒業してからです」 メルグの父がカリスに言った。 「それで構いません」 カリスが言うと、両親はにこやかに笑った。 もう少しで、長女のシーファの結婚式だった。目出度いことは続くものだと、両親は喜んだ。 彼らは、レジのことは話題に出さないようにしているようだった。彼らなりの気遣いなのだろう。 本当の母親には会えなかったが、ここで育ってよかったと、メルグは思った。 「カリスさん、どうして、わたしと結婚しようなんて気になったの?」 祭りに二人で出掛けたときに、メルグは言った。 「初めて、離れたくないと感じた人だったから」 カリスは答えた。 「テュリアさんは?」 「あの子はあの子で、メルグはメルグだ。あの子にはメルグのような魅力は無かったんだ。それと、わたしのことはカリスと呼び捨てにしていい」 「カリス」 メルグは言ってみた。 名前に魔力がないというのは、本当だろうか。 愛する者に名前を呼ばれるのは、こんなにも嬉しいことなのに。 「そう、そう呼んでくれればいい。……メルグ、」 カリスがメルグを引き寄せて、二人は唇を合わせた。 人が周りに沢山居ることは、さほど気にならなかった。 「行こう、わたしたちが人の流れを止めているようだ」 カリスはメルグから少し離れると、周りを見て言った。 「うん。……レジが、居れば良かったのにね。レジは凄くお祭りが好きなの。本当なら、一緒に来るはずだったのに……」 メルグは言った。 二人はまた、人込みの中を歩き始めた。 「来年は、レジも来れたらいいな」 カリスがメルグを慰めるように言った。 その翌日、新学期が始まってメルグが学校に行った時、この祭りで二人がキスをしていたことが話題になっていた。 小さな町だから、そんな珍しいことをすると、すぐ話題にされてしまうのだ。しかも相手は他の地方の褐色の肌の男性ときた。話題にならない方がおかしい。 おかげて、レジのことをメルグに聞く人は、ほとんどいなかった。 朝が来ると皆が目覚める、そんな中でレジだけが眠り続ける。 レジは自分の魔の心と戦っているのだそうだ。 クレヴァスがそう言った。 目が覚めた時には、 やはり『おはよう』と言って起きてくるのだろうか。 以前と同じように……。 End |