'98/07/10 書き手:伊佐坂
 
 サン=ノーゴ市警本部からそう遠くないこんもりとした森の中に、ヤコブ・イェーチーの犯罪研究所はひっそりと建っている。その異端性から学界に居づらくなったイェーチー博士は、大学を辞職すると、この研究所を建設し、警察と奇妙な蜜月関係を築き上げる事に成功した。その成功の影には博士自身の才覚のみならず、何か別の力が働いていた、とも噂されている。が、そのような事は現場に立つ者にとっては何の関係もない事だった。
 現場検証を終えた翌日、ヘイマーとカサハラの二人は、そのイェーチー博士の研究所に向けて車を飛ばしていた。辺りの景色が猛スピードで後ろに流れていく。
「フム、またあの変態博士の世話になるのか」
 呟(つぶや)いたヘイマーに、カサハラはまぁそあ言うなって、人格的に問題があっても腕は確かだ、と笑いながら答えつつ急ブレーキを踏んだ。甲高い悲鳴と大量の土埃を残して車は停止する。
 研究所のインターホンを押して暫(しばら)く待つと、小気味のいい足音とともにドアが開かれて眼鏡をかけた黒髪の女性が顔をだす。彼女はヘイマーとカサハラを見ると、あら、と小さく声を上げた。
「やあ、ミズキさん」
 軽く片手を挙げて挨拶をしたカサハラに、ミズキは軽く頭を下げて今日は、と言うと、少し困った顔をした。そして、すまなそうにいう。
「すみませんが・・・先生は今、朝寝の最中でして、できれば、もう少し後にもう一度おいで願いたいのですが・・・」
「その必要はないよ、ミズキ君」
 ミズキの台詞を遮る様に声が響いて、人影がこちらに近づいてきた。きちんとアイロンの当てられた白衣と。それとは対称的に無造作な、緩くウェーブのかかった髪。イェーチー博士その人であった。博士は、寝起きらしい赤い目を、軽くこすると、
「やっぱりヘイマー刑事とカサハラ刑事か・・・まったく来るたびにあんな音立てられちゃあ、ゆっくり寝てもいられないよ、うん寝られない」
 そう、にやにや言って、手で中に入る様うながした。博士は二人がついてきているかも確かめずにきびすを返すと、
「ミズキ君、お茶の用意を」
 そう言った。はいっ!と元気良く答えてミズキが奥へと去る。その背中を愛おしげに目で追うと、博士は、さてと・・・と呟いた。
「どうせ女性監禁の館の話だろ?」
 振り向きもせずにそう言う。博士はもう事件の事は先刻承知の様だった。
「ああ、そうなんだが、実は・・・」
 言いかけたカサハラを博士は片手を上げて遮った。
「わかっているよ、殴られた通報者がまだみつかってないんだろ?今ミズキ君が類似事件のファイルを検索してる。詳しい事はお茶の後だ」

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