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過去―未来―今・いま・現在

 混沌の中。

 ずっとずっと眠っていた。

 いや、普通に眠っていただけだ。

 目を覚ます。

 いつものように。

 毎朝、日の光が差してきて、目を開ける。

 それと 同じ。

 

「……メルグ?」

 薄く目を開けると、目の前には、女が居た。

 メルグだと思った。

 だが、違った。

 はっきりと目がさめる。

 目の前に居たのは、驚いた目を自分に向けた、茶色い髪の女だった。

 メルグと同じなのは、ポニーテールと、歳くらいだろうか。

「誰だ、おまえ」

 たった今目を覚ました少年――レジは、そう尋ねた。

「……」

 少女は無言。

 時間がたつ。

「……」

 さらに無言。

(何なんだ?)

 レジが不審に思い始めたころ、やっと少女は口を開いた。

「きゃーーーーーーっ!」

 そのまま、ばたばたと扉を開け、部屋から飛び出す。

 階段を駆け下りていく音がする。

(何だ、一体。それより、ここは……?)

 一人残ったレジは、部屋を見回した。

 見覚えがある部屋だが、自分の部屋でないことは確かだろう。

 どこか、少女趣味な部屋。

 学生らしい、机が置いてあって、机の上には、額に飾られた写真。

 レジは目が良いので、少しくらい離れた写真でも、よく見えている。

 それは、メルグの写真だった。

 金髪の少女。

(ああ、そうか。ここはメルグの部屋だ)

 何の疑問も抱かず、そう思う。

 少し見た目に違う気もするが、春休みが終わって、きっと模様替えでもしたのだろう。

 写真には、メルグ以外にも写っている人がいる。

 褐色の肌に、黒い髪。

「あいつだ。いつの間に、写真なんか撮りやがって」

 写真に、メルグと一緒に写っているのは、カリスだった。

(付いて来たんだ)

 腹立たしく思う。

 後から出てきて、さっと、メルグをさらっていってしまった、そんな感じがするから。

「――!」

(違う)

「違う」

 声に出す。

 確かめるように。

 自分が「ここ」に存在することを。

「何だよ、これ。」

 レジはベットから起き出して、写真を手に取る。

 写真には、ほかにも写っている。

 眠っている、自分自身が。

 黒髪に、とがった耳の、自分が。

「いつの……」

 呟く。

 いつの写真なのだろう。

 自分は、そんなに長い間眠っていたというのか。

 怖くなって、部屋をもう一度見回す。

(大丈夫だ。この前と変わってなんかいない)

 そう。旅に出る前と別に変わりない。

 多分。

「きゃーっ」

 また、ばたばたと音を立てて、さっきの少女が入ってきた。

「やーっ、起きたーっ!」

 少女はレジの手を取った。

「起きれる? 起きれる? ほら、立ってよ。ねえ、町を案内してあげるわ。きっと驚くわよー。ぜんぜん変わってるよー、きっと。ほらほら」

「ちょっと待て」

 レジは声を大きくした。

 少女の手を振り払う。

「どういう意味だ。それ以前に、おまえ、誰なんだ」

 レジが聞く。

 少女が笑った。

 笑うと、メルグに似ていなくもないような……。

「わたし? わたしはファウラよ。よろしくね、レジ!」

 握手を求めて、ファウラと名乗った少女は手を差し出した。

 だが、レジがその手を取ることはなかった。

 だんだん分かってきたような気がする。

 もちろん、レジは、このファウラという少女を知らない。会ったこともないし、名前さえ初めて聞く。

 レジは、信じたくはなかったが、少女に聞かなければならないことがあった。

「教えてくれ。……俺は、一体何年寝ていたんだ?」

 何時間とか、何日とかではない。「何年」眠っていたのか、それを知りたかった。

「んー」

 ファウラは首をかしげて考えていた。

「曾おばあちゃんの時からだからねー、50年以上経ってると思うよー」

 まったく悪気のない表情で、淡々と言う。

 後の方の言葉は、ほとんど聞いていなかった。

 レジにとっては、「曾おばあちゃん」の一言で、十分だった。

 ファウラの曾祖母。

(その人の名前を聞かないと)

 レジは思う。

 聞きたくはない。いや、聞かなくても分かる。それでも、確かめなければならない。

「曾おばあさんって、何て名前」

 自分がどんな顔でそれを聞いたのか、分からない。

 気分が悪かった。

 自分が、何年眠っていたのか。その間に、何があったのか。何も分からなかった。

「メルグっていうのよー」

 またしても、悪びれずに、ファウラは答えた。

 ファウラが、レジの顔を覗き込む。

「何て顔してんのよ? せっかく目が覚めたのに、まだ眠いの?」

 茶髪に、緑の瞳の少女。ファウラと名乗った。

 ここは、間違いなく、メルグの部屋だ。多分、眠った自分を、シーファ達が引き取ってくれたのだろう。それは問題ではないし、考えられる範囲だ。自分は、死ぬはずだったのだから、助かっただけでもよかったのだ。

 そのせいで、何年も眠ることになったとしても。

 だが。

「おまえ何なんだ?」

 行き所のない怒りが、目の前の少女にぶつけられる。

「一体、何なんだよ!」

 叫ぶ。

 

 ファウラが困ったような、悲しそうな顔をしたのが、目の端に映る。

 と、そこへ、家の人が入ってきた。

「あ、お母さん」

 ファウラがその人へ向かって言った。

 レジの視線も、自然とそちらへ向く。

 メルグの母親ではない。面影すらない。

「本当に起きたのね。びっくりしちゃった。」

 ファウラの母親は、そう言った。

 そういう割には、驚いている感じはあまり受けない。そういう人なのだろう。

「おなか減ってない?ご飯作るわね」

 やさしい微笑で、彼女は言った。

 まるで、自分が起きたら、最初にこう言うと決めていたかのようだ。

「……」

 レジは答えなかった。答えられなかった。

 言われてみると、おなかが減った気もする。だが、今は、そんなことどうだっていいのだ。

「じゃあ、用意するわ」

 レジの返事は待たずに、彼女はいそいそと階段を降りていった。

「お母さん、わたしにもー」

 ファウラが階下の母親に向かって言う。

 返事が小さく聞こえてきた。

 レジは、自分の胸のあたりを掴んだ。必死に考える。

 いや、溢れてくる自分の考えを、別の事を考えることで、どこかへ押しやろうとする。

(これは、夢、夢なんだ)

 そう考える。

 考えながらも、頭のどこかで、「夢のわけがない」という言葉が発せられる。

(メルグはもう、居ないんだ……)

 時間が経ちすぎた。すでに、彼女は居ない。

 自然と、レジの頬を、涙が伝う。

 ファウラが、驚いた顔で、レジを見る。レジが起きたときにも驚いた顔をしていたが、それとは違う、もっと心配そうだった。

「どうしたの?なにが悲しいの?」

 ファウラが言う。

 レジは、顔を窓がわに向け、ファウラから見えないようにすることしか、できなかった。

 自分が、泣いていることが信じられなかったが、涙の感触はある。

「ごめん。何でもない」

 それだけ、やっと、言うことができた。

「あぁっ、時間!」

 突然、ファウラが騒ぎ出した。

 レジの涙も、その騒ぎに紛らわされて止まった。

「お母さん、ご飯はー?」

「今持っていくわ」

 階下から声が聞こえる。

 階段を上がってくる音。

 ぎしぎしと音がする。

 昔は、こんなに音はしなかった。古くなったのだろう。

 ファウラの母親は、ふたりに、大皿に乗せたおにぎりを渡した。

「ファウラ、今日部活あるんでしょ?」

 おにぎりを頬張る娘に向かって、彼女は言った。

 ファウラは口がいっぱいで喋れない状態なので、頷いて答えた。

 それから、口のなかの物を飲み込む。

「そう、そうなの! 忘れてたよ」

 部屋にある時計を横目で見ながら、ファウラは皿に残ったおにぎりを見た。

「うーん。……お母さん、今日は休むわ」

 そう言って、二個目のおにぎりを口に運ぶ。

「わかったわ。学校へは別に連絡しなくて良いのよね? さあ、レジも食べて」

 手をつけようとしないレジに、ファウラの母親は言った。

「あ、はい」

 シーファに似た感じがある彼女に対して、なぜか敬語で答える。

 普通のおにぎりだった。

 別に、特別おいしくもないし、まずくもない。久しぶりに食べる物なのに、そんな感じもない。

 本当に、何年も眠っていたのか疑いたくなる。

(でも)

 レジは目の前に居る二人を見る。二人は話していて、自分が見ていることには気づきそうにない。

 この二人は、メルグの子孫にあたる。

 いまいち、信じられないが、多分、うそではないだろう。なんとなく、そう分かるから。

「ご馳走さま」

 ファウラが言った。

 おにぎりは最初の半分に減っていた。

「残りは、レジが食べてね」

 満足そうな表情だった。

「え、ああ」

 返事を返す。

 違和感はある。

 自分からすれば、初めて会った人たちなのだから。それでも、彼女達から悪意は微塵も感じられない。彼女達からすれば、小さいころからこの家にいるレジだから、これが自然なのだろう。

「食べて終わったら、町を案内してあげるね」

 ファウラが笑顔で言った。

 そういえば、目が覚めてすぐの時にも、そんなことを言っていた。

「うん」

 レジは、素直に頷いた。

 ファウラが笑う。

「レジかわいいーっ」

 言われて、ムッとしたのと、なんとなく恥ずかしいので、レジはファウラから顔を背けてうつむいた。

 

 

 町を案内される。

 自分が住んでいた町なのに、少しづつ違うところがある。それは、建物が古くなっていたり、古くなりすぎて新しいものに変わっていたり、なかったものがあったり、あったものがなくなっていたり。

 違和感は、なくならない。

 五十年を超える年月を眠り続けたのだから、当然かもしれない。

 だからと言って、すんなり受け入れられるものでもない。

 ファウラはとても楽しそうだ。ずっと笑顔で。

「明日は学校も案内してあげるね! 今日は、……ちょっと部活休んじゃったから、学校には近づかないようにするけど」

 レジは、無言で、その言葉を受け流した。学校なんて、そんなに変わるものでもないと思うし、そもそも、好きではない。

「ねえレジ、新学期になったら、レジも学校に一緒に行くよね?」

 ファウラが言う。

 レジは、返事をしなかった。

 しばらく、町を歩く。

「レジってさぁ、無口だね」

 ぽつりとファウラが言った。

 喋っているのはファウラだけで、レジは必要な時に頷くだけで、あとは黙ったままだったから。

 レジはファウラの方を見た。

 だから、なんなんだ。

 心の中だけで言う。

「また返事しないしー。何か思うこととか、感想とかないの?せっかく町案内してあげてるのに」

「おまえがうるさいんだ」

「!」

 ファウラがレジを睨み付けた。もっともレジは別の方向を向いていて、睨まれていることなど気付いていないが。

「もぅ、わかったわよ! あんたなんて、迷子になっちゃえ!」

 そう言って、ファウラは道を駆け出した。

 止めない。止める理由がない。

 ファウラは、メルグじゃないから。

 メルグ……。

 五十年以上経った。それでも、記憶ははっきりしている。顔も、声もはっきり覚えている。

 自分はメルグが好きなのに、すごく好きなのに、メルグにとって自分は、友達か、弟かだったのだろう。メルグは他の男と一緒になったから。でも、レジの気持ちが変わるわけではない。

 ハーフエルフ――純粋な人間でないレジが、普通に学校に行って、普通に生活できたのは、メルグが居たからだ。

 もちろん、経済的なことは神社のおかげだろう。けれど、精神的には、メルグがいなければ、多分……。

 もっと早くに、壊れていたかもしれない。

 レジは、世界を本当に壊したかもしれない。

「……」

 気付く。

 自分の秘石がないことに。

 ないのも当たり前だ。封印は解かれたのだから。

「まずい」

 レジは家へと向かった。

 

 枕もとにあるならまだしも、部屋に置きっぱなしはよくない。秘石は魔物が狙っている。五十年経った今もそうなのかはよく分からないが、石の力がなくなったわけではないだろう。

 メルグの家に辿り着く。さすがに、道が大きく変わったわけでもなかったので、迷子にはならなかった。

 ただいま

 と言いそうになって、口をつぐむ。

 ここは、メルグの家ではないのだ。50年前はそうだったろうが。

 玄関から入り、階段を駆け昇る。

 ドアを開けると、ファウラが居た。

「な、なんでちゃんと戻ってくるのよ?もっと困って見せてよ。…なんでよ? わたしじゃないの? わたしじゃいけないの?」

 ファウラがわめいた。

 ファウラは待っていたのだ。レジが起きるのを。

 美しいハーフエルフの少年に恋焦がれて。

 レジはファウラをとりあえず無視した。枕もとを探す。

「あった」

 チョーカーの飾りの形をした、秘石を手に取る。

「もぉっ。無視しないでよ!」

 ファウラが後ろからレジにしがみ付いた。

「邪魔だ! ファウラ」

 レジが言う。

 だがファウラは離そうとしなかった。

「封印するんだ。邪魔するんじゃない」

 繰り返す。

「ふういん?」

 ファウラが言った。

「来た」

 遅かった。手放した時間が長すぎた。

「どけファウラ」

 言って、手でファウラを自分から引き離す。

「ちょっと、何よその態度!?」

 ファウラが怒り出したが、レジは構わずに呪文を唱え始めた。

 結界を張る。

「そこから出るな。出たら死んでも知らないからな」

 ファウラの前に、青白い光が走った。

 一瞬、目を閉じる。

 次に目を開けた時は、レジが魔法を唱えているところだった。

 何か影が見える。よく形はわからない。

 その影に、レジの魔法が当たった。

 一瞬だった。

 一分も経っていないだろう。青白い光は消えた。

 ファウラを守っている結界を、レジが解く。

「助けてくれたの?」

 ファウラが聞く。

「別に」

 レジは短く答えた。

 それから、秘石を皮紐に結んで、また首につけた。

 魔法は問題なく使える。力の制御も自分でも驚くほどうまくできた。

 自分が持っている限り、弱い魔族は襲ってきたりしないだろう。

「それ、秘石?」

 ファウラが尋ねた。

「ああ、そうだ」

 答えて、何事もなかったかのように、レジはベッドに寝転がった。

 そのとき、ファウラが左胸の上あたりを気にしたのには、気付かなかった。

END

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