'98/07/30 書き手:本日晴天
 
「さて、本題に入ろう」
 イェーチー博士は空のティーカップを置いた。
「監禁事件自体は珍しくもない犯罪だ。それはキミたち刑事諸君の方が実感しているだろう?監禁と一言でいっても、それは営利目的の誘拐や示威的な暴力の延長としての−」
「まどろっこしい。とっとと得意の性犯罪に入らんかい」
 ヘイマーは、流水のように話し始めたイェーチー博士の前置きを、堰き止めて中断させた。
「ふ、キミの言うとおり、今回の事件は性犯罪の側面が強い。監禁されていた女性達は衣服こそは着用していたが、性的暴行を日常的に加えられていたようであるからね。しかし問題は女性達が何故監禁されていか、だ。性犯罪者が被害者を監禁する理由は、大雑把に言ってふたつある。一つ目は、手元に留めておく欲求あるいは必要性。二つ目は、自由意志を挫く監禁という行為自体に対する快感だ」
 イェーチー博士が一息置いたところで、ヘイマーは言った。
「で、博士はそのどちらが理由だと考えるのか。それとも両方の理由の複合的なものなのか」
 カサハラはティーカップで小さな円を描き、冷め切った紅茶の水面に波打つのを眺めていた。イェーチー博士は助手に茶のおかわりを求め、また話を続けた。
「現在の状況では、昨日から行方不明であるあの家の家主が犯人と考えるのが自然だね。彼は外国企業で技術者を勤める高給取りだ。被害者は10代後半から20代前半で、身元が分かった4人は近郊の農婦・紡績工場の女工・日本人の留学生・個人商店の店員と大した共通性もなく、家主と交友関係があったとは考えにくい」
「つまり顔見知りを強引に監禁したのではなく、誘拐あるいはそれに近い方法で見知らぬ女性を家に連れ込み、そして監禁したと言いたいのか。しかし、それでは監禁の理由の説明にはならんぞ」
 イェーチー博士は湯気の立つ紅茶を一口飲んで、それからヘイマーの質問に答えた。
「単刀直入に言うと、最初の理由だね」
「最初の理由というと、被害者を手元に置くためか」
 ヘイマーの問いに対し、イェーチー博士はティーカップに視線を落として言った。
「ヘイマー君。正確に言うと『手元に留めておく欲求あるいは必要性』だよ。この場合は『必要性』の方だ。無論、『欲求』の方も極めて重要であるが」
 自分の言葉を若干言い違われただけで眉をひそめたイェーチー博士を、窓から池に放り投げたらどんなに愉快だろうか。ヘイマーは衝動を圧し殺して、博士に解釈の根拠を尋ねる。
「自分の手を汚さずに手に入れたお人形だ。万一逃げ出されたら大損どころか犯罪人。これは鎖で繋ぎたくもなるね。まあ、麻薬漬けの被害者に逃げる気力などなかろうが」

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