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6.それぞれの理由 6

 ルカ達五人は処刑の準備が整うまでの間、事務所に閉じ込められた。
「どうする」
 サルムが言った。
 外には妖精族[エルフ]の護衛官が居て見張りをしている。
「このままじゃ俺達は皆殺される」
「パロスにそこまでする権限があるのか?」
「妖精族がどんな決まりを作ってるのかなんて知らねえ。でも妖精族は人族を殺すことを何とも思っちゃいねえし、他の妖精族もいちいち人族を助けに来やしねえ。これだけは確かさ」
 サルムが言う。
 他の三人は話す気力もないようで、壁際に集まってうな垂れていた。
「パロス総督」
「中の奴隷どもは大人しくしておるか?」
「ええ。今の所、逃げる素振りはありません」
「そうか」
 事務所の扉が開く。
「残念だな、ルカ。ソルバーユは今留守だそうだ。帰ってくるのは早くて二日後だそうだ」
 パロスが笑いながら言う。
 何がおかしいんだ。
「このままじゃあんたも同罪だぞ? ここの責任者はあんたなんだからな」
「同罪? 違うな。お前達は死刑だが、わしはここを辞めて元の仕事に戻るだけだ」
 パロスは仕事に誇りを持っていないのだ。話にならない。
「お前達の最期を見届ける者を選べ。一人三人までだ。処刑場に呼んでやる」
 パロスの言葉に、先ほどまで壁際で俯いていただけだった三人が、口々に名前を発し始めた。一度に言われて聞き取れなかったのか、パロスは外に居た護衛官を呼び、それぞれの希望を書き留めさせた。
「お前は」
 サルムを見てパロスが言う。
「妻と、娘を」
 パロスの後ろで護衛官が石版に書く。
 サルムの目は、最期を見てもらうことだけに希望を乗せて家族の名前を叫ぶ三人とは違った。
「お前は」
 今度はルカに向かって言った。
「誰でもいいのか?」
「ソルバーユは無理だぞ。処刑は今日中にやるからな」
 また笑う。
 ルカの味方が居ないと思って笑っているのだろう。
「じゃあ、イーメルを」
「何?」
 パロスが明らかに驚いた表情で言った。
「それは王女の名前ではないか。同じ名の奴隷が居るのか?」
「王女で間違いない。呼べないのか? あんた偉いんだろ?」
「もちろん呼べる。呼べるが、王女が来ないと言ったらどうするつもりだ。それよりも、お前が一緒に暮らしている人族とかの方が良いんじゃないか?」
「彼はまだ子どもだ。人が殺される所なんて見せたくない」
 ルカの言葉に、家族の名を言った男達はまた俯いた。
「まあ、王女は忙しいだろうし、一番最初に呼びに行ってくれよ。王女が来ると言ってるのに呼びに行くのが遅れたせいで処刑に間に合わなかった、ってんじゃ、さすがにあんたも責任を取らなきゃならなくなるだろうしな」
「うぬぬ。よし分かった。そこのお前、王女に使いを。一人はここで見張りだ。残りは手分けをして人を集めて来い」
 パロスが付近に居る護衛官に向かって指示を出した。
 事務所に居たパロスと護衛官が外へ出る。
「王女がお前に会いに来るってのか?」
 壁際に居た男が言った。
「ああ、来るさ。なんたって、お姫さんは俺に借りがある」
 ルカが答えると、聞いた男も含めサルムまで変な顔をした。
 日が山に隠れてまだ薄明るい時間に、ルカ達は事務所から出された。縄で縛ったままだから、処刑の準備が滞り無く終わったということなのだろう。
 馬屋から出て少し行った小さな牧草地に、今までは無かった木で作った柵が巡らされていて、真ん中に台が置かれていた。そこにルカ達五人が上らされて、後ろにそれぞれ別の妖精族が立った。
 真後ろだから見えないが、おそらく彼らが死刑執行人だろう。
 少ししてから、正面から十人前後の人族が小走りに駆けてきた。処刑される男達が呼んだ家族だ。
 処刑台の手前で、妖精族が槍を使って家族を遮った。
 ルカも会った事がある顔も混ざっている。サルムの妻と娘も来ていた。通行を妨げている槍の隙間から手を伸ばし、夫に声をかける女も居れば、祈っている女も居る。泣きそうな子どもも居れば、まだ何が起こるのか理解できないと思われる小さな子どもも居た。
 処刑台の前に、パロスが歩み出た。
「おい」
 ルカが言う。
 パロスが振り返った。
「お姫さんは、イーメルはどうした。来ていないようだが」
「さあな。使いは出したが、どうなったかまではわしは知らぬ。あまりに失礼な要求だったから、使いの者が王女に捕まったのかも知れんな」
 唇の端を上げて、パロスが言った。
 どうなったのか知らないというのは本当だろう。実際に、使いに出された妖精族がまだ帰ってきていない。

 パロスは観客となる、四人の家族の方に向き直った。
「さて、ここにいる五人は、軍より預かった大切な馬を死なせた罪人である。わしは寛大であるから、集まってくれた家族まで同罪とすることはない。安心して欲しい。ただ、犯した罪はその死を持って償ってもらわねばならぬ」
 大声で言った後、隣で待機している妖精族の男に耳打ちした。
「一人ずつやれ。左から順にな」
 ルカは右から二番目だ。右端はサルム。
 他の三人が死んで二人だけになれば、逃げられるかもしれない。
 そう思ったが、夫に手を伸ばしている三人の妻達を見ると、それではいけないと思い直した。
 五人ともが助かる方法を考えなければ。でもソルバーユも居ない。お姫さんもまだ来ない。どうすればいいんだ。
「きゃあああっ」
 叫び声が聞こえた。
 一番左の男が殺されたのだ。声は彼の妻だった。
 頭が処刑台から転がり落ちる。
 考えてる場合じゃない。
 ルカが思った時、サルムがルカに囁いた。
 静かな場所であれば、囁き声程度でも妖精族に聞かれるだろうが、一人目が死んだことで観客が騒ぎ始めていた。
「ヘルメイド様の馬が死んだのは前から居た俺達が気付けなかったのが原因さ。あんたは何も悪くない。だから、あんたの番が来たら俺が暴れてやる。その隙にあんたは逃げるんだ」
「無茶だ。それじゃああんたは絶対に捕まる」
「もう捕まってるさ。今は俺も、あんたもな。あんたがやろうとしていることは分かる。だがあんたが今暴れても、俺達があんたの足枷になっちまう。前の三人には悪いが、俺達二人になるまで待て」
 一瞬、それが良いのではないかとルカは思った。
 いや駄目だ。俺一人が助かっても意味がない。
 ソルバーユやイーメルを呼ぼうとしたのは、皆で助かる為だ。
「サルム、あんたの話術で少しでも処刑を先延ばしにできないか。お姫さんが来るまで」
「王女が来るわけがない。でもそれで諦めが付くならやってやろう」
 サルムが言って、何食わぬ顔で正面を向いた。
 少し経ってから、サルムがパロスに声を掛けた。
「なあ総督、処刑を急ぎすぎじゃないか? 普通は死ぬ前に家族と会話させてくれるもんだろう」
 パロスは処刑の前に自分が寛大だと言ったばかりだから、これを飲まないわけにはいかないはずだ。
「ふむ。なるほどそうであったな。会話を許可する。ただしわしが良いというまでだ」
 遮っていた槍をどけると、それぞれの家族が駆け寄ってきた。
 残っているのは、最初に殺された男の家族なのだろう。
「サルム!」
 サルムの妻が来た。サルムの娘のサチは、母親の服の裾を掴んでサルムから顔を隠している。
「何があったの? また濡れ衣なんでしょう? あの人の時と同じ……」
 言われて、サルムが首を左右に振った。
「俺が世話してた馬が死んじまった。今回は何も責任がないわけじゃないさ」
「そんな。馬だって不死じゃないんだから、いつか死ぬものよ。なんでそんなことであなたが死ななきゃならないの」
 しかし、サルムは首を横に振っただけだった。
 ルカの前には誰も居ない。男達の家族のすすり泣く声と、彼らの最期の会話だけが、ルカの周りを包む。
「よし、そこまで」
 パロスが言った。
 家族は妖精族の護衛官に肩を掴まれて、また元の位置まで下がらされた。
「これ以上は無理だ」
 サルムがルカに耳打ちする。
 パロスは処刑をさっさと済ませようとしている。確かに、これ以上引き延ばすのは無理だろう。
 左から二番目の男の首が落ちた。
 血飛沫がルカにまで掛かる。
「くそっ」
 舌打ちして、立ち上がろうとした。
「まだ駄目だ」
 こちらは見ていないと思っていたのだが、サルムが正面を向いたまま、ルカに言った。
「言っただろう。ここで必要なのは他人を思いやる心じゃない。切り抜けるための知能だ」
「やめてくれ。やめてくれ」
 左隣の男が呟いているのがルカの耳に聞こえてきた。
「助け――!」
 叫んだ瞬間に、左隣の男は息絶えていた。
 次はルカの番だ。
「王女は来なかったな」
 パロスがルカに言う。なんとも嬉しそうな表情だ。
 自分の姿がパロスを喜ばせていることに憤りを感じる。
「今だ」
 サルムが囁く。
 すぐにサルムが動いた。
 後ろに居たエルフの顎に頭突きをし、ルカの後ろのエルフに体当たりをして倒す。
 ルカも立ち上がった。皆の視線はサルムに向かっている。ルカが立ち上がったことも、サルムの行動に驚いてのことだと思われているはずだ。
「右だ!」
 サルムが叫ぶ。
 すぐに別の妖精族がサルムを押さえつけた。
 右を見ると、柵の作りが甘く、大きく木と木の間が開いた場所があった。
 あそこから逃げろってことか。
 今なら逃げられるだろう。しかし、ルカは動けなかった。自分ひとりが助かっても意味がない。ルカにはとりあえず家族も居ない。もし一人だけ生き残れるならルカよりもサルムの方が良いはずだ。
 サルムを押さえつけているエルフの一人に、ルカは体当たりした。
 もう一度、別のエルフに体当たりしようとしていた時に、足首を掴まれてルカはその場に倒れた。
 強い力で無理やり立ち上がらされて、サルムを囲む妖精族から引き剥がされる。
「構わない。その男から先に処刑しろ!」
 パロスの声が遠くで聞こえた気がした。
 サルムを囲っていた妖精族が、処刑台から飛び降りていく。サルムの近くには最初から居た処刑人が残るだけになった。サルムは膝を付いているが、顔は血だらけになっていて、殴られたのだろう、目も開いていなかった。
 斧がサルムの首に振り下ろされる。
 やめろ!
 体を振って、自分の縄を持っているエルフを振り切ろうとしたが、エルフの足がわずかに動いただけで、振り切ることはできなかった。
 目の前で、サルムの体が崩れ落ちる。
 血飛沫が上がって、ルカは頭から血を被った。
「あとはお前だけだな」
 遠くに居ると思っていたパロスは、ルカのすぐ近くでそう言った。

「その処刑、待った」
 女の声が聞こえてきた。
 他のすすり泣きや叫び声にも掻き消されることのない、あまりにも通る声に、ルカを囲む妖精族は全員がその声の方を見た。
 ルカも声の方へ顔を向ける。
「お姫さん……」
 イーメルが処刑台に向かって走ってきた。後ろには何人かの兵士も居る。
 皆の視線がイーメルに向かった瞬間、既に処刑された男の妻の一人が、自分と夫を遮る槍を押して前に出た。
 それに気付いた他の家族達も我先にと処刑台へと駆け寄った。
 処刑自体に待ったが掛かった為か、家族を抑えていた護衛官達は特に動こうとはしなかった。
「あなた」
 サルムの妻がサルムに縋り付いている。
 先に処刑された三人と違い、サルムはまだ首が繋がっている。だが息はない。
「パパ」
 サルムの娘が泣いている。
 サルム、あんたの娘はちゃんとあんたのことパパって呼んでるじゃないか。
 言葉にならなかった。言葉にしても聞かせるべき相手が居ない。
「パロス殿、この者達は無実じゃ。今すぐ処刑をやめよ」
 イーメルが言った。
「呼んだ者達を先に帰らせろ」
 すぐさま、パロスが指示する。
 本当に無実だとすると、この処刑自体の是非が問われる。しかしどうせ、処刑された者の家族以外で、いちいち口出しする者は居ないのだ。
 パロスの指示で、家族は処刑台から離され、やがてルカの視界から消えた。
「王女、何事ですか? 無実とは?」
 近くに処刑した者達の家族が居なくなってからパロスが言った。
「死んだ馬を調べさせた。馬の死体から、人族では入手できない薬物が検出された」
「だとしても、他の妖精族に入手させたのでは?」
 イーメルが一瞬パロスから目を逸らしたが、すぐにパロスの目を見て話し始めた。
「薬物のことを調べさせた。薬物は城の保管庫に置いてあるが、城の薬師の許可がないと持ち出せない。持ち出した者の名は記録してある」
「では、その薬を持ち出した者が今回の件の犯人というわけですかな?」
 パロスがルカの方に顔を向け、ルカの縄を持っているエルフに目配せした。
 エルフはルカの縄を解いた。
「それで、その者の名は何と?」
「オズワルト=ヘルメイド」
 パロスの顔色が怒りの色に変わっていく。
「おのれ、わしを嵌めたな。ヘルメイドは今どこですか」
「すでに城の牢に捕らえておる。しかしパロス殿、そなたはヘルメイド殿に会わない方が良い。彼はそなた個人に恨みがあって今回の犯行を計画した。話を聞いたが、確かにそなたが悪い。どう考えてもな。そなた自身の立場を危うくしたくなければ、ヘルメイド殿とは会わぬことだ」
 イーメルに言われて、パロスは怒りを露にしたまま、踵を返して馬屋に入って行った。
 イーメルが処刑台の上のルカの側まで来た。
「無事か?」
 心配そうにイーメルが言う。
「何でもっと早く来てくれなかったんだ」
 イーメルに言う。
 仲間達の血に塗れた服は、自分の目に見える限り元の色がほとんど分からなくなっている。触ると手の平が赤く染まった。
「あんたがもっと早く来てれば、皆死なずに済んだんだ。それなのに、何で」
 イーメルの肩を掴んで揺らす。
「すまない、ルカ。すまない」
 血に濡れたルカの頬に、イーメルの手が触れた。
 イーメルの白い指が赤く染まって、代わりにルカの顔が多少綺麗になっていく。
「ヘルメイドがやったという証拠を掴むのに時間が掛かった。すまない。言い訳にしかならないな」
 イーメルの表情が、悲しげに歪んでいる。
 イーメルには、ルカの気持ちは理解できていないのかもしれない。理解しているのなら、ルカの顔を綺麗にするよりも、死んだ男達を家族の元へ送るなりするだろうから。
 サルム達は死んでしまったが、罪人でないことはイーメルによって証明された。生きることが最重要ではあったが。
 罪人として葬られたのでないだけマシだ。
 そう思うしかなかった。
 でも、何でだ。何でサルムが死ななきゃならなかったんだ。悪いのは妖精族の方なのに。いつもそうだ。妖精族の争いに人族が巻き込まれる。妖精族が俺達を殺す。
 納得できないことは、今までにも多くあった。
 それでも、社会を変えようとまで思ったことはなかった。けれど、ここは、今の社会は、酷すぎる。
 社会を変える手段は、ルカが持っているのだ。
 竜の剣という力を。

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