99'/01/21 書き手:伊佐坂
 
 市警35分署へと戻ったヘイマーとカサハラは、聞き慣れた場違いな程明るい声に出迎えられた。
「やあやあ、ヘイマー刑事にカサハラ刑事。待っていたんだよ。うん、待っていたんだ」
 イェーチー博士は白衣を棚引かせながら腰掛けた椅子から立ち上がってヘイマー達に近寄ってきた。
「少し時間があるかな?・・・おや、中国人街に行って来たのかな?美味しそうな臭いがするね・・・。僕は昼食がまだなんだ。うん」
「何なのだ、博士?博士への用事は済んだ筈だが」
 呟(つぶや)いたヘイマーに小さく頷(うなづ)いた後で、イェーチー博士は、また興味深い事がわかってね・・・と、言いながら振り向きもせずに食堂へと歩き出した。ヘイマー達も渋々つき従う。
 イェーチー博士は奥まった席に腰を据えると、スクランブルエッグに焼いたベーコンをメインとした朝食の様なメニューを注文した。
 急(せ)かすヘイマーをまぁまぁ、と手でいなしてイェーチー博士は、食事が運ばれてくるまでは、毒にも薬にもならない様なお喋りに終始した。
「さてと・・・」
 ヘイマーの忍耐も限界に差しかかった頃、イェーチーは、運ばれてきたスクランブルエッグをフォークで突っつきながら、漸(ようや)く本題に移った。
「被害者であるお人形さん達・・・こっちには未だ、僕は共通項を見出せずにいる。しかし、加害者であると同時に、被害者であるかも知れない、独身の男性諸氏は皆一様に高給取りだよね。金持ちなんだ」
「だから、何なんだい?」
 カサハラは言いながら紙コップの中のコーヒーを飲んで、その煮詰まった味に顔を顰(しか)めた。
「単純に、だからこそお人形を買い集められた、と考える事も可能だけど、もし逆に、だからこそお人形を買わされた、とは考えられないかい?」
 イェーチー博士は言葉を切って、ベーコンにフォークを突き立てた。
「もし、その男達が死んで得をする連中がいるとすると、お人形さん達は一種の時限爆弾だよ。まあ、仮説に過ぎないけどね」
 何だ、とヘイマーは溜め息をついた。
「確実な情報を期待して損をしたわい」
「考えるのは君達の専門分野じゃないんだろ?だから僕が代わりに考えたまでさ」
 イェーチー博士はそう言って笑った。
「それともうひとつ忠告。過去3件の事件の捜査の打ち切りの早さはね、様々な理由があるにせよ、少々不自然だよ。不自然なんだ。これがどういう意味か、わかるよね?」
 その時、ヘイマーの携帯が鳴った。短い受け答えの後、ヘイマーは忌々しげに、ハッセィのアホ課長だ、と呟いた。イェーチー博士はおやおや、とだけ言って席を立ち、去ろうとしたが、立ち止まり、振り返った。
「そういえば、例のベンジャミンとかいう探偵が動いているよ。僕の所にも来たしね。もしかすると、そのうち君達ともぶつかるかもしれない。しれないね」

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