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月下の花

ニ、身代わり

 二年に一度の犠牲は、この小さな集落の幸せと引き換えにするにしては大き過ぎるように思える。ナティセルならば集落を捨てるだろう。
 ああ、それで、ここには女が少ないのか。
 先ほど宴会の席で男に言われたことを思い出す。若い女こどもは、もう集落を捨てて逃げたのだ。そちらの方が正しい選択だろう。他の地域に住むことが禁止されているわけではないのだから。
「なぜ、集落を捨てて逃げないのですか」
「逃げるなんて、とんでもない。この町は我々の祖先が開拓して発展させた、誇りのある町です」
 まるで、それが当然かのような。
「領主にも相談せずに、犠牲者を出し続けてまで守る誇りなどあるものか」
 ナティセルは次第に腹立たしくなってきた。もしこれが自分が治める土地の一集落だったらと思うと、気が滅入る。何の為に国が領主を任命しているのか、現地の人々には理解されていないのだろう。
「何か後ろめたいことでもあるのか」
 ナティセルは言った。
 この近辺で竜が出たという話は聞いたことがない。領主に相談していれば、ナティセルの領地はここと隣接しているのだから警告が来ているはずだが、それもない。もちろん、ただの竜の目撃談であれば取るに足らない事だとして、上まで報告が上がらないだろうが、犠牲が出ているのであれば話は別だろう。とすると、この町が敢えて報告を避けたとしか思えない。
「わたしはこの国のことであれば、大抵は知っている。この町の成り立ちも。お前たちが守ろうとする誇りは尊いものでは無い。それはここに住むお前たちが一番知っているのではないか」
 ナティセルの言葉に、ワークシュナの表情が、目に見えて変わった。
「この町に昔、軽犯罪者の更正の為の施設が設置されていたのは事実だし、開拓したのがその元罪人であったことも事実だろうが、罪人としてここに連れてこられたことの、どこが誇りだ?」
「お前のような若造に、何が分かる」
 ワークシュナが声を荒げた。
「我々の祖先は、この町に新しい文化を築いたんだ。それを守ろうとすることの、何が悪いというんだ」
「その文化に、生贄を捧げることも入っていたのか」
 ナティセルの問いに、ワークシュナは言葉を詰まらせた。
「電気が流れ、国中のどこでも同時に同じ情報を受け取る事ができる、もう何千年も前から、この国は、そういう文化を持っているんだ。それに比べて、竜に生贄を捧げるのは、たった百年の文化か」
「違う! もっと長い間――」
 ワークシュナが言うが、言葉は途中で途切れた。
 スターニーが入って来たからだ。
「飲み物が減ってきたから……」
 消え入りそうな声で、スターニーが言った。
 ワークシュナは一歩スターニーに近付いた。叩かれると思ったのか、スターニーが首を竦める。ワークシュナの声は大きかったし、外でそれを聞いたスターニーには怒っているように聞こえたのだろう。
「後で持って行くから、お前は部屋に戻りなさい」
 穏やかな声でワークシュナが言う。
 顔を上げたスターニーは頷いて、台所から出て行った。
 足音が遠ざかるまで、二人は黙っていた。
「聞かれただろうな」
 ナティセルから先に口を開いた。
 ワークシュナは腕組みしたまま、視線を落ち着き無く床に這わせている。
「まあいい。どうせ知っている風だったんだろう」
 ナティセルは一瞬扉の方を振り返り、また視線をワークシュナの方へ戻した。
 スターニーが出て行った後、台所の扉はきっちりと閉じられている。その向こうで、また別の誰かが聞き耳を立てていたとしても、中に居る人は気付かないかもしれない。
 ナティセルはわざとらしく溜息を吐いてから、扉を振り返らずに言った。
「おい、ガルイグ、入って来い」
 台所にガルイグが入る。
 ガルイグはナティセルの為にどこからか椅子を拝借してきて、それを差し出した。
「最初から居たなら、彼女を追い返してくれれば良かったのに」
「彼女? ああ、スターニーですか。でも声を出したら、わたしが居るとバレるじゃないですか」
 ガルイグの返事を聞いて、ナティセルは眉間に皺を寄せた。
 別にガルイグに一緒に来るように指示していた訳ではない。バレるというのは、ワークシュナにではなく、ナティセルの指示を待たずに行動したことが、ということだ。
 待っていろと指示した訳でもないので、別に構わないのに。
「この町で一番権力があるのは、ワークシュナ、お前でいいのか?」
 ガルイグが持ってきた椅子に腰掛けて、ナティセルが言った。
「軽犯罪者に混ざって、数百年前にこの町に紛れ込んだのが居た。とある宗教団体で、まあその辺は実際に住んでいるお前たちの方が詳しいだろうから説明は省くが、そいつらが、生贄制度を持ち込んだんだ。が、当然、人間を生贄にすることは禁じられている。町人だってそんなことを信じはしない。迫害されたのは、町人の中でも特に、その宗教を支持した者たちだった。その時に、何も知らない町人を納得させる為に持ってきたのが、百年前の竜騒動だ。詳しい経緯は調べても出てこなかったが、いつからか町ぐるみでこの儀式を隠蔽しはじめた」
 それは、ナティセルが資料で調べられた概要に過ぎない。
 竜の炎で町が大火事になり、その時に、生贄を捧げることを約束させたのだ。生贄に選ばれた女は、竜に会うのではなく、そのまま、その宗教の犠牲になっていたのだ。
「だが、先王の時にこの宗教は違法と立証され、駆逐された。残ったのは、この町の竜の生贄」
「そんな。でもわたしはこの目で、竜を見たのです」
 信じられない、という顔でワークシュナが言う。
「ええ。だからわたしは、それを確かめたいのです」
 口調を元に戻して、ナティセルは言った。言いたいことを全部言ったので、腹が立っていたのも落ち着いたのだ。
 竜は居ないとナティセルは思っている。原因だった宗教も今は無いはずだ。考えられることは、事情を知る誰かがそれに便乗して貢物を手に入れている可能性。とにかく、これほど物騒な場所のままではナティセルの計画に支障が出る。
「生贄の女役、わたしがやりましょう。ガルイグ、ワークシュナと相談して準備しておいてくれ」
 ワークシュナの返答を待たずに、ナティセルは従者であるガルイグにそう申し付けて、台所から出て行った。
「かしこまりました」
 扉に向かって笑顔で、ガルイグが答える。それから、呆然と立っているワークシュナを見た。
「さあ、ワークシュナさん、準備にとりかかりましょう。とびっきりの衣装をお願いしますよ。ナティはああ見えても男性なので、これでもかってほど女の子らしいのでお願いしますね」

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