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 月下の花 −器−

セラ 

 数日経って、ナティセルは母親に呼ばれた。ナティセルとしてではなく、セトとして。
「あなたの叔父――私の弟の、シドを知っていますね?」
 女王は言った。
 何のことだろう?
 反射的に、ナティセルは色々考えを巡らせた。
「シドに娘があることも知ってますね?」
 重ねて、女王は言った。
「それは知っておりますが、一体、何の?」
「シドの娘、セラというのですが、シドが、あなたとセラを婚約させたいと」
 シドの側からすれば、随分と得をする政略結婚である。しかし女王の側にとっても、この縁談が断りにくいものであることは、母の表情を見れば分かる。
「しかし母上、私は――」
「分かっています。私からあなたに言ったことですものね。ですが、立場上、今弟を敵に回すわけにはいかないのです」
「約束だけでも、というわけですか」
 ナティセルは言った。
「幸い、サラは12歳。あなたもサラもまだ若い。すぐに事を起こすようなことはないでしょう。約束だけなら、後で何とか言って取り消すこともできますから」
 それで、母子の話は終わった。
 ナティセルとサラの婚約――書類上でのみの――は、その後とんとん拍子に進んでいった。

「ナティセル様、面会したいという方が表に」
 ナティセルのいつもの従者が、少々困った顔で言った。
「どうしたんだ。ここへ通せばいいだろう?」
 いつもなら、わざわざナティセルの許可をとらずにとりあえず屋敷の中まで入れるのだが。
「それが、ナティセル様にではなく、セト様に会いたいと言っておりまして。あの、若い女性の方なのですが」
 この従者は、ナティセルがセトであることを知らない。いや、彼に限らず、ほとんどの者に知らされていないことなのだ。
「そうだな。まあ良い。ここへ通せ」
 一時して、若い女性というか女の子が部屋に入って来た。少女は、ナティセルを見るなり抱き付いてきた。
「王子様!!」
 少女を連れて来た従者には、下がっているように目で知らせる。
「セラ姫?」
 ナティセルは小声で言った。その縦ロールに見覚えがあった。
 少女は顔を上げた。
「覚えていてくださったんてですね! 嬉しい」
 満面の笑みを浮かべて、セラは言った。
 ナティセルはセラを離れさせて、椅子に座らせた。自分も向かい合って座る。
「失礼ですが、私は王子でも、セトでもありませんよ」
 ナティセルは言った。
「私がセト王子に似ているのかもしれませんが、他人の空似ですから」
「そんな。王子は私のことがお嫌いなのね。それで、そんな嘘を」
 セラは大げさな身振りで、顔を両手で覆った。
「あの、そういうつもりじゃ……。わたしはただ、真実を。別に王子が姫のことを嫌っているとは、一言も言ってませんよ」
 いきなりセラに泣かれてしまったので、ナティセルはうろたえた。
「そう、それならいいわ」
 涙の一粒も流していない顔を上げて、セラは微笑んだ。
 ったく、これだから、女ってやつは……
 ナティセルは笑顔を作ったまま、心の中で舌打ちした。
「姫、もうお帰りになってください。私は姫と話すようなことは何もありませんから」
 さっきのセラの態度が気に入らなくて、ナティセルはそう言った。
「嫌よ」
 セラはきっぱりと言った。
「私は王子様の許婚だもの。王子様と一緒に暮らすのよ」
 ナティセルは、セラの我侭な言い分にうんざりした。
「何度も言っているように、わたしは王子ではありません。ただの大公です」
「いいえ、私の目に狂いはないはずよ。あなたは王子様です。声も、髪も、目も、全て、王子様その人だわ」
 自信ありげに、セラは言った。
「では姫、わたしと暮らすと言うのですか? それでもし、本物の王子が出て来たら、どうするのですか? 姫はけっして、王子をものにすることができなくなるのですよ」
 荒っぽい言い方になったが、セラのことなど欠片も好いていないナティセルは、そのくらいで丁度だろうと思った。
「別にかまいませんわ」
 セラは言った。
「その時には、王子様は諦めて、あなたと本当に結婚しますから。でも、あなたは王子様よ」
 全く、セラは引かなかった。
「そこまで言い張るなら、わたしも敢えて否定はしませんよ」
 呆れ口調で、ナティセルは言った。
「お茶にしましょうか」
ナティセルはセラを客人としてもてなすことにし、下男を呼んで茶を用意させた。
「砂糖はどうなさいますか」
 下男がセラに言った。
「三つほどちょうだい」
 ナティセルなら、砂糖を三つも入れたら甘くて飲めないだろうが、セラくらいの年齢なら、それが普通かもしれない。
「王子様は砂糖を入れないのね」
 セラが言った。
「ナティセル、と呼んでください。わたしは王子ではないのですから」
 ナティセルがそう言うと、セラは軽く首を傾げた。
「……でも、王子様は、王子様だわ」
「わかりました。姫がわたしのことを何と呼ぼうと、気にしないことにします。けれど、これだけはお忘れにならないよう、――わたしはセトではなく、ナティセルだということを」
 セラは何も答えなかった。
 部屋の扉が叩かれて、下男が入ってきた。
「構わない。通してくれ」
 ナティセルは下男にそう言った。
 下男が部屋を出て間もなくして、一人の男が入ってきた。
「姫、紹介しますよ。こちらはわたしの友人の、ガルイグです」
 席を立って、ナティセルは言った。
 ガルイグは、ナティセルの友人というには、えらく年上に見えるのだが、学校のように歳の近い者同士会う場所がないから、歳の離れた友人がいても、さほどおかしなことではない。
「ガルイグ、こちらはわたしの婚約者で、セラです」
 セラが、驚いた顔をナティセルに向ける。セトではないと言い張っていたナティセルが、セラが自分の婚約者であると認めた発言をしたからだ。
「はじめまして」
 ガルイグがセラに向かって言った。
「あ、はじめまして」
 不意に現実に戻されたように、セラは軽く会釈した。
 その後、ナティセルは急な用事ができて、席を外すことになった。主人が居なくなってしまうのでは、客であるセラやガルイグが部屋に長居するわけにもいかない。
 二人とも部屋を出て、それぞれの帰路についた。

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