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   13 終末に……

 心地よく風が吹いていた。
「メルグさん、レジさんをどうするの?」
 アマルナが聞いた。
 モルスの神社に、メルグとアマルナ、カリスは居た。そして、シーファとクレヴァスも居た。
 モルスの結界は解けているそうだ。
 シーファとクレヴァスは、闇の空間から捨てられてから居場所を探し、結局間に合わずに、モルスで再会したところだった。
 メルグはアマルナに答えて言った。
「連れて帰るわ。一人だとちょっと大変だけど、お兄ちゃんが居るから、結界で帰れるし」
 その答えを聞いて、アマルナは優しく微笑んだ。
 杖に魔力を全て吸い取られたレジは、昏々と眠り続けていた。
 このまま、目覚めないかもしれなかった。
「目覚めても、魔の心は健在かもしれないわ。それでも、一緒に帰るの?」
 メルグは頷いた。
「このまま眠り続けたとしても、ずっとわたしが面倒を見るわよ。わたしがおばあちゃんになってからレジが目覚めたら、レジはわたしを見て驚くかな」
 メルグはそう言って笑った。
「別に食事を与えなくても生きてるんだから、わたしもそれで良いと思うわ」
 シーファが言った。
 メルグがレジの世話をするのは、目覚めるまでだ。
 いつになるのかは分からないが、何百年も先のことでもないと、シーファは思った。
「もし、レジさんが目覚めたとき、まだ魔の心を持っているようなら、このモルスの宮に来て下さい。お払いをしてあげますから」
 アマルナが言った。
「そんなことぐらい、ネリグマの神社でもできるから、アマルナは心配しなくていいよ」
 クレヴァスが言った。
 人の心を、お払いなんかで消してしまえるわけがない。だから、アマルナが言っていることは、その場を和ませる為のものに過ぎなかった。
「さて、帰ろうか」
 クレヴァスが言って、移動用の結界を張った。
「今度こそ、さよならね」
 アマルナが言った。
「また来るわ。……そうね、レジが目覚めたら、お礼を言いに二人で来るわ」
 メルグは言った。
「いつになるのよ?」
 アマルナが笑って言った。
 いつになるのだろう。もしかしたら、今日か明日かもしれないし、また何十年も先のことになるかもしれなかった。
「さよなら」
 メルグは言った。
 アマルナと、…カリスに。
 秘宝が惹かれ合うから自分はカリスに惹かれただけなのだろうか…と考え込んだこともあった。けれど、そうでもない、と今は思える。考えてから一日も経っていないので、まだなんとも言えない部分はあるが。
 カリスはメルグを見て微笑んだ。男か女かわからない、彼独特の笑顔で。
 カリスはメルグたちにさよならを言わなかった。
 結界の中に、メルグたちは入った。
 メルグの見ていたモルスの景色が薄れていった。
(さよなら……)
 景色の中に居るカリスに、メルグは心の中で言った。

 メルグたち三人の姿が消えて、アマルナは神社に戻ろうとした。
「あ、カリスさん、メルグを追いかけないんですか?」
 振り返って、アマルナは悪戯っぽく言った。
 カリスはまとめた荷物を肩に担いだところだった。
「追いかけますよ。徒歩で、ですが」
 カリスは言った。
「どうせ追いかけるなら、結界で追いかけた方がいいですよ。来て下さい。私たちの神官が移動用結界を作れます」
 アマルナはカリスを神社の神官に会わせた。
 結界での移動なら、すぐにメルグたちに追いつくだろう。
 神官は快く移動用結界を張ってくれた。ただし、ネリグマの神官クレヴァスに宛てた色々な品物を、カリスが届けることが条件だった。
「ありがとうございます」
 カリスは感謝の気持ちを込めて、神官とアマルナに言った。
「この品物を届けてくれる人が居て助かりましたよ。結界を消してくださったお礼もできませんでしたもの。それに、なにせ私たちは仕事場を離れることができないので」
 神官フィレンジアは言った。



 カリスとメルグが会えるのは、ネリグマでだった。 
 カリスを見た時のメルグの喜び様は、言葉では表現できないほどだった。
(来て良かった)
 カリスは確かにそう思った。
 もしかしたら避けられるかも、という思いも、ただの取り越し苦労に過ぎなかったようだ。
 喜んだのはメルグで、驚いたのはメルグの両親だった。
 当たり前だ。カリスはいきなり、メルグの両親に、メルグと結婚したいと言ったのだから。
 ヤベイ族が裏で人殺しだと言われていることを知らない両親は、少しカリスと話しただけで彼を良い人だと決めて、二人の結婚を承諾した。
 もっとも、この両親の場合、カリスが人殺しのヤベイ族の出身だと知っても、二人の結婚を反対したりはしなかっただろうが。
「でも、結婚はメルグが学校を卒業してからです」
 メルグの父がカリスに言った。
「それで構いません」
 カリスが言うと、両親はにこやかに笑った。
 もう少しで、長女のシーファの結婚式だった。目出度いことは続くものだと、両親は喜んだ。
 彼らは、レジのことは話題に出さないようにしているようだった。彼らなりの気遣いなのだろう。
 本当の母親には会えなかったが、ここで育ってよかったと、メルグは思った。


「カリスさん、どうして、わたしと結婚しようなんて気になったの?」
 祭りに二人で出掛けたときに、メルグは言った。
「初めて、離れたくないと感じた人だったから」
 カリスは答えた。
「テュリアさんは?」
「あの子はあの子で、メルグはメルグだ。あの子にはメルグのような魅力は無かったんだ。それと、わたしのことはカリスと呼び捨てにしていい」
「カリス」
 メルグは言ってみた。
 名前に魔力がないというのは、本当だろうか。
 愛する者に名前を呼ばれるのは、こんなにも嬉しいことなのに。
「そう、そう呼んでくれればいい。……メルグ、」
 カリスがメルグを引き寄せて、二人は唇を合わせた。
 人が周りに沢山居ることは、さほど気にならなかった。
「行こう、わたしたちが人の流れを止めているようだ」
 カリスはメルグから少し離れると、周りを見て言った。
「うん。……レジが、居れば良かったのにね。レジは凄くお祭りが好きなの。本当なら、一緒に来るはずだったのに……」
 メルグは言った。
 二人はまた、人込みの中を歩き始めた。
「来年は、レジも来れたらいいな」
 カリスがメルグを慰めるように言った。
 その翌日、新学期が始まってメルグが学校に行った時、この祭りで二人がキスをしていたことが話題になっていた。
 小さな町だから、そんな珍しいことをすると、すぐ話題にされてしまうのだ。しかも相手は他の地方の褐色の肌の男性ときた。話題にならない方がおかしい。
 おかげて、レジのことをメルグに聞く人は、ほとんどいなかった。



 朝が来ると皆が目覚める、そんな中でレジだけが眠り続ける。
 レジは自分の魔の心と戦っているのだそうだ。
 クレヴァスがそう言った。
 目が覚めた時には、
 やはり『おはよう』と言って起きてくるのだろうか。
 以前と同じように……。

End  

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