'98/07/06 書き手:本日晴天
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警察への緊急通報が入ったとき、オペレーターは通報者の声を一言も聞かなかった。日本の警察ならばいたずら電話として叩き切ったかも知れないが、ここは犯罪都市サン=ノーゴだ。オペレーターは電話の向こうのかすかな女性の声と鈍い打撃音を聞きのがさなかった。電話はすぐに切れたが辛うじて逆探知には成功し、近くの分署に出動要請が出された。
サン=ノーゴ市警35分署刑事のヘイマーとカサハラが現場に向かったのは、通報から2時間後のことであった。この事件が強盗・殺人のような重大犯罪であることは予想されたが、この街には重大事件が多すぎる。通報を受けてから即座に警官を向かわせられるほど、警察には人手も余裕もないのだ。
「さっきの騒ぎだが、ゴミ共め。銃を向けられたくらいで手を上げやがって」
「まったくだな。最近タマが余るわい」
ヘイマーもカサハラも、犯罪人を逮捕するよりも射殺する方を好んだ。この国の刑務所は慢性的に超満員であり、どんな重犯罪人でも政治犯以外は5年程度で出所するのが実状だからである。
パトカーを運転するカサハラは、欲求不満を示すかのように街中で合法的な暴走運転を行い、ヘイマーは拳銃を持つマネをして助手席から通行人を撃つ動作をする。
「ヘイマー、今度の事件では手、上げられても撃っちまうか」
「そりゃマズイんじゃないかの。ハッセィのアホ課長にバレると面倒じゃ」
バレなきゃいいのさ、と言いつつカサハラは急ブレーキを床まで踏み込む。現場に着くたびにこんな無茶な停め方していると、そのうち車が分解するだろうに。そう思っても口にはせずに、ヘイマーは助手席に固定されているショットガンをはずす。カサハラもギアを4速からRに入れて、エンジンが急速に冷めつつある車から降りた。
現場は中産階級の住む住宅地であり、これから突入しようとしている家屋もこの界隈では平均的な一戸建てだった。大方、調子に乗ったガキ共か貧民の押し込み強盗だろう。通報から2時間は経っていたが、これまでの経験からすでにもぬけの空とも思えなかった。この手の事件では、大抵ついでに暴行や強姦しているものだ。
「今度はゴミ共を殺れそうだな」
ヘイマーは小声でカサハラに言いつつ、玄関の脇でショットガンを構えた。カサハラも白い金属からなる大型拳銃を抜き、ドアの正面をさけて横からドアをノックした。
「警察だ。応答無き場合は突入する。投降しろ」
反応はない。サイレンを鳴らし、タイヤをきしませて参上したのだ。こちらに気付いていないわけはない。逃げたのか?しかし、どうも屋内にはまだ人がいる気配がある。
ヘイマーがショットガンでドアの二つのちょうつがいを撃ちとばし、カサハラが玄関にはまった板と化したドアをはずして外に投げ捨て、ヘイマーがすかさず突入する。カサハラも後に続く。互いに援護しつつ一部屋ずつ探る。こうして何部屋目だったか、寝室に突入したとき、2人ははじめて人間と出喰わした。
2人が撃つ必要も、相手が投降または抵抗する可能性もなかった。寝室には女性が何人も壁やベットにもたれかかっていた。全員が鎖で自由を奪われ、声も出ないよう口をふさがれていた。
ヘイマーとカサハラは声をかけたが、女達は何の反応も示さなかった。とりあえず、死んではいない。しかし、生きているとも言い難かった。その原因が栄養失調や水分不足、ましてや暴行のためではないのは明らかだった。
「これは犯罪分析の権威のイェーチー先生の管轄ですな」
カサハラの言葉にヘイマーは応えず、無線で市警本部に連絡を入れたのであった。