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竜の剣の最後の物語

 リードラを横に休ませて、ファーシィはその傍に座っていた。
 灯りはすでに消えていた。ただ、薄く光る石があるので、完全な暗闇にはならない。
 リードラは目を覚ました。
 本当に眠ったのは、物心が付いてからは初めてだった。
 酷く疲れたらちゃんと寝るんだな、などと当たり前のことに感心する。
「良かった。思ってたより、回復が早くて」
 ファーシィがリードラに微笑みかける。
 リードラは立ち上がると、衣服に付いた土を払った。
「あいつは、ヴォルテスはどうなった」
「分からないの。炎が燃え移って、それで、死んだのか……。でも、体が見当たらないし。もしかしたら元々実体が無かったのかも、なんて思ってる」
 ファーシィの説明は、リードラの記憶と相違なかった。
「最初から、亡霊と戦ってたのかもな」
 リードラが言った。
 そうであれば良い。しかし、亡霊を殴ったりできるものだろうか。男は現実だった。
 エルフだと言っていたが、結局、人と何も変わらないではないか。父を殺されて母の為に復讐しようとする。人でもやりそうなことだ。
 ファーシィが立ち上がって、竜の剣だった刃に手を伸ばした。
「でも、竜の剣の力かもしれない」
 ファーシィが言う。
「炎で死んだんじゃなくて、竜の剣に触れたから死んだのかもしれない」
 ファーシィは、地面に無造作に置かれた刃を見つめた。
 しかし、ファーシィがそれに触れる前に、リードラがそれを掴み上げた。
 ファーシィの視線が刃に注がれたまま、それを持つリードラに移る。
「お願い、触らせて。竜の剣を」
 ファーシィが言った。何かを決心した、強い視線だった。
「駄目だ。ファーシィ、あんた死ぬ気だろう? あんた、自分がエルフの血筋だって言ったじゃないか。エルフの弾圧が始まった時、旦那はあんたを連れて逃げたって」
「あ」
 ファーシィは刃へ向かって伸ばした手を、自分の頬に当てた。
 その指が細かく震えている。
「わたしは、……だって、もう」
 手を胸の前で握り締め、ファーシィはリードラを見上げた。
「あなたなんかに、何が分かるの? 十六歳で人間に出会って、恋をして、結婚して、村を出たわ。わたしがエルフの血を引いているから、彼は子どもは要らないって言ってたわ。それでも、彼だけ居れば幸せだった。なのに、わたしは何年経っても姿が変わらない。ハーフエルフだって全員が長命なわけじゃないわ。だから、わたしは年取るまで気づかなかったのよ。わたしが、わたしだけが若いままで生き続けることになるなんて」
 ファーシィの目から涙が溢れ出す。
「彼が五十歳の時、遠くへ逃げたわ。リードラが言ってたエルフ狩りが始まったのね。リードラから聞くまで知らなかった。彼はすごく年が離れたように見えても、昔のままわたしを愛してくれてたわ。でも、彼は死んでしまった。もう六十年も昔の話よ」
 ファーシィは自分の両手を見つめた。
「見て、わたし全然年を取らないの。本当はもう、百歳を越えているのに。あの男と同じね……。もうずっと一人ぼっちなのに、エルフの血のせいなのか、普通の刃物はわたしに通らなかったし、食事をしない期間が長くても死ぬ事ができなかった。普通の人なら死にそうな状況でも、わたしは生き残った。もう生きていくのが辛いの。竜の剣でしか死ねないの」
 リードラは自分の手の中の刃を触ってみた。
 リードラには何も起こらない。死んでいない。
 リードラもエルフの血を引いている。信じたくはないが、それが真実だ。だが竜の剣は何の反応もない。純粋なエルフにしか効き目がないのか、古くなりすぎて使えなくなったのか、元々が作り話に過ぎなかったのか、判断することはできないが。
「分かった」
 リードラは言った。
 ファーシィの表情が明るくなった。
 刃をファーシィからも見えるように持ち変える。
「そんなに死にたいなら、俺が殺してやる」
 右手で刃を握り締め、左手でファーシィの胸倉を掴んだ。
「あっ」
 ファーシィが怯えた表情で目を瞑った。
 リードラは構わず右手を振り上げる。
「死ねよ」
「や、やっぱりやめて」
 震えながら、ファーシィが言った。
 右手を離す。
「まだ死にたくないだろ?」
 リードラが言う。元々、ファーシィを殺すつもりなんか無い。
 ファーシィは頷いた。
「良かった」
 リードラは笑顔になった。
 ファーシィはきょとんとしている。なぜ、さっき自分を殺すと言ったリードラが、今笑っているのか暫く理解できなかったのだ。
 やがて、ファーシィの目に涙が溢れてきた。
「こわかった……」
 詰まりながら、ファーシィが言う。
「あぁ、ごめん。そんな泣くほど怖がらせるつもりは無かったんだけど」
 刃は自分が持っていた布に包んで鞄にしまった。ファーシィを見ると、溢れる涙を一生懸命拭っているが、余程ショックが大きかったのか、涙が止まらないようだ。
「じ、自分で、死ぬのは別に良いけど、ひとに殺されるのって、すごい、嫌」
「だから、冗談だって。ほら、もう泣くなよ」
 リードラはファーシィを抱き寄せた。
「ファーシィ、俺と一緒に行こう。どうせ俺もエルフの血を引いてるし、あんたと一緒に長生きできるかは分かんないけど、その……」
 ファーシィが泣きやんだ。
「ありがとう」
 リードラを見上げて、ファーシィが笑顔を見せる。嬉しかったのだ。リードラの気持ちが。
 ファーシィは自分を包み込むリードラの両腕を引き離した。
「でも、一緒には行けないわ」
「え?」
 リードラは驚いた。今までの流れからして、断られるとは思っていなかったのだ。それとも、リードラが一方的にファーシィを想っていただけなのか。
「夫を、裏切ることはできないわ」
「え、でも」
「わたしね、長い間死ぬ方法を探して旅してるうちに、忘れてたことがあるの。それはね、あの人と結婚したときに約束してたこと。どちらかが先に死んだら、残った方は、ちゃんと相手を弔って、お墓はずっと大切にしていって、自分も死んだら同じお墓に入ろうって」
 リードラの気持ちは構わずに、ファーシィは言う。
「だからわたし、あの人と暮らしてた場所に戻ろうと思うの」
 ファーシィは洞窟を出口へ向かって歩き出した。
 リードラも後に続く。
「リードラのお陰で思い出したのよ。リードラに会って、その、ちょっとドキドキして。そう言えば昔、こんな気持ちしたことあるなーって思って」
 洞窟から出ると、綺麗な星空が広がっていた。
 リードラは何も言えなかった。もう断られて、その理由まで聞かされて、ファーシィを引き止める術が思い当たらなかった。
「じゃあ、ここでお別れね。町から出るのは簡単だから、わたし一人でも大丈夫だと思うの」
「分かった」
 ファーシィは山を少し下ってから、振り返ってリードラに向かって大きく手を振った。
「ありがとう、リードラ。じゃあね」
 リードラに背を向けて歩き出す。
 その姿が見えなくなるまで、リードラは見送った。
「くそっ」
 そこら辺の石ころを蹴飛ばす。
 ファーシィのことを考えると、胸が痛かった。

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