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最後の戦士達

 いつの間にか、外は明るくなっていた。鳥が歌っている。
「おい、ナティ、起きろ。それから鎧着ろ。シュラインから連絡入ってるって、セイが言ってたからな」
 カムが部屋の前でナティを呼ぶ。
「ねえ、カム、ユメ見なかった? 部屋に居ないんだけど」
 トライがカムに言っている。
「ローリーも居ないわ」
 セイも一緒のようだった。
「行こう、ナティ」
 ユメはそう言って、ローリーの亡骸を毛布で包んで抱き上げた。
「おい、ナティ、早くしろよ」
 カムが扉を叩く。
 両手が一杯のユメに代わって、ナティが扉を開けた。
「ユメ」
 セイがユメを見て、ユメに鎧を渡そうとする。しかし、すぐにそれを引っ込めた。
 部屋に広がる血の匂い。ユメの腕の中で、決して覚めることのない眠りについているローリー。ユメの、無表情に近い、けれど明らかに怒った顔、セイがそんなユメを見るのは、これで三度目だった。
 セイは、一瞬にして世界の全てが遠のく、そんな幻に遭った。

 セイが目を覚ましたのは、宮の中の見慣れた一室だった。セイが寝室に使っている、あの部屋だ。
 トライが心配そうに、セイを見る。
「大丈夫?」
 寝台から起き上がったセイに、トライが言った。
 ああ、トライだけかと思ったら、みんな居るのね。
辺りを見回したセイはそう思った。ユメも、カムもナティも居た。
 でも、ローリーはどうしたのかしら。さっきまで一緒だったはずだけど……。
「セイ? わたしたち、宮に戻って来たんだよ。分かってる? ウィケッドで気絶したの、覚えてる?」
 トライが、よく事情が掴めていないらしいセイに向かって言う。
 事情が掴めていないのは、トライも、そしてカムも同じだった。
「そうだわ……。ローリーはどうしたの?」
 セイが、ユメの方を見た。そして、ユメの隣に居るナティを見る。
「すまない、セイ。そのことには、今、触れないでくれ」
 答えたのはユメだった。
 ナティが席を立つ。そして部屋を出て行った。
 それを追うように、ユメも部屋を出る。
「そうだわ――」
 ローリー、死んじゃったんだ……。せっかく助けたのに。
 セイは呟いた。「そうだわ」と。
 何度も、それだけを。
「俺、もう部屋に戻るから」
 カムが言う。
 セイは頷いて、部屋を出るカムの姿を見送った。
「わたしも。セイ、どうせ昨日遅かったんだ。そのまま寝ちゃいなよ」
 トライも部屋から出て行った。
 みんなでローリーを助けたのに、一体誰がローリーを殺したの?
 セイは、ナティがローリーを殺したとは、全く思わなかった。
 あの女の仲間の、ジャイギャンとかいう奴が来たのかしら。……考えても分からないわ。ユメか、ナティに聞いてみないと……

「鍵を開けて」
 部屋に入って鍵を掛けたナティに、途中で会ったシュラインが言う。
 中からは何の返事もなかった。
「あっ、ユメ、どこに……?」
 扉の前に一緒に居たユメが、廊下を広間の方へ走り出したのだ。広間の向こうは、外に行くしかない。
 外から回って、それでどうするの?
 窓から呼びかけたからと言って、ナティが反応を示すとは思えず、シュラインはユメに心の中で聞いてみた。

「ナティ、これを開けろ」
 外に回ったユメは、窓を叩いて言った。
 扉の方を見ていたナティが振り向く。
 宮は全体が一階建てで、二階以上になっているのは、唯一つの塔だけだ。ナティの部屋も、否応無しに一階にあったから、窓側に行くことは可能だった。しかしそれにしても、窓の外はちょっとした林のようになっていて、木や草がばらばらと生えている。
 そんな中を通って来たせいで、ユメは腕に引っ掻き傷を何カ所も作っていた。
「ユメ、そこまでしなくても……」
 ナティは窓に近寄った。
「開けろ」
 ユメが言う。
 ナティは首を横に振った。ユメの腕の傷を手当しておいた方がいいかもしれなかった。
 腕の傷はいつか治るし、俺がしなくても、誰かが手当する。
 ナティは自分に言い聞かせた。
 その間も、ユメは窓を叩き続ける。ナティの名を呼びながら。
「ナティ、おまえに開ける気がないのなら、俺はこの硝子を割ってでも入るぞ」
 ユメが脅し文句のようなものをナティに投げかけた。シュラインも聞こえたのか、反対側にある扉の外で言った。
「駄目よ、ユメ。――ナティ、開けてあげて。わたしとは話さなくて構いませんから、ユメと話してあげて下さい」
「分かった」
 ナティが諦めたように言って、窓を開けた。
 窓からユメが入る。
「何の為に来たんだ、ユメ。シュラインは大方説教でもしに来たんだろうが、ユメもそんな所か?」
 ユメの傷だらけになった腕を、濡らした布で拭きながら言う。
「違う。俺は、ただ、なぜナティがローリーと闘ったのかを知りたいだけだ」
「本当に、それだけなのか?」
 ナティの問いに、ユメははっきりと頷く。
「……知らない方がいい」
 ナティは言った。
「俺を責めるなら、責めればいい。仲間から外されるのも結構だ。ユメの好きにするがいい。……ローリーを殺したことは事実だからな」
「ナティを責めるつもりはない! それに、俺にお前のことまで決める権利はない」
 ユメに、ローリーの亡骸を抱き抱えていた時の表情は見られなかった。しかし、その感情を無理に押し殺している、そんな感じがした。
「ザゴデガギ」
 ユメの腕に自分の手をかざすと、ナティは魔法を使った。傷を癒す魔法だ。
 傷はゆっくりと消えてゆく。
「俺がエンファシスを殺したとき、誰も俺を責めなかった。だから」
 ユメが言う。
「俺を許すと言うのか? エンファシスは敵で、ローリーは仲間だった。それでもか?」
 そう言って、ユメを見る。
 ユメが何か言おうとするが、それは言葉にならなかった。
「本心を言え、ユメ。ユメはローリーを……」
 愛していたんだろう? 俺がローリーを殺さなければ、ユメはローリーと幸せになれた。
 ユメは考えている風だった。ナティが沈黙の先に言おうとしたことが伝わったのか、そうでないのかは分からなかった。
「……ローリーは俺の師だ」
 長い沈黙を破って、ユメが話始めた。
「大切に思っていた。ローリーが死んだとき、何かひどく重たいものを持たされたような気がした。それは今でもある。でもナティ、それはナティを責めることでなくなるものじゃないんだ。……よく分からない、自分でも。この重みは早く取り去ってしまいたい。けれど、その方法はナティを責めることじゃない」
 ユメが立ち上がる。
「すまない、自分でも何を言っているのか、分からなくなった。……扉から出てもいいか? ……ナティ、お前は仲間から外さない。他のみんなが何と言おうと、もし言うようなら俺が説得する。それで、いいだろう?」
 ユメが扉の鍵を開け、部屋から出る。ユメと入れ替わるように、シュラインが入って来た。
「良かったですね、ナティ」
 シュラインはそう言って微笑んだ。

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