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最後の戦士達

第七章

キフリの宮

 もう夜になって長く経っていた。
「神子、彼らはもう既に知っているのではないでしょうか」
 メイカが、ウィリーの後ろ姿に向かって言う。
「大丈夫だ、メイカ。そんなことはない。それに、それが知れたとしても、あやつらには既に私たちに刃向かう力はない」
 ウィリーはキフリの月の光を浴び、その銀髪が美しく輝いた。
「それなら、アブソンスのことぐらいは教えても良いのではないでしょうか」
 メイカは一歩踏み出した。
「あれはあまりに可哀想でした。あのように、大蜘蛛に食われてしまうなんて……」
 何も知らないメイカはウィリーにそう言った。
「いいのです。何もかも、私に任せてくれれば……。メイカは今まで良くやってきてくれました。私がこの宮に来る前、先代の神子から、ずっと神経を張り詰めてきたのですね。疲れたのでしょう。以前のあなたはそんな弱音をはくような人ではなかった」
「弱音など……! 私はただ――」
 メイカはさらに一歩、ウィリーに歩み寄った。
「いいえ。あなたは疲れているのです。精神が萎[な]えてしまっているのです。けれど、大丈夫です。あなたの助けが無くても、私は立派にやっていけるでしょう」
 そう言って、ウィリーは張りのなくなったメイカの手を握った。
 メイカの心に、自分はもう必要ないのだという思いが浮かんだ。それを感じると同時に、他の変化にも気づいた。
 メイカの内に眠っていたもう一つの人格だ。メイカは強い精神でそれを押さえ付けていた。それはメイカに押さえられていた為、既に人格ではなくなっていた。
「そろそろ、おなかがすきました」
 ウィリーはそう言うと、メイカの手を離した。
 メイカの中で押さえられていたもう一つの人格、いや、今となってはただの化け物と化した蜘蛛が、メイカの体を裂きウィリーの前に現れた。

「ナティ、宮で確か、後でとか言ったな。どういうことだ?」
 ユメが言った。
 今五人はセイの部屋に集まっている。
「セイ、誰も居ないかいつも気に掛けていてくれ。他のみんなもだ」
 ナティが言う。
「わかったわ。だから、どんな話なの?」
 セイは返事をすると、ナティに話をせかした。
「ウィケッドはこの辺の他の国に比べて医学が進歩した国なんだ。みんなも知っての通り、ウィケッドはもうずっと鎖国状態にある。それは退化しつつある他の国との関わりを断つ為だったんだ。
 ウィケッドは独自の進歩をした。俺たちが今まで会った巨大蟻地獄や大蜘蛛は、ウィケッドの研究の成果と言えるだろう」
 ナティは自慢げにその事を報告する科学者たちを思い出した。ナティは四歳になる頃から彼らの言う難しい言葉を理解できるようになっていた。それをわざわざ分かりやすく説明しようと悩む彼らの姿を見るのが面白かった。
「勿論、あの蜘蛛をつくることが最終目的ではない。最終目的は細胞の増殖と変換を行うことによる治療方法の確立だと聞いている。科学者が目指すのはその最終目的なのだが、官僚たちは途中の産物である蜘蛛などを利用することを考えた。ここから先は俺の推測に過ぎないが、彼らは宗教関係から手を打とうとしたのだろう。彼らは薬をここまで持ち込んだ。薬というのが人間に寄生する蜘蛛が入った物で、俺もずっと前に実験段階の物を見たが、液状で匂いも色もほとんど無い」
 ナティがそう言ったところで、セイが何か重大なことに気づいたように、ナティに向かって言った。
「ちょっと待って。それじゃあ、前にわたしが神子の代わりにウィケッドに行った時、ローリーに飲むなって言われたお茶って……」
「おそらく。ウォーアの時を覚えているか? アブソンスが言っただろ。水道を直しに行った時、ウィケッド人が入れた茶を飲んだ、と」
 ナティが言う。
「そう言えば……」
 トライがナティが言うことに相づちを打った。
「そこまではわかった。しかしそれなら、俺たちはこんな所に居ないでウィケッドに行くべきじゃないのか?」
 カムが言ったことはもっともだった。
「だが、その前にキフリの宮に運ばれた薬をなんとかしなくてはならない」
「確かにね。でも薬ってどんな物なの? 本当にそんな薬があるって言い切れる?」
 トライはなるべくならキフリへ侵入、などとという事態は避けたかったから、ナティに確かめたのだ。薬の存在が確実な物かどうか。
「薬の存在は明らかだ。その薬がウィケッドから持ち出されたことも。ただ、それが持ち込まれたのがここだという実証はない」
「それじゃあ!」
「だから確かめるんだ。キフリへ行って、確かな証拠を掴むんだ」
「……分かった」
 ナティの自信ありげな態度に、トライはそう言った。
「しかし、どうやって調べるんだ?」
 カムが聞く。
 しかしナティはその答えまでは用意していなかった。
 代わりにセイが言葉をつなぐ。
「こっそり行くか、どうどうと行くか、よね。向こうにわたしたちの顔は知られているんだから、こっそり行って見つかると後が面倒だし、かと言ってどうどうと行ったら調べさせてはくれないでしょうね」
 皆がそれぞれに相づちを打った。
「どちらにしても、コヒの宮の信用に関わると思うよ」
 トライが言う。
 トライがそう言った時、部屋の扉が叩かれた。拍子を刻む、妙な調子になっている。
 自分たち五人の他にそんなふざけたことをする者は、取り合えず一人しか居なかった。
「ディナイだ」
 カムが言って立ち、ディナイを追い返すなりしようと出迎えに行った。
 一時何かを話す声が、内容までは聞き取れないが、聞こえ、それからひょいとディナイがこちらへ顔を出した。
「何だ。やっぱりみんな集まってたのか。お前らほんとに仲がいいな」
「何の用だ」
 ユメが尋ねる。
「セイに渡したい物があるんだ。――渡したらすぐ帰るって。だから、ほら」
 カムの疑わしそうな視線に、言い訳がましくディナイはそう言って、セイを手招いた。
 セイが立ち上がって行くと、ディナイは自分の手のひらを出し、何なのかと思っているセイの前で呪文を唱え始めた。
 ディナイの掌から金色に光る物体が少しずつ現れてくる。カムは驚かないが、他の四人は珍しい物を見るような目でその光景を見ていた。
 その、まだ一定の形を持たない物体はディナイの手の上で白い光を放ちながら、次第に形作っていった。やがて光が消え、それは金の首飾りと腕輪になった。
 金の輪に、何枚かの薄い金の板が連なって付いている。
「はい、これセイにあげる」
 セイはそれを受け取った。
「それは見れば分かると思うが、魔具だ。主な効力は魔法防御。特に火系に強い。他にもいろいろ効力はあるんだけど、それが主かな」
 ディナイが言う。
「そうだ、カム、さっきの話、半分くらい部屋の前で聞かせて貰ったぜ。やばいと思うけどな、宮にこっそり侵入して探し物なんて」
 ふざけた調子でディナイが言った。
「ディナイ、どこまで知ってるんだ? どこから聞いていた?」
「どこから、って、部屋の前で……ってそういう意味じゃないよな」
 ユメの問いにわざとちぐはぐな答えを出して、まずいと感じたディナイは自分で急いで否定した。
「確か……、みんなが宮に入るのにどうやって行くかって話してるとこだった。言っておくが、立ち聞きしようとして来たんじゃないからな。セイにあれを渡そうと思ったんだ」
「つまり、侵入する理由は知らないけど、侵入することは知ってるんだね。どうする、ナティ」
 トライが言う。
 ナティが答える前に、カムが言った。
「それはディナイが決めることだろう。どうする、ディナイ? 宮に俺たちのことを知らせるか、それとも今聞いたことは全て忘れるか」
「どっちも嫌だね。訳を話してくれるなら、俺も仲間になるけど。俺だけが知ってる情報もあるし。選ぶのは俺じゃない、みんなの方だ」
 ディナイが挑戦するように言う。
 皆がナティを見た。言い出したのがナティだからだ。
「分かった。ディナイの持っている情報を聞かせて貰おう。その代わりに侵入の訳も教える」
 ナティが言う。
「よし決まった。他のみんなは何にも言ってないけど、いいんだろ? それじゃ、訳を聞かせて貰おうか」
 ディナイは椅子に座って聞く姿勢になった。

第七章 終 (第八章に続く) 

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