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最後の戦士達


 ユメは、ピンが言った方の森を奥へと進んだ。
 妙な森だ。外から見たときには木々が生い茂っているように見えたんだが。
 ユメは思った。進めば進むほど、森は生気がなくなっている。葉を付けた木々が減っていくのだ。
 町を囲む森の奥へ進むのだから、砂漠が近くなっているのかもしれない。しかし、それほど小さな森でもないと聞いた。
 ユメはある時、不思議な気配を感じ取った。それは結界に入ったためだったが、ユメはそうとは分からなかった。
 鼻を突く腐った肉のような臭いが、ユメの周りを包んだ。ユメがそれを人間の死体の臭いだと知ったのは、それを見てからだった。
 気持ちの悪い臭いだったが、ユメはその幾つもの死体に臆することなく、先へ進んだ。
 ここに死体があるということは、ここで何かがあったということだ。どの死体もそれほど腐っていない。そして外傷らしきものもなかった。
 魔法か。
 魔法の事についてはあまり知らないユメだったが、直感的にそう思った。
 ユメはなおも進んだ。ここに何体かの死体が転がっているのに、自分は攻撃を全く受けないのは不思議だった。

「遅かったですね」
 一時間近く森を歩いたころ、不意に人間の声がした。
 辺りは霧に包まれ視界が良くない。
 ユメは剣に手を掛けた。
「誰だ?」
 ユメの問いに、声の主は姿を現した。というより、その一瞬に霧が晴れたのだ。
 銀髪の、若い青年だ。目は細く、口元にはうっすらと笑みを浮かべている。
「あなたは私のことを知らないでしょうね。でも、私はあなたのことを良く存じ上げております、ホイ=ユメルシェル」
 男はそう言って、ユメを上から下まで眺めた。
「名を名乗れ」
 ユメの問いに、男は視線を落とし考えていた。
「その必要はないでしょう。まだ、必要ありません。けれど、一つだけ教えてあげましょう。私が、この町にあの病気を持って来たのです」
 すぐに視線を上げ、男はそう言った。
 ユメが盾から剣を抜く。
 その途端、何かの強い力で、剣は無理矢理ユメの手から離された。剣は空中を漂い、やがて、ユメの前に立つ、表情を険しくした男の手に渡る。
「無意味な戦いはやめなさい」
 男はそう言って、ユメを睨みつけた。
 戦うことを嫌うためか、それとも他に理由があるのか、男の考えはユメには分からない。
「無意味な戦いをやめろだと? それなら彼らはどうなるんだ? この森で体が朽ちてゆく彼らは。お前が殺[や]ったのではないのか?」
 ユメが手を後ろへ払って言う。
「彼らの死は無駄ではありませんよ。そしてこの町の病もね。全てはユメルシェル、あなたを呼ぶためにした事です」
 俺を呼ぶためだと? 俺に何の価値がある。何もないぞ。
 理解を示さないユメを見て、男はやれやれ、というふうに言った。
「自分の事なのに、あなたは何も知らないのですね。あなたたちの戦うべき相手の弱点も知らないなんて……」
「お前は知っているのか?」
「そうですよ」
 男が右手をユメに向かって出す。
「プパリズヲトピギペフヨク・ヤ・ユンユ」
 手の平をユメに向け、そう呟くのが聞こえた。
 魔法だ。
 ユメがそう気づいたときには既に遅かった。盾を持っている左手には力が無くなり、盾が地面へと落ちる。立っているだけで精一杯だった。
「話の途中で抵抗されては困りますからね」
 男はそう言って、持っていたユメの剣を地面へ突き刺す。それからユメに近付いた。
「あなたたちの敵は恐れています。何をだと思います? ――ユメルシェル、あなたですよ。あなたの『正しき血』と『純粋なる心と体』の持つ不思議な力。しかし、それには一つ困った点があります。それは――」
 言いながら、ユメに近付く。もう、手を延ばせば届くぐらいに来ていた。
「まだ、信じられないような顔をしていますね。それでは一つ、話をしてあげましょう」
 歩みを止める。
「今から五千年前、世界中を騒がせた事件が起こりました。コヒとキフリの――宗教の争いです。コヒ派の人々はキフリ派の人々に悪が乗り移った、などという理由を付けてキフリの宮を攻めました。そのことはコヒの宮にも残っているでしょう?」
「コヒの神子と剣士や魔法使いたちが旅立ったという話か」
 ユメが声を出す。
 と、男は驚いて言った。
「流石ですね。かなり強い麻痺の魔法をかけられていながら、声を出すことができるなんて。――多分、そのことでしょう。しかし、コヒのその伝説は間違いが多い」
 男は話を元に戻した。
「数百年の後に、またこの戦いが起こると予言した神子が居ました。コヒの宮では武器を作り、キフリの宮ではコヒに対する憎悪と恐れを増やしていきました。キフリの人々が抱いたコヒに対する恐れ、それは伝説によるものでした。『悪しき血を引き継ぎし者』がキフリの宮を『破滅に導く』と。人々は予言が当たらないことを願った。しかし――予言は当たった。コヒの伝説にある『正しき血を引き継ぎし者』とキフリの伝説の『悪しき血を引き継ぎし者』は同一人物なのですよ。そう、あなたが、キフリの宮を破滅へと導く悪しき血を引き継ぐ者なのです」
 男は一度言葉を切った。
「あなたたちは何かひどい勘違いをしている。あなたたちの敵は無駄な戦いを避けようとしている、それなのに、あなたたちは何が何でも戦おうとする」
「俺たちの戦いは無駄ではない」
 ユメは言う。
「無駄ですよ」
 すぐに男に否定される。
「いつまでも昔話をしている訳にはいきませんね。あまり長いこと居ると、あなたの仲間が来るかもしれない」
 独り言のように、男は言った。
「一つ困った点がある、と、そう私は言いましたよね」
 男に問われてユメは頷く。
「それは、いくら『正しき血』を引き継いでいても、『純粋なる心と体』がなければ不思議な力は発揮されない、という点です。伝説の通りならばね。『心』は私にもどうしようもありませんが、『体』なら、純粋、つまりこの場合、よく一般に言われるのと同じように、あなたの体が汚れることによって、その力はなくなるのです」
 そう言うと男はユメに向かって手を延ばし、宙を掴んでいた手を開いた。
 すると、ユメの体に添っていた鎧は、ユメが身につける前の状態に当たりに飛んだ。
 ユメは薄い服だけ着ていることになった。全く無防備な状態であるといって良かった。
「この辺りには結界を張ってあります。コヒの神子の『力』を遮断するためにね。希望の光であるあなたが、ただの人間になってしまう瞬間を見ずに済むようにです」
 男は抵抗する力のないユメの、服の襟に手を掛け剥ぎ取ろうとした。
「触るな!」
 ユメが言う。それが脅しにもならないことは分かっていた。
 気をしっかり持て。魔法など所詮幻の一種だ。幻はいつか覚めるものだ。
 ユメは自分にそう念じた。
 男が、一瞬止めていた手を再びユメへと延ばす。そして、襟を掴んだときだ。
 ユメは確かに全身に力が戻ったのを感じた。
 男が腕を下ろすよりも早く、ユメは男を殴りつける。
 男はユメの服の千切れた破片を持ったまま、ユメの足元に倒れ込んだ。男が服の襟を掴んでいたせいで胸元が露[あらわ]になったが、そんなことに気を止めている暇はなかった。
 少し先の地面に突き刺した剣を取りに、倒れた男の横を走り抜ける。ユメが剣を持って男を振り返ったとき、男は既に立ち上がっていた。だが様子がおかしい。
 男の影が揺らめく。瞳の光彩が小さくなったのが分かった。
 男は口を開き、何かを叫んでいるらしかったが、それは声ではなかった。ユメの耳には聞こえない、しかし、声。
 男の背後から黒い影が現れた。巨大なその影は、男を包むように広がった。
 幻覚か?
 ユメは思った。常識では考えられないような奇妙な光景だったのだ。
 影は巨大な蜘蛛に姿を変えた。
 相手との距離が近すぎた。ユメは剣を構える間もなく、大蜘蛛に飲み込まれたように見えた。

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