5.竜の洞窟 4
二週間程経って、ルカはパロスに呼ばれて数日間、別の馬屋で研修をすることになった。 |
「往来の真ん中を馬で疾走とは、いかがされた」 「すまないな。急患が出て急いでいたのでね」 頭巾を取ってソルバーユが言う。 「これは、ソルバーユ殿でしたか。引き止めてすまなかった」 あっさり抜けられそうだ、と思った時、イーメルが口を挟んだ。 「その後ろの者は? そなたの助手のトキメ殿ではないようだが」 イーメルが言った。 そりゃトキメさんと比べたら俺背高いしな。ていうか性別違うだろ。 「彼はあたらしい助手です。トキメにばかり苦労を掛けておりましたので」 「そなたはそんな優しい男ではなかろう」 イーメルがルカを見て、口の端を上げた。 ばれてるのか? 頭巾を被っているから、ルカだと分かったとは思えない。だが口元は見えているのだから、分かってしまう可能性もある。 「オーヴィア、そなたすまぬが先に城に戻って『予定より遅くなる』と伝えてはくれぬか」 「はっ」 オーヴィアは理由も聞かず、イーメルの指示にしたがって踵を返した。 イーメルが後ろについている侍女達を振り返る。 「そなた達はわらわの代わりに、頼んでいたものを買って、城に戻ってくれ。わらわはソルバーユ殿に尋ねたいことがあったのじゃ」 オーヴィアと違い、侍女たちはお互いに顔を見合わせていた。王女をひとりにしたくないのだろう。 「私がお供いたします」 青い髪の侍女が言う。 イーメルは首を横に振った。 「すまぬが、個人的なことじゃ。あまり聞かれたくない」 困った顔をしていたが、ついに侍女も頭を下げ、ルカ達から離れて先へ行った。 ばれてる。絶対ばれてるって。 何とかならないかとソルバーユを見るが、ソルバーユはいつも通り難しそうな顔をしているだけだった。 「どこへ行くのじゃ」 イーメルがルカの方を向いて言う。 「患者の所です」 ソルバーユが答える。 「そなたには聞いておらぬ」 言われて、ソルバーユは諦めたように溜息を吐いた。 「ここでは人目があります。誰がどこで聞いているかも分からない。患者の情報は他人には知られたくありません」 言って、イーメルの腕を引っ張って自分の後ろに乗せた。 「えっ?」 一応馬の背に跨ったイーメルだったが、急なことに驚いているようだった。 「こっちだ」 ソルバーユがイーメルを乗せたまま、馬を走らせる。 ルカもそれに続いた。 少し走ると町の中ではなく、砂漠へ出た。 「中を行った方が早いんだがな。仕方ない」 馬の歩みをすこし緩めて、砂漠を進み始める。ルカも並んだ。 「なんだ。そっちがよかったか?」 ソルバーユが後ろをちらっと見て、それからルカに言う。 イーメルは手綱を持つわけにも行かないからソルバーユにしがみ付いていたが、ソルバーユの言葉に手を緩めた。 「いや、別に」 ルカが言う。 「うるさい」 イーメルが言った。それから、丸めていた背を伸ばして、隣を馬で歩くルカを見た。 「それで、どこへ行こうとしていたのじゃ。言わぬのであれば、そなたらを王女誘拐で訴えるぞ」 「ああもう。ソルバーユ、言っていいか? 面倒だ」 何も言わなければ、いつまで経ってもイーメルの追跡を逃れられない。嘘でもいいから適当な行き先を言えばそれで良いのだ。 ソルバーユが頷いたのを見て、ルカは言った。 「カラドスに行くんだ」 竜の洞窟とは全く関係のない地名だ。出発直前に聞いたので頭に残っていた。 「カラドス? 南か。こっちは北だが」 「追っ手をまく為です」 ソルバーユがしれっとした顔で言っている。 「追っ手?」 「あなたの部下達ですよ。ああしなければ、付いて来ていたでしょう」 「ああ、そうか」 納得してくれたようだ。 「……それを信じろと?」 全然納得していなかった。 「侍女達は徒歩じゃ。どっちへ行っても馬なのだから追いつきはしない。言う気がないのなら仕方ない」 イーメルが言う。 「わらわも一緒に行く」 ソルバーユはその場でイーメルを馬から下ろした。 「無茶を言わないでください。カラドスは相当遠くですよ。一日二日で戻ってこられる距離ではありません」 「それでも行く」 「いい加減にしてください。私たちの邪魔をして、あなたに何の得があるのです?」 「わらわを連れて行かねば、そなたらを王女誘拐の罪で訴える。わらわを連れて行かねば、そなたらが大いに損をすると思うが?」 何を言っても無駄だ。それだけは分かった。 ルカはソルバーユに言った。 「もう良いよ。連れて行こう」 ソルバーユが馬から下りた。 「ではこの馬をお使いください」 イーメルに手綱を渡す。 イーメルは馬に乗ると、ソルバーユに軽く頭を下げた。 「感謝する」 ソルバーユに見送られて、ルカとイーメルは砂漠を走り出した。 |