'99/03/15 書き手:伊佐坂
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 訓練を終え、イヤープロテクターを外して、ふう、と溜め息をついたヘイマーは、とたん、自由になった耳で拍手の音をとらえた。
「流石(さすが)ですね。僕が見込んだ通りですよ」
 声に振り返ると、何時(いつ)の間に現れたのか、トレンチコートにハンチング、といういささか前時代的な格好をした、若い男が射撃場の壁に寄りかかっているのが見えた。
「誰だい、君は?」
 カサハラは訝(いぶか)しげに小首を傾げる。
「おっと、これは失礼」
 男は軽快な動作で壁から離れると、つかつかとヘイマー達の下に歩み寄ってきた。よく見ると、かなりの美青年だ。少し物憂げな瞳に、茶色に近い金髪が影を落としている。
「ヘイマー刑事にカサハラ刑事ですね。僕は私立探偵(PI)のベンジャミン・マーツォンです」
 どうぞよろしく、と、ベンジャミンは気取った仕草で頭を下げた。
「フム、そなたが・・・?」
 ヘイマーは目を細めた。ウワサには聞いていたが、これほどまでに若い男だとは思わなかった。そして、これほどまでに美形だとも。
「おやおや、信用されてないみたいですねぇ?」
 探偵は困った様な笑みを浮かべながら、ヘイマーの方に体を向けた。そして、ふところから弾丸を取り出すと、ヘイマーが使っていた銃に込めた。
「ちょっと借りますよ。あ、イヤープロテクターを忘れずに」
 言うや否や、探偵は標的に向けて発砲した。頭に一発、右手と左手に一発ずつ、残りの二発は心臓のあたりに穴を穿(うが)った。
「へえ〜」
 と、カサハラが声をあげた。ベンジャミンはゆっくりとイヤープロテクターを外すと、ま、こんなところです、と言って微笑んだ。
「僕としても、ただ護衛の為にお二人に協力を求めた訳ではないんです。フフ、シーマ氏も自分にとっても気持ちの良くない真実が待っているかもしれないのに、僕を雇うんですから、変わっていますね。いや・・・無知なのかな?」
「何を・・・言っておるのだ、探偵殿?」
 ヘイマーは胡散くさげにベンジャミンを見る。探偵は、ピーン、と人指し指でハンチングを弾いた。
「僕は、何もお金が目当てでこんな職業をしている訳ではないんです。かといって、青臭い正義感からでもない。フフ・・・僕はね、ただ謎を解きたいんです。貴方達も、別な理由があるんじゃないですか?警官をやっているのは」
 ヘイマーとカサハラは、戸惑った様に探偵の整った顔を見つめる。探偵は・・・微笑んだ。

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