海岸と、田舎道と、ご老人
2003年05月01日(木)午後


 館山航空基地裏手で少し美津濃氏がステアを握ったが、結局私の運転でプラッツを走らせた。プラッツは、ペダルが軽すぎることとシフトレバーの位置がやや低いことを除けば、非常に運転しやすい車だ。乗り心地もわるくなく、小回りが利くし、ODを切ればそこそこエンジンブレーキもかかる。ステアリングも良好だ。ローパワーで、二人しか乗っていないのに踏み込まないと上り坂での発進・加速にもたつくのはコンパクトカー故のことと割り切る。だが、ペダルの軽さは長距離運転する際は疲れることだろう。ステアは思ったよりは軽くなかった。それは好感が持てる。


 房総半島南端の国道を一周しようと、車を走らせていたが、館山近辺はご老人が多い。若者を目にしたことなんかは数えるほどしかない。高齢化と過疎が進んでいるのだろう。それはどうでもいいのだが、なぜに老人達は道の真ん中で井戸端会議をし、自転車のじいさんは車道にふらついて躍り出るのか。田舎といえども、市街や集落を結ぶ国道にはそこそこの交通量がある。GWなのでなおさらだ。その車道上で、ばあさま方が3人で談笑していた。何でこんな田舎道で車が詰まっているのかと思ったら、このばあさま方が原因ですか・・・。車というのは、人をよけるものだと思っているんだろうけど。70年、80年と車がよけてくれたからといって、今日も明日もよけてくれるとは限らんよ。自分が轢かれなくとも迷惑になる、ということは70〜80年間に一度も考えなかったのだろうか。
 さらには、じいさまの自転車もしばしば見かけた。独立した歩道がほとんどない房総南部では、自転車が走っているだけでそばをすり抜ける際に神経を使う。車幅が小さいプラッツでもだ。道幅が狭い。別に車道の縁を走っている分にはどうでもいいのだが、こうしたじいさま、たまに車道に飛び出してくる。対向車がいないことを見て私が反対車線に出て、一気にじいさまを追い抜こうとアクセルにのせた足に力を込めるやいなや、じいさまは車道の左端から突然車道中央にふらつきながに躍りだし、センターラインをも越えて私の目の前にやってきた。・・・轢いちまう。道路の反対側に行きたかったのか、ただふらついたのか、昼間っから酒を飲んでいるのかなんだか知らんが、勘弁してくれ。


 日本には交通弱者という概念がある。車と人/自転車がぶつかれば、当然人や自転車の乗っている人が死に、車のドライバーは無傷だ。こういう格差をもって、傷つきやすい歩行者なんかを交通弱者と呼ぶ。そして日本の道路交通法では交通弱者の立場が強い。例え真夜中、外灯のない真っ暗な道で、無灯火の自転車が車道を走って対面からやってきて、自ら車に突進して死んでも、ドライバーの過失は問われる。避けようもないのに。もちろん安全運転しているときに、歩行者や自転車の頭のおかしい行動によって、不可避の事故に巻き込まれてしまった場合は、問われる過失は軽度だ。だが、ゼロということはありえない。その些細な「過失」でも、仕事によっては懲戒解雇や減給、停職の理由になるし、民事では少なくないカネをふんだくられる。どんな事故でも、ドライバーにとっては致命的なのだ。だからこそ、車の前に飛び出してわざと轢かれる「当たり屋」などという商売が成り立つのだ。
 日本の交通弱者優遇にも利点はあるのだろう。しかしドライバーとしては、車道に飛び出した歩行者をはねてもドライバーの責任が問われないどころか、本来出ては行けないところに出て、車を傷つけ、ドライバーの精神に悪影響を与え、移動や流通を阻害した歩行者が罰せられるというドイツ式の方が私は好感が持てるし安心だ。
 そういう戯言を吐きたくなるほど車道に多くのご老人が見られた。車がたまにしか通りもしないほどの田舎でもないのに。 しかしこれはハンドルを握る側が気をつけるしかない。



 時折現れるご老人に神経を注ぎながらも、私は海岸沿いを走った。風光明媚な断崖絶壁でもないかと思っていたが、そうした名所はなかなか見つからない。ならば、どこでもいいから止めて遊ぶべしと、目に入った砂浜近くの駐車場に車を止めて、車を降りる。このとき、再び存在しないパーキングブレーキを踏んだ。クセが抜けん。




 武器を手にして、道具を使えることを誇示する原人。
 さすが館山、なかなかの怪生物が生息しておる。




 さらには火を使えることまで覚えたようだ。
 この方法では、何時間掛かっても火は点かないだろうけど。




 驚くなかれ。なんと文字さえも発明しているのだ。
 武器を捨て、文字を描く原人。
 何を書いているのかは解読不能であった。




 ポーズがいまひとつおかしいのは、セルフタイマーが早すぎたため。

 



 さて、館山を起点とした南房総一周は、思いの外早く達成してしまった。途中で車を止めて降りることが少なかったためだろう。もう一周するかとも考えたが、結局、1630時にレンタカーを返却した。レンタカー屋の人は、我々のプラッツが途中2度ほどこの営業所を通り過ぎたことを見ていたそうだ。やはり、ヒマなんだろうか。まあ、駅前の旅館までまた歩くと考えたら、このぐらいの時間の余裕があってよかったのかもしれぬ。料金の精算と傷チェックを終えて、駅に行こうとしたら、レンタカー屋の人はこのプラッツで駅前まで送っていくとのこと。気が利くではないですか。
 駅までの道中、レンタカー屋の人と話す。ここに観光に来る人はめずらしいとのこと。つまり、何にもないそうだ。美津濃氏が背広ということもあり、我々が仕事か何かの帰りにちょっとドライブしてみた酔狂な人とでも思っているようだった。そして、館山の一世帯当たりの人口は2.2人、つまり老夫婦世帯が多いこと、若い人に仕事がないこと、市町村合併で重複施設が淘汰され、ますます仕事がなくなっていくであろうことなどを聞いた。ここもまた、多くの田舎が抱えるような問題を持っているようだ。
 駅前まで送ってもらい、レンタカー屋の人と別れる。意外なところで館山情報を得られた。トヨタレンタカー館山営業所。田舎的なのどかさというか、なかなか親切で話し好きな従業員だった。こういうのもわるくはない。

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