'98/08/21 書き手:本日晴天
 
 市警にコンピューターが導入されていないわけではないのだが、過去に起きた事件の資料はごく最近のもの以外はデータ化されていなかった。それでも資料室は合理的に分類され整理されており、ヘイマーとカサハラが類似事件のファイルを探すのにさしたる時間はかからなかった。
「これだな。あの変態が言っていた類似事件とやらは」
 ヘイマーは見つけたファイルをカサハラに差し出した。
「へえ、これはどれも楽しい事件だね。いい買い物をした寂しい独り身の男が、半年も経たないうちに自殺とは。一人は猟銃をくわえて脳ミソを吹き飛ばし、もう一人はノドをナイフで貫き、最後の一人は自宅の高層マンションから飛び降りている」
 ファイルを読んだカサハラは口元がゆるんでいた。そして、ファイルを見るでもなくめくりながら言葉を続けた。
「他殺か自殺かなんて、僕らにはどうでもいいことだからね」
「事件は次々に起こるし、これらの事件の担当者もとっとと結論をつけざるを得なかったんだろう」
 そう言ったヘイマーも、そしてカサハラも、今回の事件が簡単に「結論」を提出できるものではないと認識していた。
「しかし、この3件と今回の事件とでは、決定的に違うところが2つあるようだな」
 カサハラが自分の次の言葉を待っているのを確認して、ヘイマーは続けた。
「一つ目は、通報の仕方の違い。二つ目は、この3件では警察が駆け付けたときには『自殺』していた『飼い主』が、今回は行方不明である点」
 ヘイマーが次に言葉を続けないのを見て、カサハラが口を開く。
「通報の仕方、ね。この3件では『強盗』などと通報されたらしいけど、今回の事件では通報者はほとんど何も言っていない。これは、どういうことだろうね」
 ヘイマーはカサハラからファイルを受け取り、厄介なことだ、と言いながらファイルを元の場所に戻した。
 刑事部屋の自分の机にもどったヘイマーは、舶来品のラッキーストライクに火をつけた。いったい今回の事件で、俺達は何を目指して捜査すればよいのだ。ヘイマーは夕暮れ時の雲のように煙を吐き出した。行方不明の家主の発見か、通報者の正体と行方の捜査か、それとも人身売買組織の摘発か。ヘイマーはそこまで考えて、口の中の煙を吹き出した。妙齢の女性を誘拐して麻薬漬けにし、金持ちに売りつける組織。アメリカ映画に出てくるような大がかりな代物ではなかろうが、厄介な相手だ。あまり敵に回したくはない。カサハラは、ヘイマーには読めない中国語の新聞を読んでいた。ヘイマーは半分まで吸ったタバコを灰皿に押しつけた。
「カサハラ、中国人街に行ってみるか。華僑のセイ・ユウにちょいと聞きたいことが」

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