index>作品目次>竜の剣シリーズ>竜の剣の物語>2-6

2.魔族来襲

 離れた所から、妖精族が魔族を退治する様子を眺める。眺めていられるのも、妖精族が魔族を退ける時の手際の良さを知っているからだ。
「マギー、大丈夫だったか?」
 ルカと一緒に走ってここまで来たのだから酷い怪我はしていないのだろうが、一応聞いてみた。
 マギーが声を出さずに頷く。
 マギーの瞳は巨蠍に向かったままで、ルカに顔を向けようとしなかった。いつもの元気なマギーではない。
 相当ショックだったんだろうな。
 ルカは近くで見たわけではないが、巨蠍の向こうに見えた人の山、あれは恐らく、巨蠍が巣へ持ち帰る為に集めた人族の死体だろう。あんな物を間近で見たら、マギーくらいの年頃の子どもがショックを受けないわけがない。
 巨蠍が仰向けに倒れて、土煙が舞う。妖精族が巨蠍の退治に成功したのだ。後の対処は国によってまちまちだが、どこかへ死骸を捨てに行くか、その場で解体して甲殻などの素材を採るために各々で持ち帰るかのどちらかだ。
「終わったみたいだ。マギー、もう大丈夫だよ」
 セイロン達と合流しようと思い、ルカは立ってマギーの肩を叩いた。
 座ったままで、マギーはルカを見上げた。涙がマギーの頬を伝う。
「ルーシーも、フィオーネも、ケビンも、みんな殺されたの。ミアはあいつに踏み潰されて。まだ小さいのに。わたしが守らなきゃいけなかったのに!」
 知らない名前が並ぶ中に、知った名が混ざる。ミア。妖精族は夜になったら魔族になると言った子だ。まだ六歳だった。
 マギーのように逃げ遅れるのは珍しいのだと思っていたのに、実際には多くの子どもが犠牲になっていた。
 もっと早く妖精族が来てくれれば。
 そう思ったが、ルカはそれを否定するように頭を振った。
 違う。妖精族に頼ってばかりじゃ駄目なんだ。人族だけでも魔族を追い払えるようにならないと。
 マギーの涙を拭くための布を、ルカは持ち合わせていなかった。
「怪我でもしたか?」
 不意に、低い男の声が降ってきた。
 見上げると、白い服を着た緑の髪の妖精族の男が、夕日を背にマギーを見下ろしていた。
 男はマギーの前に座って、白い布をマギーに差し出した。
「涙を拭きなさい。それから痛い所があったら言いなさい。わたしは医者だ」
 マギーが顔を上げて、男を見た。
「ありがとうございます、ソルバーユ様。でも、治療が必要なほど酷い怪我はないので大丈夫です」
 しっかりした口調で答える。さっきまで泣いていたのは演技かと思う程の変わりようだが、セイロンと同じで妖精族に対する礼儀を何より大事だと思っているのだろう。
 この男がソルバーユか。
 ルカがこの町に来た時に、ルカを診察したという医者。
「他に生きてるやつは居なかったのか」
 ルカはソルバーユに聞いた。
「……居ないようだ」
 男は首を左右に振って、それからルカの方に顔を向けた。
 逆行に目が慣れて、男の顔が次第に分かってきた。
「あんた……」
 見覚えのある顔だった。
 でも、あの時はソルバーユなんて名じゃ……。
 困惑するルカを横目に、ソルバーユは立ち上がって言った。
「二人とも、巨蠍の毒が入ってないか検査するから、わたしの研究所へ来なさい」
 ソルバーユに付いて妖精族が住む区画まで歩いた。途中、元居た場所に戻ろうとする人族の波とすれ違ったが、セイロンやサラは見当たらなかった。
「まずはお嬢さんからだ」
 ソルバーユが言う研究所に着いてから、先にマギーが検査を受けることになった。
 腕から血を抜いて、それに特殊な薬剤を入れて反応を見ることで毒があるかないかが分かるのだそうだ。そういう説明を、マギーの検査をしている間に助手の女性から聞いた。
 マギーが奥の部屋から出てくる。
「問題無いって。良かったぁ」
 マギーが嬉しそうに言った。
 マギーくらいの年齢に達すると巨蠍の毒で死ぬことはまずない。もちろんルカもだ。ただし体の一部が麻痺するなどの症状が後で出る事があるため、人族も妖精族も、巨蠍と係わった後は毒の検査を受けるよう勧めているのだそうだ。それも、助手の女性から聞いた。

 マギーと交代で、ルカが奥の部屋に入った。
 ソルバーユの前にある椅子にルカも座る。
「右手を出して」
 言われた通りにする。
「なあ、あんたミケシュだよな?」
 ソルバーユは作業を続けていたが、ややあって口を開いた。
「よく覚えていたな」
 注射針を抜いて血液を別の容器に移す。その容器に別の液体を入れて蓋をした。
 それからルカを見た。
「目の調子はどうだ。見た限りではよく馴染んでいるようだが」
 手を伸ばし、ルカの左目の下瞼を親指で少し下げた。
「充血もないな。瞳孔も変化していない」
 ソルバーユが言う。
 彼がミケシュだというなら、最初に診察したときにセイロン達に、ルカの右目について嘘を伝えたのも分かる。
「久しぶりだな、ルカ。改めて自己紹介させてもらうよ。わたしは医師のソルバーユ。君も知っての通り法に触れる行いをしていたからね、名前を偽っていたのは悪かったよ」
 確かにミケシュだ。声など忘れてしまっていたが、聞けばそうだと分かる。
「懐かしいな。あんたに会ったのはずいぶん前だった」
「ああ、君の左目と両耳を手術したのは八年も前のことだ」
 時折、ソルバーユは血液が入った小さな容器に目をやっている。ルカも見てみるが、特に変わった様子は無かった。そもそも巨蠍に刺されていないので、毒が入っているはずがない。
「後悔はしてないのか?」
「何を」
 全てに対して後悔がないのであれば、聞き返す必要は無い。
「『外見を人族にしたことを』だよ。まあ、文句を言ってきたわけでもないし、後悔はしてないみたいだな。良いことだ。あの時は金が無いとかで左だけになったが、どうだ? 今金があるなら、右目も変えてやるぞ」
 言われて、ルカは隠した右目を眼帯の上から触った。
「……いや、このままでいい」
 少し考えてから言う。
 金が無いのも理由のひとつだが、せっかく母親から受け継いだ瞳を両方とも失うのは嫌だった。
「まだ妖精族に拘っているのか。人族にもなれず、妖精族にもなれないなら、君は何も変わらないぞ。死ぬまで魔族の子『ハーフエルフ(半妖精)』のままだ」
 ソルバーユが厳しい目でルカを見ている。
「分かってるよ。半妖精の居場所がないことくらい、身を持って知ってる。でも、だからって自分の存在を偽らなきゃ生きられない社会なんて、そっちの方がおかしいだろ」
 声は殺している。マギーには聞かれたくないからだ。
 自分を生んだ人族の父と妖精族の母のことは恨んでいない。種族の差を越えて愛し合い、自分を生み育ててくれたことをむしろ誇りに思っている。
 けれど、自分が半妖精であることは、他の人には知られたくない。知られれば、人族は自分を奇異の目で見るだろう。マギーもセイロンもそうだ。今は同じ種族だと思っているから優しくしてくれるが、半妖精だと知れたら手のひらを返されるだろう。
「前々から思っていたけれど、やはり君は変わってるね。小声で話すのは外に居る人族の娘に聞かれたくないからか。正体を知られることを恐れるなら、整形手術を受けるべきだ。それなのに君はそのままにしたいと言う。それは君を認めなかった妖精族への恨みを忘れないようにするためか?」
 ソルバーユが静かに言う。
 半妖精は人族と妖精族の両方の血を引く者のこと。しかし妖精族は、人族と妖精族の血が交われば魔族が生まれると言い、生まれた半妖精に人権を与えず奴隷にすらなることを許されず、生きる資格さえ奪おうと、発見次第処刑する法まで作った。
 半妖精を匿うとその一家も同様に処刑されるから、人族も妖精族も、半妖精を嫌う。本当に魔族の子だと信じる者も出てくるほどだ。
 ルカが生まれた町には、ルカ以外にも半妖精がたくさん居た。それを気にしないひと達が集まって作った町だった。妖精族の軍隊が町を攻めて来た時、もしそこが半妖精が住む町でなければ、皆殺しにしようとはしなかったのではないかと時折考える。
「別に、妖精族全体を憎んでるわけじゃない。良い奴もいっぱい居るしな、あんたも含めて」
「そうか」
 ソルバーユが笑ったように見えた。いつも眉間に皺を寄せているため顔全体で笑っているのは見た事がないが、表情が無いわけではない。
「では、君が憎んでいるのは君の存在を認めないこの社会そのものというわけか」
 問われて、ルカは少し考えた。
 社会という言葉は自分も使いはしたが、実の所はっきりとその内容を理解しているわけではない。しかし、何かに対して悔しいと思っているのは確かで、その対象は個人ではない。となると、社会以外にルカには適当な言葉が思い当たらなかった。
「まあ、そんな感じだろうな」
「そうか」
 ソルバーユが頷いた。

next

表紙へ戻る 作品目次へ 作品紹介へ

index>作品目次>竜の剣シリーズ>竜の剣の物語>2-6