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祓い屋

第一話 身代わり鈴(中編)

 茶を飲んで落ち着いたのか、グンジョウは自分のツいてないことを語り始めた。
「わたしには婚約者が居たのです。親同士が決めた相手でしたが、幼い頃から一緒でしたし、結婚するのも当然のことと思っていました。相手も乗り気でしたし。それが、父が亡くなった後ですね、唐突に、婚約を解消したいと言い出したのです。信じられますか? 親は関係なく、わたしは彼女に指輪も渡しましたし、彼女も喜んでくれていたのにですよ」
 身を乗り出す。
 キハダは表情を変えずに聞いていた。結婚の際に指輪を相手に渡すのは西洋の習慣だと聞くが、金持ちの間ではそういうやりとりが流行っているらしい。
「お金持ちでいらっしゃるんですね」
「いえ、とんでもない。それはともかく、彼女は婚約も解消したい、もう会いたくないと言いだして、理由を尋ねても何の連絡も無く、家に閉じこもってしまったのです」
「どんな方なのですか。その方は」
 キハダが尋ねると、グンジョウは目を輝かせて言った。
「そりゃあもう美しい女性です。綺麗な一重の瞼。少し吊り上った目尻なんかは王宮の猫を思わせます。烏の濡れ羽のごとき髪はしなやかで、腰の辺りで切り揃えているのですが歩くたびに揺れて輝くのです。真っ白な手は柔らかで搗きたての餅のよう。仄かに赤く色づく唇は、仙人が食すという桃の色ですよ」
「そうですか」
 にこりと笑って、キハダが言う。グンジョウが早口に喋るので会話に付いて行けないが、とても彼女が好きなのだということは話し振りでわかる。
「あの人のような女性なのですね」
 丁度、書庫から出てきたベニヒを顧みて、キハダは言った。
 グンジョウがベニヒを見つめて、強く頷いた。
「そうそう。こんな感じです。や、でも、彼女のほうがずっと美人で優し……あ、いやなんでもないです」
 ベニヒが眉間に皺を寄せてグンジョウを一瞥したので、グンジョウの言葉は途中で止まった。
 ベニヒがキハダの隣に腰掛けると、入れ替わるようにキハダは席を立って、ベニヒの後ろに立った。
「身代わり鈴について調べた」
 ベニヒの言葉に、グンジョウはゴクリと唾を飲み込んだ。
「身代わりなんとかってのは、やけに色々あるんだな。でも鈴は珍しい。普通は身代わりという名前の通り、人型をしているものなんだ。手が痛んだら人形の手が代わりに、足が痛む時は人形の足が代わりに、という具合だ。鈴もなくはないが、大体土でできている。金属でできた鈴は、グンジョウが持ってきたそれだけだ」
 書庫から出してきた資料を、机に放る。
 絵付きで説明されたそれは、グンジョウが持ってきた鈴と同じに見えた。
「『樫[カシ]の与功望命[ヨコウボウノミコト]が力を与えし、幸を呼ぶ鈴』と書いてますね」
 キハダが後ろから眺めて読み上げる。
「与功望命っていうのは樫州の御羽山に祀られている神さまで、元は鬼だったのが封印された後、山神になったようだ」
「樫はわたしの生まれた桐からそう遠くはありませんが、そんな所が発祥の地だったなんて、父からは一度も聞いたことがありませんでした」
 グンジョウが言う。
 身代わり鈴のような道具は、本来作るだけでは効果は発揮されない。ちゃんと力のある者が念を込めるなり、霊地に持って行って染み込ませるなりしなければならないのだ。
「じゃあその鈴は、あんたの親父さんが残した分?」
「はい。婚約者にも振られましたし、これを売り切ったらもう商売は終わりにしようかと思って」
 幸せを呼ぶ鈴を持って不幸になっていたのでは、やりきれないだろう。
 ベニヒは腕を組んで、ふっと溜息を吐いた後グンジョウを見た。
「グンジョウ、言いにくいことなんだけど、あんたに憑いてるのは悪霊じゃなくて、悪神さまかもしれない」
 鬼が封印された後時間を経て神になることは良くあることだ。しかし時間が経てば同時に、封印の力も弱まる。もっと時間を掛ければ完璧な神になるのだが、その時点で開放されてしまうと、悪神になる。
 霊と違ってベニヒには見ることができないし、力も強いから厄介だ。
「仕方が無い。現地に行ってみるか」
 もぐり呼ばわりされては堪らない。ベニヒはよっこいせと立ち上がった。
 店の奥の机の引き出しと、その後ろの棚に乗っている小箱から、色々な道具を取り出して鞄に詰めていく。筆、墨汁、血……は無いので、そのまま店の裏手にまわる。
 裏で飼っていた元気そうな雄鶏を一羽捕まえて、首を切った。
「悪いね。肉はちゃんと食べてやるから」
 血を抜くと、身の方は地下の貯蔵庫に入れておいた。
 裏の倉庫から何も書かれていない札、石弓、礫、数珠、聖水を引っ張り出す。それらを鞄に詰めて、ベニヒは店に戻った。

紙風船

 キハダは何も持たず、グンジョウは自分の荷物だけを持って、樫へ向かった。
 ここから樫までは徒歩で三日程。整備された道が繋がっているし、途中には宿のある町もある。きちんと計画を立てて行けば途中で行き倒れになることもない。
「どうして、神が憑いていると思ったのですか?」
 道を歩きながら、キハダがベニヒに聞く。
「ああ、樫の与功望命の話には続きがあってね。十年くらい前のことかな。封印が破られて与功望命が解き放たれたことがあるんだ。その後再封印されたとされてるが、どうせその時の祓い屋が適当な商売やってたんじゃないかと」
 一番前を歩いているベニヒが、首を少しだけキハダの方へ向けて言った。
「祓い屋さんって、普段そんなに適当な商売ばっかりしてるんですか?」
 グンジョウがキハダに耳打ちする。
 キハダは眉尻を下げて軽く微笑んだが、答えなかった。
「ほら、さっさと来い」
 上り坂を二十歩ほど先へ行ったベニヒが、二人を振り返って声を掛ける。
「はい」
 グンジョウが反射的に返事して走り出す。
 案の定というか、グンジョウは見事に転んだ。背中に積み上げた荷物のうち、一番上に置いてあった物が落ちて坂を転がっていく。それを追いかけながら、他の荷物もどんどん落ちている。
「キハダ、手伝ってやりな」
「そうですね」
 キハダもグンジョウを追いかけて坂を下りる。歩いている、走っているという感じはなく、一瞬でグンジョウの荷物を全て拾い上げ、グンジョウに手渡す。
「はあっ、はあっ……。ありがとうございます」
 荷物を追って坂を駆け下りていたグンジョウは、額を流れる汗を拭いながら、キハダに礼を言った。
 坂の上から、ベニヒがその様子を微笑みながら見ている。
 ツキが無いというのが本人の思い過ごしなら良いのだけど。
 神が憑いているとなると、例え祓うことができたとしても、後遺症が残ってしまうかもしれない。グンジョウはベニヒと同じくらいの年齢で、まだ若い。後遺症が残ると可哀相だ。急に不安になる自分が居る。失敗したらどうしよう、と。
「ベニヒ、行きましょう」
 キハダに声を掛けられて、ハッとする。
 キハダの綺麗な笑顔の隣に、グンジョウの不安そうな笑顔が並んでいる。
 不安がらせては、成功するはずのものも成功しない。
「ああ、行こう」
 ベニヒは笑って答えた。

紙風船

 予定通り、樫の山の麓の町に到着した。町で水と食料を買い、山登りの準備を始める。神が祀られているので参拝の為の細い道があるそうだ。しかし参拝するのも修行だということで、決してその道のりは楽ではない。グンジョウにも替えの草履をいくつか用意してもらう。グンジョウは行商をしていたと言うだけのことはあって旅慣れているようで、ベニヒが頼んだ時にはもう持っていた。
 山へいざ登ろうとした時に、キハダが急に立ち止まった。
「ベニヒ、すいません。ここから先はわたしは行けないようです」
「えっ、なんでですか?」
 グンジョウが驚いて尋ねる。
 怖そうなベニヒよりも、優しげなキハダに気を許していたようなので、この反応も当然と言えば当然。
「山の神が、わたしを拒んでいるのです」
「与功望命がか」
 ベニヒに聞かれて、キハダは頷く。
「お気をつけて」
 キハダがベニヒの手を取り、両手で握り締めて声を掛ける。
 その様子は親しい恋人同士のように見えた。
「ベニヒさん、」
 その間に、グンジョウが割り入る。
「これを持っていてください。きっと助けになります」
 そう言って、身代わり鈴をベニヒの手に握らせる。
「え、お前も行くんだぞ?」
「わかっています。でも、わたしは臆病ですから、あなたを置いて逃げてしまうかもしれない。この鈴、きっと身代わりになってるのは鈴じゃなくて、わたしなんですよね。そういうことですよね」
 グンジョウが悲しそうに言う。しかし微笑みは崩さない。
 ベニヒはそのグンジョウから顔を背けた。
「無理にキハダの真似をする必要は無い。笑っていられない時に無理に笑わなくても良い」
 いつも笑顔でいられるキハダは、確かに羨ましいし憧れることもあるだろう。しかし、人間はそうある必要は無い。
「まあ良い。この鈴は一時的に預かろう。行こう」
 荷物を担ぎなおして、ベニヒは言った。
 グンジョウは自分が持ってきた行商用の荷物をキハダに預けると、代わりにベニヒの持っている荷物を半分持った。

紙風船

 ベニヒとグンジョウは一緒に山道を登った。緩やかな上り坂が、どこまでも続く。自分達以外に参拝者は居ない。季節がずれているのだ。
「キハダさんは良い人ですね」
 歩きながらグンジョウが言う。
「わたしが悪い人みたいな言い方だな」
 ベニヒが振り返らずに言った。
「そういうつもりじゃないです。ベニヒさんも綺麗で素敵な人だと思います。そうでなければ、自分の命を託そうとは思いませんから」
 言ってから、グンジョウは顔を真っ赤にした。これでは告白しているも同然だ。
「命ねぇ」
 しかしベニヒはやはり振り返らずに、首を傾げただけだった。
 唐突に、ベニヒが満面の笑を浮かべて振り返る。
「命は大丈夫だよ。保障する。でも五体満足ってわけにはいかないかもしれないから、その時は勘弁な」
 笑顔と言っている内容がずれているような気もしたが、その笑顔にグンジョウは天にも昇る気持ちだった。
「はい。お願いします」
 グンジョウが答える。
 また前を向いたベニヒが、
 男はちょろいな。
 などと思っていることはわからないだろう。
 とりあえずこれで、本人に体の無事は保障しない旨の約束を取り付けたから、心置きなく鬼退治ができる。
「さあ、もう少しで着くよ」
 気合を入れる為、ベニヒは少し大きな声で言った。

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