'98/12/28 書き手:本日晴天
「さて、何を聞きに来たんだ?」
 すでに周囲に居るのはヘイマーとカサハラ、セイ・ユウとその妻、そしてセイ・ユウの二人の側近だけであった。先客であるはずのキン・ザンは自ら席を外していた。
「何でも、最近若い娘を誘拐して薬漬けにし、金持ちに叩き売る組織があるようだ。この荒っぽい手口は東洋人のものではない」
「それはひどい連中もいたもんだ」
 セイ・ユウは、ヘイマーの切り出した話の続きを待った。
「無論、そちらが薬を売っていることも、女を売っていることも承知している。そんなことは俺にとってはどうでもいい。俺にとっては今担当している事件の方が重要だ。それに、ヘタにそちらの商売に当たったところでトカゲのしっぽ切りだ。それに何よりも、奥方の父君が上に圧力を掛けるのは目に見えている」
 そこまで聞いて、セイ・ユウは組んでいた腕を離した。
「さすがはヘイマー刑事だ、話が早い。それでこちらとしては、その身の程知らずの組織とどういう関係があるんだ?」
 ヘイマーは出された茶には口も付けずに話を続けた。一方、カサハラは壁に描かれた龍をながめていた。六人いるこの部屋で言葉を発しているのは、セイ・ユウとヘイマーの二人だけだった。
「薬の市場は広くない。それに新しいモノに敏感だ。件(くだん)の組織は売りつけた女の『維持薬』として、高純度のメタンフェタミンに塩酸プロカインや安息香酸ナトリウムカフェインをブレンドした代物を売りつけている。今は『維持薬』として固定客に売っているだけだが、そいつらが一般市場に手を伸ばさんとも限らんぞ?」
 テーブルに預けていた腕を再び胸の前に組み直し、セイ・ユウは口を開いた。 
「確かに。連中の薬は密林で農民が精製したような代物ではないからな」
 それはセイ・ユウの組織が市場に流通させている粗製ヘロインのことだ。
「そちらが労力を使うことも、つまらん抗争を引き起こして商売に支障をきたすこともなく、合法的に商売敵を潰せるのだ。これで十二分な取引だと思うがね」
 ヘイマーははじめて茶に口を付け、その渋さに顔をゆがめた。部屋中の調度品を見るでもなくながめていたカサハラも口を開いた。
「まあ、いつも通りということだね」
 セイ・ユウは側近の一人に目で合図し、ヘイマー達に向き直って言った。
「よし。我々が調べ上げた情報については後日提供しよう。だが今回の相手は人身売買どころか薬も扱う組織だ。一介の警官が当たるには厄介な連中ではないのか?」
「なに、組織を直接潰すのは刑事の仕事ではないからな。それでは、邪魔したな」
 席を立ちつつヘイマーは思った。相手はその「組織」だけではないかも知れない、と。             

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