翌日、メルグとカリスはレジを探すために町に戻った。昨日の今日で戻るのは危険ではないかとメルグは思ったが、カリスが言うことには、全く問題ないとのことだった。 なんでも、国をあげての祭りがある為、城の兵達は基本的に、神社の警備に集まっていて、メルグを探している者はほとんど居ないということ。さらに、観光客が多くなるので、そう簡単には見つからないということ。メルグやカリスの顔写真でも出回っているのなら、話は別だろうが、写真は現像するのに一週間程度かかってしまうから、顔を見られて危険ということもほとんどない。 メルグたちはレジとはぐれた場所まで行った。 「ここです。ここでレジたちと別れ別れになったんです」 メルグは言いながらシーファたちのことを思った。 折角久しぶりに会えたと思ったのに、偽物だったのだ。本物はどうしたのだろう。 「あなたが城に来てから今日で三日目です。普通の人ならいつまでもはここに居ないでしょうね。メルグは、レジさんならどうすると思いますか?」 カリスが言った。 (レジなら……? そうだわ、きっとレジなら) 「城へ行くと思います。だって、お姉ちゃんたちに化けていた人達が城のことを言っていましたし、わたしたちも城へ行こうとしていたんです」 「でも、彼は城へは来ていません。メルグが思っているほど単純でもないようですね」 「どういう意味ですか」 わざと怒ったように言うと、カリスは笑ってくれた。 「メルグ!」 突然、後ろからそう呼ばれて抱き付かれる。 カリスは前に居る。後ろから来たのは、 「レジ!」 「良かった。メルグ、無事だったんだね」 レジはメルグに会えたことがかなり嬉しいようで、一人喜んでいた。そのまま胴上げでもされそうな勢いだ。 「レジ、離しなさいよ。恥ずかしいわね」 「いいだろ、別に。偽クレヴァスさんたちに眠らされた時にはもう終わりかと思ったんだぜ?」 「へえ……、あんた、魔法で眠ってたんだ。わたしたちが危ないって時に」 言われて、レジはメルグから手を離した。 「ごめん。助けられなくて」 手を合わせてレジは言った。 「もういいわよ。過ぎたことだもの」 メルグから離れて、やっとレジはカリスの存在に気づいたようだ。 「あーっ。なんでこいつが!」 「この人はわたしを助けてくれたの。こいつなんて呼ぶんじゃないの」 レジはカリスを見た。それから気を付けの姿勢になって頭を下げた。 「どうもありがとうございました」 「どうしたしまして。と、初めまして。あなたにお会いできて嬉しいですよ」 「こちらこそ。でも、どうして?」 レジは不思議そうに、カリスとメルグを見比べた。 「それは、……こっちにも都合というものがあるので。気にしないでください。メルグ、あなたのお姉さんたちについて心当たりがあります。今からレジさんと一緒にそこに行きますか?」 メルグはレジと顔を合わせた。 「本当ですか?」 レジが言った。 「はい。その人達は神社の関係の方なんでしょう? だったら、今日は月祭りの為に町の神社に集まるはずです」 「月祭り?」 聞き馴れない祭りに、二人は首を傾げた。 「今年一年の豊饒を願う祭りですよ。毎年この頃の満月の日に行われるんです」 カリスが言った。 「でも、お姉ちゃん達は、別にこの国の人じゃないわ。それでも?」 メルグが言う。 「今日もし、神官や巫女の衣装を着た人が街中を歩いていたら、民衆に神社まで無理やりにでも連れて行かれますよ。」 カリスが笑顔で答える。 「この町の人たちは、信心深いですから」 と付け加えた。 「あーっ、ちょっとレジ、今日何日?」 「え。ああ、四日だけど」 「それってまずいんじゃない? 休み中に戻れないかもしれない」 豊饒を願う祭りと言われて、メルグはネリグマでも行われる祭りのことを思い出したのだ。ネリグマでは丁度、休みが終わる一日前に祭りがある。 「クレヴァスさんさえ見つければ、その心配はないだろ?」 「まあね。じゃあ、やっぱりそのお祭りに行くしかないわね」 「月祭りは町の北の神社であります。場所を教えましょう」 カリスが言った。 「え? カリスさんは行かないんですか?」 メルグは聞いた。なんとなく、カリスも一緒に行動するのだと思っていたからだ。 「月祭りには行くつもりですけど、わたしは、メルグがレジさんと会えれば、別行動するつもりでした」 「一緒に行きましょうよ」 「そうですよ。やっぱ子供二人じゃ危ないし」 「何が?」 「いや、もしかしたら暴力団のおじさんに目を付けられたりして、それで俺はボコボコにされて残ったメルグは気色悪いおじさんたちの相手を……」 「考え過ぎよ」 メルグはレジの尖った耳を引っ張って言った。 神社への道を、カリスは二人に案内した。 人の流れが神社へ向っているため、そう迷うことはないだろう、ということだった。 「メルグと居ると、あの子のことを思い出すんだ。似過ぎている。だから、もう一緒には居たくない」 カリスは二人に神社の場所を教えてからそう言った。 「分かりました」 メルグは言った。そう言うしかなかった。 「また、会えるかもしれませんね」 カリスはそう言って去って行った。 「あいつ、何?」 レジが言った。 「何って、見ればわかるでしょ?」 「いや、そういうんじゃなくて、なんとなく……」 (何で、メルグはあいつにこだわるのかな?) レジは思った。 二人は月祭りが行われる神社に行った。屋台が並んで、なかなか楽しそうに見える。 「メルグ、レジ」 黒髪の少女が二人を見つけて手を振った。 「アマルナ」 「あ、アマルナのこと忘れてた」 レジが小声で言った。 「良かった。ここに来ればシーファ様が居るんじゃないかと思って、それにシーファ様が居るんなら、きっとあなたたちも来ると思ってたわ」 アマルナはレジの言葉は聞こえなかったようで、嬉しそうにそう言った。 「お姉ちゃんたちには会った?」 「ええ。来て、こっちよ」 二人はアマルナに連れられて神社に入った。 ざわざわと、多くの人が談笑している。その中に、シーファ達も居た。 「あ、アマルナが戻って来たわ」 シーファがクレヴァスに言った。 「メルグたちも一緒だ」 クレヴァスがメルグたちに気づいて言った。 祭儀服に身を包んだ二人が、メルグたちに駆け寄った。 「久しぶりね。メルグ、レジ」 シーファが言った。 「本当にお姉ちゃん? いっぺん騙されてるから」 「ああ、アマルナから聞いたわ。大変だったわね」 「でも、よくここがわかったな。だれかに教えてもらったのか?」 クレヴァスが言った。 メルグは頷いた。 「そうだ、お姉ちゃんたち、秘宝を探してたんじゃないの?」 「それはそうなんだが、この国は危険すぎる。秘宝探しどころじゃなかったよ」 クレヴァスとシーファは、あの後、酒場に押しかけてきた城の兵士達に『任意』の同行を求められ、深く考えもせずに付いて行った結果、いつのまにか裁判にかけられた上、数日間に渡って拘束されたらしい。 その後、これもなぜか分からないが、誤認逮捕だったと説明され、自由の身になったということだった。 メルグはヤベイ族の秘宝の持ち主の事を言おうとして、やめた。カリスはなぜメルグに秘宝を見せたのだろう。分からなかった。 「メルグ、ミアンさんのことは残念だったな」 クレヴァスが言った。 「ええ。けれど、もういいんです。知りたいことは分かったし。それよりお兄ちゃんたちはどうするの? お兄ちゃんのお母さんに会いに行くんでしょ」 「ああ、それが、もう間に合いそうもないから、手紙で連絡したよ」 結局そうなるのだ。 「ぜーんぶ、この人の正義感のせいよ。わたしはお義母さんに会って認めてもらいたかったのに」 シーファがクレヴァスの頬をつっついて言った。 「月祭りが終わったら、ネリグマに帰りましょう。この人の魔法ならすぐよ」 月祭りは豊饒を願う祭り。美しい祭り衣装を着た巫女たちが神前で踊る。 「何でわたしもやるの?」 そう聞くメルグには誰も答えずに、シーファと他の巫女がメルグに祭りの衣装を着せた。 「簡単な踊りだから、すぐ覚えられるわよ」 同じ衣装を着たアマルナが言った。故郷に帰されるはずだったアマルナだったが、月祭りの準備で忙しい神社に担ぎ込まれた時点で、他の巫女に紛れ込んで、今まで隠れて居たのだそうだ。 髪は下ろされて、金色の冠が乗せられた。衣装はメルグには大きくて、何カ所もピンで止めた。 「ちょっと待ってて」 着替え終わってから、アマルナとメルグは二人で楽屋のような所に居たのだが、アマルナがそう言って部屋を出た。 (なんでわたしが……) 椅子に座って考えた。巫女であるシーファやアマルナが参加するのはいいが、メルグは一般市民である。 (ちょっと復習) 踊りは教えてもらったが、そう簡単でもなかった。 メルグは思って最初から踊ってみた。 「あれ? この次ってどうだっけ。あ、そうそう」 誰も居ないので一人ぶつぶつ言いながらの練習だった。 ガチャ 「あ、すいません、間違えました」 扉を開けた人が言った。 はっきり言って、メルグは恥をかいたような気分になった。まさか人が来るとは思っていなかったから。 が、すぐに恥をかいた気持ちなどなくなってしまった。 「カリスさん」 間違って入って来たのは女装をしたカリスだったのだ。 「え、メルグ?」 「わー。なんでカリスさん女装なんですか? あ、入ってください」 扉の所に立っていたカリスをメルグは呼んだ。 「いえ、これが普段着です……ってちょっと待て。そういう意味じゃなくて、なんと言えば分かるかな。わたしは女性のふりをして生活しているんです」 カリスは部屋に入って来て言った。 「は?」 「色々事情があって、……。この方が動きやすかったんですよ。城の中では」 顔はメイクで入れ墨を消していた。口紅とかしていて、言わなければ誰も彼が男だとは分からないだろうと思えた。 「それより、メルグは祭りに参加するのか?」 「よく分からないんですけど、お姉ちゃんたちに無理矢理やらされるみたいな感じで」 メルグは言った。 カリスはしげしげとメルグを見た。 「あの、何か……?」 「いや、髪を下ろすとますますテュリアに似ているなと思って」 カリスは言ってから口を塞いだ。 「すまない。なぜだろうな、どうしてもメルグがあの子に見えてしまう。それに、会いたくないなんて言いながらなぜわたしはここに居るんだろうな」 カリスは部屋を出ようとした。 「待って」 メルグは言った。 「カリスさんは確かに、もうわたしとは居たくないと言いました。だったらなぜここに入ったのですか? 他にもあります。カリスさんはわたしに対して敬語を使おうとしているのに、さっきも普通に声をかけてくれました。なぜですか?」 (わたしと、あなたの死んだ恋人が似ているから?) 声には出していないが、そう心で続ける。 カリスは扉を開けてメルグを振り返った。 「どうしても知りたいですか? それなら、今夜花火がありますから、それが始まったら神社の前の橋に来てください。そうすれば教えましょう」 花火は踊りと同じ時間にある予定だったが、メルグはそれを知らなかった。 「わかりました。必ず行きます」 扉を閉じて出て行くカリスに向かってメルグは言った。 それと入れ違いになるように、アマルナが帰って来た。 「メルグさん、さっきの人と知り合い? すごい美人だったわね」 「うん、ちょっとした、ね」 メルグは言った。 カリスだとは言えなかった。秘宝の持ち主だということを知らせてはならないような気がした。 (秘宝といえば……!) 「アマルナ、あなたの秘宝、取られちゃったんでしょう? モルスの村は大丈夫なの?」 メルグは聞いた。 秘宝を失った村は天災でなくなってしまうのだ。 アマルナは笑ってメルグに巾着を見せた。 「これ何だ? フフ……、取られたのは偽物なの」 「何だ。でも、準備いいわね」 「そりゃあね。村がなくなったら、わたし帰るところがなくなっちゃうもの。そうならないためにも、秘宝は持っていなくちゃ」 アマルナは言った。 月祭りが始まった。薄暗くなっていく景色に提灯の光が灯った。 「メルグ、屋台見て回ろうよ」 レジが言った。 「えー、この格好で回るのやだな」 祭りの衣装を着たメルグは言った。 「いいじゃん」 レジは嫌がるメルグを強引に引っ張って行った。 結構同じ祭りの衣装を着た人たちが外にいて、メルグは安心した。 「帰ったら、ネリグマの祭りにも行けるかな」 レジが言った。レジは祭りが好きなのだ。 「今日帰ったら確実に行けるわね」 メルグは言って、なんとなく空を見上げた。 「ちょっと、レジ、なんで不死鳥がいるのよ?」 周りが騒がしいなと思ったら、明るく光り輝くレジの友達が祭りに来た人々の話題になっているのだった。 「遠くから見てるだけだよ。大丈夫。あいつに触れるやつなんて居ないし、あいつにも近くには来ないように言ってあるから」 レジは何も気にしていないように言った。 「それよりメルグ、ネリグマの祭りには二人だけで行こうよ」 「は?」 「だって今、みんなついて来てるんだもん」 レジは言って後ろを指さした。 振り返ると、シーファにクレヴァス、アマルナがメルグに向かって手を振った。 「何でこっそりついて来てるの?」 メルグはアマルナに聞いた。 「だって、二人だけで行くなんて、なんかあやしいじゃない? 何か起こっちゃいけないから、ついて行ってあげてるんじゃない」 「だったら別にこっそり来なくても、言えばいいじゃない。そうしたら最初からみんなで行けばいいんだから」 「でも、二人の邪魔しちゃ悪いじゃない?」 「アマルナ、言ってることが矛盾してるよ」 クレヴァスが言った。 「もういいよ。みんなで行こうよ。俺お祭り大好き。何人で行っても、楽しいものは楽しいんだから」 レジが言ったので、みんなで回ることになった。 一通り回って、メルグたちは元の場所に戻った。丁度踊りが始まるところで、一休みする間もなく踊りの列に並んだ。 踊りが終わって衣装を着替えていると、花火の音が聞こえてきた。 「ねえ、アマルナ、もう花火始まったの?」 「そうみたいね」 「じゃあ、わたし急ぐから」 メルグはアマルナに着替えた衣装を渡して、外に出た。 走って橋まで行った。結構人が多くて、一目ではカリスの姿を認めることはできなかった。 それでも、キョロキョロと周りを見ていると、やっと見つけることができた。 なかなか見つからなかったわけだ。カリスは服を女ものから普通の男ものに代えていたのだ。 「服違ってたから、わかんなかった」 メルグは言った。 「そう。でも、わたしはちゃんとこういう服も着るんだよ、ってことを見せたくて。まあ、気にしないで」 カリスはメルグの手を引いて、神社から離れた所へメルグを連れて行った。 「このまま人気のない方に行ったら、メルグはどう思う?」 「?」 きょとんとするメルグを見て、カリスは一人笑った。顔は似ているが、テュリアとは性格が違う。 「いや、気にしないで。わたしがなぜメルグを助けたのか、から教えようか」 歩きながらカリスが言った。 「メルグはライオンに食われるところだったな。だが、それを裏返して言えば、そのライオンも殺される運命にあったんだ。わたしはライオンに化身する能力を持っているが、同時にそれらの動物と話すこともできるんだ。わたしは彼を殺したくなくて、メルグを殺さないように言った」 「わたしを助けるのではなくて、そのライオンを?」 「そうだ。最初はな。でも、メルグを見て気が変わった。あの子に似ていたから。……これは運命だと思ったんだ。わたしはメルグを助けなければならないんだと」 騒がしい表通りから横道にそれて、若葉を付けたばかりの木に二人はもたれた。 「運命?」 「……秘宝のもたらした運命だ。メルグを初めて見たとき、最初は本当にあの子が生きていたのかと思ったよ。でも、あの子が生きていたら、わたしと同い年だから今二十一歳のはず。こんなに若いわけはない」 「同い年だったんですか。あの子って言うから、カリスさんより年下なんだと思ってました」 メルグは言った。 「年より幼く見えたんだ。まだ、あの頃わたしたちは十七歳だった。ああ、丁度今のメルグぐらいだな」 カリスは言って、メルグを見た。 ずっとカリスを見ていたメルグと目が合って、慌てて目をそらす。目を合わすのが怖かった。 「カリスさんは、わたしを見るとその人のことを思い出すからいやだと言いました。それは本当ですか?」 「ああ、本当だ。あの子のことは遠い日の思いでしてしまいたい、そう思っているのに、メルグが居るとあの日のことがまるで昨日のことのように思い出されて辛い」 そう言ってカリスは顔を伏せた。 本当にそうなのか、とカリスは自問した。悲しい死に方をした自分の恋人を思い出すのが怖いのか、それとも、その恋人より目の前の少女に引かれるのが怖いのか。 「カリス……」 名前を呼ぼうとしたのに、声が最後まで出なかった。カリスの悲しみがメルグの胸まで痛めるのだ。 テュリアという人に何があったのか、メルグには分からない。分かっているのは、彼女が死んだということだけだった。 「でも、」 カリスは面を上げてメルグを見た。 「どうしてだろうな。少しでも離れていると、またメルグに会いたくなってしまう」 泣きそうな顔でメルグに言うので、メルグは何も言えなかった。 (わたしは、どうすればいいの?) メルグは思った。自分がその人の代わりをすることはカリスに断られた。だったら、一体どうすればいいのだろう。 「メルグ、しばらくわたしの側にいてくれないか?」 カリスが言った。 メルグは頷いた。嬉しい言葉だった。 レジは居なくなったメルグを探していた。 「シーファさん、メルグ知りませんか?」 「アマルナと一緒じゃないの?」 「それが、アマルナは知らないって言うんです」 シーファも知らなかった。仕方なく、レジはメルグを探しに神社を出た。 (おかしいな、どこに行ったんだろう) 何人でも祭りは楽しいと言ったが、流石に一人では楽しくなかった。 と、いいつつ、シーファから貰った小遣いを使って結構楽しんではいたが。 メルグは何だかんだ言いながら、いつもレジの近くに居たのだ。それが、この国に来てからはどうも様子が違っていた。 「早く帰りたい」 レジは独り言を言った。 (そうだ、あの男、あいつがいけないんだ。あいつがいるから、メルグが俺の側に居ないんだ。何が助けてくれた、だよ。俺でもちゃんと助けてやったよ) メルグが居ないのは全部カリスのせいに思えた。 小遣いが残り少なくなってきた。しかし、財布はまだ重かった。メルグに渡してくれと言われて、彼女の分も貰ったからだ。 レジは屋台の間から見える暗い川沿いの道を見た。人がたくさん居るここと違って、涼しそうだった。 「あれ?」 レジは言った。 レジには二人の姿が見えたのだ。普通の人間には見えなかっただろう。だがレジはハーフ・エルフで、暗がりでも良く見えたし、視力も常人よりずっと良かった。 (なんで、メルグがあいつと一緒に居るんだ?) レジの心臓の鼓動が早くなった。 なぜ? という疑問が頭の中にあふれた。 (確かにあいつも不細工じゃない。でも、俺の方が格好いいぞ!) 訳のわからない理屈を心の中で言った。 なぜ? レジの問いかけに答えは無かった。 多分、本人たちに聞くしかないのだ。 (でも、聞いたらどうなるんだ? 俺は自分にとって嫌な返事をメルグから聞くことになるんじゃないか?) レジは二人の姿を見て思った。 周りは祭りで楽しく賑やかだが、レジはその楽しい音が、ただのうるさい騒音に聞こえていた。考えられなかった。うるさくて、何も。 (自分に都合の悪いことは忘れるのが一番だ) レジはそう考えた。 メルグはすぐに戻って来るだろう。そして一緒にネリグマに帰るのだ。そうなれば、もうカリスに手出しはさせない。 レジは神社に戻った。 「メルグさん居た?」 アマルナが言った。 「ううん。全然見つからないから、諦めた」 レジは言った。 「シーファさんたちは?」 「それが、神降ろしを見に行くって、二人であっちの方に行ったわ」 アマルナが指さして言った。 アマルナが指したのは神社の本堂の方だった。 「神降ろしって、精霊や何かを呼び出すあれ?」 アメルナが頷いた。 「でも、それは法律で禁止されているんじゃ……」 レジが言った。 アメルナはレジに耳打ちした。 「それがね、この国じゃ禁止されてないのよ。でも変でしょう? 世界中で禁止されてる神降ろしをやるなんて」 神降ろしとは簡単に言えば『こっくりさん』のもっと大袈裟なやつのことだ。神が降りてくるのならいいが、宗教に狂った人々の集団自殺などが起こって、どちらかと言えば降魔の儀式といった感じだったようだ。 だから、神降ろしは禁止された。それはレジも知っていた。 「シーファさんたちはそれを確かめに行ったの?」 「そうだと思うわ」 神降ろしなどと偽って、多分悪さをしようとしているのだろう。誰でも考えつくことだから、正義感の強いクレヴァスが見逃すはずは無かった。 「何事もなければいいんだけど」 レジがぼやいていると、アマルナが立ち上がった。 「お帰り。どこ行ってたの? レジさんがあなたのこと探してたのに」 「え、レジが? ごめん、ごめん。一人で外に行っただけなの」 メルグがそう言って、レジの傍に来た。 「いいよ、別に謝らなくて。本当のことを教えてくれるならね」 レジが言った。 カリスと会っていたことを知っているのだろうか。 メルグは思う。もちろん、知られて悪いわけではないはずのことだったが、メルグの口からは、『本当のこと』は発せられなかった。 「え?」 当り障りのない、適当な返事を返す。 レジは、軽く目を閉じて、何事もなかったかのように、またメルグを見た。 「何でもない。それより、はいこれ。メルグのお小遣いだって、シーファさんから預かってたんだ」 レジはメルグにお金を渡した。 メルグは嘘をついていた。一人で外に行ったわけでないのは、レジが知っている。 (なぜ嘘をついたんだ? 本当のことが言えない理由があるのか?) レジは思った。 「なあ、メルグ――」 聞こうとして、途中で起こった爆音にみんなが耳を伏せた。 「キャア!」 爆音と同時にメルグとアマルナは叫んだ。 が、驚くのはまだ早かった。爆発が起こったと思われる本堂の方を三人が見ていると、天から何かがバラバラと降って来たのだ。 「何、あれ?」 アマルナが言ったが、誰もすぐには答えなかった。 答えたのは、目の前にその物体が降って来て叫びついでにだった。 「人だ!」 「キャア!」 メルグがレジにしがみついた。 「何で人が……」 アマルナがかがんで、降って来た人を眺めながら言った。 「グロテスクよねぇ。映画とかでよくこういうシーン見るけど、本物ってそれ以上ね」 「アマルナ、言いたい事はそれだけなの?」 メルグがレジの服に顔を埋めたままで言った。 「でも、これだけの人間が一気に吹き飛ばされるなんて、普通じゃない」 レジが言った。 「この中にシーファさまたちは居ないわよね」 アマルナは落ち着いた様で当たりを見回した。 「気持ち悪いわよ。よく平気で見ていられるわね」 メルグが言った。 「……何だ、結構メルグも見てるじゃん」 レジが言った。 気持ち悪いとわかっているのだから、つまりメルグは降って来た死体をちゃんと見ているわけだ。 メルグが顔を上げた。 「別にずっとしがみついてて貰っても俺はいいんだぜ? 女の子を守るヒーローみたいで格好いい――」 言いかけで、レジはメルグに殴られた。 「わかったわよ。離れるわよ」 メルグはレジを殴った後、辺りを見た。 「ほんと、これは普通の爆発じゃないわね」 「メルグさん、生きている人が居ると思うわ。本堂へ行きましょう」 アマルナが言って走りだした。 「ここには?」 レジが聞く。 「居る訳ないでしょ。爆発した時点で死んでなくても、落ちた時には死んでるわよ」 アマルナの言うことはもっともだった。 メルグたちは本堂へ向けて走った。 |