index>総合目次>最後の戦士達TOP>魔法使い

―魔法使い―

 

 緩く波立った黄金色が、柔らかく、風に揺られている。

 晴れた空を映すような、青い瞳は、 いつも 遠くを 見ているようで

line

 小さな泉の周りに、小さな木の家がある。
 周りは森で、かなりな年月を掛けて成長したと思われる大木が、そこここにある。
 彼が、「外」からここへ来たのは、二年ほど前のことだった。大国間の戦争で、親が死に、行き場を失って、子ども達だけで、町の外の砂漠を彷徨っていた。
 戦争のせいで、食料は元から、なかった。しかも、居るのは子どもばかりだから、砂漠を歩いて国境を越え、別の町へ行けるような余裕は、最初からなかったのだ。
 一緒に歩いていた友人達は、途中で見失ってしまった。
 自分が正しい方角へ進んでいたのか、それとも間違った方角へ向っていたのかもわからないまま歩き続けて、辿り着いたのが、このオアシスだった。オアシスには、はぐれた友人達も居た。
 十三歳で町を出てここに来て、それから二年経ったのだから、彼は、十五歳になっていた。
「イーヴァ、どこに居るのー?」
 離れた所から、自分を呼ぶ声が聞こえてきて、彼は声の方へ向き直った。
「こっち!」
 大きな声で、答える。
 ガサガサと、枝葉を掻き分ける音が近づいてきた。
 見下ろすと、濃い焦茶色の頭が見えた。
 その頭は、顔を上げてイーヴァを見た、というより、睨みつけた。
「あんたが降りてきなさい!」
 茶褐色の肌に、黒い瞳の、イーヴァと同じ年頃の少女だった。
「なんだよ、チェル。お前こそ、このくらい昇って来いよ」
 イーヴァはチェルに言い返した。
 チェルは、自分が着ている白い綺麗な服と、イーヴァが居る蔦の絡まった大きな岩を見比べた。
 少し前までは、イーヴァと一緒に外で遊ぶ事が多かったチェルだが、最近は大人しくしている。
 他の子ども達よりも、少し自分が年上なのだからと、「落ち着いたお姉さん」になろうとしているのだ。
「……服が汚れるから、そんなとこ嫌よ」
 考えにケリが付いたらしく、チェルはイーヴァに言った。
「どっちにしたって、イーヴァが降りて来ないと駄目なのよ。お祈りの時間だもの」
「ええっ、もうそんな時間?」
 イーヴァは慌てて、岩から下の茂みへ飛び降りた。
「わっ」
 驚いて、チェルは声を上げたが、イーヴァは平気そうだった。
 チェルにはできないことを自分ができるのが、イーヴァの自慢だった。
 高いところから飛び降りてみたり、岩山に昇ってみたりすることで、チェルに男らしいところを見せつけようと思っているのだが、効果の程は定かではない。年下の少年達には、こういうのが人気なのだが。
「もうっ。怖いから止めてよね」
 チェルは怒って、先を歩いて行った。
 こういう時に、チェルの前を、草を掻き分けながら道を作ってあげるとポイントが高いのだろうが、そこに気付く程、イーヴァは経験豊かではない。
 チェルの作った道を後から、追いかけた。

 森の中央の泉の周りには、小さな木造の建物が何軒か並んでいる。丸太を重ねて作った家だった。
 そのうちの少し大きめにできた一軒に、二人は入った。
 既に、中は人で一杯だった。
 イーヴァより年下の子ども達も何人も居るが、みんな大人しく座っている。子どもたちは褐色の肌だ。ここに居る子どもは皆、イーヴァと同じ国から逃げてきた。
 他には、ここに昔から居る大人達も居た。大人は数人しかおらず、肌の色もイーヴァ達より白く、イーヴァ達とは全く違う国から来たというのが分かる。
 もう全員揃っていた。
 少し高くなった床の部分には、長い金髪の女性が居る。彼女が、ここで一番偉い人だと聞かされていた。
 子ども達の躾役を引き受けているサプライ達が、彼女を「神子」と呼んでいた。
 サプライは自分が小さい頃に死んだ曽祖父くらいの年齢だろうか。そのサプライが「神子」と呼ぶ女性は、イーヴァとそんなに年が離れているようには見えなかった。
 神子なら、イーヴァ達も知っている。イーヴァが生まれた国には、キフリの宮というのがあって、そこには神子が居ると聞いていた。
 神子は神様の子どもだから、人間じゃないのかもしれない。
 壇上の女性が、口を開く。
「戦争で死んでいった人達の為に、祈りを捧げましょう」
 透き通った声が、部屋に響く。
 膝を床につき、手を合わせて皆で少しの間、黙祷する。
 神子は、小さな子どもも居るせいか、難しい言葉を使うことはほとんどなかった。それでも、何か威厳を感じて、イーヴァは彼女の前では萎縮してしまう。
 神子の名前はなんだったろう?
 イーヴァは祈りの格好だけで、頭では別なことを考えていた。
 皆が神子と呼ぶせいか、本名を覚えていない。最初に会った時に名乗られたはずだが、歩き疲れて、お腹も減っていて、そんなことを覚える余裕などなかった。
 そんなことを考えていると、周りから、静かな布の擦れる音が聞こえ始めた。黙祷の時間が終わって、皆が祈りの姿勢から、元の楽な姿勢に戻し始めたのだ。
 イーヴァも皆に習って、姿勢を崩した。
「では、本日分の水と食料を渡します。入り口の所にみんな並んでください」
 神子が言うと、ぞろぞろと、子ども達は入り口付近に集まった。
 イーヴァもそれに続く。
 水差しに入った水と、小麦粉で作った主食、それから、蓋の付いた椀に入った、温かなスープ。
 子どもなのだから、誰かから守られて暮らすのは当たり前だ。
 そう思っていても、心苦しい。
 小麦や野菜は、大人たちが育てているのだろう。自分も手伝いたいが、元からここに住む大人達に、それを言い出すことがどうしてもできなかった。自分達とは違う、金髪と白い肌の彼らが人間でない別なものに見えて、声を掛けるのを躊躇っているのかもしれない。
 神子は神の子どもなのだから。
「ねえ、お昼ご飯が終わったら、スウィートがお話してくれるって」
 今年で七歳になる少年が、イーヴァを見上げて嬉しそうに言った。
「よかったな」
 イーヴァが答える。
 スウィートは盲目の女性だ。普段はあまり見かけないが、子ども達に物語を話して聞かせることがある。誰もが知っている有名な昔話や、わかりやすくした歴史物、そしてこの村の伝説。
「イーヴァ兄ちゃんは、行かないの?」
「うーん。今日はサプライじいさんに聞きたいことがあるから、行かないよ」
「そっかあ」
 残念そうな顔で少年が俯くが、すぐに顔を上げて続けた。
「早くご飯食べなきゃ。じゃあ、またね」
 少年はイーヴァに手を振って、走って行った。

 昼過ぎ、一番自分が懐いているサプライに、イーヴァは声を掛けた。
「僕もそろそろ仕事したいんだ」
 サプライは、皺くちゃな顔をイーヴァに向けた。どうやら、笑顔らしい。
「よい心がけじゃ。ふむ。イーヴァに相応しい仕事があればよいが」
 サプライは暫し考え込んでいた。
 書類の整理をしているスウィートの手伝いがよいだろうか。しかしスウィートは目が見えないから、特殊な方法で書類を整理している。その方法を覚えるのは、大変だろう。それに、若い男を側につけると、ライトディルフィが文句を言いそうだ。
 そのライトが担当しているのは、「外」の情報収集と買出しだ。流石に、これは危険だから、イーヴァにやらせるわけにはいかない。
 ベナフィトは主に子ども達に一般常識から数学などの勉強までを教えているが、これもイーヴァには無理。いや、それ以前に、あの気難しいベナフィトの側に、そう何時間も一緒に居られる人間は稀だろう。神子の兄のナティセルでさえ、気が滅入っているようであった。
 自分は……
 サプライは思った。
 自分は、格闘技の師範として宮に居たが、この年になって、それを自分に請う者は居なくなっていた。お陰で、現在は皆の健康管理、つまり、食事の献立を考えたりすることが、主な仕事になってしまった。
 しかし、イーヴァはこのような地味な仕事は好まないように思える。いかにも「働いている」という感じがするものがよいだろう。
 献立を計画するよりは、料理を作る方が向いている、ということだ。
「おぬしには、弓と矢を作る仕事をしてもらおうか」
 サプライは言った。
「弓ですか?」
 イーヴァが尋ねる。
 ここでは、動物の肉を食べた覚えがない。狩など、しているようには思えない。
「重労働だが、イーヴァには丁度よいだろう」
 サプライはそう言って、満足そうに頷いた。
 イーヴァが心に浮かべた疑問には、当然ながら、答えがなかった。
「そうじゃ。わしが一人で決める訳にもいかんから、神子にも話をしておきなさい。わしの紹介だと言えば、断られることはないじゃろて」
 サプライはそう言うと、神子が暮らしている建物へ、目を向けた。
 その後、サプライは他の子どもに呼ばれ、イーヴァの相手をしていられなくなったようなので、イーヴァは一人で、神子の暮らす家へと向った。
 泉の周りの家は、床下が高い。たまに雨が降ると、泉が溢れるからだ。
 それ以外は、自分達が住む家と、なんら変わりはない。
 丸太を組んだ梯子を昇って、開け放たれた扉から、中を伺う。
 薄い布が、遮光の為に扉の内側に掛けられていて、その布が風ではためいている。
「どうぞ、中へ入ってください」
 家の中から、姿は見えないが、女性の声が聞こえてきた。
 イーヴァは驚きながら、家の中へ入った。
 一つ向こうの部屋の扉も風通し重視で開け放たれているが、声の主の姿は、この場所からは見えない。
 やがて、家の主が姿を現した。
 金髪に、青い瞳。
 白い肌は、ここに住むほかの誰よりも、白い。
「イーヴァでしたか。何の用ですか」
 名前を呼ばれ、一気に緊張する。
 初めて、自分の名前が、彼女の口から紡ぎ出されたことは、奇跡のようだとさえ思った。
 イーヴァは頭の中で用意していた、挨拶から弓矢作成の仕事を手伝うことになったこと、それから最後の挨拶までを、一息に言った。
 彼女は、微笑んでいた。
「わかりました。わたしから、担当の者にも伝えておきましょう。右手側の二軒隣の建物、あそこで、弓矢を作っているのです。明日から、朝の食事が終わったら、あそこへ行ってください」
 終始笑顔で、イーヴァに説明をしていく。
「あ、ありがとうございました」
 イーヴァは、そう言って、神子の家から外へ出た。
 緊張が解けずに、外の眩しさと相俟って、降りの梯子を一段踏み外したが、持ち前の運動神経で乗り切った。
『イーヴァ』
 神子の声を思い出す。
 少し遠く感じていた神子に名前を呼ばれて、急に近くに行けた気がした。
「イーヴァっ」
 元気な甲高い声で、名前を呼ばれた。
 チェルだ。イーヴァの方を見て、泉の向こう側で手を振っている。
 イーヴァは泉をぐるっと回って、チェルの方へ走った。
「なに?」
「ん? 別に用とかじゃないよ。用があるときしか、手振っちゃ駄目なの?」
「いや、そういうつもりじゃ……」
 イーヴァはチェルと並んで、歩き出した。
 チェルの行き先は聞いてないが、方角からして、自分達の家に戻る所だろう。
 チェルはよく笑うようになった。
 戦争で、家族がいなくなって、食べ物も無くて、皆が奪い合って……。あの頃のチェルは、いつも不安そうな、怒ったような顔をしていた。いや、多分、チェルだけではなく、イーヴァも同じような顔をしていたのだろう。
 今では、考えられない。
 今は、笑っても泣いても怒っても、そのどれもが、幸せだと思えるのだから。
「チェル、俺、明日から弓矢作成することになったんだ」
 イーヴァは先ほど決まったことを、自慢気にチェルに話した。
「弓矢? それって、戦いの道具でしょう。なんでそんなものが必要なの?」
 チェルが、訝しげにイーヴァを見た。
 その表情を見て、イーヴァは、今までの昂揚した気持ちがどこかへ消えてしまった。
 弓矢が、今回の戦争に武器として使われることはなかった。武芸でしか使わないような昔の武器は、現代の大砲には勝てない。
 それでも、守る側は、他に武器がなかったから、それらを手にとって戦っていた。
 チェルの父母は、弓を持って、死んでいた。
 抵抗しなければ、もしかしたら、命は助かっていたかもしれない。
 武器がなければ、最初から抵抗しようとせずに逃げて、逃げのびることが出来たかもしれない。
「あ、ほら、弓矢って言っても、兎とかの動物を射るようなやつだよ」
 できるだけ明るい声で、イーヴァは言った。
「そうなの?」
 不審そうな表情でチェルはイーヴァを見ていたが、イーヴァが言うのだから、と信じることにしたようだ。
 普通の会話に戻って、イーヴァはほっとした。

 

 何日か経ったある夜、一緒に居た子どもの一人が、熱を出した。レイヤは今日は朝方から、気分が悪いなどとは言っていたが、発熱は唐突だった。
 ざわめきに、今まで寝ていた子どもも起きて来る。
「大人を呼んでくるよ」
 イーヴァは看病しているチェル達にそう言って、家を飛び出した。
 泉の場所まではすぐだった。
 と、泉の側に、人が立っていた。
 白い服に、金の髪。ここに最初から居た大人の姿。
「すいません、レイヤが熱を出してるんです。僕たちだけじゃ、どうしたらいいかわからなくて」
 誰か確認せずに、後ろから大声で呼びかけた。
 振り返った、白い服の女は、神子だった。
 神子は、走ってレイヤの所まで駆けつけてくれた。
「風邪を引いたようね。昨日は突然寒い夜になったものね」
神子はそう言って、水に浸してから絞った厚手の布を、レイヤの額に置いた。
「イーヴァ、ベナフィトを連れてきてください。神子が呼んでると言えば、彼女はすぐにでも飛び起きますから」
 また、名前を呼ばれ、イーヴァは嬉しくなった。
「はい」
 返事をして、また家から出る。今度は、ベナフィトが住む家へ向った。
 ベナフィトを連れて戻ってくると、レイヤの枕もとで、神子が囁いていた。
「少し、気分がよくなる魔法をかけます」
 神子はそう言うと、何かを呟きはじめた。
 魔法は、確かに効いたようで、レイヤは正しい息遣いで眠り始めた。
 ずっと、おまじないの一種だと思っていた「魔法」を目の当たりにして、イーヴァは息を呑んだ。
 神子の魔法を受けたのが自分でなくて、少し残念な気がした。
「ベナフィトに薬を作ってもらいましょう。レイヤが目を覚ましたら、何か食べさせてあげて、それから、薬をあげてください」
 神子はそう言うと、子ども達が住む家から、外へと出て行った。
 ベナフィトは、じろり、と子ども達を見回すと
「はいはい、みんなはもう寝ましょうね。レイヤの看病は私がするから、子どもは良く寝て、よく食べる!それが仕事よ」
 と言った。
 すぐに怒るし、あんまり優しいと思った事は無かったが、本当は結構良い人なんだと、イーヴァは思った。
 寝ろ、とベナフィトに言われたが、イーヴァは外へもう一度出た。
 神子にもお礼を言いたくて、泉へ向った。
 しかし、泉には神子は居なかった。
 神子の住まいには、まだ人が居る気配がない。
 どこだろう?
単に神子にお礼を言いたくて、イーヴァは辺りを探し始めた。
 甘い香りが立ち込める、薔薇園に、イーヴァは辿り着いた。初めて来たわけではないが、夜に来ると、随分と雰囲気が違っていて驚く。
 神子が、薔薇の中に居た。
 月明かりが彼女を照らし、風が吹くと、水を被ったような彼女の髪は煌めいていた。
「神子」
 イーヴァは少し離れた所から、彼女に声をかけた。
 あまり近づくのは、失礼だと思ったからだ。
 けれど彼女は、空に目を向けたまま、イーヴァには気付かないようだった。
 仕方なく、イーヴァはもう少し、神子に近づいて、再度声を掛けた。
「神子」
「わたしを、名前で呼んでくれますか?」
 神子が言った。

Illustration:季和凪
(画像をクリックすると新しいウィンドウが開いて大きなサイズで見られます)

シュライン
シュライン
 まさか、自分が名前を覚えていないことを知っていて、そんな意地の悪いことを言うのだろうか。
イーヴァは思うが、神子の真剣な顔を見て、また、緊張してしまった。
「イーヴァですね。わたしは、シュラインと申します。ウィケッド王家の長女。この世を救ったナティセルの妹」
 神子が言った。
「物語を、覚えていますか? スウィートが、貴方達が来た時に、教えた物語を」
 ああ。
 イーヴァは思い出した。
 スウィートが、この小さなオアシスの伝説だと、教えてくれた話。
 二人の戦士と、二人の魔法使い、それから月の神子の、冒険物語。最後に悪を倒して終わる、典型的な英雄物語。
「伝説になるほど、昔のことではないのよ」
 神子は、また空を見上げた。
「シュライン?」
 名前を、反復して、イーヴァは言った。名前を確認しただけだったが、シュラインはイーヴァを振り返って微笑んだ。
「ありがとう、イーヴァ」
 いつもの、憂いのある微笑ではなくて、屈託のない微笑みに、イーヴァの胸が高鳴る。
「あなたの声は、あの人に似ているわ。そうね、スウィートの話で言うと、魔法使いの一人ね」
 でも、スウィートの話では、魔法使いは、魔法使い同士で幸せに暮らした、となっていた。
 シュラインは、話の中に出てきていただろうか。
「イーヴァ、空を見て。わたしは、夜の空が好き。宇宙が、見えているんだもの」
 あの人が、まだこの宇宙のどこかで、生きている。
 シュラインの白い肌に、月明かりが反射して、姿が浮かび上がる。
 そのまま、飛び立っていきそうなくらいに。
「スウィートの話には、出てこなかったでしょう。魔法使いに恋した、ただの町娘」
 シュラインが笑った。
 白い歯が覗いて、これまでの彼女とは違った魅力が現われる。
 空を見て、と言われたが、イーヴァの目はシュラインに向けられて、他のものを見る余裕がなかった。
「イーヴァ!」
 後ろから、甲高い声が自分を呼んだので、流石にイーヴァは振り返った。
「チェル……」
「うわぁっ。神子さま! すいません。イーヴァが邪魔しましたか?」
 あたふたと、妙なジェスチャーで、チェルは謝っている。
 邪魔したのはチェルだろ
 と思いつつ、イーヴァは神子に向き直った。
「シュラインさま、今日はありがとうございました」
 いくらなんでも呼び捨てにすることはできず、イーヴァは礼を言った。
「……おやすみなさい」
 シュラインはいつものように微笑んで、挨拶を囁いた。
 チェルに引っ張られるようにして、イーヴァは薔薇園を後にした。

『魔法使いに恋した、ただの町娘――』
 シュラインの言葉。
 その言葉は、ずっと、イーヴァの心に引っかかっていた。
 スウィートの話には登場しなかった。それは、シュラインのことなのだろう。けれど、誰に聞ける訳でもない。
 チェルには聞いてみたが、当然、知らない、と答えられた。

 とりあえずは、翌日から、イーヴァは弓矢作成の傍ら、ライトディルフィから魔法を学んでみる事にした。
 魔法使いになれば良いってものじゃないことくらいは、分かる。
 それでも、シュラインの為に、何かしてあげたかった。
 声が似ていて、名前を呼んで欲しいのなら、いくらでも呼んであげたい。居なくなった魔法使いの変わりに、自分がなれるのなら、何でもできる。
 いつか、本当に大人になったら、魔法使いの代わりではなくて、イーヴァ自身として、必要として欲しいと思って。

-End-

作品目次へ 作品紹介へ 表紙へ戻る

 

index>総合目次>最後の戦士達TOP>魔法使い