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竜の剣のはじまりの物語

 予定通りにアセンに着いた。アセンは半島にある町だそうだ。一日地上に降りられるということで、フリードは気分が悪そうでありながらも、大変喜んでいるように見えた。
「地面が揺れてませんわ」
 レナがフリードに当たり前のことを語りかけている。
 クレイスは、船長に色々聞いたり指示したりしている。
 リリーは船から降りた。それまでのふわふわした間隔がなくなって、確かに地面に降りたというのが分かる。
「リリー」
 後ろから、クレイスに呼び止められた。
「アセンは初めてだろう。名所を船長に教えてもらったから、一緒に行こう」
「わかったわ」
 先日のことを気にしていないと言うと嘘になるが、気にしていても何も変わらない。クレイスはあの日以降、リリーの部屋に遊びに来なくなったが、ひとりでレースを編んだりしている方が落ち着いて良かった。クレイスの剣の飾り紐も作ろうかと考えはしたが、白い糸しかなかったので諦めた。
「レナたちは?」
「フリードがそんなに早く復活するものか。どうせ今日一日倒れたままだ」
 フリードが倒れているのはどうでも良いが、レナも一緒に遊びに行けたらいいのに、とリリーは思った。
「アセンは古くからの港町で、海の玄関口として栄えたそうだよ」
 どうせ船長からの受け売りなのだろう。クレイスがアセンの歴史について語っている。
 華やかな印象は無いが、人やエルフが多く行き交っていて活気があった。
 エルフ族が作った残っている中でも最古の船だとか、石を積み重ねて作った古い灯台だとかを見物して回る。名物の市場にも行った。リリーはお金を持っていないので何も買えないが、クレイスが色々買っていた。リリーにも好きな物を買ってやると言っていたが、リリーは断った。レースを編むための糸が欲しかったが、糸は市場では売っているのを見かけなかった。
 クレイスが荷物を持ちきれなくなったので、宿に行くことになった。
 船で一泊しても良かったのだが、フリードのことを考えて、せっかく陸に寄ったのだから地上の宿で一泊しようということになっていたのだ。
 宿は既に手配しているということで、リリーはクレイスについて宿に向かった。
「他のお客さんは?」
「ん、居ないよ」
「貸切?」
「うん。船員も、希望するなら泊まればいいと思ったし」
 いつもながらに、桁外れなことをする。
 宿に入ってすぐに見える食堂では、すでに船員達が集まって酒盛りをしていた。
「貸切にすれば、船員が騒いでも誰にも迷惑かけないだろうし」
 クレイスがそちらに目をやって言った。
「旦那ぁ」
 食堂から髭面の男がクレイスに声を掛けた。
「これ全部旦那のおごりって本当ですか?」
「ああ、当然だ。世話になってるからな」
「さすが旦那だ!」
 すでに相当飲んでいるようで、大笑いしながら、男は席に戻って行った。
 部屋は一番上の階だった。船員達はそれより二つ下の階から下を自由に使うように言ってあるそうだ。
 一番上の階は部屋が元から四つしかない。一部屋が他の階と違って広くなっている。クレイスの屋敷ほどではないが、相当に豪華な部屋だった。
「船と同じで、ここがリリーの部屋で、隣がわたしの部屋だ。リリーの部屋の向かいがレナの部屋。わたしの部屋の向かいがフリードの部屋だ」
 クレイスがリリーに鍵を渡して言う。
「夕食は食堂が良いかと思っていたが、あの様子じゃ大変そうだから、部屋に持って来て貰おう」
「わかった」
 リリーは部屋に入ろうとした。
 後ろから肩を掴まれて、リリーは振り返った。
「それで、リリー。夕食が終わったら、わたしの部屋に来て欲しい。真面目に話したいことがあるから」
 真面目に話したいこと?
 いつも不真面目に話しているのか、なるほど、と思いながら、リリーは頷いた。
 辺りが薄暗くなったころ、部屋に夕食が運び込まれた。食べ終わった食器は部屋の外に置いておけば勝手に持っていくということだった。夕食は部屋の雰囲気に見合って豪華だったが、船と違いひとりで食べたので、あまりおいしいと感じられなかった。
 宿にいるはずのレナやフリードとは一度も顔を合わせていない。フリードは船から降りたら丸一日寝込むらしいので、レナも介抱するのに大変なのだろう。
 食器を部屋の外に出して、リリーはその足で隣のクレイスの部屋に向かった。
 部屋の扉を叩いて、クレイスの返事を聞いてから中に入る。自分はクレイスのように、突然部屋に入ったりしない。
「話って何?」
 部屋に入ってすぐに聞く。
「ん。真面目な話。だから、椅子に座ってくれないか」
 クレイスに言われて、リリーは部屋の中央にどかっと置いてある応接椅子に腰掛けた。リリーの部屋にも同じのがあったので、その一見豪華すぎる椅子に座るのに抵抗は無い。
 クレイスも低い机を挟んだ向かい側に座った。
「リリー、これからわたしたちは卵の島に向かって出発するわけだが、リリーは、本当に構わないのか? 危険なのだろう」
 リリーは卵の島のことを詳しくは知らない。ただ、竜が沢山住む島で、リリーが昔助けた火竜の子もそこで生まれたと聞いている。
「危険なのかどうか、わからないわ。行ったことないし。でも竜が危険なことは確かよ」
 竜の力は自分の目で見ているから、間違いなかった。子竜はほとんど力を持たないが、成長した竜は一匹でも脅威だ。
「それでも、リリーは行くのか」
「クレイスが行くのなら、わたしも行くしかないでしょ」
 言われて、クレイスが俯いた。
「うん、そうだな。わたしは行く。竜の剣を創ることはわたしの夢だったから、諦められない。でも、リリーが行く必要は無い」
「だから、わたしが行かなかったら、万に一つも可能性は無いのよ。エルフ族では竜族には絶対勝てないんだから」
 竜族が牙や爪に持っている毒は、エルフ族を死に至らしめる。少しでも傷が付けば、そこから毒が回って死ぬそうだ。エルフ族だけで行くのは、死にに行くのと同じだ。
「わたしは、あなたに助けられた。わたしは、わたしの女神を危険な目に合わせるわけにはいかない」
「でも、夢を諦めたくもないんでしょ?」
 リリーが言うと、クレイスは頷いた。
「わたしが行くって言ってるんだから、良いじゃない。なんでわざわざ止めようとしてるの? 何か都合でも悪くなったの?」
 クレイスは何が気に入らないのだろう。
 自分をここまで連れてきたのはクレイスで、別にクレイスに反発しようとしているわけでもないのに。
「なぜ分からない?」
 クレイスが言った。
「わたしは、わたしが愛する人を死なせたくないのだ。エルフが人間を好きになることが馬鹿げているか? 何かおかしなことか?」
 リリーは息を飲んだ。今自分が、クレイスからなんと言われたのか、何度も心で反芻した。
「何を……言ってるの……?」
 言葉の意味は理解している。ただ、納得ができない。ありえないことだと、言い聞かせている自分が居る。
 エルフ族が、人族を好きになるなんて。
「これを、」
 クレイスが、赤い花を取り出した。
「こっちでは売っていなかったから、レナが押し花にしていたのを譲ってもらった。もう一度、受け取って欲しい」
「駄目よ。受け取れない」
 声が震えた。
 前の時は、「女神として愛している」ということで無理やり受け取ったが、今回は違う。
 怖い。受け取れない。
 決して受け取るまいと、両手を握り締める。
 エルフ族と人族は、決して結ばれない。それが常識で、世界の理で、それを破ることが怖い。
「わたしは、リリーが好きだ」
 リリーの手を無理やり開いて、赤い花を握らせる。
 一度手に持ってしまったら、それを捨てることも怖かった。
 柔らかな椅子の背もたれに、リリーは押し付けられた。
「嫌なら、嫌だと言って」
 クレイスがリリーの耳元で言って、リリーの頬に口付けた。
 目を固く閉じてそっぽを向いたリリーの顎を掴んで引き寄せて、クレイスは唇を寄せた。
 柔らかな唇同士が触れて、その柔らかさに驚いて、リリーは目を開ける。
 目の前に、クレイスが居た。居るのは分かっていたが、その大きな瞳に引き込まれる。
 エルフ族の瞳は人族とは違う。猫のように、昼間は瞳孔が細長く、暗い場所では瞳孔が大きくなる。
 大きな瞳は海のように青く、瞳を覆う涙が部屋の明かりを反射して時々煌く。
「だめ……」
 拒否する。
 このままでは、身も心も、クレイスの虜になってしまいそうだ。
「嫌?」
 クレイスに尋ねられる。
 嫌だと言ったら、多分クレイスはここでやめるだろう。そしてもう二度と、こんなことはしないだろう。
「だって、あなたはエルフ族で、わたしは人族だから……」
「そんなの、どうだって良い。それ以前にわたしはひとりの男で、あなたをひとりの女性として愛しているから」
 クレイスがリリーを抱き上げて、立ち上がる。
 自分が危うい場所に居るような気がして、リリーは震えた。
 寝台に運ばれて、何度もキスをされる。やがてそれは、深い口付けへと変わる。
 クレイスがリリーの衣服を脱がせていく。リリーは抵抗しなかった。嫌だと言えないのが、答えだった。
 クレイスの言いなりになっていたい。
 そう思う。
 自分からは、クレイスの背に手を回すことすらできなかった。
 クレイスの手が、普段は衣服に隠れている部分に直に触れる。以前下着姿を見られた時もそうだったが、顔から火が出るほど恥ずかしかった。
「わたし、火傷の跡があって、汚いでしょ」
 声を絞り出す。
「火傷の跡が汚い? どうして? これはあなたが竜を助けた時に得た、勲章だ」
 鎖骨の下を横切るような火傷の跡に、クレイスが口付ける。
「もちろん、時間が経てば消えるだろうけど……」
 少し残念そうに言った。
 さっきまで何を怖がっていたのか、今は分からない。クレイスと結ばれるのは何も怖くない。今はただ、嬉しかった。

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