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最後の戦士達

第七章

キフリの宮


 ディナイは日が沈む頃に話を終えて、部屋を出る際に、後でカムの部屋に行くと告げて行った。まだ話をしようという気には誰もなれず、残っていた三人も自分の部屋に戻った。
 ナティは、ディナイが自分の部屋に戻ったことも知らずに部屋に独り居た。
 なぜ女王が死んだというのに、シュラインは何も言ってこないんだ?
 ナティはそう思った。確かに、シュラインの母がウィケッドの女王であることは、ナティと母、そしてごく一部しか知らない。シュラインも知らないのだ。とは言っても、女王としてではなく、母として死の知らせがあっても良いのではないか。
 とにかく、ディナイの言ったことだけでは、女王の、母の死を認めることはできなかった。
「ナティセル」
 その時、扉の向こうから声が聞こえてきた。
 シュラインの声だ。プラスパーを使っているのだろう。ナティセルは扉を開けて、羽毛の生えた爬虫類のような動物を、部屋へ招き入れた。
「シュライン、どうだ?」
 別に何も聞くことはない、というふうにナティはいつも通り尋ねた。
「いえ、何も。ただ、私……本当はもっとずっと前に、あなたに知らせなければならない事があったのです」
 シュラインはそこまで言って言葉を切った。
「何だ?」
 聞いたが、シュラインはまだためらっているようだった。
 大体の予想はできる。
「構わない。言ってくれ」
 そうナティが言った事で、シュラインはナティが今から自分が言おうとしている事を知っていることが分かった。
「ナティがそう言うのなら言います。はっきりと報告がなかったので、……ですが、今ははっきりと分かっています。……母が亡くなりました。もう大分前のことになります。死因は、」
「もういい」
 言いかけたシュラインの言葉をナティは遮った。
「もういい。死因は分かっている。医者が言うような事をいちいち言わないでくれ」
「分かりました。それではナティセル、あなたに遺言があります。これを私が今から読みます」
 シュラインは遺言状を読み上げた。
 財産の管理その他は全てナティセルに任せること、葬儀は今自分の世話を身の回りでしてくれている者たちに頼むこと。全てがナティに宛てたものだった。他の親族のことなど一言も出ていない。シュラインのことも、だ。
「ナティ、どうするつもりですか?」
 遺言状を読み終わってから、シュラインはこう聞いた。
「私たちの家の財産は遺言どおり、全てナティのものです。戻りますか? それとも旅を続けますか?」
「できれば旅を続けたい。……いや、もう旅は終わったのかもしれないが、とにかく、今は。……そうだな、従兄弟にインカムが居る。彼に電報を打とう。今は少し離れた所に住んでいるが、すぐに行ってくれるだろう」
 ナティが言う。
「そうですね。彼のことなら私も聞いたことがあります。会ったことはないのですが。ナティに戻る気がないのなら、それが一番いいでしょう。よろしくお願いします。それではまた」
 シュラインはそう言って通信を切った。プラスパーは暫くの間呆けたように佇んでいたが、自由に動けることに気づいたのか、部屋を勝手に歩き回り始めた。
 母上が死んだ。これからウィケッドはどうなるんだ? あいつらはこれを機に、他国へ攻め入る準備を始めるだろうか。大丈夫だ、少しの間ならインカムがどうにかしてくれる。だがそれにしても、少しの間だけだ。ここからウィケッドまでは何日もかかる。それを考えると今すぐ帰った方がいいのだろうか。
「ナティ、俺たち今から食事に行くが、お前はどうする?」
 扉の向こうでカムが言っている。
「いや、いい。皆で行ってくれ」
 ナティはそれほど空腹でなかったから、カムの誘いを断った。大体、皆と一緒に居ると、次から次へと質問されることは確かなのだ。余計なことは言いたくなかった。
 プラスパーが扉を前足で叩いている。ユメ達と一緒に居たいのだろう。ナティは扉を開けて、プラスパーをカムに渡した。
「そうか、分かった。じゃあ、俺たちは食堂に居るから」
 カムがそう言って、扉から離れた。
 四、五人の足音が遠ざかってゆく。
 ナティは小さく溜め息をつくと、寝台に仰向けに転がった。
 母はなぜ、遺産の管理をナティに任せることにしたのか。彼女は、ナティの最期を知っているのだ。それをナティの運命だとして聞かせたのは、彼女だからそれは確かだ。それなのに、なぜ先のない人生にそんなものを押し付けるのか。
 ナティは考えるのをやめて、荷物の中から便箋と筆を取り出した。従兄弟のインカムに手紙を書くのだ。
 インカムはナティの父の妹の息子で、歳はナティより二つ三つ上だったが、ナティは時々会ったことがあって、一緒に遊んでくれた思い出がある。
 ナティが手紙を書き終えると、丁度廊下に足音が聞こえた。手紙を書くだけのことに、かなりの時間を費やしたらしい。
 別に皆を避けるつもりでそうした訳ではないが、扉を閉じる音が完全に無くなってからナティは手紙を持って廊下に出た。
 静かに扉を開けて、閉じる。皆に見つかって悪いものは無いが、追求されると困る。だからナティは急ぎ足に階段を下りた。
 ナティは受付に居た男に手紙と金を渡して、出すように言った。手紙は直接インカムに送るわけにはいかない。信頼できる別の人間に送って、そこから手渡ししてもらうことになる。後は、あの手紙が無事にインカムの所に着くかどうかだけが問題だ。
 ナティは部屋に入ろうとして、ふと手を止めた。
 本当にこの部屋で良かったのだろうか。
 と、思ったのだ。
 扉はどの部屋も同じで、打ってある番号が違うだけである。鍵にある番号の部屋に入ったのだが、どの番号だったのか、良く覚えていない。その上、鍵は部屋の中だった。
 部屋の中で起こる音を聞き取ろうとしたが、何も聞こえない。ナティは扉を叩いてみた。
「誰だ?」
 中から声が聞こえて扉が開く。
「ナティか。どうしたんだ」
 扉を半開きにして、ユメが言った。
「あ、いや、別に何も……って言うか、部屋が分からなくなって、それで……」
「何だ、それだけか。お前の部屋は隣だろ」
「ああ。すまない」
 ナティがユメに謝ってから隣の部屋に行こうとすると、ユメに呼び止められた。
「ちょっと待ってくれ。少し、いいか? 見てもらいたい物があるんだ」
 ユメはそう言って、ナティを部屋に通した。

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