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竜の剣のはじまりの物語

 翌朝から、港へ向かって出発した。
 今度は九人のエルフは居ない。フリードはあからさまに嫌そうな顔をしながらも付いて来た。レナは屋敷に残った。
「港で人を雇う。船はもう手配してあるから、竜退治に付き合ってくれる変わり者を探すだけだ」
 クレイスが言う。
 船を買うよりも難しそうだと、リリーは思った。
「若、話があります」
 フリードが言う。
「なんだ」
「若が帰ってくるまでに調べておいたことですが、竜殺しについて……」
 ちらっと、リリーに視線を向ける。やはり冷たい目だ。まあここまではっきり嫌われているのが分かると、逆にすがすがしい気もする。
「休憩にしようか」
 クレイスが言った。
 まだクーボワから出ていない。来る時にも立ち寄った休憩所に、三人は入った。
「竜殺しについて調べました。七年前のことだそうです。人族は色々なものを信仰していますが、竜を信仰している村があったそうです。その村の人間は竜と会話できる能力を持っていたとか。その村では火竜の子どもを、神として祀っていたそうですよ。ところがある日、竜と会話できるという竜の巫女がその子竜を連れ出してしまい、その後どこを探しても、火竜も竜の巫女も見つからなかったそうです。それで、その竜の巫女は、竜を殺したと、『竜殺し』と言われるようになったのだそうです」
 フリードが話す。
「なるほど。その話は本当か?」
 クレイスがフリードにではなく、リリーに尋ねた。
 リリーは頷く。フリードの話では抜けている部分も多いが、粗方彼の言う通りで間違いない。
「そうか」
 クレイスが息を吐く。
「そんな気はしてた。リリーが竜を殺せるとは思えなくて、ずっと疑っていた。リリーから言ってくれると思っていたのだが、フリードが先に言ってしまったな。疑って悪かった。竜殺しのリリーは、間違いなく、あなたなのだな」
 クレイスの言葉に、リリーは目を見開く。まさかそう返されるとは思わなかった。竜殺しのリリーという異名そのものを、リリーが騙っているのではないかと、クレイスは疑っていたというのだ。そして、リリーが竜を殺せないということを、最初から分かっていたというのだ。
「じゃあ、なんでわたしを……」
「何か手段があるから、一緒に来てくれたのだろう? わたしが脅しをかけたからではないと、思いたいところだ」
 クレイスがリリーを見つめる。
 手段はもちろん考えている。
「倒すのではなくて、交渉するの。欲しいのは牙か爪でしょう? 牙は無理かもしれないけれど、爪ならどんどん伸びるから、ちょっとくらい貰っても大丈夫だと思うの。もちろん、竜がわたしの話を聞いてくれるとは限らないんだけど」
「成功する可能性は?」
 リリーは首を左右に振った。
「話を聞いてくれない可能性が高いわ。話を聞いてくれれば、五分五分。話を聞いてくれるのなら、仮に爪を貰えなかったとしても、命は助けてもらえると思うわ」
「……そうか。わたしが考えていたよりも、可能性は低いのだな」
 クレイスが短くため息を吐く。
「その可能性で、リリーは構わないのか」
 構わないから、行こうとしているのだ。
 リリーは頷く。
 村を出てからずっと考えていた事だ。今更確認される必要もない。
 ただ、村を出るときは、村の人たちの安全の為に行こうと思っていた。けれど今、クレイスが村の人たちに危害を加えないとわかってからは、クレイスの為に行こうと思っている。
「わたしが行かなくても、クレイスはひとりでも行くでしょう?」
「まあ、そうだな」
 リリーが言うと、クレイスが笑った。
「じゃあ、行こうか」
 クレイスが立ち上がって休憩所から出る。
 フリードとリリーもその後を追った。
 半日ほどで港に着いた。
「リリーが言った方法の場合、現地へ行く人間は何人必要になる」
 クレイスが言う。
「わたしひとりで良いわ」
「わかった。待たせていた船乗りに声を掛けてくる。リリーは先に船に行っててくれ。フリード、船まで案内を頼む」
「かしこまりました」
 フリードが先を歩き、リリーはそれに付いて歩いた。
 フリードは今も澄ました顔をしている。船酔いが酷く、船という単語にさえ嫌悪感を抱くと聞いたが、実際どうなのだろうか。
「あの船だ」
 フリードが一隻の船を指差す。かなり大きな船だ。
 しかし、フリードがそこから動かない。
 リリーはフリードを追い越して、振り返った。
「行かないの?」
「いや。行く。行くから。先に行っててくれ。わたしは若を待つから」
 まだ船までは遠いが、明らかに先ほどまでと表情が違う。
 笑いたかったが、さすがに本人の前で笑うのは失礼だ。本人にとっては一大事なのだろうから。
 フリードを置いて、タラップを渡って先に船に乗り込む。
 船には何人かの船乗りが居たが、忙しそうに動き回っていて、リリーには気づいていないようだった。船の甲板に出てみる。甲板から水面を見下ろすと、水面は随分下にあった。
「あんまり身を乗り出すと危ないよ」
 髭を生やした男がリリーに声を掛けた。
「はい。気をつけます」
 甲板で船乗り達の作業を見学しているうちに、クレイスとフリードが来た。
 フリードの方はすでにかわいそうなくらいに青褪めている。
「食料を乗せたら出発するぞ」
 クレイスが言う。
「了解」
 声が聞こえる範囲に居た船員が、返事を返す。
 聞こえないくらい遠くに居た船員には、別の船員が次々と伝えているようだ。
「リリー、付いて来てくれ。部屋を案内するから」
 クレイスに呼ばれて、リリーはそちらに歩いた。
 クレイスとフリードと、もうひとり立っている。この船の船長だそうで、エルフ族だった。船長以外の船乗りは皆人族ということだった。
 リリーに与えられた部屋は、クレイスの部屋の隣だった。フリードの部屋は聞いていないが、同じ廊下のどれかなのだろう。
 船員の部屋は下の方にあるのだそうだ。
 操舵室で、航路の説明を受ける。が、ここで使われているのもエルフ族にしか読めない石版で、リリーも一緒に聞いてみたが、さっぱり意味がわからなかった。
 順調に行けば十日程で卵の島に着くらしいということは分かった。
 フリードはどこへ行ってしまったのか、近くに居ない。聞くのもかわいそうな気がした。
 部屋に戻る。クレイスの家と違うのはもちろん、リリーが住んでいた家とも雰囲気が違う。
 部屋の扉を開けたままで、部屋の様子をうろうろと見ていたら、廊下をフリードがふらふらと横切って行った。
 ああ、辛そう。
「大丈夫?」
 廊下に顔を出して声を掛ける。
 すると、今まで見たこともないほどきつい眼差しで睨まれてしまった。
「大丈夫だ。お前なんかに心配されなくても」
 クレイスの部屋の向かいの扉を開けて入っていく。大丈夫そうには見えないが、酔わなくなる方法があるわけでもないので、リリーは気にしないことにした。
 いつのまにか船が動き出したようだ。さっきからずっと波で揺れていたので気づかなかったが、港からもう結構離れている。
 部屋にある丸い窓から外を眺めてみる。雲行きが怪しい。時化そうだった。
「リリー、居るか?」
 扉の向こうでクレイスの声がしたので、リリーは扉を開けた。
「航路の説明、どうせわかってないのだろう。わたしが直々に教えてやろう」
 偉そうな言い方がちょっと気に入らないが、他にやることもないので、喜んで招き入れる。
「ここがクーボワだとすると、ここに卵の島がある。その途中にアセンっていう港町があるのだ。その町までは四日もあれば着くらしい。その町で一日休んで、それから卵の島へ向かう。アセンから卵の島までは六日ほどだそうだ」
 紙に書き記しながら、クレイスが説明した。
 地形らしきものを描いているが、それが正しいのかどうか、リリーには分からない。
「という説明を、さっきフリードが居なかったから、フリードにしようと思ったのだが、四日とか六日とか聞いたら卒倒しそうだったから、辞めてリリーの所に来た」
 賢明な判断だと思う。
 説明に使った紙は、リリーに持っておくように言う。
「天気が崩れそうなんだけど、フリードは大丈夫なのかしら?」
 リリーに言われて、クレイスも窓から空を見上げた。
 さっきリリーが見たときよりも、さらにどんよりと曇っている。
「なんとかしてやりたいが体質の問題だろうし、どうしようもないな。来なくて良いと言ったのだが、『若を守るのが勤めです』なんて言って聞かないんだ。で、どうせ倒れるだろうから、レナを世話のために連れてこようと思ったのだが」
 言って、クレイスはわざとらしくため息を吐いてみせた。
「レナはリリーとも仲が良いしな。だが、フリードに大反対されたのだ。そんな恥ずかしい姿を見られたら、面目が立たないんだそうだ」
 普段偉そうにしているフリードが船酔いで死にそうな顔をしているのは、確かにちょっとおもしろい。しかしそれよりも、なんとも惨いのだ。面目とか言っている場合では無いだろうと思う。
 リリーやクレイスがフリードの世話をしようとしても、絶対にフリードは断るだろう。ひとりで頑張るつもりなのだ。
「ということで、本当に死なれては困るので、レナを連れて来た」
「へ?」
 扉から、見計らったようにレナが入ってきた。
「リリー、ご一緒できて嬉しいですわ」
 スカートの裾を少し摘みあげて、かわいらしく会釈する。
 いつの間に乗っていたのだろう。広い船なので、気づかなくても当たり前だ。
 クレイスの命令で、早速レナはフリードの世話に移った。
「レナが気にしないなら、フリードに譲ろうかと思ってる」
 クレイスがリリーに言った。
「え、何を? ってああ、奴隷の?」
「フリードはレナみたいな従順で必死そうなのが好きなんだ」
「へぇー」
 従順なのは、屋敷に居る奴隷は皆そうなのだろうが、必死そうというのはあまり居ないだろう。レナがいつも必死なのは、あまり要領がよくないことを自覚しているからこそだ。
「奴隷と言う階級を消すことができるなら、本当は消してやりたいが、生まれながらの奴隷は階級を変更することができないのだ」
「そうなの? 何で?」
「ん、まあ、何人もの主人を渡り歩いてきたわけだから、その間には色々あるわけで。精神的に問題を抱えていることが多かったり、まあ色々と問題が」
 言葉を濁す。
 貧乏や親の罪などで奴隷に落ちた場合は、ある程度の金銭を積めば元の階級に戻してもらえるのだが、生まれながらの奴隷は、戻るべき階級が元々無い。それが第一にあって、もう一つの問題が、クレイスが言ったようなことだ。
「レナは話を聞いた限り、あの店が一番長いみたいで、その前の主人が死亡した際に売りに出された。それより前に二人の主人が居たようだが、二人とも高齢の婦人だったそうで、孫のように可愛がってくれたと言っていた。この二件は、実際の孫や子どもが帰ってきてから売りに出されたそうだ。だから、レナに問題はない」
「あまり、人を売るとか買うとかの話は、好きじゃないわ」
 リリーが言う。
「ああ、すまない。もう止める」
 クレイスが言っていることは分かる。誰が作ったのか知らないが、奴隷という階級があるのは事実で、レナのように生まれてからずっと奴隷の人間が、どんな扱いを受けてきたか想像するのは難しいことではない。ただレナはそうではなかったと。それほど不幸な扱いは受けていなかったと。レナ過去のことなど、リリーやクレイスは気にしないが、フリードは気にするのかもしれない。
 風が強くなり、雨が降り出した。
 船の揺れはさらに酷い。
「旦那様ぁっ」
 部屋の扉を勢い良く開けて、レナが入ってきた。
「フリード様が倒れてしまいました」
「ああ、そう。それは予定通りだから、介抱してやってくれ。ずっと気絶してくれていた方が、多分本人も周りも気楽なのだろうが」
 素っ気無く言う。
 レナは一礼して部屋を出て行った。
「リリー、陣取りゲームしよう」
 クレイスが言って、隣の自分の部屋から、ゲーム盤と駒を持ってきた。
「遊び方知ってる?」
「知らない」
 基本的な決まりは、自分の駒で相手の駒を挟めば取れて、最終的に取った駒と残った駒の合計が多いほうが勝ちというものだ。敵に囲まれたところには駒を置けないとか、二つ並んだ駒を取る場合は隣合わせに自分の駒が並んで無いといけないとか、細かい禁止事項も色々あるが、基本的な部分は単純だった。
「わたしが勝ったら、わたしの頼みを聞いてくれるか?」
 クレイスが言う。
「わたしこのゲームやったことないのに、そんな不利な条件飲むわけないでしょ」
「最初からリリーが十駒持っているということにして良いから」
 結局、言いくるめられて、その条件で勝負することになった。
 結果は、何のことはない。リリーの圧勝だった。もう一勝負、今度はハンデ無しでということでやってみるが、やはりリリーが勝った。
 リリーがこういうゲームが得意なのか、それともクレイスが実は弱いのか。
 続けてもう何戦かやってみた。駒を変えてやったりもした。しかしリリーが全勝した。
「わたし才能があるわね」
「むぅ」
 クレイスが顔を顰めている。
「結局、頼みって何だったの?」
「いや、大した事じゃない。ただ、竜に会いに行く時に、わたしも一緒に連れて行ってもらいたい」
 リリーは笑った。
「なんだ。そんなこと? 最初からクレイスと一緒に行くつもりだったわ。だって、わたしがひとりで行って竜の爪を貰ってきたとしても、それが本物かどうかなんて、そう簡単には信じられないでしょ」
「そうなのか? ひとりで行くとか言ってたからてっきり。なんだ、だったら別の頼みにすればよかったな」
「そういうのはわたしに勝ってから言ってよ」
 クレイスが腕組みした。
「うーん。よし、ちょっと作戦を練ってくる。そろそろ晩飯だと思うから、その後また勝負だ」
「望むところよ」
 部屋を出るクレイスに向かってリリーは言った。

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