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最後の戦士達

「ナティ、言葉遣いに気を付けてね。『俺』なんて言うのは絶対駄目よ」
「分かった。でもなるべく喋らないようにするから」
 二人は城の門の前に立った。案の定、門番に呼び止められる。
「何の用で来た」
「お城で働かせて頂きたいのです」
「いいだろう。通れ」
 思った以上にあっさりと通れたので二人は驚いた。一本道を進み、そして城の扉を開けようとする。だがセイの手が扉に触れるよりも先に、扉は内側から開けられた。
「ここで働きたいのでしょう?」
 扉を開けた女が二人に尋ねる。
「はい」
「私は料理長のホウルドです。付いて来て。……貴方たちの名前は?」
 ホウルドは二人を調理室に案内した。
「私はセイウィヴァエルです。こっちは……」
「ナティセルです」
「姉妹なの?」
「はい」
 ナティはすぐそう返事した。
「そう、いいわね」
 別に何がいい訳でもないのだが、挨拶のような物だ。
「でも姉妹だからといって、二人いつも一緒には居られませんからね」
「分かっています」
 ホウルドはそれから二人に調理器具の説明をした。
「始めは食事を城の者たちに運んだり、食器を洗ったりです。……ああ、そうだわ。もし王に呼ばれたら、必ず言われた場所に行きなさい。そうしないと首にされてしまうわ」
「……はい」
 セイとナティは顔を見合わせて、それから返事をした。
 ホウルドは二人に、二人と同じように最近ここに来たという少女を紹介した。歳は十二、三だろう。ナティとセイの部屋はこの少女と同じ、ということだった。少女の名はサバーブ。美人だ、とは言えないが、明るく元気そうだ。
 ホウルドが居なくなると、サバーブが二人に話しかけた。
「わたし、今までにしたことって、食事を運んだだけなの。二日前に来たから」
「そうなの。ねぇ、食事ってどんな人に運ぶの?」
「わたしは王の世話をする人達に運んでいるわ」
「その人たちはどこに居るの?」
「ここの南側よ。塔の下」
「そう、有り難う」
 セイが言う。
 サバーブからはカムの先生の居場所の手掛かりになるような事は聞けないわ。二日前に来たばかりだから、ほとんど知らない。
 セイはホウルドを思い浮かべた。
 あの人なら色々知ってそうね。でも、教えてくれそうにないわ。
 三人は暫く台所に居たが、何もできそうにないので、サバーブが二人を部屋に案内した。
 部屋で三人は特に意味のない話をした。
「王が時々台所に来るけど、王に顔を見られないようにしなきゃならないんだって。他の人が言ってた」
 サバーブが言う。
「そうなの? どうして?」
 セイが尋ねる。
「分からないけど、みんなそうするの」
 本当は聞かなくても大体分かっていた。
 王に呼ばれた女は、行方不明になっているという噂。あれは、城内でも言われていることなのだろう。
 日が沈み、星が輝き始める。ホウルドが三人を呼んだ。
「今日は初めてでよく分からないだろうから、サバーブと一緒に南の人達の食事を運びなさい」
 ホウルドはそれだけ言うと去って行った。
「行こ」
 サバーブはそう言って食事の乗せられた台を押す。セイとナティはサバーブの後を付いて行った。
 台所を出て広間を過ぎて、明かりの少ない通路を通る。向こうから人が来るのが分かった。その男にサバーブは頭を下げた。ナティもそれに倣って頭を下げる。セイはサバーブが頭を下げたのに気づかなかった。だからセイは男を見た。一瞬、目が合う。男は普通に、セイたちの横を通り過ぎて行った。
 一時してからサバーブが言った。
「さっきのが王よ」
「え?」
 セイは驚きの声を上げた。セイは王を、四十歳前後の、髭を生やした怖そうな人だと考えていたのだ。だがさっきのセイと目を合わした王は、若く、勿論髭など生やしていなかった。
「どうしよう、顔見られちゃった……」
 セイが呟く。
「別にそんなに気にすることないと思うけど?」
 サバーブが言った。
「もし王に呼ばれたら、すぐにユメに知らせるから」
 ナティがサバーブには聞こえないようにセイに囁いた。

 夜は更けた。ナティは星空の下を走った。ユメに、セイが王に呼ばれたことを知らせるために。カムの先生の居場所も分からないのに首にされては困るから、とセイは渋々王に言われたれ場所へ行ったのだった。

 セイは噂の事はなるべく考えないようにした。
 もしかしたら全然関係ないかも知れないじゃない?
自分にそう言い聞かせた。
 セイが呼ばれたのは西の塔の二階だ。ちなみに一階は兵士の部屋になっている。王はまだ来ていなかった。
 ナティがユメに知らせるまで来ないで。……できればずっと来ないで。
 だが王は来た。
「セイウィヴァエル、お前に話がある」
 王はセイと一定の距離を保った。別にそれ以上近づいて来る訳でもなさそうだったので、セイはいつでも逃げられるようにと構えていた姿勢をやめた。次に王から聞いた言葉は、全くセイの予想しなかった物だった。
「私の后になってくれぬか」
「今日初めて会ったんですよ。突然そんなこと言われても……」
 そう、今日廊下で一度顔を合わせただけ。それなのにどうしてわたしを后にしたいなんて思うの? 王様だからって何でも自分の思い通りになるとでも思っているのかしら。
 セイは呆れた。さっきは言葉を濁してしまったから、今度はちゃんと断ろう、そう思って口を開きかけると、王に先に話しかけられた。
「私は早く、自分の子をこの腕に抱きたいのだ。……別に后はお前でなくても良いのだが」
「王、あなたは時々今のように女の人を呼び出しているそうね。一体その人たちはどうしたのよ?」
 王が驚きの目でセイを見る。目を見開いて、セイを怪しむように。
「知らぬ。そのようなことした覚えがない。セイ、勘違いしないでくれ。今日セイを呼んだのが初めてだ。私には時間がないのだ。……早く、自分の子の顔を見たい」
 時間がない? どういうこと、もうすぐで死ぬかもしれないってこと?
「勘違いしているのはあなたの方だわ。自分の子さえ見られれば、后は誰でもいいなんて、あなたのそれだけの興味で生まれたんじゃ、子供の方が可哀想だわ」
 もう、セイには相手が王であることは関係なかった。
 私は后になんかならない。でもわたしが断っても、きっとこの人は別の人に同じことを頼むわ。
 セイは生まれて来る子に、自分を照らし合わせた。セイは孤児だった。トライとは違い、両親に捨てられたのだ。勿論、生まれて来る子は自分とは違い、王の子として楽をして暮らせるだろう。
 でも、親の興味のために生まれなければならないなんて。もし生まれて来るのがその子の自由なら、生まれて来ない方がいいわ。
 王が一歩セイに近付く。
「セイ、私は……」
 セイは退こうとはしなかった。王と対等に言い合える自信があった。
 王が突然、床に膝を付く。苦しそうに、顔をしかめて、息が荒くなる。
「王!」
 逆に、セイが王に駆け寄った。
「どうしたんですか?」
 聞くが、王は相当苦しいのだろう。セイの声が聞こえていないようだ。
「王……。誰か、誰か来て下さい。王が!」
 セイは部屋の外に向かって叫んだ。
「誰か!」
 セイの声が塔の部屋に響く。一時待ったが誰も来ない。セイはまた、何度も声を上げた。
「構わない……」
 王がセイを見て、息の間から言った。セイは王の方を振り返る。王は大分落ち着いたようだった。
「セイ、私は、もう、長くない。こういう、ことも、今までに何度もあった。医者に、言うと、何も悪いところはない、と笑われるのだが」
 王はそう言って力無く笑った。
「私を壁にもたせ掛けてはくれぬか?」
 セイは立ち上がる王を支えて、壁に王をもたせ掛けた。
「セイ、お前なら、何か知っていそうな気がする。……私は、自分で何をしたのか、良く、分からないときがある。ワイズに、尋ねられるのだ。『なぜあんなことを言ったのか』というふうに。……簡単に言えば……そうだな……自分が、自分でなくなるような、そんな感じだ」
 王がそう言った瞬間、セイの脳裏に、ウォーアの言葉が浮かんだ。
――どうして助けたりするの?殺してよ。わたしがわたしでなくなる前に……! 
 わたしが、わたしでなくなる……
 その言葉が王の言葉と重なる。まさか、と思うと同時にセイはセイは男の名を叫んだ。
「カム ――!」
 まるで、その言葉が合言葉であったかのように、王の腹が裂け、そこからウォーアの時と同じに、いや、それよりも一回り大きな蜘蛛が現れた。
 セイが逃げようとしたのを知ってか、知らずか、蜘蛛は出入り口の前に立ち塞がった。
 自分一人では太刀打ちできないことは、火を見るより明らかだ。それでもセイは自分が知っている呪文を唱えた。ウォーアの時にカムが火系の魔法で蜘蛛を倒したのだ。だからセイも火系の魔法を使った。だがその魔法はカムが使ったものの、半分の威力もないものだった。蜘蛛に効いたのかすらも分からない。蜘蛛は魔法を受ける前と同じ姿で居た。
 次にセイは『気』を右手に溜めようとした。だが『気』が集まらない。なぜか、などと考えている余裕はセイにはなかった。『気』が集まらない理由は、単純に、セイの死への恐怖だった。死ぬのは誰でも怖い。セイの目から涙が溢れる。別に拭おうともしなかった。
 セイはもう一度、一番側に居て欲しい人の名を呼んだ。
「カム――」
 今度は小さく呟いただけだったが、西の塔の階段をユメたちと一緒に昇っていたカムは、その声を聞き付けた。
「セイ……!」
 カムは前を行っていたユメを追い抜いて、階段を駆け昇った。
 セイへと近付いていた蜘蛛が動きを止めた。そして、ゆっくり後ろを、通路の方を向く。
 カムたちの足音が聞こえたのだ。それは、一時してセイにも聞こえた。
 涙は止まった。自分の身から『危険』が引いたのを感じる。勿論、それは完全ではないが、皆が来てくれる事はそれに近い。
「こっちを見なさい!」
 セイは蜘蛛に向かって言った。同時に『気』を右手に集中させる。蜘蛛がゆっくりとセイの方へ顔を向けたとき、セイは『気』を蜘蛛に向けて撃った。
 『気』は蜘蛛の頭を掠って後ろの壁を崩した。それは半分、セイが予想していたことだっ
た。強い者は『気』を見ることができる。だから当然、この大蜘蛛にも『気』を見ることができて、そして避けるだろう、と。
 今はカムたちが来るまでの少しの時間稼ぎさえできれば良かった。次にセイは、蜘蛛の足元へ気砲を撃つ。
 蜘蛛の足が何本か気砲で飛ばされる。蜘蛛の方は全く怯(ひる)んでないが、それでも良かった。
足音がすぐ近くに聞こえる。だが蜘蛛はセイに気を取られていて、それに気づかない。
「セイ、右に避けろ!!」
 通路から声がして、蜘蛛がそれに反応するよりも早く、カムの魔法が蜘蛛に直撃した。セイは言葉の通り、右に避けていた。
 カムの魔法は凄まじく、蜘蛛を包み、そしてセイが居た後ろの壁も、粉々にした。
 もし言葉の通りに避けなければ、自分も目の前の黒く焦げた蜘蛛の様になっていただろう、そう考えてセイはぞっとした。
 出入口から、カムが入って来る。魔法を使って力が半減したのだろう。疲れている様子だ。
「良かった、セイ。無事で……」
 カムはそう言ってセイを抱き締めた。
「カム、有り難う。あなたが来てくれたから、わたし、無事だったのよ」
 セイは、カムが自分の事を心配してくれていたことを強く感じて、セイもカムに寄り添った。
 後から、ユメたちが来た。カムたちが『敵』を倒したことが分かったので、歩いて来たのだ。
 蜘蛛が居た場所には、砂が、風が吹かないのでそのまま残っていた。ナティが屈み込んで、その砂を小瓶に入れる。
「どうするんだ?」
「コヒの宮に持って行って調べたい」
 ユメの質問にナティが答える。
 王の亡骸に布を掛けて、五人は城を出た。

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