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最後の戦士達

第八章

最後の闘い

9(前)


 それほど歩かない内に、脇にそれた廊下の方から声が聞こえて来た。一方の声がナティであることは間違いなかった。
「セト様、それをあなたは使うことができるのですか?」
 インプルーブが言う。ただその声は少し上擦っているようだった。
 ナティの手には、黒い小さな機械が握られている。
 ナティはそれをちらっと見たが、すぐに視線をインプルーブに戻した。
「やってみなければ分からないだろう? お前がこの機械について何も言わなくとも、これが彼らを操っていることは明瞭だ」
 ナティはそう言って、機械を操作した。
 それからすぐに、ユメが見た、ナティの相手をするはずだった男が、ユメには目もくれずにナティの傍らに行った。
 それだけで、インプルーブは驚愕してナティと男を見比べた。
 ユメがそれをナティたちからは見えにくい場所から見ていると、セイ、トライ、カムが駆けつけて来た。三人はそれぞれひどい怪我を負っていた。だが、互いに気遣っているような余裕は持っていなかったのだ。ユメの居る側にたって、ユメが見ている三人の様子を一緒に窺った。
「ウィケッドで作られる品物が、科学力の劣った他国と同じだけの価値しかないのは、科学から品物を作り出す技術者に能力がないからだ。これも、それと同じこと」
 ナティは手に持った小さな機械をインプルーブに見せながら言った。
「同じことしかできないんだな。……今俺は新しく命令を入力した。後は出力のボタンを押すだけだ」
 ナティが冷ややかに言う。
 インプルーブが、恐怖に顔を歪めながら言った。
「セト様、セト様が幼くていらっしゃった頃、一緒に遊んでさしあげたではありませんか? それにお勉強もお教えいたしました。その私を殺すと言うのですか?」
 時々声が上ずっていた。
「それは俺が決めることではない。シートゥン、お前が決めるんだ」
 ナティが声を掛けた方向には扉があったのだが、そこからもう一人の男シートゥンが出て来た。
「この二つのボタンの内、一方はお前たちを殺す。そして、一方では何も起こらない。シートゥン、お前はこの機械については知らないはずだ。お前に任せる」
 ナティはそう言って、折角手に入れた機械を、使い方を知らないとはいえ、敵に惜し気もなく渡したのだ。
 ナティは二人に背を向けて、ユメたちの方へ戻って来た。
「大丈夫なのか、敵に渡してしまって」
前を過ぎて行くナティに、ユメが言う。
「みんな、こっちに来い」
 ユメの問いには答えずに、ユメが居る所から少し離れた所へ、ナティは皆を呼んだ。
 四人が来ると、ナティは壁の一部を叩いた。すると、さっきユメたちが居た辺りの天井が崩れて、すっかり道を塞いでしまったのだ。
「どうして?」
 セイが呟いた。言いはしなくても、他の皆もそう思っただろう。
「この宮の造りはコヒとほとんど、いや、全く同じなんだ。コヒの宮のことなら、大分調べたからな」
 ナティは言って、四人を見た。
 ユメは普段と変わらないが、他の三人が皆怪我を負っているのだ。
「ひどいな……。治療しないと、先へ行くのは危険だ。ユメ、先に行ってくれないか」
 ユメは頷くと、まだ先へ続く廊下を行った。
「カム、お前からだ」
 ナティが言う。
「俺は後でいいよ」
「青ざめた顔で何言ってんだ。どうして応急処置すらもしなかったんだ? それに、魔法もあるだろ」
 遠慮するカムに、ナティはきつく言った。
「忘れてた。それに――、もう魔法は使えそうもない。限界が来ている」
 カムは自嘲して言った。もう何度も魔法を使ったのだ。仕方のない事だった。
 ナティは魔法で少し回復させておいてから、応急処置をした。
 トライにも同じようにした。
 セイは切り口が余りにも鋭かったため、気が付くともうくっついていた。だが、一応自分で魔法はかけておいた。
「もう魔法は使えそうもない、って本当なの?」
「嘘言ってどうすんだよ。もう少し体力が回復すればまた使えるようになるけど、今は無理だな」
「じゃあ、少し休んでから行くか? 俺たちは先に行くけど」
 ナティが言う。
「大丈夫だって。魔法は使えないだろうけど、他の事ならできるくらいの体力は残ってるしな」
 カムはナティの提案を断って、歩こうとした。
 歩くことはできるのだ。だが走ることはできない。ユメを追うためには、走ることがどうしても必要なのだ。
 最初はカムに歩調を合わせていたナティも、次第に速度を速めていった。
「待ってよ、ナティ」
 そのナティを制するように、トライが言う。
「わたしたち、そんなに速く歩けない。――でもナティは早く行きたいんだよね。わたしたちに合わせることなんてないんだから、先に行ってよ。わたしたちはできるだけ速くついて行くことにする」
「分かった」
 短くそう答えると、ナティはユメを追って走りだした。

 

 ユメはウィリーを追って、暗闇に居た。自分の居る近く以外はほとんど見えなかった。それでも、ユメはウィリーの存在を感じ取っていた。
「姿を見せろ!」
「隠れている訳ではありません。わたしはここに居ます。ただ、あなたに見る力がないだけのこと」
 ウィリーの声が聞こえた。だが声は辺りに響いて、どこからしたのか、特定できない。
「ユメルシェル、あなたは本当にわたしと戦う気なのですか? あなたにその力はないはずです」
 声は続けてそう言った。
 俺の力だと……? そうか、奴も勘違いしていたんだ。それならそれでいい。
「伝説に語られた力など、必要ない。そんなものに頼らなくとも、俺はお前を倒せる」
 ユメが言うと、押し殺した笑い声が聞こえてきた。
「愚かな」
 笑い声がやみ、代わりに声が聞こえる。
「コヒの予言により生まれ出でた子が、何を言うか。予言に従えねば、我を倒すことなどできぬ」
 人が変わったような話し方だった。さっきまでの神子らしい丁寧な言葉遣いもどこかへ消えてしまって、今聞こえるのは邪悪な者の声だけだった。
「ユメ。――星々の光を集めし光の鳥よ、其が力、我が前に降らせよ」
 ナティの声が聞こえて、途端に辺りが明るくなった。
 が、声が聞こえていたはずのウィリーの姿がない。
「ウィリエスフィは?」
 ナティが言う。
 二人は緊張して辺りを見回した。
「声は俺も聞いた」
 ナティはユメを見て言った。
「俺も声だけだ。姿を見て話したわけじゃない」
 ユメが注意深く前方を見ながら言う。
 部屋全体は四角い造りになっていて、天井が高く、二階に当たる所に手摺りが付いていて、左手側にある階段から昇れるようになっていた。
「あそこだ!」
「……風とをつか………し黒……よ、…が力、我が……示せ」
 ユメが指した方向に向かって、ナティが何か呪文のような言葉を投げかける。
 現在自分たちが使う言葉とそう変わらなかったが、ユメにはほとんど聞き取ることができなかった。
 ユメが指した方向の一角が、音を立てて崩れる。
 ウィリーは崩れた岩々の下敷きになったと思えた。
 しかし実際は、ウィリーはゆっくりと長衣を緩やかに波立たせて、崩れた瓦礫の上に下りて来たのだ。
 ユメが剣を構える。
「驚きましたね。わたし以外にも、精霊の魔法を使える人が居るなんて。けれど、わたし以上にそれを使いこなすことはできません。――……前に………示…、…は赤き炎の……ヴァン」
 ユメたち二人の前に、炎が現れる。炎が真っすぐ進んで来るだけなら、普通の魔法と一緒だ。だがこの炎は精霊自身だった。奇妙な曲線を描いて、ユメとナティに火の粉を振りかける。
 ユメは炎を切ろうとした。風圧で一瞬炎は退くように見えたが、またすぐに勢いを増した。
 ユメは盾で自身を庇い、炎の中を進んだ。炎はからかうように、二人の周りを舞っているだけで、それ以上勢いが増す様子がなく、それなら進んだ方が良いと思ったのだ。
 炎に、髪の焦げる臭いがする。体を覆う見えない産毛は、一瞬にして消えた。だが、不思議とそれ以上燃える物はなかった。
 ユメが足を進めた先では炎が退き、過ぎるとまた燃え盛るのだ。
 一瞬、ナティはユメが振り返るのを見た。後ろに残したナティが気になったのかもしれない。いや、それすらも、ナティの思い過ごしだったのかもしれない。とにかく、ナティが炎の中に見たユメは、その中にあって、異質のものではなかった。赤い髪は炎と同じに揺らめき、同じに赤いコヒの紋章は、赤い炎を映している。
 明らかに、自分とは違った人だった。
 奇麗だ。
 と、ナティは思った。ユメに対してそう思ったのは、初めてだったかもしれない。
 気が付けば、もう炎はナティに向かっては来ず、ただ取り巻いているだけになっていた。
「誰かが、戦いは生き残る手段ではない、と言った。だが今こそその言葉が嘘であったことを証明しよう。俺はお前を倒し、この手に平和を勝ち取る」
 炎から抜け出たユメはウィリーに向かい、毅然として言った。
「ついさっきも言ったはずです。あなたにわたしを倒す力はありません。純粋なる心と体、この二つが揃わなければ、『魔』は倒せないのですから」
 言ったウィリーには、心なし、哀しさが漂っていた。
 ユメもおかしいと感じた。さっきまで自分が『魔』であるとは、つゆとも言わなかったウィリーが、それを認めるような発言をしたのだから。
 ユメは警戒した。剣を持ってはいるが、それをウィリーに向かっては上げなかった。
「どうしたのですか、ユメルシェル。あなたはわたしの炎の精霊の中を通り抜けて来た。それだけの素晴らしい力を持っているのに、敵を前にして何もしないつもりですか?」
 ウィリーがさも不思議そうに、ユメに聞く。
 ユメはまだ動かなかった。
「なぜできないのです? ――あなたは知っているからです。わたしに刃向かう力をあなたは持っていないことを。わたしはあの時、あなたの記憶を消しました。まだわたしのことを知られたくなかったのでね。でもユメルシェル、思い出しているんでしょう?」
 ウィリーの方からユメへと近づいて言った。
 依然として、ユメは動かない。鋭い視線をウィリーに向けているだけだ。
「近くで見ると、やはり美しいですね。特にその目が。こんなに美しい方だと知っていればあの時――」
 ユメは最後まで言わせなかった。剣をウィリーに向かって突いたのだ。
 それを素早い動きで躱したウィリーは、手をユメに向けて、何か唱え始めた。
 あの時と同じだ。
 咄嗟にユメはそう思った。
 ユメは、ウィリーが言っている『あの時』がいつなのか、どんなことが起こったのか、もうほとんど思い出していた。ウィリーと再会したときから、記憶は徐々に戻っていたのだ。
「キゼ!」
 聞こえた声はナティのものだった。
 吹雪が形を作り、ウィリーへ向かう。
 呪文を唱えていたウィリーはそれに気づき、途中で呪文を防御魔法に変えた。
「すまない、ユメ。ヴァンを手なずけるのに時間がかかった」
 ナティが言って、ユメの傍らに走り寄る。
 精霊魔法は、精霊を手なずけることによって使えるようになるのだ。
 突然、ウィリーは笑い出した。
「長かった。以前のコヒとキフリの戦いより、我が体はもう二度と復活せぬと思うておったが、今こそ、憎きコヒの神子の子を滅ぼし、この世を我が手に!」
「ウィリエスフィ、様子がおかしいな」
 高笑いをしているウィリーを見て、ナティが言う。
 ウィリーの様子は『人が変わってしまった』かのようだったのだ。
「コヒの神子の子というのは?」
「俺のことらしい」
 ナティが聞いて、ユメが答える。
 二人が話していても、ウィリーの耳には入っていないようだった。
「本当のことを教えよう。ウィケッドが開発したあの薬は、伝説を元にして考えられた。伝説に出て来る『魔』とは人々の負の心を糧に育つ、言わば影。だがそれは、人を食らうことで肉体を持った。負の心が強い人間に取り憑き、その肉体を少しずつ食って生きることをそれは知った。薬についての研究は、その伝説の時代にまでさかのぼった昔から進められていたんだ。上手くいけば、兵器になる、と」
 ナティが悲しそうに言った。
 その言葉に、ユメはナティの諦めのようなものを感じた。自分ではどうしようもないのだという諦め。不意に、ユメの心に空しさがよぎった。ナティがそう言うのなら、自分はどうなのか。戦争を止めることはできない。ナティができないのなら、自分でも無理。
 俺はそれなら、今まで何をしてきたんだ? 『魔』を倒すために、ずっと戦って、そのせいで色んな人が死ぬのを見てきた。それなのに、ナティの目は今、目の前に居るウィリーには向いて居なくて、遠く離れた国で起こっている戦争に向いている。
「ナティ、お前、何の為に試合に出たんだ? 俺たちを見つけるためだったんじゃないのか? 俺も似たようなものだ。『魔』を倒す仲間が必要だったから。最初から、俺の目的は一つだ」
 ユメがナティに向かって言う。
「ユメ?」
「『魔』を倒しても戦争は止められないとしても、とにかく最初の目標だけでも達成したい」
 そう言い切って、剣を握り、ウィリーへと走り出した時だ。建物全体が小刻みに揺れ始めたのだ。
 ユメは足を止めた。目前では、ウィリーがうっすらと笑みを浮かべて、ユメを見下ろしていた。
「お逃げなさい。この宮は崩れます。わたしが地と風の精霊に頼んで崩して貰っているのです。お逃げなさい。逃げて、わたしの目の届かぬ所まで行きなさい」
 そう言うウィリーの目には、ユメたちに対する同情と哀れみがあった。
 飾りの役割しかしていにかった柱が、大きな揺れの後、ユメとウィリーとの間に横たわった。
「本当に崩れるぞ。ユメ、取り敢えずここから出た方がいい」
 ナティは言うが、ユメは動こうとしなかった。
 柱が他倒れてきたせいで前へも進めず、後戻りも嫌だったのだろう。だが、ユメの気持ちなど、精霊たちが考える訳もない。このままここに居たら、宮が崩れて自分たちが生き埋めになるのは分かり切っていた。
 さらに、壁のもろい部分に亀裂が走る。
「ユメ! 何やってるんだ」
 ナティは言って、ユメの持つ剣をユメから取り上げた。その剣を左手に、右手でユメの手を掴んで、ナティは走った。
 ユメも渋々ながらついて行く。
 本当にナティは逃げるつもりなのか? ……そんな訳はない。
 ユメは走りながら、そう思った。
「カムたちと合流しなければならない」
 ナティが言った。
 そう言って、少し行った所にカムたちは居た。
「ユメ、ナティ、この揺れは何なの?」
 二人の姿を認めたセイが叫ぶ。叫ばなければならないほど、崩壊が進んで来たのだ。
「宮が崩れる。セイ、プラスパーはどうした」
 立ち止まったユメは、ナティの手をやっと解いて言った。
「プラスパーなら、もう少しでここまで来られるわ」
 プラスパーの気を探して、セイが言う。
「そうか。それならセイにはプラスパーを頼む。ナティはカムだ。俺はトライを」
 ひどい怪我をしたトライとカムを支える力が必要だった。
「ウィリエスフィはどうしたの?」
 プラスパーを抱えたセイが聞いたが、この状況では、ユメもナティも答えられる訳がなかった。

 何とか宮から出てみると、宮以外の所は全く揺れていないことが分かった。
 宮は音を立てて崩れてゆくが、見に来る者はほとんどなかった。祝[はふり]の多くを、ユメたちが倒してしまったからだろう。
「崩れるわ!」
 見物人からそんな声が聞こえた。
 居るのは女ばかりで、ユメたちを見ても、五人が自分たちの神子と敵対していたなどとは知らないようだった。
 見物人は巻き添えを恐れて、ばらばらと散って行った。ユメたちは逃げる気にならなかった。まだ目的を果たしていないのだ。
 だが、もう少しで目的は果たせるかもしれなかった。ウィリーの居る宮は、今崩れているのだ。ウィリーは逃げて来ない。この中で生きていることは不可能だろう。
「ウィリエスフィはどうしたの?」
 セイがもう一度聞く。
「俺たちに逃げろと言った。俺もナティも、奴にはまだ何もしていない」
 ユメが答えて言う。
 間もなく、何かが倒れる、大きな音がして、それから次々と宮の壁は崩れていった。
 キフリの宮は完全に崩れ去ったのだ。
 ユメたちは何も言わずに、ただ見つめていた。細かな土が風に舞い上げられて、視界からキフリの宮を消した。
 目を細めて見たとしても、砂埃で見ることはできない。ただガラガラと、絶え間無く、石が下へ下へと転がり落ちる音がするのだ。

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