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月下の花

十二、月下の花

 町に帰ってから、医療の心得がある者にガルイグの様子を見てもらった。
 ナティセルが帰ってきたことに、町の人達は驚いたようだ。当たり前だ。今まで竜に捧げられて戻ってきた者は居なかったのだから。
「竜はどうなったんです。それに山は一体」
 ワークシュナがナティセルに尋ねる。
「竜は倒しました。ですが、山に近付くのは危険だと思います。地震の影響で、地崩れの虞がありますから」
「そうですか」
 納得したようだった。
 誰か生きている人間は居なかったのか、などと聞かれると思っていたのだが、それも無い。生贄は死ぬ物と思い込んでいるのだろう。
 しかし、今まで生きていたとしても、あの山の洞窟はもう崩れて押し潰されている。望みは薄い。
 ワークシュナのように、最初から生きていなかったのだと思った方が、自分を責めなくて済む。そう思うが、やはり後悔してしまう。もっと上手いやり方があったはずなのだ。サニーメリは自分に好意を持っていたのだから。
 額飾りを見つめる。サニーメリが石を代えたのは、この石で自分の様子を確認する為だ。土の精霊はそういった力を持っている。同じ石を持つ事で、相手の様子を盗み見ることが可能だと聞く。
 サニーメリは精霊ではない。神でもない。
 しかし、人間よりは精霊に近いものだった。

 一週間経ち、ナティセルはガルイグと共に、また同じ集落へ来た。今度は、集落を自分の領地に併合する為の書類も持ってきた。書類はワークシュナに渡して、集落の人全員に伝えるよう頼む。
 ナティセルは、竜を倒した英雄ということで集落の人達に歓迎された。併合も反対する者は居なかった。集落に着いたのは昼過ぎだったが、それから歓迎の宴だと言われて、ワークシュナの家で時間を潰した。
 宴の間に入ったナティセルは、居るはずのない者の姿をそこに見た。スターニーだ。
 スターニーは酒を注いで回っていた。時折、集落の男から声を掛けられて、楽しそうに会話をしている。
 宴の一番目立つ席には、ナティセルが座らされた。スターニーがナティセルの隣に来て、ナティセルの持つグラスにも酒を注ごうとした。ナティセルはグラスを横へ逸らせて、それを止めた。
「どうして……」
 小声で言う。
 スターニーは微笑んだ。
「わからない。多分、わたし死んでたのよね。皆がわたしを見つけた時、息もしていなかったって。でも、なんでだろう。わたし最後に、赤い髪の女の人を見たの。絶対そうだとは言えないんだけど、多分あの人が、わたしを助けてくれたんだと思う」
 スターニーは、「でも他の人に言っても信じてくれないから、皆には内緒ね」と続けた。
 ナティセルは、酒瓶を持って歩いて行くスターニーの後姿を見た。左足を引きずっているように見える。
 サニーメリがスターニーを助けたのだとしても、それは不思議なことではないとナティセルは思う。
 サニーメリはただ生きていただけなのだ。その生き方が地上に生きる人間と異なっていた為に、悪意も無く人を殺していた。自分がやったことが人間にとって悪であると知って、スターニーを救ったのだろう。
 皆が集まって酒を飲んでいるのは最初の時と同じだが、今度は皆本当に嬉しそうだった。

 夜になって、ナティセルは崩れて原型を止めていない山に登った。崩れ落ちたせいで標高が低くなっていて、頂上に上るのにそれ程時間は掛からなかった。頂上は平らな丘のようになっていた。
 山中の洞窟に、生きた人間が居たかもしれないことは、とっくに町に伝えてある。その捜索は現在も続いているが、今のところスターニーの他に見つかったのは骨だけだそうだ。
 丘に、一輪の花が咲いていた。
 崩れたばかりで時間もさほど過ぎていないのに、どこから飛んできた種だろう。
 そう思って、花に近付く。
 月の光を受けて、花の中央が煌いている。花に何かあるようだ。
「どうしたんですか?」
 ガルイグが、ナティセルに聞いた。
 花を覗き込むと、数枚の花弁に護られるようにして、乳白色の石が輝いていた。
 ナティセルの月長石だった。
 サニーメリ。
 緑の瞳と、赤い髪の女性。あの姿は、ナティセルの記憶を元に作られたもの。実際の姿ではない。
 けれど、目の前に咲く花は、赤い花弁に、緑の葉を添えた、美しい花だった。
 花の前に膝をついて座り込む。
「妖魔の為に涙を流す必要はありませんよ」
 そのナティの背中を見ていたガルイグが、努めて明るい声で言った。
「それでも、」
 ナティセルはガルイグを振り返らずに、強く言った。
「それでも、俺を愛してくれた人だったんだ!」
 大切そうに、ナティセルが残した月長石を抱く赤い花。
 ナティセルは、額飾りを花を囲むように置いた。墓標には花を添えるものだが、この墓標は花そのものだから、花ではなくて別の物を。そう思って。
 花は夜風を受けて静かに揺れていた。周りに何もないから、強い風が吹くと折れてしまいそうだ。
 けれど、それ以外に何かするつもりはなかった。
 いつか、枯れていくだろう。
 月の光に照らされて、赤い花弁がさらに広がる。真ん中に抱いた月長石が涙のように見えた。
 それは今だけ咲く、月下の花。
 月は、ナティセルも花も同じように照らしている。

End 

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