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6.それぞれの理由 1

 燃え続ける炎。涙をどんなに流しても、炎が消えることはなかった。助けを求める人々の声を聞いても、自分の身一つで精一杯だった姉弟には、どうすることもできなかった。
 やっと火から逃れた二人は、離れた場所から、燃える町を見た。
 半妖精[ハーフエルフ]の少年は、姉を見上げた。
 突然景色が変わる。火は既に消え、辺りは黒い瓦礫の山だった。少年の姉が、鎧を着た兵士たちにつれ去られて行く。
『姉ちゃん! 姉ちゃん!』
 ――いつも、自分の声で目を覚ました。
 整形手術をしたばかりで、まだ自分の顔に感覚がなかった。
 生きる為に、多少お金がかかっても仕方ないことだった。右目のみが、元のまま残っていた。
 金を稼ぐ為には、どんなことでもした。法に反することもした。スリや万引きは朝飯前だった。それでも、人殺しだけはしなかった。
 どんなに苦しくても、人が苦しむより、自分が苦しんだ方が良いと考えていた。そんな心を持っていても、彼は孤独だった。

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 竜の剣は、セイロンが外出している間に家の床板を外してそこに隠した。
 ルカが竜の剣を持ち帰ったことは、仲間の間にはソルバーユを通じて知れ渡っているはずだ。ただ、仲間にはルカが手に入れた物が『竜の剣』であるとは言わず、妖精族を倒すのに必要な物、としている。
 竜の剣だと知られれば、それを盗もうとする者が現れるかもしれないからだ。仲間と言ってもルカが選別したわけでもない。ソルバーユもネルヴァも知らない、口伝えに増えた仲間が居るかもしれない。考えたくはないが、裏切る者が居てもおかしくはないのだ。
 ある日の夜、ソルバーユが検診に来た。実際は検診するわけではなく、他の仲間との連絡の為に来るのだ。
 セイロンが外出していれば声を出して話せるが、セイロンが居るとやはり手のひらに文字を書いて貰うしかなく、不便だった。
 だから、週に一度はルカがソルバーユの研究所に行く。これも名目は検診の為。研究所の中であれば、他に検診に来た人々と会って世間話をしていてもおかしくはないわけだ。
「今日は同居人は?」
 ソルバーユがルカに尋ねる。
「あっちで書類整理してる。なんか人事異動があったらしくて、上司が変わって、今までの資料を見せろと言われてるそうだ」
 寝室の方を指差す。
「そうか。まあ診察を始めよう」
 言いながら、ソルバーユが手のひらに文字を書き始める。
「北側ではすごい雪が降っているそうだよ」
 『一部の軍が帰れなくなっている』
「へぇ〜。昔住んでたあたりも結構雪深かったけど」
 『かなり大掛かりな装備を持って行ったらしく、春先になって雪が溶けるまで戻れないそうだ。来月、物資を届けに中隊が発つ』
「北に比べて、こっちは随分雪が少ないんだな」
「それには地形が関係している。詳しく調べれば色々おもしろいことも分かるだろう」
「じゃあ、もっと詳しいこととか教えてくれよ」
「次の検診の時までに調べておこう」
 軍が一部隊、遠く離れた北の地から王都に帰ることができない。平常であれば、セイロンに聞かれても何の問題も無い世間話だ。だが下手に話題にされると困る。
「よし、もういいぞ」
 ソルバーユが言った。
「ちょっと開けても大丈夫か?」
 寝室の扉を指差してソルバーユがルカに尋ねる。
 ルカは頷いた。
「入るよ」
 中ではセイロンが積み重なった石版と、黴臭い巻物との間に埋もれていた。
「セイロン、調子はどうだね?」
 ソルバーユの声に、セイロンが振り返る。
「あっ、ソルバーユ様。おかげさまで僕も妹も元気にやってます」
「それは良かった。もう私は帰るよ。邪魔したね」
 椅子から立ち上がろうとしたセイロンを制して、ソルバーユは言った。
 寝室の扉を閉じ、出口へ向かう。
 ルカはソルバーユに外套を渡した。
「そうだ、ルカ。次に研究所に来るのはいつになる」
 昼休みに行くか、日曜に行くかしかないのだから、普通は日曜だ。
「そうだなぁ……明後日だな」
「そうか。その次の日から私はまた東へ行かねばならなくなってね。何でも毛皮の材料にする鼬が変死しているそうだ。軍部でも名うての准将が、北へ行くなら毛皮がなければならないと主張しているらしくてね、生きたまま連れ帰ってこちらで増やしたいそうなのだ」
 最後に世間話をして、ソルバーユは帰って行った。
「あれ、ほんとに帰っちゃったの?」
 セイロンが寝室から出てきた。ソルバーユをもてなそうと出てきたのだろう。
「まあいいや。僕も喉渇いてたし」
 独り言を言いながら、セイロンがコップに水を注いだ。
「ルカ、ひとつ聞いていい?」
 少しだけ水が残ったコップをテーブルに置いて、セイロンが言った。
「なんだ?」
「ソルバーユ様は、君の何を検診に来てるの? もう手は治ってるでしょ。目を見てるようでもないし」
「ああ、……」
 だからなんで俺は、前もって言い訳を考えておかなかったんだ。
 確か、前にもこんなことがあった。
 大人に対する言い訳なら用意するのだが、セイロンは子どもだ。見てくれの子どもらしさに騙されて、そんなに鋭い突っ込みが来るとは思わなかったのだ。毎度のことだが。
 他人に聞かれれば目の検査と答えれば良いが、セイロンは時折検診風景を見ているからそう言うわけにもいかない。
 沈黙が続いた。
 先に口を開いたのはセイロンだった。
「もう良いよ。君から話してくれるのを待ってたけど、言う気がないなら僕が言う」
 ほんの少しの水が入ったコップを指で傾けながら、セイロンは暫く黙り、それからコップから手を放してルカを見た。
「いっぱい聞きたいことはあるんだけど、とりあえず一つ。君の右目は何?」
 言われて、ルカは自分の右目を覆う眼帯に手を触れた。
 動悸が激しくなる。
 いつか知られる時が来ることは想像していた。一緒に暮らしているのだ。仮にセイロンのような勘の鋭い人間でなかったとしても、いずれは気付いていただろう。
 分かっていたことだったが。
「これは」
「エルフの目だよね?」
 嘘を考える暇を与えず、セイロンが言う。
 これ以上黙っていても仕方なかった。
「そうだ」
 眼帯を取る。
 セイロンが、ルカを凝視している。
 ほら、いくらセイロンでも俺が人族じゃないと知ったら……。
「なんで、僕達を騙してたの? 妖精族なら妖精族と一緒に暮らせばいいじゃないか」
 だから最近ルカがソルバーユとよく会っている、とセイロンは考えたのだろうか。
「俺は妖精族じゃない」
 鋭い勘も、そこまでは働かなかったようだ。
「人族でもないが」
 セイロンの目が大きく見開いた。
「まさか、半妖精族……?」
 そんな変なもの見るみたいな目で見るなよ。
 カザート全体ではどうか分からないが、少なくともこの王都には居ない。セイロンも見たことがないはずだ。
 今はただ驚いているようだが、次は?
 妖精族と人族との間に生まれるのは魔族だと言われている。ルカを恐れて逃げるか、ルカを追い出そうとするか。
「なんだ。びっくりした。妖精族が人族に化けてるのとは違うんだね。その目は元々? ソルバーユ様が言わなかったのは、やっぱりルカを心配してくれてたんだね。最初にソルバーユ様に頼んで良かったよ」
「え、いや、左目は整形手術で変えたんだ。元はこっち」
「へぇ〜。やっぱり元の目の方がよく見えるの? あれ、もしかして、妖精族の文字も読めたりするの?」
 言いながら、セイロンは一度寝室に戻り、それから石版をいくつか持ってきた。
 何を考えてるんだ?
 怖がることもなく、追い出そうともしない。
「これとか読める?」
「ん、ああ、見てみるけど」
 見た目だけでは読めるかどうかは分からない。
 手を翳して、書かれてあることを読みたいと強く念じる。浮かんできたのは月日と『今日は何事も無かった』の一文だけ。まだ何か書かれているので見てみると、その次の日の日付と、同じ文章が一文。わざわざ保管しなければならない物とは思えなかった。
「これ、日記じゃねえの? 前はここに妖精族が居たんだろ?」
「わぁ。すごいね。ほんとに読めるんだ。便利だね。なんで先に教えてくれなかったの?」
 言って、ルカの顔を見る。
 ルカの表情が浮かないのを見て、セイロンは気付いたようだった。
「あ、そっか。ごめん。そうだよね」
 言えるわけがないのだ。半妖精族を処刑する法はカザートにもある。それに、話に聞く半妖精族は魔族そのもので、普通に言っても怖がられるだけだ。
 セイロンも、良く知っているルカだから怖くもないが、見知らぬ人だったら怖かったかもしれない。
「じゃあ、次の質問。というか、こっちが本題かも」
 石版をテーブルの隅にどけて、セイロンがルカと向き合った。
「結局、毎回何をソルバーユ様と話しているの?」

「それは教えられない」
 知ってしまうことで、巻き込まれる可能性があるからだ。成功すれば別に問題はない。だが失敗したら。
「今日、知らない役人が五、六人来て、僕に言ったんだ。『近頃ソルバーユの行動が不審だ。関わる者を調べているから、ここも調べる』って」
 セイロンが言う。
「それで?」
 ルカは先を急かした。役人に自分達の計画が知られているのだろうか。
「それで、別に何もないからって帰って行ったけど。ソルバーユ様が何か悪いことをするとは思えないよ。でも、あそこまで強行な捜査に来たってことはやっぱり、何かはあると思うんだ」
 ルカが半妖精族だと分かったとき、セイロンは活き活きした目をしていた。学習意欲が強いセイロンだ。何か新しいことが分かると思ったのかもしれない。
 だが今は暗い顔をしている。
「僕、先に別のとこに隠しておいたんだよ。あの剣! 役人が調べた後に、そっちに場所を移して」
「え?」
 何を言われても知らない、関係ないと答えるつもりだったのに、驚きがつい声に出てしまった。
「ここは僕の家だよ。床板が外れてたらすぐ気付くし、直そうとした。そしたら、知らない剣が出てきた」
「今、剣はどこに?」
「元に戻したよ。無いと君が心配するだろ」
 言われて、ルカは安堵の息を吐いた。
「だから、今更巻き込みたくないから教えないとか、言わないでよ。もう巻き込まれたんだから」
「あ、ああ。そうだな」
 もう剣のことを知られている。王を倒すとかそういう大仰なことを考えていなくても、武器を所持しているだけで罪だ。セイロンにその気があればは、いつでもルカを役人に突き出せる。
「あの剣は、妖精族の王を倒す為の剣だ」
「まだそんなこと考えてたの?」
 半ば呆れたような口調でセイロンが言う。ルカの仇討ちは半年前に失敗して、それで終わったと思っていたのだろう。
「今度は俺だけの戦いじゃない」
「それって、どういう……」
 セイロンが不安げな顔でルカを見た。
「人族の有志で、反乱を起こす」
「じゃあなんでソルバーユ様が」
「ソルバーユは俺達の連絡役だ。妖精族にも仲間は居る」
「反乱……って? カザートを滅ぼすつもりなの?」
「そうじゃない。でも、そうとも言うかもな」
 滅ぼす、という言い方はしていない。人族を奴隷という身分から開放し、独立させるのが目的だ。ただ、その為に不要な法や制度を持つ現在のカザートは滅ぼすということになるのだろう。
「駄目だよ」
 セイロンが言う。
「僕達はここで生まれて、ここで育ったんだよ? この国を滅ぼすなんて、そんな酷いことしないで。そりゃ、ルカにとっては王や妖精族は自分の国を滅ぼした悪い奴かもしれないよ。でも僕らにとって、妖精族は僕らを守ってくれるし、仕事も与えてくれる。良いひと達なんだ」
 賛成はされないだろうと思っていたが、はっきりと反対の意思を示してくるとは思っていなかった。
 確かに、集まった有志達も、ほとんどが自分の国を滅ぼされて今はカザートに住む人達だ。セイロンのように元々カザートに住んでいる人々にとって、この反乱は考えられないことなのかもしれない。
「俺だって、妖精族全てが悪いとは思っていない。でも、守られてるだけで良いのか? いや、セイロンは守られてれば良いよ。お前はまだ子どもだからな。でも大人はそうはいかない。違う。それではいけないんだ。俺は妖精族に押し付けられる未来じゃなくて、自分で未来を選びたい」
 妖精族が押し付ける未来にあるのは、半妖精族であるルカにとって死だけだ。
 長命な妖精族であれば、ゆっくりと時間を掛けて周りの考え方を変えていくこともできるかもしれない。今セイロンがそうであるように、いつの間にか奴隷であることに疑問も持たなくなるのだから。
 けれどルカはそれ程の時間を持っていないだろう。
 今変えたいのだ。
 生きているうちに。
「賛成しろとは言わない。考え方も感じ方もは千差万別だからな。でも邪魔はしないで欲しい。俺達がすることを役人に黙っていてくれればそれで良い。ただ、もしどうしても、セイロンの良心が咎めて役人に言いたくなったら、」
 吸い込んだ息を吐き出す。
「俺一人が王に復讐する為に企んだことだと言って欲しい」
 他の仲間に被害が及ばないように。
「君を止めるには、君を犠牲にするしかないってことなんだね」
 セイロンが言う。
「分かったよ。僕は何も見ていないし、聞いてない」
 コップに残っていた水を流しに捨てると、セイロンは寝室に戻って行った。
 理解はして貰えそうにないな。
 台所に残ったルカは先程の問答を思い出しながら考えた。
 セイロンは、役人にルカを突き出すつもりはない。だが、それはルカのやり方に賛成したからではない。
 じゃあ、なぜ?
 ルカを死なせたくないからだ。友達……というと年齢差もあるし少し違うような気もするが、かなり親しくしていたから、死なせたくないのだろう。
 それはルカも同じだ。セイロンが反対するのなら、セイロンを捕らえて口封じするという方法も取れるのだ。だがそれはしたくない。セイロンがまだ子どもだからというのもあるし、やはりルカにとってセイロンは友達のひとりなのだ。
 半妖精族と知っても、俺を怖がらなかった。
 ルカの正体まで知っていて、それでもルカを守ろうとしてくれる人族と出会ったのは、生まれた町が滅びて以来、初めてのことだった。

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