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   9 神降ろし

 三人は死体が降って来る中を本堂へと走った。生存者が居るかもしれない。それに、シーファたちの安否も気になった。 
「!」
 本堂に入ったメルグたちは、そのあまりの光景に言葉を失った。
 爆風で吹き飛ばされたのか、あるはずの神具や神棚などが全く無く、それよりも重い人の死体が山のように重なっていた。
 黒く、焼け焦げた死体だ。
「ひどいわね」
 アマルナが言って、袖で口と鼻を押さえて最初に中に入った。
 続いて、レジとメルグも入った。
「生きている人は、居ないみたい」
 メルグは言った。
 どの人も、身動きしなかった。声もしない、息をする音も聞こえなかった。
「そうね。だったら、シーファさまたちは……? あの方たちだから、大丈夫だと思うけれど」
 アマルナが言った。
 レジがそのまま隣の部屋へ向かったので、メルグとアマルナもそれに続いた。
 三人は壊れた扉をくぐって部屋に入った。
 中の様子はさっきの部屋と変わらない。やはり黒焦げの……。
「それ以上進んじゃ駄目だ!」
 レジが言う。
 メルグとアマルナは立ち止まった。
「え?」
 そう聞く二人に、レジは足元に落ちていた木切れを前に投げて見せた。
 バチバチという音がして、木切れは粉々に砕けた。
「魔法陣だ。誰かが召喚魔法を使ったんだ」
 レジか言った。
「召喚魔法、そんなのホントに使えるの? 漫画とかだけじゃないの?」
 メルグは言った。
「わからないけど、でも、地面を見て」
 レジに言われて、メルグたちは足元を見た。
「何か書いてあるみたい」
 アマルナが言った。
 それが魔法陣の円だったのだ。その線から向こうへは進めない。進もうとするなら、さっきの木切れと同じように粉々になってしまうだろう。
「神降ろしの為に作ったんだわ。……でも、ここから先に進めないんじゃ仕方ないわね。どうするべきかしら」
「この魔法陣は使用された後だ。だから、何かが召喚されたんだろう。それか、今召喚されているところか」
 レジがそう言って、手を出した。
「レジ、ちょっと何を……!」
 メルグが言った時にはもう、レジは手を魔法陣の中に入れていた。
 火花が散った。青白い光が、レジの手と魔法陣の境から四方へ散る。
「魔法陣の強制解除」
 レジがメルグに答えるように言った。
 結界の強制解除なら聞いたことがあるが、魔法陣も同じようにできるのだろうか。
「レジ、やめてよ。無理よあんたじゃ」
 メルグは入った。無理かどうか、根拠はなかった。だが、レジが魔法使いとしては不完全であることは確かだ。
 レジは答えなかった。
「アマルナ、結界を張って」
 レジは答える代わりに言った。
 アマルナが結界を張って、メルグもその中に入ると、レジはより前へ手を差し入れた。
 稲妻が走る。レジは魔法陣の中で握っていた手を開いた。
 周りが白くなった。風船が割れるような音がして、魔法陣が消えた。
「もういいよ、アマルナ。これで入れる」
 レジが言った。
「レジ、今何したの?」
 メルグは聞いた。
 魔法陣自体、メルグが本物を見たのは初めてだ。それを消す方法など、メルグは全く知らなかった。
「うーん、簡単に言えば、魔法陣の中に異質な力を加えたんだ。そうすれば魔法陣の結界が消えるって、前に本で読んだことがあったから」
 レジが言った。
(本で読んだ? 信じられない、そんなの嘘かもしれないのに)
 メルグは思った。うまくいったから良かったものの、下手すればレジは生きていなかったかもしれないのだ。
(でも、今のレジを見てたら、前にお兄ちゃんの結界を解除したのもレジに思えるわ)
 ヤベイの村で、クレヴァスが張っていた結界が、何者かによって解かれていたのだ。あのときはレジが結界の前で倒れていたのだから、結界を解いたのはレジではなかったのだろうが。
「とにかく、行くわよ」
 アマルナが言った。
 一歩踏み出した時、前方、つまり魔法陣の中央から、青い物体、どうやら魔族、が現れた。
「メルグ、レジ、アマルナ。ちょっと遅かったな」
 クレヴァスの声がした。
 シーファとクレヴァスが走って来た。
「爆発が起こった時、わたしたち魔法陣の中に居たの。だから安全だったみたい」
 シーファが言った。
「神降ろしなんてのは真っ赤な嘘だ。さっきみんなも見ただろう。あれは魔族だ。しかも一匹や二匹じゃない。低級魔族の塊だ」
 クレヴァスの言うことは確かだろう。
 魔法陣が無くなった為に、低級魔族は勝手に外に出て行ってしまった。
「退治しなきゃまずいんじゃないかしら」
 シーファが言った。
 確かにその通りで、魔法陣の中に居た生きていた人がまず最初に体をのっとられた。
 神官の服を着ているから、多分この男が魔族を召喚したのだろう。彼は辺りにある物を手当たり次第に投げ始めた。
「お兄ちゃん、魔族に取り憑かれた人間を元に戻すにはどうしたらいいの?」
 メルグが聞いた。
「良くあるパターンだと護符とかだが、俺はそんな物持ってないぞ」
「私が持っています」
 アマルナが言って、懐から護符を取り出した。
 アマルナは男に護符を投げ付けた。
「……ま、何の役にも立たなかったりするんだけど」
 言って、アマルナはメルグたちのところまで逃げ帰って来た。
「何の為の護符よ!」
 メルグが言った。
「どうせこんなのお守りよ。気分だけのものだわ。効くわけないとは最初から分かってたけどね」
 アマルナは言った。
「でも、じゃあどうすればいいの?」 
「魔法陣があればなんとかなるかも……」
 レジが言った。
「知ってるんならさっさとやってよ」
 メルグが言うと、レジはしぶしぶといった感じで地面に模様を書き始めた。
 円を描き、中に変な文字を書き、中央に自分の髪を一本抜いて置いた。
「何やってるの?」
「メルグがやれって言ったんだろ。魔法陣を作ってるんだよ。あいつらを元の世界にまとめて戻すんだ。俺の髪はあいつらを集める為の餌」
 レジが言った。
 少し待っていると、青い群れが魔法陣に集まって来た。メルグも、魔族はエルフや同族の死体に集まる習性があるらしいと聞いたことがあるが、さすがにこれほどのものとは思っていなかった。
 レジが呪文を唱えた。
 すると、青い群れはどんどん魔法陣の中央に引き込まれていった。苦しんでいた男からも青い物体が出て行った。
 全部の魔族が消えると、レジは魔法陣を足で消した。
「こんなもんだな」
 涼しい顔で言うレジを、四人は凝視した。
「ん? どうしたんだ」
 レジが言った。
「どうしたって、あんたどうしてこんなことできるのよ」
「何を今更。そういうことに関しての知識はあるんだって、メルグもいつも褒めてくれてたじゃないか」
「知識だけでできること?」
 メルグが言うと、レジは首を傾げた。
「さあ、俺よくわかんねえや」
 その答えに、四人は溜め息をついた。 

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