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3.道程

 数日後、ネルヴァが入っている警備隊に、ラグナダス北へ駐屯する命令が下った。
 先日ルカに見せてもらった地図のことを、ネルヴァは思い出す。確かラグナダスは結構広い地域だった。首都カザートから北西へかなり行った辺り。
 実家へは少し近くなるが、駐屯命令中に家に帰れるのは休暇を貰えた日だけだ。
「それにしても何で今更ラグナダス地方なんだ」
 廊下に荷物を出していると、同じように廊下に出ていた同僚達が立ち話をしていた。
 ラグナダス地方はカザート建国の直前に平定され、今は完全にカザートの支配下にあると聞いている。ここ最近侵攻している地域とは方角も違う。
「これから寒くなるってのにな。おい、ネルヴァ、お前毛皮持ってるか? 無いなら貸すよ」
 金色の髪をかなり短く刈上げた男が言った。
 ネルヴァが答える前に、嵩張りそうな毛皮のマントがネルヴァの前に飛んできた。
「ありがとう」
 毛皮を投げた男、ウルプスに礼を言い、ネルヴァはマントを丸めて荷物の上に一緒に縛り付けた。
 カザートは砂漠の国と言われるが、その国土は広く、北側では雪も降る。毛皮のマントは警備隊への支給品だ。ネルヴァはこの警備隊に移動して間もないからまだ持っておらず、同僚の配慮がありがたかった。
「まさか、さらに北へ攻め入ろうってわけじゃないよな。あれより北は年中氷が溶けない地域だって聞いてるぞ」
「西側を狙ってるのかもな。ラグナダスの西には葡萄酒の産地がある」
 軍が北へ攻め入ろうとも、西へ攻め入ろうとも、今ネルヴァが参加している警備隊は直接戦争に参加するわけではない。名前の通り、警備が仕事なのだ。
「ネルヴァ、お前はどう思う」
 ウルプスが言った。最近警備隊に移動したばかりのネルヴァを気遣ってか、よく話を振ってくれる。
「戦争にならないのが一番だがね。しかしヘルメイド准将が既に同じ方角に向かって出立したという話も聞く。装備品に葡萄酒は含まれなかったそうだ」
 ヘルメイドは現在のカザート軍内で最も武勲を上げたとされる男だ。そのヘルメイドが北西へ向けて出立したことはネルヴァが言うまでもなく、ここに居る者なら誰でも知っていることだった。
「そこから、どう考える?」
「征服した地で酒を得るつもりだろうと、私は考える」
「なるほどな」
 酒は妖精族にとって特別必要な物ではない。少量でも判断を鈍らせるし、多量に摂取すれば視界さえも悪くなると言う。しかし昔から勝利を酒で祝う風習があり、酒が美味なのも間違いないことだったから、軍の活動と酒は切り離せない関係にあった。
 だからと言って、酒の為に西地域に侵攻するなど、あまりにも莫迦げた話だ。
 ネルヴァは小さく溜息を吐いて、それから大きく息を吸った。
 警備隊は、軍に入ったものの活躍できず名を売ることができなかった平民が、最後に行き着く場所だ。軍に比べて活躍の場は少ない。その上俸禄は軍馬を預かる馬屋の管理人よりも少ないが、平民であるネルヴァが生きていくにはそれくらいでちょうど良いと思うのだ。馬屋の番よりもやりがいはある。
 まだルカくらいの年齢だったころは、貴族に憧れて、軍に入り名声を上げ爵位を授かろうなどと思ったこともあったが、貴族制度自体に疑問を持ってからはそう言った気負いもなくなった。
 国の情勢が安定したら、そのうち警備隊を辞職して、妻を娶り実家で母親と暮らす。
 ネルヴァはまだ辞職を考えるほど年を取っているわけではない。今年で八十六歳だ。急いで結婚を考える程でもない。しかし病気がちな母親を、戦争で死んだ兄達に代わって、自分が近くで支えたいのだ。
 貴族でないネルヴァの家庭には奴隷が居ない。母親は田舎で一人暮らしをしている。自分が近くに居なければならないと気づくのに何年掛かったことか。
 円満に退職する為には、妙なことには首を突っ込まない、文句を言わない。それが大事だ。
 いちいち騒ぎを起こす人族の男を思い出す。
 ルカだ。
 どうにも、ルカが来てから、ネルヴァの予想と違った方向へ進んでいる気がする。しかし悪い方向へ進んでいるわけではないと思う。なぜなら、ルカがやることを正しいと思えるからだ。
 ルカは王城の抜け道まで記された地図を持ちながら、その内容は追求しなかった。本当かどうかも聞かれなかったから、他へ売る気でもないらしい。信念を曲げることなく、純粋で、他人への思い遣りがあるように思う。
 俺の勘が正しければ、だけどな。
 ネルヴァは廊下にウルプスや他の同僚と並んで、点呼を待った。

 ラグナダス地方へ旅立つ前に、ネルヴァは母親に宛てて手紙を書いた。手紙での連絡もこちらから出せるのは一週間に一度だけだ。
 もちろん出す手紙は無作為に選ばれて検閲を受ける。だから、お互い当たり障りのないことしか書かない。それでは物足りないから、ネルヴァはこっそり母親からの書簡を受け取ったりしていたが、これから戦争を始めようとする地域では、手助けしてくれる者も居ないだろう。
 兄が次々と戦争で死んだ後、残ったネルヴァは自分が偉くなることが母を喜ばせることだと思い、必死に軍で働いた。しかし平民であるネルヴァはどんなに頑張っても兵長止まりだ。それより階級を上げるには、死んで三階級特進を狙うほかない。
 私は何をしていたのだ。
 母が病で倒れた時に、死ぬことでしか得られない階級を追い求めていたことを激しく後悔した。兄弟が皆死んでしまうことこそ、母を悲しませる最大の事柄なのだと気づいたのだ。
『母上、私はこれからラグナダス地方の警備に向かいます。カザートよりもそちらに近いですから、折を見て会いに行きたいと思います。どうぞお元気でお過ごしください』
「お前ほんとにマザコンだな」
 後ろから覗き込んだウルプスが言った。
「うるさいな。お前には関係ないだろう」
「すっごい美人の恋人が居るって噂はどうなったんだ?」
 ああ、ルカが言ったことか……。
 頭を抱えたくなったが、機転を利かせることにする。
「それは私の母のことだよ。私の母はほら私を見れば分かる通り、絶世の美女だから、きっと使者が勘違いを――」
 ウルプスが最後まで聞かないうちに、首を竦めて首を左右に振った。話にならない、という仕種だ。
「そうかそうか。それじゃ、昔よく見かけた人族のガキがお前の恋人だったかな?」
「からかうのはもうやめにしてくれ。私は人族と必要以上に関わるつもりはない」
 別に人族は嫌いではない。寿命と老化の速度が違うだけの、ほとんど同じ種族だと思っている。だから人族と友になることはできる。だが結婚相手を選ぶなら妖精族でないといけない。
「お前の口癖だったな。『寿命と老化速度の違いが考え方の違いを生む』」
 ウルプスが言った。
 ネルヴァが頷く。
「でも緑髪の医者が言ってただろ。『考え方は寿命や老化速度が作り出すものじゃない。ひとそれぞれ違うのが当たり前だ』って」
 そう言っていたのはソルバーユだ。確かに、その考えにも同意できる部分はある。妖精族同士でもいがみ合うことはあるし、人族同士でも同じだからだ。
 それでも、自分にそう言ったソルバーユの姿を見ると悲しくなるのだ。彼が連れている助手の女性は、彼が遥か昔に恋した人族の女性に姿を似せているのだと聞いた。
 同じ時を生きられないことほど悲しいことは無い。
 私は彼女と早いうちに別れて幸いだった。
「ま、ラグナダスにも美人はいるさ」
 ウルプスはネルヴァの肩を軽く叩いて、先に歩いて行った。
 ネルヴァが所属する警備隊は、六日掛けてラグナダス最北の駐屯地へ到着した。
 先に出発していたヘルメイド率いる軍隊は、一部はこの駐屯地に残り、一部が先行して偵察に赴いていると言う。
 ラグナダス地方は、今は冬が近く寒気に覆われているが、基本的には温暖な気候の地域だ。だが戦争の爪痕とでも言うべきか、妖精族や人族が暮らす集落は少なく、荒地が広がるばかりだった。
「残念だが美人は居ないようだ」
 到着を歓迎して開かれた小さな宴の時、ウルプスがネルヴァに言った。
「最初から期待してないよ」
 ウルプスが持ってきた酒を少しだけ注いで貰って、一気に飲む。
 軍にはそれ専門の女性が配属されるが、警備隊にはそんな特典は付いていない。
 あまり思い出したくない。
 かわいそうだと思っただけだ。別に、彼女を伴侶にしたいと思ったわけじゃない。
 母に会わせた時、二人で楽しそうに喋っていた。二人とも、こんなに普通に笑うことができるのかと驚いた。
「おい、ネルヴァ。まだ酔ったわけじゃないだろ。ほら、まだ酒あるぞー?」
 ウルプスがネルヴァの前で手を振って、おどけた口調で言う。
 宴が始まってからそれ程時間は経っていないが、ウルプスは相当酔っているように見えた。
「お。あの子かわいいんじゃないか? ほら」
 ネルヴァの首を無理やりそちらへ向けて、歓迎の舞を見せている女を指差す。
「お前好みじゃないか? ああいうの」
 ウルプスを煩わしく感じて、ネルヴァはその手を払いのけた。
「どうせ抱くならああいうのがいいね〜。大人しそうで、殴っても蹴っても何の反応もねえの。やりたい放題」
 いくら酔っていると言っても、言葉が過ぎる。
「ウルプス、いい加減にしないか」
 隣に座っていた同僚が、ウルプスの腕を引いて座らせようとしたが、ウルプスは立ったまま、酒瓶をネルヴァの前に置いて言った。
「エピデトにそっくりだ」

 気づいたら、ウルプスを殴っていた。
 殴った時の手の痛みで一瞬我に返ったが、どうせなら意識が飛んでいる方が後々弁解しなくて済む、そう思って再度怒りに身を任せる。
 同僚達に取り押さえられて身動きが取れなくなってから、やっとネルヴァは完全に自我を取り戻した。
 ウルプスも同僚に取り囲まれていたが、暫くして一人に支えられながら部屋から出て行った。
「お前も頭を冷やせ」
 ネルヴァの頭上から声が降ってきた。見るからに位の高そうな凝った装飾の鎧を身に纏っている。
「ヘルメイド准将」
 その鎧に入った紋章から、ネルヴァはそうと気づいて言った。
「お前達の任務は何だ? 来るそうそう酒に酔って暴れてここの規律を乱すのが目的か?」
 ヘルメイドが大声で、その場に居る全員に聞こえるように言う。
「ここに居るのはお前達警備隊だけではない。これから戦いに向かう獅子達も居るのだ。士気を下げるような真似をするな! お前達の任務は、駐屯所を置かせてもらっているこの町を敵兵から守ることだ!」
 先ほどまでざわついていたのが、一気に静かになった。
 ネルヴァは縄を掛けられた。自分では意識していなかったが、相当暴れたらしい。暫く牢に入れられるようだが、それも仕方がないことだった。
 ウルプスに悪いことをしたな。
 牢の中でネルヴァは少し後悔した。ウルプスは酒を飲むと口が悪くなる。それはいつものことで、平常に戻ってから必ず謝りに来るのだ。
 でもなんでエピデトの名前を知ってたんだ。
 ネルヴァが軍に居た頃ウルプスも同じ部隊に居て、エピデトを見かけたことくらいはあっただろうが、名前までは知らなかったはずだ。あの頃、ウルプスに『名前くらい教えろ』と何度も言われた覚えがある。

 牢に入ってからどれくらい経っただろうか。
 食事が時々出てくるから、一日やそこらではないだろう。いくらなんでも喧嘩の罰にしては長すぎるが、食事を運んでくるのは軍人で、尋ねてもネルヴァの事情を知る者は居なかった。
「ネルヴァ、ウルプスがお前に謝りたいと言ってる。会うか?」
 やっと同僚のひとりと会えた。その事にほっとする。
「ああ」
 返事を返すと、その同僚と入れ替わりにウルプスが牢の前に立った。
「ネルヴァ、すまなかった。酒に酔っていたとは言え、お前に酷いことを言ってしまった」
「いや。私の方こそ、殴って悪かった」
 ウルプスの顔にはネルヴァが殴った痕が残っている。何箇所か応急処置の跡が残っていた。
 ウルプスが牢の柵を両手で握り締めた。
「今お前を牢から出してもらうよう、手続きを取ってきたんだ。お前は早く家に帰るんだ」
「は? どういうことだ。解雇ってことか?」
「違う」
 ウルプスは柵に顔を押し付けて、少しでもネルヴァの近くへ寄ろうとしているようだった。
「俺が殴られて怪我をしたと聞いて、俺の親が動いた。お前の家族が危ない。早く家に帰って、お袋さんを連れて避難してくれ」
 ウルプスの親が動く。それがどういう意味か、ネルヴァはすぐには分からなかった。ただ嫌な予感だけする。
「出て良いって」
 少し離れたところから別の男の声がして、牢の前で待っていた同僚が牢の鍵を開けた。
「お前が一時隊を離脱する許可を隊長に取った」
 ウルプスが言いながら足早に歩いていく。
 ネルヴァはその後を追った。
「待て、どういう意味だ。お前の親が動いたら、なんで俺の家族が危なくなる」
 ウルプスが立ち止まって、ネルヴァを振り返った。
「いいか。今度は怒らずに最後まで聞け。お前には気に食わない話かもしれないがな」
 言われて、頷く。
「俺はお前と違ってこれでも貴族だ。貴族っつても下級もいいとこだけどな。でも俺の親は自尊心だけは上級気取りで、平民のお前に俺が怪我させられたって聞いてぶち切れたらしい。さっき通信員が俺の家の奴隷と一緒に来て、ネルヴァの家を潰しに行くから俺はネルヴァを片付けろってな連絡を寄越してきたんだ。もちろん俺はお前を殺したりしねえ。俺が悪かったんだしな」
「家を潰す?」
「ああ。文字通り、大勢で掛かって家に居る者皆殺しだ。こっちには仇討ちっていう大層な理由があるってな」
「莫迦な」
「ああ莫迦な話だ。でも止めようにも、こっちからの連絡が着く前に事は終わっちまってるだろう。だから、今からすぐにお前は家に戻るんだ。それなら間に合うかもしれない」
 ウルプスがまた歩き出す。
 駐屯地の外れに隊長が馬を連れて居た。
「ヘルメイド准将に言ったら、馬を貸してくれた」
 ウルプスが言う。
「戻ったら礼を言うんだぞ」
 隊長がネルヴァに言った。
 ネルヴァは頷き、馬に跨った。
 馬を走らせながら、ネルヴァはなぜ今自分が家に向かって急いでいるのか、もう一度考えた。
 ウルプスがエピデトの名を出した。それで私がウルプスを殴った。おそらくその時点で宴は終わっただろう。それで私は牢に入れられた。そこまでは到着した当日のことだ。
 ウルプスの家はカザートにあるから、同じ時刻に出発すればネルヴァが先に実家に着くことになる。多少あちらが早く出たとしても、身一つのネルヴァが先に着くはずだ。だが、あちらが出発したのが二、三日早かったとすると。
 馬の足が遅くなった。体力がなくなってきたのだろうが、休ませる時間が惜しかった。しかしこんな早くに馬を潰すわけにはいかない。しかも准将から借りた軍の馬だ。
 くそっ。
 焦る気持ちを抑えて、ネルヴァは馬から下り短い休憩を取ることにした。

 二晩越えた朝、ネルヴァは実家へ辿り着いた。ひとの気配はない。
 門は壊されていた。壊さなくても普通に開くのに。
 馬を壊れた柱に繋ぎ、ネルヴァはひとりで家に入った。
 家の扉には鍵が掛かっていなかった。取っ手を回すまでのこともなく、蝶番が外れた扉はギイギイと音を立て、風を受けて開いた。
 広間の天井にあった大き目の室内灯が無くなっている。地面に落ちているわけでもない。左の応接室を見ると、綺麗に整ってはいるが、ネルヴァの記憶よりもかなり地味だった。来客用の椅子や机には、母が好きだった薔薇の花の刺繍が施された覆いが掛かっていたはずだ。
 他の部屋は見ずに、とにかく母の部屋へ急ぐ。
「母上」
 部屋の扉の取っ手はやはり取れていて、扉と付近の壁には斧で切り付けたような傷もついていた。
 血の臭いだ。
 扉を押して、中に入る。既に希望は無いに等しかったが、ネルヴァは部屋を進み、母が眠る寝台を覗き込んだ。
 顔もドレスも真っ赤に染めた母の体が、そこに横たわっていた。
「母上」
「……ネルヴァ?」
 驚いて、ネルヴァは母の顔を見た。
 薄く目を開け、ネルヴァを見ている。スースーと、息が別のところから抜けていく音が聞こえた。
「おかえりなさい。貴方は悪くないって言ったのだけど、あの人たち分かってくれたかしら」
 消えそうな声で言う。
「母上、喋らないでください。医者を呼びます」
 母は頭をわずかに動かした。首を横に振ろうとしたのだろう。
「ネルヴァ、立派になりましたね。貴方はわたしの自慢の息子です」
 そう言って微笑む。
 そのまま目を閉じ、開かない。
「母上!」
 大声で呼びかける。
 スースーという音はまだ聞こえていたが、やがてその音も消え去った。
 親は自分より早く死ぬものだ。だがそれでも、寿命であれ失うのは怖かった。母は病気で、それで失うのも怖かった。しかし誰が、ひとに殺されることを考えただろう。
 何で母上が。
 戦争に出て死んだ兄達は仕方がない。けれど母は病気で、誰に迷惑を掛けるでもなく静かに暮らしていただけなのに。
 息子を殴った私が憎いのなら、私を殺しにくれば良かったのに。
 ウルプスは貴族で、ネルヴァは平民だ。平民は貴族に手を上げることは許されないのだろうか? 確かに怪我をさせたのはこちらが悪かったが、あれくらい同僚同士のただの喧嘩だ。親が出てきて相手の一家を惨殺するなど、あってはならないことのはずだ。
 ネルヴァは鈍化していく感覚を何とか奮い起こして、母の葬儀の手配や、この事件の一部始終をまとめて報告するための準備に取り掛かった。

 ネルヴァを落胆させたのは、母を殺した張本人を、ネルヴァが知ることができないということだった。いやそれ以前に、ウルプスの家がやったことは罪とはならなかった。
 首都カザートでなら当たり前に開かれている裁判が、ネルヴァの田舎では貴族でないと訴えを起こせない。だから、罪を問うこともできなかった。
 後日ウルプスが親を説得し、彼らから謝罪を受けることはできた。だが彼らの言い分は、実際に母を殺した奴隷を自分達で処分したから、もう水に流してくれということだった。納得できるわけがなかった。
 しかし唐突に、ウルプスの家は没落した。
 平民であるネルヴァは訴えを起こせないが、駐屯地に居たヘルメイドが代わりに訴えを起こしてくれたのだ。ネルヴァが以前馬屋で働いていた時ヘルメイドの馬の世話もしていたが、その礼だと言っていた。
 せいせいしたが、逆にネルヴァはウルプスに謝る羽目になった。お互いの親のことと、自分達のことは切り離して考えたかったのだ。
「何、貴族じゃなくなってこっちも肩の荷が下りたよ」
 結婚はせずに一生遊ぶんだと言って、ウルプスは笑っていた。

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