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読書日記 1998

1998年12月

どうも最近読む本の範囲が決まりきってきた。面白いものへの嗅覚が敏感になった反面、保守的になってるのかも。

「夢の女・恐怖のベッド」  ウィルキー・コリンズ (岩波文庫)

最古の長編推理小説「月長石」の作者の短編集。旧さは否めないが、怪談やミステリーが未分化だった時代の雰囲気は楽しめる。同時代のポーのぱくりかと思わせるのがあるのもなんだか微笑ましい。

「戦中派天才老人・山田風太郎」  関川夏央 (ちくま文庫)

インタビュー集の形の評伝。ほとんどエッセイや山田風太郎の特集記事などで読んだことがある内容。ということは、この大天才作家が今いかに高く評価されているかということだろうが、30年来のファンとしてはちょっぴりくやしい。

忍法帖シリーズ、明治物、室町物、ミステリー、戦中日記、どれをとっても天馬空を行く面白さであることは保証します。

風太郎の何度目かの忍法帖全集の後書きで作家高橋克彦が書いていたのが面白い。「最近の伝奇小説を書く作家は自分が影響を受けた作家を聞かれると国枝史郎や吉川英二などの物故作家を挙げるが嘘に決まっている。自分も含め山田風太郎と半村良にあこがれて伝奇小説を書き出したのだ」(文章はこのとおりじゃないけどね)

「洞窟の偶像」  澁澤龍彦 (河出文庫)

鋭く美しく平易な書評美術評人物評。論評される巨人たち=三島由紀夫、稲垣足穂、ビアズレー、リラダン、ニーチェ、フロイト、コクトー、エルンスト等々等々。私のような非文学的人間に埴谷雄高の「死霊」を読んでみようかと思わせるだけでも、稀有の書と言える。多分思うだけだけど(^^;

「聖書神話の解読」  西山清 (中公新書)

イコノロジーや西欧の小説読むための基礎でもと思って読んだが、ギリシャ神話のようには胸おどらない(ばちあたり)。それでも次はミルトン「失楽園」にでも挑戦しようかなあと無謀にも思う。

「江戸切絵図貼交屏風」  辻邦生 (文春文庫)

美術に造詣が深く著名な文学者である作者が連作した捕物帖。武士出身の浮世絵師が主人公というところに作者の投影を感じる。捕物帖らしい仇で伝法で粋な感じより、抑制のきいた美しい時代小説として楽しめる。

「恐竜文学大全」  恐竜関連アンソロジー (河出文庫)

前巻の「怪獣文学大全」よりちょっと文学的かな。かつては乱歩が、最近では永瀬唯が「肉体のヌートピア」で紹介していた怪作「湖上の怪物」が読めたのは収穫。やはり星新一の「午後の恐竜」は傑作だとあらためて思う。小林恭二の「大相撲の滅亡」は抱腹絶倒の大傑作。

「胸遊び」  佐野洋 (光文社文庫)

ベテラン練達の短編ミステリー。暇つぶしにはもってこい。それ以上でも以下でもなし。

1998年11月

今回はミステリーの月。

「姑獲鳥の夏」  京極夏彦 (講談社文庫)

これが噂の京極堂か。好き嫌いが激しい作風だけど、私は好き。膨大なペダントリーはうるさい人にはうるさいが、ある種のミステリーの伝統でもある。「虚無への供物」の中井英夫や「グリーン家」のヴァンダインなんてとこ。

「ベッドデティクテブ」  都筑道夫 (光文社文庫)

久しく文庫化されなかった「トルコ嬢シルビアの華麗な推理」の第2短編集。原題「泡姫シルビアの探偵遊び」。女言葉使いのうまさきれいさ。

お洒落なブランド名をうまく作中に使うのは田中康夫より伊丹十三と都筑道夫が先達だよな。

「幻色江戸ごよみ」  宮部みゆき (新潮文庫)

秀作揃いの怪談集。綺堂の如し。人情物かと思ってたら意表をつかれてメチャこわい「だるま猫」。「小袖の手」もこわい。心暖まる「器量のぞみ」。哀切で単にして適な人物描写の見事な「詫助の花」。

「神の狩人(上/下)」  グレッグ・アイルズ (講談社文庫)

うわさのインターネットホラー。さすがのストーリーテリング。悪役の人物像の面白さは出色。ただしラストは。(読んでない人はここ読まないように)狙われたヒロインは本当に悪役に魅せられた方が面白かったと思う。

「赤い蝋人形」  山田風太郎 (廣済堂文庫)

「美女貸家」は面白い。作者の美人の奥様にどうしても連想が行く。

「江戸にいる私」  山田風太郎 (廣済堂文庫)

表題作は「良くある」タイムスリップものだが、江戸時代を一方的賛美も批判もしない、この作者ならではのユニークな視点がさすがの面白さ。

1998年10月

「千日の瑠璃(上/下)」  丸山健二 (文春文庫)

ついに読んだ。

私の読んだベストオブブックスの1冊になることはもちろん、間違いなく日本文学史上の一つの到達点だろう。

架空の街「まほろ町」の一千日の物語が千章千頁でつづられる。しかも全て「私」という1人称でありながら視点が1章ごとに変わっていく。「私は風だ」「私は闇だ」「私は無精髭だ」などで始まる緊密見事な文章の章を読み継いでいくのは、近来にない快楽だった。

純文学には違いないが決して難解哲学的といった感じではない。うたかた湖やうつせみ山という自然にかこまれた、まほろ町の盛衰とそこに棲む人々の大河のごとき物語。

鬘をした公務員、緋鯉の刺青を背負ったその弟、盲目の美少女、黒いビルの3人の極道、潜水する修行僧、大麻で大尽遊びのカップル、事故で人を殺した狂女、娼婦、男を知らぬ図書館員の女、オオルリ、死の小舟、そして町を、人々の人生を横切っていく、主役にしてトリックスター「世一」。

最終章「私はいつもの風だ」を読み終わったとき、全く新しい読書体験をしたという感動がやってきた。また時あらためて再読したいと思う書に出会えたのもひさしぶりだ。

今月はこれだけで満腹満足。

1998年9月

「半身棺桶」  山田風太郎 (徳間文庫)

天才不良老年。大小説家山田風太郎の枯淡の境地のエッセイ。しかし全然抹香くさくなくて面白い。自分の体と死について、これほど肩の力の抜けた文章が書ける人が他にいるだろうか。戦争への透徹。「大」の使い方のうまい文体。ちろちろと見える奥様のかわいらしさ。

「怪獣文学大全」  GODZILLA関連アンソロジー (河出文庫)

なつかしき怪物キノコホラー「マタンゴ」。原話があるとは知らなんだ。

「完全犯罪はお静かに」  ミステリーアンソロジー (講談社文庫)

「とり残されて」宮部みゆき。「書かれなかった手紙」井上夢人。「私が犯人だ」山口雅也。

「吸血鬼カーミラ」  シェリダン・レ・ファニュ (創元推理文庫)

再読。

「奇妙な昼下がり」  阿刀田高 (講談社文庫)

練達なストーリーテラーであること損しないミステリーであることはたしかだが少々飽きてきた。

1998年8月

「盗聴された情事」  エド・マクベイン (新潮文庫)

アメリカンエスタブリッシュメント−何不自由ない地方検事の美しい人妻が年下の美青年との麻薬的情事に耽溺する。青年は夫が追い続けているマフィアの若きリーダーだった。

作者は刑事キャレラ=「87分署」のマクベイン。訳者は詩人田村隆一。流麗で詩的な文章が、ニューヨークの濃密な匂いを描き出し、官能的な物語を悲劇へと導いていく

読んでいる最中の8月、訳者の訃報を聞いた。詩人72歳の訳業だが、緊密な文章はさすがに見事。

「室町少年倶楽部」  山田風太郎 (文春文庫)

文化、人生、政治などへの深き思想を秘めたエンターテインメント。さすがの山田風太郎。私の読んだ中では古今を通じて最も面白い小説家だとの思いを強くする。
室町のルードビッヒ将軍義政。管領細川勝元、日野富子。
冒頭、少年の義政、少女の富姫、若き宰相勝元、三人の冒険はおとぎ話のようでまさしく「少年倶楽部」。彼らにどんな未来が待ちうけているのか、比類なき小説の手練れの紡ぎ出す物語を、まだ読んでいない人がうらやましい。

「乾し草小屋の恋」  ロレンス (福武文庫)

「チャタレイ夫人の恋人」の作者の短編集。表題作と「牧師の娘」がいい。階級社会たるイギリスの差別。恋愛の意味。あまりに無垢な男と女の緊迫した対峙。ラブシーンにこめられる何重もの意味。現代では恋愛にこれだけの緊迫感を求めるのはもう無理だろう。だから恋愛小説はなくなり不倫小説ばかりになるのかな。それさえ単なる「刺激」にすぎなかったりする。

「日本絵画の遊び」  榊原悟 (岩波新書)

最初に連想する国芳や暁斎はあまり出てこない。「誇張と即興」「虚と実の狭間」「対比の妙」「左右をめぐって」「江戸人のユーモア」。虚構と現実の別を眩惑する「描き表装」のトリック。2次元と3次元の融合「掛け物あしらい花」等、紹介される西洋絵画とはまた違う視覚のマジックの数々。著者の視点も見事、語り口もうまい。

「ゴジラ日米大戦」

ゴジラよりカムイ伝についての評論が面白かった。30年に及ぶ私の聖なる書。カムイ・竜之進・正助の人生が私をとらえてはなさない。

「悪夢のマーケット」  アンソロジー (光文社文庫)

かみさんが最近読んでる日本ベストミステリー選集の一冊。外れも多いがこれは当りの方。
「旅の終り」阿刀田高「おそれ」高橋克彦「都市盗掘団」筒井康隆「酒嫗」半村良。

1998年7月

「反逆の星」  オースン・スコット・カード (早川SF文庫)

過剰再生というアイディアはコードウェイナー・スミスの「シェイヨルという名の星」を思い出す。二重三重に屈折しているとは思うが、人種差別的意識を感じるのは錯覚だろうか。面白いことは間違いない。特に不思議な能力を発達させた流刑の民の子孫たち。時の流れを自由にする部族、大地と語り操作する種族。思わず「エンダーのゲーム」と「死者の代弁者」を再読してしまう。

「芸術新潮−おしゃべりな乳房たち」  

(新潮社)

題名に惹かれて思わず買ってしまったが、内容は当たり前すぎてもう一つ。王妃マリー・アントワネットの乳房をかたどりしたセーブル磁器のボウルというのはエロティックというより奇天烈である。

「やさしい仏像の見方」  西村公朝 (新潮社とんぼの本)

手軽な参考書のつもりで買ったのだが、著者の人柄を感じさせる丁寧な仏教全般の解説とユーモアただよう仏画は、なかなか。

「ヴィクトリア朝の性と結婚」  度会好一 (中公新書)

偽善の時代のエピソード。「フックスの風俗史」(角川文庫絶版)やフリッシャウアーの「世界風俗史」(河出文庫)などを読んでると補完的な面白さがある。現代の日本の風俗が別に新しいわけではないことが良くわかる。

「幻の声」  宇江佐真理 (文藝春秋社)

「泣きの銀次」  宇江佐真理 (講談社)

最近新しい時代小説の書き手が出てきてなかなか楽しい。隆慶一郎の影響の流れにあるものと藤沢周平の流れをくむものと二系列あるような気がするが、この作者はあきらかに後者。少し硬く鋭い文章だが、だんだん練れてくるようなのが好ましい。男と女の仲が粋で意気を感じる。

「春画片手で読む江戸の絵」  タイモン・スクリーチ (講談社)

好事家的衒学趣味ではなく、知的鋭利な分析で春画の世界を読み解いていくスリリングと言っていい書。衣服による上半身と下半身の分節とその意味など構図上の分析も興味深い。論理が暴走気味になるとこもあるが春画の解説書としては出色だと思う。

ベスト5 恐るべき子供たち

ふん、いつの時代でも、子供はみんなアンファンテリブルさ。
などとシニカルぶったことを書いた数日後、TV番組でかつての三菱銀行人質事件の犯人が少年時代にも殺人事件を起こしていたことを知ってぶっとぶ。

「ブリキの太鼓」  ギュンター・グラス

最初の3冊は全て初めに映画を見てから原作を読んだ。特にこの作品は、フォルカー・シュレンドルフ監督の映画(79年カンヌグランプリ)の印象が圧倒的。

大人たちの世界を知りすぎて、みずから3歳で成長をとめた少年オスカルの物語。オスカルの周囲で愛し愛され愚行を繰り広げる大人たちは、ナチスが台頭し第二次世界大戦へと続くドイツの世相の中で次々と死んでいく。

散りばめられるエロチックなシーンの数々。祖母は野外で大きなスカートの中に放火魔をかくまい妊娠する。夫の友人と姦通する母。オスカル自身義母と情交し妊娠させる。そしてカーニバルの小人のヒロインとの恋愛。

圧巻のシーンはベックリンの幻想絵画を思わせる馬と海ともうひとつのものの場面だが、これはこれから見る人の楽しみをうばわないため書かずにおきましょう。

映画はふたたびオスカルが成長をはじめたところで終わるが小説はさらにその後のオスカルも描く。

「恐るべき子供たち」  ジャン・コクトー

そのまんまですな。映画を見た当時の日記から。
「ニコール・ステファーヌの名演。ラストへの盛り上がる緊張感はギリシャ悲劇の如く。姉弟が築き上げた密閉された神話的部屋。ガラクタの宝物。罵り合いさえも二人の世界の重要な部品。二人がそういう世界を持っていること理解している唯一の男=弟の友人。しかし世界に入ることはできない。全編に流れるバッハの「4台のハープシコードのための協奏曲」。ラスト、姉エリザベートはピストルをつかみ立ち上がる。自殺シーンは興ざめだと思ったらカメラは切り替わり・・・・」

原作を読み返すと、姉弟の世界に危機を運んで来て最後に破滅させるのは、物語の最初と最後にしか現れない美少年だった。しかもこの美少年は別の者の姿を借りて物語に常に影を落としている。

コクトーの流麗で緊迫した文体で一気に読める密度濃い名編。

「午後の曳航」  三島由紀夫

海辺の街の少年グループ。大人たちのまやかしの世界を憎悪し軽蔑する天才的な「首領」と彼に心酔する仲間たち。そのうちの一人の少年が、海の向こうからやってきて少年の母と愛し合いまた海の彼方へ去っていった一人の船員を理想の大人として憧れる。首領は「所詮大人はみな同じでその船員もただの男と化して帰ってくるさ」と予言し、少年は反発するが・・・・・・。

原作は三島の見事な文章に酔えば良し。映画はサラ・マイルズとクリス・クリストファーソンの息を呑むラブシーンを堪能すべし。

映画の少年はなかなか美少年だが私の好みは冷たく知的な容貌の首領役だった。後ろの席のカップルの「あの子美少年ね」「うん、首領だろ」「え?」という会話を聞いて、男と女の見る目の違いを感じたあの日は・・・・私もまだ少年のしっぽをつけていた。

「蠅の王」  ウイリアム・ゴールディング

裏返しの「十五少年漂流記」。核戦争のさなか疎開するイングランドの少年たちが孤島に不時着し楽園のような生活を開始する。しかし内なる闇の力が少年たちを支配しはじめ、少年たちの性格があらわになり、人間の歴史を太古からたどるがごとき争いがはじまり、幾多の死がおとずれる。

最後に生き残った少年たちは巡洋艦に救われる。
「イギリスの少年だったら・・・・もっと立派にやれそうなもんじゃなかったのかね」と士官は聞く。「はじめはうまくいってたんです・・・・」と少年は答える。

彼らが帰って行く世界も戦争が終わったわけではない。

「少年」  谷崎潤一郎

読んだばかり。3人の少年少女の力関係(というよりエロチックな上下関係)が屋敷の外、内、禁断の蔵の外、内で逆転していく。「痴人の愛」などにつながるマゾヒスティックなイメージが既に顕わなのが興味深い。

次回は美食ファンタジーベストを。

1998年6月

「ねむり姫」  澁澤龍彦 (河出文庫)

独特の幻想味、気品はもちろんだが、筋立てに余裕を感じる幻想談。表題作、「狐媚記」「ぼろんじ」がいい。

「八犬伝宮田雅之切り絵の世界」  宮田雅之 (平凡社)

ひんさん。やっぱり素晴らしいですね。この線、この形。

「西遊記10」  中野美代子 (岩波文庫)

ついに最終巻。後半は、三蔵が妖怪にさらわれ悟空たちが取り返そうと戦い最後は観音菩薩などの助けで解決する、という同じパターンの繰り返しで、正直言って飽きる(ドラゴンボールの後半と一緒ですな)。しかしそれさえも訳者によればシンメトリーな物語構成のためだという。構成そのものに幾多の秘密が隠されている。訳注を読まないと本当の面白さは分からない。中野美代子ファンとしては、このへんについてまた項をあらためて書いてみたい。

「マクベス」  シェイクスピア (新潮文庫)

きれいはきたない。きたないはきれい。けるぱさんのWEB7000ヒット記念にマクベス夫人を描こうと思い、泥縄で読んだ。夫人のイメージが変わったし場面が明確に特定できたし、読んで良かった。

「潤一郎ラビリンス1」  谷崎潤一郎 (中公文庫)

谷崎ファンとしてはこのシリーズは楽しみ。「少年」「刺青」「幇間」と珠玉の短編が並ぶ。「少年」は「ベストオブ恐るべき子供たち」に入れたくなる。(次で書こう)

「長い長い殺人」  宮部みゆき (光文社)

登場人物の財布を語り手とした連作短編。同様の趣向のオムニバスとしては、宝石が狂言回しとなる松本清張の「絢爛たる流離」を思い出す。こちらは一つずつが独立した短編集だったが、宮部みゆきの方は(またちょっと話題になっている「疑惑の銃弾」を思い出すような)一つの事件を色々な視点から見るという構成。この人の作品は絶対はずれがなく、損した覚えがない。早く「理由」を読みたい。

視覚のフェロモン−本棚の画集その1

掲示板の方で話の出た面白い画集を少し。と言っても貧乏人なのでゴージャスなのとかアンティークなのとかはあるわけない。Hな興味で買ったものを少し紹介してみる(違う興味で買ったのがあるのかというツッコミは・・・・鋭い(^^;)

まずは和物浮世絵からいわゆる春画の画集を・・・・最近よく出てるから手に入れるのは簡単。

「縁結出雲杉」  葛飾北斎 (河出書房新社)

浮世絵では意外と珍しい全裸体の交合図が見事。北斎の春画というと例の大蛸に襲われる海女の絵が有名だけど、あれは「喜能之故眞通(きのえのこまつ)」。二人の女の流転の人生を描く物語性のある「萬福和合神」も面白い。最高傑作と言われる「浪千鳥」は部分図を見ただけど、やはり素晴らしい。乱れる髪、流水の如し。

「浮世絵名品撰歌麿」  

(河出書房新社)

歌麿の描く女性は意外と凛々しく、伝法できりっとした粋な風情が好き。しっかりしたデッサン力は女性像にも、昆虫の見事なスケッチにもうかがわれる。

春画の場合、画家はデッサン力があっても人体構造を無視した絵を描いてることが多い。見る人が求める「部分」を無理矢理見せるためだと思うが、あの河鍋暁斎でさえも春画は肢はどうついてるんだろうというようなのを描く。さすがに北斎と歌麿には無理な構図のは少ない。

「痴虫」  佐伯俊男 (トレヴィル)

現代の春画師。はじめてこの人の真っ黒な装丁の画集を古書店で見たとき、なにかピーンときたのを覚えてる。線の美しさ、表情のなまめかしさ、奇想・・・・説明不能。同じ系列だと思うのが山本タカト読了記(98年5月)

「NAGA」  空山基 (作品社)

猫と男専門の画家さんのことではない(^^;あまりにも有名かつ人気なので私が紹介するまでもないけど、やはり好きなので落とせない。最初に画集「SEXY ROBOT」を買ってから15年以上経つけど、どんどん洗練かつ過激になってきて最高傑作がこの「NAGA」。と思っていたら最新画集「拷問」が出た。未見。

別冊太陽「宮田雅之切り絵の世界」  

(平凡社)

紙を刃物で切るという行為から、なぜあんななまめかしく艶っぽい線が生まれてくるのだろう。特に現実の重量を感じるような流れ落ちる黒髪が圧巻。去年だったか急逝された。本当に惜しい。

1998年5月

今月は翻訳ものは1冊もなし。珍しいと思ったがこの日記を読み返して見るとそうでもない。むむ、年齢的な変化か。

「陰翳礼賛」  谷崎潤一郎 (中公文庫)

一度は読まなきゃと思っていた、好きな作家の日本的なるものについての文章。表題作、恋愛と色情。今となってはと思える部分もあるのはやむをえまい。客ぎらいで猫好きの作家が仮想のしっぽを振りながら客の相手をしている話はなんだかおかしい。

「江戸の色道(男色編)」「(女色編)」  蕣露庵主人 (葉文館出版)

大悦「一人」で悦ぶ=男色。天悦「二人」で悦ぶ=女色。蔭間はなかなかつらい稼業だったようだ。

「緋色のマニエラ」  山本タカト (トレヴィル画集)

艶麗耽美な美少年美少女。浮世絵ポップ様式と言うそうな。画題、構図には佐伯俊男との類似を感じるが、さらに洗練された感じといえば良いか。参考とか勉強ではなく純粋に楽しみとして見たい画集。

「陋巷に在り(1)儒の巻」  酒見賢一 (新潮文庫)

流行りの古代中国ものだが、作者の「後宮小説」を読んだときからその肩の力の抜けた文体がなんだか好ましい。力作なのは間違いないが力作を感じさせないところがちょっと不思議な感じ。装丁の諸星大二郎に影響を受けた作家が出てくるような時代になったのかと感慨深い。

「荒野論」  小林恭二 (福武文庫)

この人は大作家になるだろな。傑作「小説伝」「ゼウスガーデン衰亡史」の外伝とも言える「霧について」。前衛的だが心地よく読める不思議な「斜線を引く」。純文学とかに分類されるのだろうが、この人の作品は文句なく面白い。

「ループ」  鈴木光司 (角川書店)

話題の連作の完結編。「リング」「らせん」と、先に進むというより前作を包み込むように発展する連作。発展してることは分かるのだが、風呂敷きを畳んだという印象が強く、私にとっての純粋な面白さでは前2作の方が上だった。「妖星伝」の7巻と同じ位置づけのように思えた。

「西遊記の神話学」  入谷仙介 (中公新書)

西遊記とオデュッセイアなどの神話伝説を「みちびきの女神と放浪の英雄」の物語と定義する比較神話学。ちょっと論理は強引だが、観世音菩薩とアテナを関連づけたり、世界中の神話との比較話は読んでるだけで楽しい。

ベスト5 カーニバルファンタジー

今年はじめ地元にキグレサーカスがやってきて1ケ月ほど公演した。。空き地にテントが張られ猛獣の檻などが運ばれてくるのを見ていると、幼いころ「サーカス」という言葉に感じたちょっと妖しい異界のイメージを思い出した。もちろん現実のサーカスは健康で明るいアミューズメントで、フリークスな見世物などないし、間違っても子供がさらわれたりはしない。(さらってってくれんかなと思うワルガキはいないでもないが)

「夢見る宝石」  シオドア・スタージョン

宇宙から地球にやってきて地中に棲息している宝石のような生物。彼らの見る夢から超能力者や奇形の人間や動物が生まれる。主人公の少年もその一人だが自分の超能力には気づかない。継父に虐待され家出し、カーニバルの侏儒たちに助けられ、女装してサーカスに紛れ込む。やがて継父の悪事を知ってこれを阻止するが、宝石のことを知るサーカス団の団長により危機に陥る。

私のへたな文章でストーリーを紹介するといかにもB級だけど、本当はファンタジーの香り高い名作。「なにしろ作品を読んでみて」としか言えない種類の傑作。たぶんハヤカワで読める。

「トワイライト・アイズ」  ディーン・R・クーンツ

人間に化けて紛れ込んでいる魔族ゴブリンを透視できる少年が彼らと戦いながら放浪し最後にサーカスに身を寄せる。フリークスたちに助けられサーカスの一員の美女と恋に落ち魔族との最後の戦いに挑む。

なんだかプロットは「夢見る宝石」に似てるけど、なんと主人公の名前も「夢見る宝石」と同じ。そう、これはクーンツが愛するスタージョンやブラッドベリのオマージュとして書いた作品なのだ。もちろんクーンツらしいスピーディでサスペンスフルなストーリー展開を楽しめるからファンも安心。角川ホラー文庫。

「ラーオ博士のサーカス」  チャーズル・G・フィニー

怪作にして傑作。ラーオ博士のサーカスには空中ブランコとか象の玉乗りといった普通の出し物はない。代わりにユニコーンやキマイラやスフィンクスや魔術師アポロニオスや神話上の人物怪物が11000。ストーリーらしいストーリーはなく怪物たちと観客の奇っ怪な問答やエピソードがつづられていく。こんなとらえどころのない作品がなんと映画化されたことがあるらしい。「禁断の惑星」「宇宙戦争」のジョージ・パル監督でチャールズ・ボーモント脚本という垂涎の作品だが残念ながら未見。

私は今は亡きサンリオSF文庫で読んだが今はちくま文庫で読める。

「何かが道をやってくる」  レイ・ブラッドベリ

やはりこの作品は外せないでしょう。私がはじめて読んだブラッドベリでもありますし、カミさんがファンだし。

カーニバルの回転木馬に乗り込んだ13歳の二人の少年は電光と雷鳴とともに一瞬にして大人になり、魔女、恐竜、刺青の男、フリークスが徘徊する悪夢の世界に投げ出される・・・・・・・・創元推理文庫。

「魔術師」  谷崎潤一郎

日本からも一つ。迷宮のような楼閣の立ち並ぶサーカス公園に小屋を出した妖麗な魔術師と彼に魅せられて半羊神と化す恋人たち・・・・・・・・ビアズレイを模したような水島爾保布の挿画が美しい中公文庫。

乱歩や夢野久作でもありそうだが、思い出せない。

次回はワルガキ、ではなかったアンファンテリブルベストを。

情けない読書の現況

あまりモノに執着しないたちなので、薀蓄語れるほどのコレクション的なものはない。ただ、一度読んだ本だけはどうも捨てずらく溜まってゆく。金は貯まらん。多い年で年100冊足らず、最近は50冊くらいがせいぜいなのでとても読書家と言えるようなレベルではない。それでも安物の本棚は一杯になり棚板を増やしパズルのように文庫本1冊分の空間を埋めていく。当然本は二重三重になりどこになにがあるかもう全く把握できない。

今年から日記をデータベース(ACCESS)にしたが、本を購入したことを日記につけると未読データベースに連動するようにした。読了したときは未読一覧をチェックするだけなので日記の記述を楽にするのが元々の目的だ。自然に蔵書データベースもできるので、なんとなくスッキリしたような気がしている。なに、物理的現状はちっとも改善されていないのだが。

この日記もそのデータベースから出力しているのだが、折角だから既読一覧から自分の読んだベストでも抽出してみようかと思う。(変な)分野別に、10冊選べるほどは読んでないのでせいぜい3冊ぐらい。

他人のベストを見るのも好きだが、半分が首肯でき半分が納得できない(または知らない)くらいのが一番面白い。全部納得できないと縁なき衆生だと思うし全部自分とおなじでは刺激が無い。ということでこれを読んだ方で自分はこっちの方がずっと好きだと思ったら、ご遠慮なく掲示板の方にでも書き込んでください。

若衆地獄

NIFTYの「にーちゃん企画」で色若衆を描いた勢い(?)で「江戸の色道(男色編/女色編)」という本を読んでいる。それによれば僧侶の隠語で「大悦」は男色のこと「天悦」は女色のことだそうだ。大の字を分解すると「一人」天の字を分解すると「二人」になる。だから「天悦」は二人とも楽しく「大悦」は一人だけが悦ばしい。どうも、江戸の色若衆や稚児さんは私が能天気な絵に描いて想像していたよりずっと大変な稼業のようだ。不明を恥じる。

1998年4月

4月は読めなかったなあ。通勤の間と寝る前の10分位しか時間なかったから(あと風呂とトイレで少し)

「天下御免の向こう見ず」  爆笑問題 (二見書房)

「日本原論」の方が面白かったな。

「十二神将変」  塚本邦雄 (河出文庫)

ミステリーだが作者は歌人。見事な文章に酔うための小説。文章にひたるためだけに読み返してしまったのは石川淳の「狂風記」以来。

「巨匠たちのエロティックアート」  青木日出夫 (河出書房新社)画集

最近はこういう出版が増えた。中では面白い方か

1998年3月

「奇妙な論理2」  マーチン・ガードナー (教養文庫)

「ダイアネティクス」や「一般意味論」など一世を風靡した「疑似科学」の紹介。記事が旧いのは否めないが、単なる新興宗教より疑似科学の方が人だましやすいのは昔も今も変わらんなあと思う。

「浮世絵に見る色と模様」  近世文化研究会 (河出書房新社)

着物の柄を描くための資料のつもりだったが、服飾の知識を得ると浮世絵の画集を見たときの面白さが格段の差なのが実に得した気分。

「草の径」  松本清張 (文春文庫)

「眠る石」  中野美代子 (ハルキ文庫)

「枕文庫(英泉)」  田野辺富蔵 (河出書房新社)

「波多町」  内海隆一郎 (集英社文庫)

大人の男の童話のような。ほろ苦甘い実にイイ小説。こういう小説を読む楽しみは人生のかなりを占めていると思うほど。

「無限を求めて」  エッシャー (朝日選書)

何年か前買って積読にしてあった1冊。こんな絵でも絵を描いてる今の方が読んで興味深い。

「西遊記九」  中野美代子 (岩波文庫)

訳者が4巻から引き継いでからの軽妙な訳が好きだったのだが、いよいよ次で最終卷。と思ったら、著者は今後頻繁に改訂するつもりのようだ。諸星大二郎の「西遊妖猿伝」も書きなおした上で再発刊ということだし、西遊記には人を虜にして逃がさないパワーがあるのかもしれない。

1998年2月

「江戸の真実」  笠谷和比古 (宝島社)

ゴミなし都市江戸。

「黒い家」  貴志祐介 (角川書店)

単行本日本ホラー小説大賞。こんな怖い小説ははじめてだ。海外のサイコホラーをもうわまわる恐怖。やはり人間にとって本当に怖いのは超常現象ではなく「人間」だよなあ。

「ゴミと罰」  ジル・チャーチル (創元推理文庫)

う〜ん、ドメスティック。

「ハイテクからくり図鑑」  中野不二男 (文春文庫)

「幻妖桐の葉おとし」  山田風太郎 (ハルキ文庫)

「乞食八万騎」はすごい。

1998年1月

「犯行現場にもう一度」  高村薫他 (講談社文庫)

「マンガと戦争」  夏目房之介 (講談社新書)

「リング」  鈴木光司 (角川文庫)

サスペンスは凄い。いまさらながらSFの浸透と拡散(なつかしいフレーズだ)を感じる。

「ブラインドウォッチメーカー(上)(下)」  リチャード・ドーキンス (早川書房)

あの「利己的遺伝子」の感動再び。容赦なく見事な論旨。意志ある創造者を忍びこませたい輩との知の闘い。

「裸婦の中の裸婦」  澁澤龍彦 (文芸春秋)

デルボー、四谷シモン、クラナッハ、いかにも著者好みの裸婦像。絶筆。途中で巌谷氏が引き継いでいる。合掌。

「らせん」  鈴木光司 (角川文庫)

傑作。怖くて美しい。

「コキユ伯爵夫人の艶事」  藤本ひとみ (新潮文庫)

歴史を背景に端正に匂い立つ官能。

「メドゥーサ鏡をごらん」  井上夢人 (双葉社)

途中はめちゃめちゃ怖い。しかし尻すぼみ。

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