'99/02/24 書き手:本日晴天
 
 サン・ノーゴ市警から警官に支給される弾丸は、1年あたり1箱。つまり50発である。いかに犯罪都市サン・ノーゴと言えども、事件で年間50発以上撃つ警官はそう多くはない。退職するまで、1発も撃たない警官さえもいる。だが、年間50発は射撃練習をする警官にとっては明らかに少なすぎた。
 市警35分署の地下射撃場にはヘイマーとカサハラ、あとはタブロイドを広げている射撃場管理の警官だけだった。これは、自費で弾丸を買ってまで射撃場に来る警官がそういないことを示していた。警官の給与はこの国の中産階級としては平均的であり、つまり私的に弾丸代を出すほど余裕がないのである。
 カサハラは厚紙の標的に、ハッセィの顔を重ね合わせた。引き金に掛かる指に思わず熱がこもる。撃発と同時に銃を持つ手は、蹴られたように跳ね上げられる。しかしカサハラは力で暴れる銃をねじ伏せ、標的の方に弾丸を撃ち込み続ける。撃つ者の肩に響く45口径の重弾頭は、標的に対しては0.45インチの穴を空けるだけだった。
「人間だったら、もっと面白いんだけどね」
 反響する銃声から耳を保護するためのイヤープロテクターのために、カサハラのつぶやきはヘイマーに届かなかった。カサハラは1箱30USドル近くするアメリカ製の弾丸をすべて標的にたたき込むべく、弾倉(マガジン)を再装填した。
 カサハラがアメリカ製のステンレス・スティールを用いた自動拳銃を使っているのと対照的に、ヘイマーは官給品の国産拳銃を持ち歩いていた。38口径のS&Wをコピーした代物で、引き金が堅く、命中精度もよくはない。この拳銃を使っている理由を聞いたら、躊躇なく捨てられるのが利点だ、とヘイマーは言うだろう。  
 重い引き金を気合いで引ききり、1発ずつ確実に撃つ。厚紙にも穴がひとつ、ふたつと空いてゆく。精度がわるいと言っても、実用上は問題ないだろう。
「つまらん」
 ヘイマーはつぶやいた。無論誰にも聞こえていないことなど承知している。ヘイマーの拳銃は撃つだけのための道具であり、撃っていて楽しい代物ではない。だが、ヘイマーが考えていたのはそんなことではない。銃なら他にも隠し持っている。
 何で刑事が、そんなことをしなければならないんだ。いくら有力者からの要求とは言ってもバカげている。ヘイマーはさっきから同じことを、頭の中で繰り返した。
 ハッセィ課長の困惑した表情を思い出す。
「キミらには申し訳ないが、あの資本家のターク・シーマ氏から言われている以上仕方がないんだ。この間の事件の被害者は、シーマ氏の甥だそうで・・・」
「つまりシーマ氏の依頼した私立探偵(PI)ベンジャミンに君らは協力することに・・・」 ヘイマーは思わず38口径を5発全弾、標的の頭部にぶちこんだ。

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