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最後の戦士達


 ユメは小屋のシャワールームに一人でいた。セイが投げ込んでくれた服に着替えて、水が少しずつ落ちていくのを見ていた。
 俺の本当の親、か。まだどこかで生きているだろうが、俺の記憶の中では会ったことがなかったし、これからも会うことはないだろう。四年前の試合が終わったとき、母様は俺を呼んで話してくれた。

 約四万年前、人々はまだ高度な技術を持っておらず、未来への希望にあふれていた。様々な新しい技術が開発され、中でも科学分野が著しい発展を遂げた。それによって、安く、速く遠くの星まで行けるようになった。とはいっても、まだ宇宙旅行をするほどの科学力はなく、数人の科学者を乗せた宇宙船が各国から飛ばされているにすぎなかった。時が経ち、いくつもの国が生命の住む星を見つけるようになった。中でも、この国、デイが見つけた惑星は各国の科学者たちの注目を浴びた。自分たちと同じ進化をしているのだ。大気の成分も全くと言っていいほど良く似ていて、そのせいだろう、その惑星の人類を連れ帰ることに成功した。その人類は原始の哺乳類から進化したもので、自分たちとたいして変わらない体の機能を持っていた。意味のある言葉らしきものも使っており、それの解読もすることができた。観察が終われば元の惑星に帰すつもりだった。だが言葉が通じるようになると『観察するための生物』というだけではなくなった。その人はこの惑星に永住することを望み、その人が帰るのに反対する人もいた。
 その二人の子孫は四万年の間に国の至る所に広がったが、この惑星の人類にはない不思議な力を持っていたため次第に身を隠すようになった。もちろん、その不思議な力も薄れていったのだが。

 ユメルシェルの両親は二人ともその子孫であった。その不思議な力というのがどんなものなのか、もう現在では知る人はない。だがユメルシェルにはその力があるはずだった。それを知ったユメルシェルの今の父が、人目をはばかる二人からユメルシェルを預かったのだった。

 そのデイの科学者たちが見つけた惑星は、生命(いのち)の星と呼ばれるようになった。その惑星には、もうこの惑星では絶滅した種があったからだ。その後も何度か生命の惑星に足を運び、種を持ち帰った。そのサンプルはまだ宇宙船の中にあるだろう。

 ユメルシェルの髪はまだ乾いていなかったが、小屋から出て日で乾かそうという気にはなれなかった。あまり長い間日に当たると病気にかかるかもしれない。千年くらい前は皆が幸せに暮らしていたらしい。今のように日が照り付け、何日も雨が降らない日が続いたり、ということは滅多にないことだった。文化も科学も最高期に達した。だがそれも数十年で、文化の衰退とともに科学力もなくなった。
 人は、幸せだけでは頭がいかれてしまうのか、それとも幸せとは実現することのできないものだったのか、人々は変化のない幸せよりも苦しみを選んだ。他の生き物を殺すことで苦しみを得るのだ。各国の指導者たちは、それが戦争につながることを危惧し、替わりに四年に一度の大会を闘いの場にしたのだ。
 ユメルシェルは自分の髪をゆっくり指でとかした。生まれてから一度も伸ばしたことはなかった。伸びた髪は闘いの邪魔になるだけだった。自分の周りにいる男たちの中には、一人か二人、髪を伸ばしている者もいた。彼らが髪を払う仕種をすると、時々来ている女たちはきれいだとか言って騒いでいたが、ユメルシェルにとっては余分な動きにしか見えなかった。余分な動きは自分の体力を減らすだけだ。ユメルシェルは知っていたから、ユメルシェルの闘い方は飾り気のない素朴なものだった。こういう所でもユメルシェルとセイウィヴァエルの差は大きく現れる。セイウィヴァエルだけでなく、大半の者は素朴なものよりも大袈裟なものを好む。
「ユメ、トライの試合が終わったわ。テントに戻りましょう」
 セイウィヴァエルがユメルシェルを呼びに来た。
 テントは集落のように幾つも集まっていた。二人が入ったのはその中でも特に小さなものだった。父母は病院で働いているから、そこに泊まっている。他のテントには五、六人が居るのに対し、ユメルシェルはセイウィヴァエル、トライファリスの三人でテントに寝泊まりしていた。まだ寝るには早い時刻だ。
「多分この大会が終わったら出発だ、ってお父様が言ってたわ」
 セイウィヴァエルが明かりに火を灯しながら言う。外は西の地平線がわずかに赤かった。
「一緒に行く仲間になりそうな奴はまだ居ないな」
 ユメルシェルが言うと、トライファリスが反発するように言った。
「わたしたちはどうするの?」
 わたしたち、とはこの二人のことだ。ユメルシェルは分かっていたが言わなかった。
「わたしは行かなくてもいいでしょ。……足手まといになるだけだし」
 セイウィヴァエルが言った。
「まだ分からない。二人とも勝手に決めるな」
 セイも本当は行くつもりだろう。だがセイも言っていたように、弱い奴は邪魔なだけだ。この大会に参加した理由の一つは強い奴を探すためだ。闘う前からは分からない。
 セイウィヴァエルがくぐっていた髪の紐をとく。そして丁寧にブラシをかけた。腰を下ろしているので、髪は地面にまで届いた。同じように、トライファリスも髪を下ろした。ブラシをかけ終わったセイウィヴァエルがトライファリスにブラシを貸して、トライファリスも髪をとかした。
 ユメルシェルはテントの窓から外を見ていた。いつもなら、風が吹いて、窓を開けたら砂が入って来て大変なところだが、今日は風がおとなしい。雲一つない空には二つの月と無数の星がきらめいていた。

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