訃報は突然届いた。
日曜日。普段なら仕事は休みのはずだが、セイロンを訪ねて青い髪の妖精族の男性が家に来ていた。
ん? オーヴィアじゃねえか。
朝起きたばかりで眠い眼を擦りながら、ルカは客人を遠目に眺めた。
だがルカに用があるわけではないようで、セイロンとずっと話している。
「おはよ、セイロン。オーヴィアも。日曜だってのに、朝っぱらからどうしたんだ?」
「オーヴィア様は僕の新しい上司だよ」
セイロンが説明する。
そう言えば交代があったばかりで資料を見せろと言われたとか。
それがオーヴィアだったのか。お姫さんの衛兵の仕事はどうしたんだ?
聞こうとして、気付く。先日イーメルと一緒に数日王都を離れた。その時イーメルは付人に何も言わずに王都を抜け出した状況だった。だから、その責をおってそれまでの仕事を辞任したのだろう。
見た目に真面目そうな顔をしているから、すぐに想像が付く。
「ルカ、いやあれは君ではなかったんだったか。まあいい。色々あって、これが今の私の仕事というわけだ。あの後王女が……いや、この話はまた後で。それより今日は嫌な事件があって、それで来たのだ」
「それでセイロンに用事か? セイロンは警備員じゃないぞ」
「死者が出たから、人民簿に記載を頼みに来た」
普通は、死者が出た場合はその家族がここに来る。ここに軟禁されている間にセイロンの仕事を見させてもらったが、新しく生まれた子どもの名前を綴ったり、亡くなった人の名前に死亡年月日を付け加えたりするのが主な仕事のようだった。
「どうぞ、上がってください」
セイロンがオーヴィアを台所のテーブルに案内する。その椅子に腰掛けて、オーヴィアが石版を取り出した。
「ああ、そうだ。その事件もあるが、もう一つ、最近人族の誘拐が多いらしい。おそらくは他国に奴隷として売る為だろうな。若い男女が狙われているらしいから、セイロンも気をつけた方がいいぞ」
セイロンは羊皮紙を出して広げている。
「わかりました」
「では死者の名前を言う。実は一家全員が殺されていて、身元の確認も大変だった。付近に住む人族は、関係者だと思われたくなかったらしい」
「そうですか。怨恨ですかね」
「まだ分からないらしい。これ以上被害がないようであれば、捜査も打ち切りだろうな。で、死者の名前だが、」
オーヴィアが名前を読み上げ始めた。
それを書き写していたセイロンの顔が、ひとり、ふたりと名前を聞くに従って次第に強張る。
「あの」
オーヴィアが次の名前を読み上げようとしていた時に、セイロンが声を掛けた。
「何だ?」
「その一家は、カザートに住んでいるのですよね。他の町ではなくて」
「そうだ。私も今朝この目で見て来た」
「そう……ですか。……続けてください」
セイロンの目に涙が滲む。
知り合いだったのか?
ルカはそう思っただけだった。最後の名前を聞くまでは。
「サラ。彼女は最近婚約したばかりだったそうだ」
「ええ、知ってます。妹の友達でした」
セイロンが羊皮紙に名前を書き記す。
セイロンは他の名前を聞いた時に気付いたのだろう。それが、サラが婚約した相手の一家だと。
「以上だ。大丈夫か?」
オーヴィアがセイロンに声を掛ける。
「大丈夫です」
そう答えるが、涙が止まらなかった。
オーヴィアが寝室の扉の前に立っていたルカを見た。
「ルカ、字は書けるか? セイロンの代わりに書いてやってくれ。今までのを見ればどう書けばいいのか分かるだろうから」
言って、巻物状になっている羊皮紙をテーブルのルカの側に置く。
「あ、ああ」
答えて、セイロンの手からペンを預かろうとした。
「後は俺がやるから」
「大丈夫だから。僕の仕事だし」
セイロンはペンを放そうとしなかった。
ペン先から落ちたインクが、羊皮紙に歪な模様を残している。
「オーヴィア、記録するのは後でもいいか?」
「ああ。もちろんだ。あまり遅れると困るが、今日中にやってくれればいい」
「だそうだ。落ち着いてから仕事に戻れ」
巻物状の物をセイロンの前に置いて、ルカはオーヴィアの肩を叩いて二人で家から出た。
「そうか。サラという子が君達の友達だったのか」
事情を聞いたオーヴィアが言う。
「では死亡の状況は、セイロンには伝えない方が良さそうだな」
「死亡の状況? そう言えば、殺されたって……」
オーヴィアが頷く。
「あの状況から考えて、おそらくやったのは妖精族だろう。怪しいのが誰かも目星は付くが、動機があるから犯人というわけにはいかない。それに、」
「これ以上の被害者が出なければ、捜査は打ち切り、か」
「それもある。だがそれよりも、その犯人と思しき妖精族は、殺された一家の主人なのだ。わざわざ自分の奴隷を殺すのはおかしいというのが普通の考え方だし、自分個人の奴隷を殺しても誰からも訴えられることがない」
オーヴィアが言った。
この社会の中ではそれが当然だった。人族は、物扱いだ。
「じゃあ、犯人と分かっていても、そいつは平気な顔で町を歩けるってことか? どんな理屈だよ。人族も妖精族も同じ命を持ってるんだぞ?」
ルカが言うと、オーヴィアが顔を顰めた。
「それはそうだが。今の制度上どうしようもないな。現状、人族の数よりも妖精族の方が少ないから、人族の為に割く時間というのはなかなか取れないし」
「だから俺は」
この社会を変えようとしている。
でも言ってはいけない。オーヴィアは妖精族だ。それも、明らかに王側。
「そう言えばさっき、お姫さんがなんとかって言いかけなかったか?」
話を変えた。
オーヴィアが思い出したように言った。
「ああ、そうだった。全く、君が王女を連れ出すから、いやあれは君じゃないことになってるんだっけか……とにかく、無事帰ってきたは良いがどの式典にも会合にも出席なさらない。食事も質素な物に変えろなどと言い出す始末。私はサビアに泣き付かれるし、かと言って私も仕事を変わって、もう王女と話せる立場ではないし、ほとほと困り果てていたのだ」
「サビア?」
「私の妹だよ。君も会ったことがあるだろう。王女の侍女だ」
言われて、いつもイーメルの後ろをついて歩いていた女性陣を思い浮かべる。
ああ、あの青い髪の。サビアって名前だったのか。
髪と瞳の色が同じだけでなく、その真面目さも似ていると思う。
「ああ、私はもう戻らなければ。ルカ、もし王女にまた会うことがあったら、オーヴィアが心配していたと伝えておいてくれ」
そう言い残してオーヴィアは足早に去って行った。
真面目は真面目だが、ルカが思っていたのと少し雰囲気が違う。仕事に対して冷静に取り組むエルフだと思っていたが、どちらかというと熱血漢だったようだ。
俺も戻らないと。
今日は日曜日。マギーが訪ねて来る日だった。
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