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最後の戦士達

 トライの稽古は、五人の中でも一番きついように思われた。トライは、元々体力のある方だったが、筋力を付ける、といってする稽古は、毎日トライをくたくたにさせた。
 それを指示するサプライは老人だ。そのことはトライにとって不満だった。自分をユメよりも強くする、と言ったが、果たしてこの老人はどのくらいの力を持っているのか。力のない者に、ああだこうだと言われるのは嫌なものだ。しかしサプライはなかなか力を見せてくれない。トライに指示を与えるだけだ。
「これを支えておれ」
 サプライはそう言って、丸く削った大岩をトライに渡した。坂の上から、途中まで降ろして来たのだ。
 サプライが今手をこの岩から離せば、この岩はそのまま坂の下まで転がって行く。それを支えていろと言うのだ。
 サプライは、トライが大岩をちゃんと支えたのを見ると、手を離して坂を下ってどこかへ行ってしまった。
 サプライが手を離すと、今までサプライの力で支えられていた分もトライにかかった。
 どれだけ経ったろうか。トライは立っているのにも疲れてきた。その上、岩が前よりも重く感じる。いや、感じるのではない。事実、重くなっているのだ。まるで誰かが向こう側から押しているようだ。
「何だ、この岩は?」
 思わず、声に出して言う。
 後ろから声が聞こえた。振り向いて見ると、セイとスウィートが坂の下から来るのが見えた。
 その時突然、岩に電撃のようなものが走った。トライは一瞬、岩から手を離す。反射的にトライは横に避けた。
 岩がゆっくりと動き出す。咄嗟の判断で避けたトライだったが、セイたちのことを思い出して、二人に向かって叫んだ。
「避けろ!」
 岩は加速して転がって行く。セイにトライの声が届いてセイが前を見たとき、岩はすぐ近くまで来ていた。
 もう間に合わない。それは分かっている。けれどトライは岩を追いかけようとした。少しでも可能性があれば、それにすがりたい。
 トライは高く跳んだ。上から岩を叩き壊そうとしたのだ。間に合う訳がない。それでもやれるだけのことはやろうと思った。
 トライの拳が岩に当たるか、それとも岩がセイたちを潰すか、そんなときである。岩は粉々に砕け散った。スウィートが『気』を使って岩を砕いたのだ。
「トライ、あなたはサプライからこの岩を支えているように言われたんでしょう? 今後、このようなことがないよう、気を付けなさい。あなたがサプライの言い付けを守らなければ、他の人にまで迷惑を掛けることになりかねないのです」
 スウィートはトライを見て言った。
「すいませんでした」
 トライは言って、辺りに砕け散った岩の破片を見回した。
 凄い力だ。どうしたらこんな力が出せるんだ?
 今、これを砕いたのはスウィートだが、今に隣に立っているセイにもできるようになるだろう。デイでの試合でも、トライはセイに勝てなかったというのに。
 このままでは、ますますわたしとセイたちとの力に差がついてしまうのではないか。
 そんな不安が生まれる。そこにサプライが来た。
「どうしたのじゃ、トライ。それになぜスウィートとセイがここにおるのだ?」
 わざとらしい尋ね方をする。一目見れば、何が起こったのかぐらい分かりそうなものだ。
「わたしたち、この先に用があるんです」
 セイがサプライの質問に答える。
「通りかかっただけです。ですから気になさらないで」
 スウィートはそう言うと、セイと一緒に坂を昇り始めた。
 二人の姿がかなり小さくなると、サプライは改めてトライを見た。
「さて、どのようなことが起こったのか、説明して貰おうか」
 トライは、岩がだんだん重くなっていったこと、電気のような物が走ったこと、そして岩をスウィートが砕いたことをサプライに言った。
 サプライは笑いながら言う。
「おぬしには、まだ無理だったようじやな。ま、裏から色々手を回したのでな」
 岩が重くなった理由をはっきりとは言わなかったが、何か仕掛けがあったのは確かなようだった。
「スウィートに礼を言わぬとな。奴がおらねば、おぬしの友人は岩の下敷きになっておったぞ」
 確かに、サプライの言う通りだ。稽古で人を傷つけるようじゃいけない。
 トライは思った。手を離してしまったのは、自分が疲れていて、もう支えていたくないと思っていたからに違いない。電気が走った、というような理由さえあれば、支えていなくても後で言い訳が立つから。
 稽古が嫌だったから、逃げようとした。そんな自分をトライは恥じた。
 思えば、トライは今までも、好きで稽古していた訳ではなかった。自分の見た目と合うような力を付けていればいいだろう、とそう思っていたのだ。
 トライが、どう考えても自分より体力も筋力も劣るセイに負けたのは、そういう理由があったからなのかもしれない。
 トライは初めて、強くなりたいと思った。皆に置いて行かれたくないという気持ちもあった。友人たちを助けたいという思いもあった。

 トライは武術の練習を始めた。その練習には時々ユメも来た。トライの相手をする為である。勿論、サプライもトライの相手をするが、年のせいか、長い時間は無理なようだ。
 そんな訳で、ユメとサプライが手合わせすることはなかったが、二人を相手にしているトライから見れば、技術は二人とも同じ位、ということだった。ただサプライの方が、体力が続かないので少し弱い。
 ユメよりも強くなれるのか。トライにとっては無理なことのように思えた。トライはサプライに聞いてみた。なぜユメが剣術を習って、自分が武術を習うのか、と。
「おぬしにはそれが伸びる可能性が、一番高いからじゃ」
「それではなぜ、ユメが剣なのですか」
「ユメか。あやつにも武術の伸びる可能性はあるが、だが奴の場合は、剣の方が伸びると見たのじゃろう」
「……わたしは、ユメよりも強くなれるのですか?」
 トライは前から気になっていたことを尋ねた。
 するとサプライは声を立てて笑った。
「何じゃ、そのようなこと心配しておったのか。わしの見た所では、あの娘よりもおぬしの方がずっと強くなれる。他の者がどう見ておるのかは知らぬがな」
 サプライはゆっくりと歩き始めた。
「さて、おぬしの友人の黒髪の娘の稽古を見に行くか」
 セイの事だ。トライはサプライに付いて歩き始める。セイの稽古を見てどうするのかは分からなかったが、とにかく付いて行くしかなかった。
「見えるか、おぬし」
 セイの練習している所に着くと、サプライがトライに言った。
「何が、ですか?」
「『気』じゃよ。……ほれ、今スウィートの左手にある」
 トライは目を凝らした。しかし、そうすることで見えるものでないことは、トライも知っている。
「見えません。でも、何となく、……他の所と違う感じの所があるのは分かります」
 言って、トライは本当にそうなのか、と不安になった。今まで『気』というものは、全く分からなかったのだ。他と違うところがあるのは確かでも、それが『気』かどうかは分からない。
「それで良い。わしらは感じるだけで良いのじゃ」
 サプライはそう言うと、道を戻り始めた。トライもそれを追いかける感じで続く。
 元居た所に着くと、サプライはトライに、いつもの稽古を行うように言った。そして一時すると、スウィートを呼んで来て、トライと手合わせするように言った。
「トライ、おぬしは避けるだけじゃ。スウィートを攻撃してはならぬ」
 トライはこの練習で、『気』が一定の時間をおくと消えてしまうことを知った。そして、『気』で受ける力は、拳で受ける力と大した変わりがないことも知った。
 まだユメより強くなったかは分からなかった。それでも『気』を感じる事ができるようになったことで、今までの何倍も戦力が上がったことは確かだ。サプライはそのことに満足した。

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