大正時事異聞録 |
伊佐坂 眠井
第四回・伝えて、マイハート
脳死状態の自分の恋人、心臓の移植を待つ少女。
槍下冷夢は迷っていた。
・
「夕食は何処で食べようか?」
冷夢は、助手席でうつらうつらしていた、
「あっ、ゴメン。私・・・寝てた?」
瑞穂は、目を擦りながら微笑んだ。
「ううん、良いよ、僕の方こそゴメン、起こしちゃって」
冷夢もそう言って微笑み返す。うふふ、と、瑞穂は笑う。なんだい、と、冷夢は尋ね返す。
「相変わらず、優しいな、と思って」
「馬鹿」
槍下冷夢と、宇都宮瑞穂は、高校時代の同級生である。大学も、学部こそ違うものの、同じ東都大学に進学した。のろけまくった会話をしていることで分かる通り、二人は恋人同士である。それも高校時代からのつきあいになる。
長身で、精悍な顔つきをした冷夢は、東都大学の医学部を卒業した後、死んだ父親の残した「槍下外科」を継いだ。今年で二十六になる。小さな個人病院ながら、冷夢の親切な物腰と、確かな腕で、評判もなかなか良い。
一方の瑞穂は、少し細目の目に、すっと通った鼻筋が印象的な、知性的な感じのする美人だ。髪の毛はセミロングに切りそろえてある。癖のないまっすぐな黒髪。
女だてらに大学まで進んだインテリの彼女は、卒業後、東都の
今日は、明日から、関西方面に出張する瑞穂との、しばしの別れを惜しんでのドライブだった。二人とも忙しい身なので、こうして二人で過ごせる時間は、本当に貴重なものだと言えた。
結局二人は、お洒落な欧州料理の店に入った。ほの暗い照明の中、シャンソンの音がムーディーに響く。二人は暫く悩んだ後で、フロラン料理のコースを頼んだ。
「
「ちょっとした出版界のパーティーと、上方の文壇の調査、ってところかな?うちの雑誌も、在都作家だけじゃなく、向こうの作家先生にも寄稿して貰いたいらしいからね」
成る程ねえ、と、冷夢は顎を掻く。生え始めた無精髭の感触がした。
「それじゃあ、これからは、あっちの方に行く機会も多くなるかもね」
そうなのよ、と、瑞穂は憂鬱そうな顔で呟いた。
「そんな事されたら、ますます冷夢に会う機会が減っちゃうじゃない」
頬を膨らました瑞穂に苦笑しながら、冷夢は、上着のポケットをまさぐった。
「何してるの?煙草?」
「いや・・・お、あった。そう言うことなら、そうなる前に渡しておくよ」
冷夢は取り出した小箱を瑞穂に渡した。
「なあに?」
箱を開けた瑞穂の顔がぱっと輝いた。そこには、不思議な輝きを放つ指輪があった。
「
うん、と瑞穂は大袈裟なくらい大きく首を縦に振った。指輪を手にとって、左手の薬指にはめる。
「有り難う、旦那様」
そう言って瑞穂は、とびきりの笑顔を見せた。