index>作品目次>竜の剣シリーズ>竜の剣の物語>5-3

5.竜の洞窟 3

「そうだ。せっかく見張りも居ないのだから、今のうちに話しておこう」
 ソルバーユが言った。
 先程までの話とは内容が変わるのだろう。
「君が王に剣を向けたことは、私たちの間では有名だ」
「あんたが言いふらしたんだろ」
 ルカが言うと、ソルバーユが首を竦めて見せた。
「だが、君がそれに失敗したお陰で、<ruby><rb>妖精族</rb><rp>[</rp><rt>エルフ</rt><rp>]</rp></ruby>には刃物が効かないということも皆知っている」
「ああ。妖精族は普通に刃物を扱えるのに、それで妖精族を切ろうとしたら溶けちまう」
「正確には刃物ではなく、金属だ。私たちは金属を変形させる力を持っている。それが剣のように危険な物であれば、私たちの意志とは無関係に形を歪ませ、自分に無害な物にしてしまう」
 ルカは机に突っ伏した。
「それ先に教えてくれよ。知ってれば、形見のナイフあんなにならなかったのに」
 もう首には掛けていない。普段は家の隅のルカの荷物置き場に置いてある。
 歪んだナイフは草をむしる時くらいにしか役に立たなかった。
「まさか知らないとは思わなかったからね」
 人族なら知らないかもしれないが、ルカは半妖精族だ。ルカ自身にもその力があったとしても不思議ではないくらいだ。もっとも、ルカが受け継いだ妖精族らしい所と言えば、目と耳くらいのものだ。人族よりも細かな音が聞き分けられ、妖精族の文字をわずかに読むことができる。だが物を吹き飛ばすような特殊能力はないし、金属を溶かすこともできない。不老長寿なのかどうかは、まだ分からないが。
「でも棍棒で殴れば死ぬだろ。毒も効くだろうし」
「妖精族は人族よりも自然治癒力が高いからな、相当思い切り殴らなければ死なないぞ。毒も同じだ。大抵の物は死に至ることなく解毒されてしまう」
 医者に言われては信じるしかない。
「でも、前の王妃は毒で死んだことにしたんじゃねえのか?」
「だから、大勢の医者が集められたのだよ。権威のある者がこぞって『毒で死んだ』と言えば、知らない者はそれを信じるしかないからね」
「それじゃ、打つ手無しじゃねえか」
 大勢で囲んで殴打すれば死ぬかもしれないが、それではただの弱い者いじめになってしまう。
「君はディガーを知っているか?」
「竜を? 物語でなら聞いたこともあるけど、見たこともないし、見たってひとにも会ったことがない」
「では、ディガー・ソードの伝説は知っているか?」
 聞き覚えがあった。ディガー・ソード。一振りで百の妖精族を倒せるという竜の剣だ。確かネルヴァが、竜の洞窟にあると言っていた。だがそれはソルバーユも言った通り『伝説』に過ぎない。それで王を倒せとでも言うのだろうか。
「あんたがそんな眉唾な話を持ちかけてくるとはな」
 ソルバーユが笑った。
「確かに嘘のような話だが、その刃が竜の牙でできているということなら、君も一振りで百を信じるか?」
 物語の竜は、妖精族の天敵だ。物語りで大抵は正義の妖精族に邪悪な竜が倒される。なぜ天敵なのかというと、竜の持つ血液に、妖精族を死に至らしめる毒があるかららしい。
 ルカがどうにも納得できない顔をしていると、ソルバーユが言った。
「それは実際に数百年前、妖精族同士が争った時に使われた。あまりにも危険なので、それを作った賢者がそれを封印した。その場所が竜の洞窟というわけだ」
「あんたが実際にその場面を見たわけじゃないんだろ」
「封印されている場所までの地図を書いてやろう」
 ルカの言葉を無視してソルバーユが言う。
 いや、ルカへの返事でもあったのだろう。封印されている場所を知っているということは、その剣が作り話ではなく、実在するということだ。
「何で知ってるんだ」
 羊皮紙に地図を描いているソルバーユにルカは尋ねた。
「私の祖父から直接聞いたのでね。うん、君の高祖父だ。私も実際に見に行ったから間違いはない。祖父は実際にディガー・ソードを作った賢者の供だったそうだ」
「そんな最近の話なのか? その剣が出来たのは」
 いくら妖精族が長命とは言え、子と親との年齢差は平均して百年といったところだろう。ソルバーユの祖父の時代はざっと二、三百年前ということになる。人族からすればそれでも十分昔ではあるが。
「五百年余り昔の話だな。そのくらいでないと、伝説にはならないだろう」
 ルカが考えていた倍近くだ。
「あんた、一体何歳なんだ?」
「二百四十歳だ。驚いたかね?」
 驚くに決まっている。妖精族が長命というのは知っている。それでも二百歳を越えるのは相当良い生活をしている王族くらいのもので、普通の妖精族は長くて百八十歳くらいまでがせいぜいだろう。
「代々長生きな家系のようだ。君も期待していて良いよ」
 いや、そこまで長生きしなくても良いから。
 声には出さずに、笑ってごまかす。
 ソルバーユが人族を長命にしようとしていた理由が、一瞬分かったような気がした。
「これが竜の洞窟の中の地図だ」
 言って、ソルバーユが羊皮紙を渡す。
「中では磁石も使えない。地図はどの道を進めば良いかだけ書いてある。一度でも違った道に入ったら戻れないと思え」
「いや、俺まだ取ってくるって言ってないんだけど」
「行くんだ。私は君以外に任せるつもりはない」
 真剣な眼差し。
 王を倒せる武器だ。手に入れておいて損はない。伝説に過ぎないと思っていたが、ソルバーユを信じるならば、それは本物だ。
「わかった」
 ルカは答えた。

 

 一ヶ月が過ぎ、ルカの半年に渡る刑期は無事に終わった。
 何事も無かったかのように馬屋の仕事に戻って、「久しぶりだな」などとサルムと会話をした。
 ルカが居ない間にすっかり昔のように汚れてしまった馬屋を見て、ルカが唸る。
 後ろで見ていたサルムが笑った。
「戻ってきたときに何の仕事もないのも悪いかと思って」
「ありがとよ」
 ルカはさっそく水を汲みに出かけた。
 サルムも水桶を持って後を付いて来る。
「珍しいな。手伝ってくれるのか」
 隣に来たサルムが言った。
「今日、ネルヴァ様がここに来る。表向きにはパロス総督に馬屋での仕事について助言をするってことになってるが、ルカに計画について話したいそうだ」
 それだけ言うと、サルムは水桶をルカに渡して戻っていってしまった。
 なるほど。サルムも仲間ってことか。
 水桶を二つ持って、ルカは思った。
 王を倒す計画はルカが代表になっているが、ほとんどをソルバーユが進めている。自由に出歩くことができなかったルカは、何人の仲間が居て、話がどう進んでいるのかはまだ把握しきれていない状況だった。
 午後になってネルヴァが来たという知らせがあった。
 午後は馬屋の見回りが仕事だ。パロスの目を盗んで会うには都合が良かった。
「ルカ、久しぶりだな」
 あらかじめ決めておいた見回り場所をうろうろしていると、驚くほどどうどうとネルヴァに声を掛けられた。
「お袋さんのことは残念だったな」
 会ったら最初に言おうと思っていたことだった。
 本当は、話題に出すのも心苦しいくらいだ。だが何も言わないわけにもいかない。
「ああ。そうだな……」
 ネルヴァの表情があまりにも悲しげで、同じように親を殺されたにも関わらず、もう怒りしか残っていない自分が惨めに思えた。
「手短に話す。こちらの手勢は現在五百。城に居る妖精族よりも多いが、力の差を考えると人数的にはまだ少ない。だが今の時点で懐を広げすぎるとボロが出る。お前が竜の剣を手に入れた後、実行の時になったら住民を扇動して数を増やす。いや、混乱させるだけでいい。王都の貴族どもが敵の数にならなければ、それだけでも随分楽になるはずだ」
 淡々と話すネルヴァを見ていると、自分も冷静になってくる。
「扇動はうまく行くのか?」
「不安材料はばら撒いている。いつでも芽を出させることができる。ただ」
「ただ?」
「反乱に参加しない女性や子ども達はどうする。人族の中には、反乱に参加しないのであれば敵とみなすとまで言う過激派も居る」
 ルカは溜息を吐いた。
 意見の衝突は覚悟していたが、まさかそんなことまで話さなければならないとは。
「王側に付いて俺達を攻撃してこない限り敵ではない。無駄な殺生はするなと伝えておいてくれ。ただそれだけのことだ。機会があるなら、俺が直接言ってやる。……いや、なるべく早く機会を作ってくれ」
「わかった」
 誰を敵とし、誰を味方とするか。それは基本的なことであり、重要なことだ。この反乱の目的は、王を倒してこの国を人族にとってよりよい国にすることだ。間違っても人族を傷つけてはいけない。人族を傷つけるようでは、目的に反することになる。
 また、それ以前に、余計な人殺しは避けなければいけない。死者が多いことが大勝利というわけではないのだ。
 そんな当たり前のこと。
 また心が焦る。自分は今まで名ばかりの代表で、実際は何もできなかった。これからは人々を纏めなければならない。
 政権を掴むのにどれだけのひとが死ぬのかは予想も付かないが、王を倒して政権も得られるなら互いの被害は最小限に済むのだ。
 ルカは、王を倒せればそれで良かった。
 王を倒す為に人々を利用する。代わりに、政権を掴む為に人々はルカを利用すれば良い。
「今度、お前に時間を作る。その時に竜の洞穴へ向かうんだ」
 ネルヴァが言った。
「よろしく頼む」
 ルカが言うと、ネルヴァはその場から離れた。

 仕事が終わって畑に行ってみたが、イーメルも子ども達も居なかった。自分が出られない間、イーメルは子ども達を送る役を誰にも頼まなかったのだろうか。それで、遊ぶのをやめたのだろうか。
 もうあの光景を見られないのかと思うと、少し残念に思った。

next

表紙へ戻る 作品目次へ 作品紹介へ

index>作品目次>竜の剣シリーズ>竜の剣の物語>5-3