3
ファーシィは小さなテントに二人で寝ることを望んだが、リードラは断った。
「リードラ、あなたの目、珍しい色をしてるのね」
ファーシィが言った。
「暗くて見えなかったはずだ」
ゴーグルを付けながら、リードラが言う。
「これだけ明るければ分かるわよ。綺麗な色ね」
「綺麗な色? これがか?」
付けかけていたゴーグルを、リードラは脇に投げた。
テントに入って、灯りを強くする。
薄い灰色の瞳だった。白と言っても良いかもしれない。
瞳孔の黒色だけ、はっきり見える。
その目で、ファーシィを見た。
「これでも綺麗な色か? みんな気持ち悪いって言うぞ」
ファーシィは首を傾げた。
「珍しいとは思うけど、気持ち悪くなんかないわ」
ファーシィが言う。
「エルフの血筋なんじゃないかしら。エルフの血筋の人って、珍しい色してる人が多いから」
当たり前のように『エルフ』という言葉が出てきた。
昔この地に居たと言われ、今はもう居ない種族。
どこかの森に住むと噂されるが、実際に見たと言う人は居ないし、自分の祖先がエルフだなどと言う人も居ない。
もう居ないのだ。
新しい政府ができて、エルフという種族は居なかったことにされた。
リードラの家族も、外見が人間と異なる者は殺された。リードラがまだ幼い頃のことで、自分が本当にエルフの血筋なのかどうかは分からないままだ。ただ、他の人と外見が違うというそれだけで殺されたのだという覚えはある。
リードラはエルフの子孫だと語る祖母の影響で、幼い頃は自分もエルフなのだと思っていたが、今は人間だと信じている。自分は人間でなければならず、それを証明しなければならないのだ。
「エルフなんて軽々しく口にするな。今の時代にエルフなんて居るわけがない」
「そうなの? わたしが小さい頃には、沢山エルフの血を引く人が居たわ。さすがに、エルフには会った事がないけれど」
エルフが居なかったことにされたのは、リードラが生まれるよりずっと前の話だ。それまで歴史だと教えられていたものが、物語になった。少なくとも、リードラは学校でエルフについて習ったことはない。
「それに、この町はエルフが住む町って言われてたのよ?」
ファーシィが言う。
「ああ、知ってるさ。うちのばーさんも言ってた。昔、俺達の先祖はここに住んでたんだってな」
「まあ。じゃあ、やっぱりリードラもエルフを信じていないわけじゃないのね」
明るい声でファーシィが言った。
ファーシィが何も分かっていない事に、リードラは苛立つ。
「あんた、本当に知らないんだな。今までどこで生きてたんだよ? エルフは居なかったことにされたんだ。うちのばーさんみたいに、自分がエルフの子孫だなんて言ってた奴らは、悪神に心を売ったとか言われて、みんな処刑されちまった。俺みたいな、目の色だけとかなら隠し通したけど、耳が尖ってたり、髪が青かったりする奴らも処刑だ。俺の村に居た人間、ほとんど殺されたんだよ。エルフが居なかったことにする為に」
ファーシィが悲しそうに俯いた。
「そうだったの。それで、彼はわたしを連れて、あんな遠くまで逃げたのね。わたし知らなくて、ただ、自分があの人と幸せになれるんだと思って。……あの人の苦労も知らずに」
うな垂れたファーシィの白っぽい金髪が、後ろから前に流れた。
死んだ夫のことを考えているのだろう。
そう思うと、リードラはもうファーシィの側から早く離れたかった。
リードラはテントから出た。
「ディガーソードのこと、知ってる?」
ファーシィが言った。
「昔々、ひとりのハーフエルフの青年が、その剣を使って、この国を悪政で支配していた悪いエルフの王様を倒したの。その後ハーフエルフの青年が王になって、良い国になったの。その時の剣は、竜の山の洞窟に封印されたの。だから、この町はそれを守ってるのよ。その剣はエルフの命を一瞬で奪う、すごい剣なんだって」
それは、御伽噺として小さな子どもに親が聞かせる物語だった。リードラも知っている。
「知ってる。剣に触れればエルフなら一瞬で死ぬ。だから、俺はそれを探してるんだ。竜の剣ってやつだ。それを触って生きてれば、俺はエルフじゃない。人間だと証明できる」
瞳の色が違うというだけで、忌み嫌われてきた。目の病だとか言って友人には言い訳もできたが、友人でもない他人の噂を止めることはできなかった。リードラは悪神に魂を売ったのだと。
「それが目的だったのね。もし、剣を見つけたらわたしにも見せてね。取ったりしないから。わたしは見てみたいだけだから」
ファーシィが言う。
リードラはそれには答えなかった。
「もう寝よう。明日もまた道を探すんだから」
「分かったわ」
ファーシィがテントの灯りを消した。
リードラは眠らなかった。目を閉じてじっとしているだけ。それだけで、翌朝までに睡眠を取ったのと同じだけ休めている。それが他の人と違うことは小さい時から知っていたが、誰かから気味悪いと言われるまでは気にしていなかった。いつからだったか、夜は寝たふりをするようになっていた。
気味が悪いと言ったのは誰だったろうか。彼らにとっては、珍しい瞳の色や、眠らなくても大丈夫なところが、気味が悪いらしい。学友にも言われた。養父にも言われた。恋人だった女にも言われた。他にも言われたが、いちいち覚えていられない。
竜の剣を手に入れて、自分が他と同じ人間であることを証明できれば、自分だけでなく、同じように迫害されている人達も救うことができるだろう。
リードラは、それこそが自分が生まれて来た意味だと思っていた。
生き残った自分の使命だと。
思い込むことで、生きてきた。
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