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最後の戦士達

第十章

行方

 実家へ一時帰宅するため、セイとカムは監視をそれぞれ二人ずつ付けてウィケッドを後にした。
 カムが帰って来たのは二週間後のことだ。なぜか監視の二人と意気投合しており、えらく楽しそうに話していた。カムに、フライディーの遊び場を教えてもらったお礼に、ウィケッドのそう言った場所を教えてやるのだとか、監視役の一人は言っていた。
 セイはそれよりさらに二週間後に戻って来た。こちらは、二人の監視役が、出発時の倍ほどの荷物を両手に持って帰って来た。セイがデイやエクシビシュンで購入した衣服だということだ。
 セイが帰って来た時、丁度カムは遊ぶ為に外出しており、後でユメは散々愚痴を聞かされたのだった。
 セトが王になって以降、戦中戦後ということもあり、城の生活はこれでも随分質素になっているらしい。ユメの為に建てた別邸だけが、セトの唯一つの我侭であり贅沢なのだそうだ。
 二人が戻って来て数日後、ナティがユメの部屋でお茶を飲んでいた時に、セトの従者が部屋に飛び込んできた。
 ユメの侍女達が口々に、正式な挨拶もせずに入ってきた無礼なセトの従者を責め立てていたが、従者は一呼吸置いて、高らかに言った。
「吉報です。セラ王妃が御懐妊なさいました」
 その言葉に、ナティは狼狽した。知らない人から見れば、知らせを聞いて驚いていると見えただろう。
「何かの間違いじゃないのか」
 ナティが言う。
 ユメは何を言えば良いのかわからず、黙っていた。
「城の専属医から話を直接聞きましたので、間違いないかと」
 従者が答える。
「再検査をするよう、医者に要請しろ。まだ報道はするな。間違いだったでは済まされないことだからな」
 ナティは従者に言いつけると、立ち上がった。
 従者は命令に従って、急ぎ足で部屋から退出した。
 立ち上がって、今にもセラの所へ行こうとするナティの手を、ユメは引いた。
「待てナティ、どういうことだ」
 ナティは辺りを見回す。部屋の中には、ユメの侍女が残って居る。このままでは話せない。
 ユメも気付いて、侍女に退出するよう言った。
 部屋に二人だけになる。
「俺にも、何のことかさっぱり分からない。おそらくは誤診だろうと思う。他の病気の可能性もあるが、万が一……」
 本当に懐妊していたら。
 父親は自分ではない。
「大丈夫だ。セラはしっかりした人だから、きっと大丈夫だ」
 ユメがナティに言った。
 ユメの脳裏に、ガルイグと手を繋いでいたセラの姿が浮かび上がった。しかし、セラは自分が王妃であることを自覚している。そんな莫迦な真似はしないはずなのだ。
「セラと話をしてくる」
 ナティは言って、部屋を出た。

 セラは城の中の自室に居た。セラの部屋にナティから赴くことは滅多に無い。あったとしても、何かの用事でセラに呼ばれた時くらいだった。
 今回は呼ばれた訳ではないが、急いで確認しなければならないことだった。
 セラの部屋に入ったナティは、人払いするようセラに言った。
 部屋から次々と侍女達が出て行く。
 最後の一人が出て外から扉を閉じると、ナティは口を開いた。
「セラ、」
「その様子では、もう耳に入ったのでしょう」
 言いかけたナティを制して、セラが言った。椅子に座り、視線を自分の腹に落とす。そして、ゆっくりと腹を撫でた。
「セラ、何を言いたい。説明するんだ。懐妊は本当なのか? 一体どうして」
 疑問が途切れ途切れに出てくる。
 セラの態度は、単にナティをからかっているだけのようにも見える。
 セラは椅子から立ち上がると、ナティの前に進み出た。
「愛を知らなければ、一人でも何も怖くなかった。でもわたしは知ってしまった。愛することと、愛されることを」
 詩でも朗読しているように、セラが言う。
「わたしは、あなたが好きだった」
 その言葉には、感情が篭っていなかった。セラはその言葉を口にしただけだ。
「けれど、あなたはわたしを愛してくれなかった。それでもあなたが好きだから、あなたの妻になれたことを喜んだ。それはとても嬉しいことだったのに、すごく寂しくなった」
 口調が早くなる。
「そんな時に、わたしを愛してくれる人が現れた。この気持ちが、あなたに分かる? わたしは一人じゃないって分かった時の、ものすごい安心感。罪悪感は何もなかったわ。だって、あなたとわたしの間には、わたしからの一方的な気持ちと、法律で縛られた関係があるだけだもの」
 セラの瞳が、真っ直ぐにナティを見つめる。赤く充血した目。既に涙は枯れたのか、今は泣いていない。
「カムが前言っていたわね。なぜセトの姿を大衆に晒さないのか、って」
 セラが俯きながら言った。
 直後、ナティの脇腹を冷たい物が掠めて、鈍い痛みが走る。刃物で切られたのだとすぐに気付いた。
「何を……」
「わたしのお腹の子は、セト王の子でないといけない」
 セラが小刀を構えなおす。
 ナティを殺すつもりなら、最初の一撃で腹の真ん中なり、心臓なりを狙ったはずだ。人を傷つけることへの恐怖で狙いが定まらなかったとは思えなかった。
 ガルイグがナティの外套を着て真似をしていた時に感じた、漠然とした不安。それを今思い出す。
「子どもの父親は、ガルイグか」
「わたしが『この人がセトだ』と言えば、その人がセトなのよ。わたしがやろうとしているのは、『人形』をセトだと偽った父と同じことかもしれない。けれど、わたしはわたしの子どもと、この国を守りたい」
 枯れたと思っていた涙が、またセラの視界を滲ませている。こうなることは予測していた。その為に、ガルイグに髪を伸ばすよう頼んでいたし、大衆の目にナティを晒さないように気をつけていた。
「船を……空へ出られる船を用意しています。ウィケッドから、この世界から、……出て行って。わたしの前に、二度と姿を見せないで!」
 外にまで聞こえないよう、声は小さい。しかし、強い口調だった。
 セラに切られた脇腹を見えないように腕で隠し、ナティは別邸まで戻った。
 セラはこの国を守りたいと言っていた。ナティよりも適任だろう。ナティは国を守ろうなどという気持ちが沸いて来ない。確かに、セラがこれからやろうとしていることは、シドがやったことと同じだ。しかし、動機が異なる。しかもセラならば、ナティよりも上手く国を治められる。
 セラに切られた傷が少し痛む。何もしなくても、すぐに出血は止まるだろう。それくらい浅い傷だった。

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