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5.竜の洞窟 6

 ルカは一瞬気を失っていたようであった。
 気付いてすぐに辺りを見渡すが、暗闇が広がるばかりだった。手に持っていたランプは落ちた時に割れてしまったようだ。油の臭いがした。
「お姫さん」
 上を見上げて声を掛ける。
 返事は無かった。
 それほど高いところから落ちたとは思えなかった。背中は痛いがそれだけで、怪我はしていない。
 ソルバーユが描いた地図はここが終点だった。であれば、竜の剣はここのどこかにあるはずだった。
 鏡の水を止めなければここも明るかったのかもしれないが、それをとやかく考えていても仕方ない。
 地面にランプが割れたガラスの破片が散らばっているのが僅かに見えた。
 ルカは両手で壁を確かめながら立ち上がり、壁に沿って歩き出した。
――よくここまで来たな、半妖精族〔ハーフエルフ〕の若者よ。
 唐突に声が聞こえて来た。
 何だ? どこから聞こえてる?
 周りを見ても闇が広がるばかりだ。それに、声はどこかから聞こえたというより、直接ルカの中に聞こえて来た、と表現した方がしっくりくるような声だった。
――我が名はクレイシステレス。若者よ、汝の名は?
 危険か? それとも助けか?
 判断が付かなかった。姿は見えないし、声も直接心に響いているようで不気味だ。
 名前くらいは言っても害もないだろう。相手は俺が半妖精族だってことも知ってるみたいだしな。
 ルカは思って言った。
「俺はルカだ」
――ではルカ、汝に問おう。汝は竜の剣を求める者か。
 どう答える? ただの観光客だと言った方がいいのか? でもこいつは、俺の正体を既に知っている。誤魔化しても意味がないか。
「そうだ」
――ルカよ、汝はこれから起こる試練に打ち勝たねばならぬ。
 何を言ってるんだ?
 ルカを試すというのだろうか。どうやって?
「は? どういう意味だよ、おっさん」
――『おっさん』ではない。クレイシステレスじゃ。
 怒った声で言われて、ルカは驚いた。
 今までの厳格な雰囲気はなんだったんだ。『おっさん』呼ばわりされて怒るなんて、まるで普通のひとじゃねえか。
「試練って何だ」
――そなたが竜の剣を持つにふさわしいものか、試させてもらう。
「そういうのは試練じゃなくて試験って言うんだ」
――……。
 クレイシステレスが黙ってしまった。

 と、突然周りが明るく開けた。
「うわっ」
 足元に何もなく、宙に浮いた状態になったルカは焦って足掻いた。
 だがその場でぐるぐる回っただけで、動くことはなかった。確かに宙に浮いているが、上にも下にも、右にも左にも行くことはできなかった。その場に留まっていて落ちることもない。
 ルカは足元に広がる草原に目をやった。
 カザートとも、テリグラン−テリとも異なる、どこまでも続く緑の草原。
 左右から軍隊が迫ってきて、ルカの真下で二つの軍隊はぶつかった。
 人族も居るが、戦っているのは主に妖精族のようだった。
 緑色の髪のエルフの男が、剣を持って前に出た。
 剣を横に払うと、それに触れた相手方の妖精族が掻き消えた。
 なんだ? あれが、竜の剣?
 一振りで百の妖精族を倒す。今見ているのが真実の歴史だとすれば、それも真実なのかもしれない。
 相手の軍勢は次第に数を減らしていった。
 足元には両方の軍勢の死体がどちらとも付かず転がっている。そんな中で、竜の剣を持ったエルフが果敢に相手に切りかかっていた。
 相手は何もせぬうちに竜の剣に触れて消えていく。
 何で、泣いてるんだ。
 敵を討って意気揚々としているのであれば分かりやすい。だが男は涙を流していた。
 ルカの目からも涙が流れる。
 なんで、こんなに人が死んでるのに、まだ戦いを止めないんだ。
 ルカの思いと、男の思いが同じかどうかは分からない。だが、二人とも涙を流していた。
『もうやめよう』
 大方の敵が居なくなって、男が言った。
 敵の中に居た一人のエルフが前に歩み出た。彼が敵の将であることはなんとなく分かる。
『私を切ってください』
 竜の剣を持つ男と同じ、緑の髪。
 兄弟?
 別の軍に属しているのだから、兄弟ではないかもしれない。けれど、近い親族なのだろう。
 竜の剣を持った男は、踵を返して戦闘を行っている丘から降りていった。
『クレイス!』
 敵の将が叫ぶ。
 呼び止められたのは、ルカだった。
 自分の手の中に、先程まで男が持っていた竜の剣がある。
 ルカは丘の下から、敵の将を見上げていた。
 俺はクレイスじゃねえ。
 言おうと思ったが、声が出なかった。
「くそっ」
 ルカが思ったこととは無関係に、ルカの口から声が出て、足が勝手に丘の麓に広がる森へ向かって動きだす。
 逃げるのか? あの男を生かしていても、他の誰かに殺されちまう。
 ルカは立ち止まった。自分の意思で立ち止まったのか、それともクレイスがここで実際に立ち止まったのか、分からない。
 敵の将が馬に乗ったまま丘を駆け下りてきた。
 竜の剣は使うな。あいつを殺したら駄目だ。
 よく分からないが、敵の将とクレイスは親しい間柄なのだろう。それで、クレイスは殺さずに逃げようとしていた。
 敵の将が槍を持って迫ってくる。
 突然、ルカは自分の意思で動けるようになった。
「やばい」
 馬の突進を避ける。
「クレイス! なぜ逃げるんです。あなたを戦場に呼んだのは私です。私を殺して、自由になりなさい」
 意味はよくわからない。ただ、この男を殺したくなかった。
 よく見ると、片目は潰れていた。それはかなり古い傷のようで、妖精族でそこまでの傷を負っているのは珍しいだろうと思えた。
「俺はお前を殺さない!」
 ルカは言った。
 男が自分に向かって突き出した槍を避け、その槍の柄を掴んで男を馬から落とす。
「その飾りだけくれよ」
 馬から落ちて混乱している男の兜についた飾りだけを、持っていた別の短刀で切り取ると、ルカはそれを馬に乗せ、馬の尻を叩いて、馬を戦場の中心へむかって走らせた。
「殺せと言ったはずです」
「いや、殺さない。俺はあんたに生きてて欲しいんだ」
 ルカは男の手を取った。
 ソルバーユに似てる。目付きが悪いところなんてそっくりだ。
 不意に、またルカの意思とは無関係に走り出す。
 気付くと、最初のように空から見下ろしていた。ただ、男が持っていたはずの竜の剣だけ、ルカの手の中に残っていた。

 急降下するような感覚があって、ルカは下の暗い洞窟の中に戻っていた。
 手の中の竜の剣が、どこからか射してきた光を反射して輝く。
――よく試練に打ち勝った。出口へ案内しよう。
 クレイシステレスと名乗った声が言う。
「なるほど。あんたが、竜の剣を作ったクレイスってことか」
 おそらくは愛称か何かなのだろうと、ルカは思った。
――我はその者達に作られた鏡。
 声が言った。
 鏡。
 映していたのは、竜の剣を作った者の真実だったのかもしれない。
 光が射す方へ、ルカは歩いていった。

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