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Title_Eden

   12 覚醒

「ようこそ、秘宝を持つ者たちよ」
 一人の女性がメルグたちを出迎えた。
 青白くさえ見える肌に、濃い紫の衣装を身に纏っている。黒い巻き毛に真珠を散らし、羽飾りのついた扇子をゆっくりと動かしている様は、一昔前の人形のようでもあった。
 間違いない、ゼルム公国の女王フィスィスだった。
 フィスィスは紫色の石をメルグたちに掲げて見せた。
「これはシグナ族の秘宝。秘宝は全部で五つある。秘宝は全て揃わねば真の力を発揮しないのです。あなたたちの持つ秘宝を渡しなさい」
 女王が言うと、兵士たちがメルグたちの後ろに立って、剣を突き付けた。
「あなたが何をお望みかは存じませんが、これを渡すとわたしの村が危ないので、渡す訳には参りません」
 カリスが言った。
「私に逆らう気ですか? 秘宝を渡しても、カリスには何の害もありません。渡さずにここで殺されるよりも、渡してこれから先の長い人生を楽しんだ方が良くはありませんか?」
 フィスィスは微笑みながら言った。
 フィスィスは、カリスと関係を持っていた。女のふりをして城に来たが、フィスィスにはカリスが男であることも、復讐の為に来た事も知られていたのだ。
 『生き返らせることもできましょう』
 フィスィスの言葉に心を動かされたのは事実だった。
 目の前の女は普通の人間であり、魔法使いですらなかった。復讐は秘宝を全て集めてからでも遅くないという気がした。
 カリスは好んで女王の相手をしていた訳では決してない。女王に不信感を与えない為にも、言われるままにしていただけのことだった。自分が何も武器を持たないこと、女王に対して危害を加えないことを示すためにも。
「わたしが心まであなたに捧げたわけではないことは、あなたも御承知だったのでは? あなたの命令に従うつもりはありません。……むしろ、わたしはあなたに恨みさえ抱いています」
 それを聞いた女王が、兵士にカリスを殺すように指示する前に、カリスはライオンに姿を変えた。女王に近づき、牙を向ける。
「カリス?」
 メルグはカリスが何をしたいのかわからなかった。
 兵士がカリスを追いかけ、剣を振り上げた。
「やめてー!」
 メルグは叫んで、同時に魔法を使った。
 今までとは違う、杖がメルグの魔力を最大限発揮させた。
 メルグは魔法の反動で後ろに飛ばされた。それだけの力が、普通の人間である兵士に作用したのだ。
 兵士は声を出す暇も無く、グチャグチャに変形してしまった。
「うそ……」
 そのあまりの効果に、メルグは気が遠くなりかけた。
 ここまでやってしまうと、秘宝を渡す渡さないの問題ではない。メルグはその場に居る兵士全てを敵に回したのだ。
 レジは不死鳥を呼んだ。
「メルグを攻撃する奴は殺していい」
 レジは不死鳥に向かってそう言った。
 舞い降りて来た不死鳥は美しかったが、それに感嘆の声を上げるよりも、恐怖の方が大きかったに違いない。
 メルグの周りに居た兵士が、メルグの視界から消えた。代わりに、不死鳥が放った炎が壁になってメルグを取り囲んでいた。
「メルグ!」
 レジはメルグの近くまで行った。
 メルグはほとんど放心状態だった。
「メルグ、しっかりして」
 レジがメルグの肩を叩くと、メルグはゆっくりとレジの方を見た。
「レジ……。わたし、人を殺したのは初めてよ。魔法で、人が殺せるなんて、わたし知らなかった……」
 弱々しくメルグは言った。
 二人の周りを不死鳥が舞っているから、他の人間は近寄れなかった。
「メルグ、大丈夫だよ。何があっても俺がメルグを守るから」
「……違うわ。違うの、レジ。あんたの言いたいことはわかってるけど、そうじゃないの。わたし、あんたに人殺しなんかやって欲しくない。だから」
 メルグはレジを見て言った。正気に戻ったのだ。
「だから?」
「人を殺すくらいなら、自分が死んだ方がいいわ」
「何言ってんだよ! 今更いい子ぶったって遅いだろ? 死んだら、もうカリスとも会えなくなるんだぜ? それでいいのか?」
 レジは言った。
(カリスさんと? なんでレジがカリスさんのことを言うのかしら)
 メルグは思った。レジはカリスを嫌っていたのではないのか。
 メルグは右手に持った杖を見た。
 確かに強い力を持っている。けれど、それは人間に向かって使っていいものではない。あくまで魔族に対抗するためのものだった。
「レジ、あんたわたしのこと、好き?」
 突然そんなことを聞かれて、レジは目が点になった。
 が、それでも一応頷いた。
「じゃあ、あんたにわたしの最期のこと頼むわ。秘宝を絶対に女王に渡さないように」
 これにはレジは頷くことはできなかった。
「頼まれたくない。メルグに最期なんてないんだ。俺が生きている限り、メルグを死なせはしない」
 レジは言った。
 赤い火の粉が、メルグたちの周りを舞った。
 二人は上空を見上げた。
 火の粉の正体は、レジの友達の不死鳥の羽だった。
「おい、どうしたんだ?」
 レジが不死鳥に向かって呼びかけた。
 細かな火の粉だったのが、火がついた実物大の羽根に変わった。
 ただ事でない事は、誰から見ても明らかだった。
「レジさん、メルグさん」
 アマルナの声がした。
「助けて、メルグさん。魔族よ」
 魔族が来たのだ。
 普通ならその存在はすぐにわかるのだが、この城自体が禍々しい気を持っていたことと、不死鳥が結界の役割をしていたのとで、メルグたちには魔族の存在がわからなかったのだ。 
 結界の役割をしていた不死鳥の羽根が、メルグたちの周りを舞う。
 不死鳥が死にかけているのだった。レジにもどうしようもなかった。
 メルグがレジを見ると、レジは悲しみをたたえた目を、不死鳥に向けていた。
 レジがそんな真面目な顔をすることがあるとは、メルグには予想外だった。
「レジ、不死鳥を助けてあげられないの?」
 レジは首を横に振った。
「そんな……」
 不死鳥が死んで悲しいのはメルグではなく、レジのはずだった。そのレジが助けてあげられないのなら、メルグにもどうしようもなかった。
 結界が、炎の壁が、不死鳥が、消えた。
「メルグ、俺から離れないで」
 レジが言った。
 炎が消えて、メルグたちの前に姿を現したのは、空間の狭間で会ったあの魔族だった。
 急いで周りを見渡すと、アマルナとカリスと女王のみが立っていて、他の兵士たちは全員倒れていた。
「何があったの?」
 メルグはアマルナに向かって聞いた。
 アマルナはメルグを見て微笑むと、そのまま倒れた。
「アマルナ!」
 駆け寄ろうとしたメルグの腕を、レジがつかんだ。
 メルグはレジを見た。なぜ行かせてくれないのかを知りたかった。
「彼女はまだ生きています。魔力の使い過ぎで倒れているだけですよ」
 男が言った。
 男は女王の方を見た。
「フィスィス、おまえはどこか安全な所へ逃げていなさい」
 女王はカリスが目を男に向けている間に、どこかへ非難してしまった。
「魔族のくせに、えらく女王と親しいのね」
 メルグが言った。
「子供には関係の無いことです。それよりも秘宝を渡しなさい」
「おあいにくね。秘宝は渡せないわ。わたしが持っている秘宝はカリスやアマルナのとは違って、簡単に出し入れできないのよ」
 カリスとアマルナの秘宝が、既にこの魔族に取られていることはわかっていた。雰囲気というべきか、気配というものがなんとなく分かるのだ。
 メルグは自分の隣に立つレジのことに気づいた。本当はもっと早く気づくべきだったのだ。
 なぜ秘宝を持たないはずのレジがここに居るのか。
 全く疑問に思わなかったのが不思議なくらいだ。
 男が言った。
「ここに秘宝が三つある。シグナ族のものと、モルスのもの、そしてヤベイ族のものと」
「この国にも一つ秘宝があったはずだ」
 カリスが言った。
「それは、フィスィスの息子が今は持っている」 
「ゴチャゴチャうるせえんだよ。メルグは秘宝を渡さないって言ってんだ。おじさんも早く諦めればいいんだよ」
 レジが口出しするように言った。
「私を倒すつもりならそれでいいでしょう。三人まとめてかかってきなさい」
 男は遊びに誘うように言った。
「ばかにしてやがる」
 レジは言った。
 男には余裕があるようだった。
 まず言い出しっぺのレジが呪文を唱え、魔法を使った。そしてメルグが、カリスが。
 聞いていなかったが、カリスも魔法が使えたのだ。
 ちなみに、レジの魔法は不発だったので、実際に攻撃したのはメルグとカリスだった。
 魔法の直撃で、もうもうと煙が立ち込めた。
 煙が去ると、その向こうに男が傷一つ無く立っていた。
「口だけってわけじゃなさそうだな」
 レジが言った。
「口だけなのはあんたの方よ! 呪文が違ってるじゃない」
 メルグが横から突っ込みを入れた。
「あれ、そうだった?」
 レジが笑いながら言った。
 まだこちらにも余裕があった。問題は、相手の男がどれだけの攻撃魔法を使えるか、だった。
「それで終わりですか? 今度はこちらから行きますよ」
 男の魔法が、メルグたちを吹き飛ばした。
 実際に、吹き飛んだのだ。風に飛ばされるビニール袋のように。
「っ痛……」
 メルグは呟いた。
 この魔法は直接相手を攻撃するものではなく、むしろ防御用に近かった。
 完全にばかにされていた。
「メルグ、杖を貸せ。俺がやる」
 レジが言った。
「何言ってんのよ。杖を使わなくたって、あんたには魔法が使えるのよ? それとも杖を使って死にたいの?」
 メルグの言葉に、レジは頬を膨らませた。
「いじけないでよ」
 メルグは言った。
「サシヨユカ・ツレワテ」
 カリスが呪文を唱えた。
 幻覚の竜が、男に牙を剥いた。
 男は、手で魔法陣のようなものを宙に描いた。手でなぞったところが白く光って、カリスの魔法が弾き飛ばされた。
「やはり、強いな。だが、テュリアの仇は討たせて貰う」
 カリスは、獅子にもう一度変化した。
 魔法では勝ち目がないから、力で押そうというのだ。
 男はカリスを嘲り笑った。
「死んだ女の敵討ちか。無駄な事を!」 
 男はその右の掌から、レーザーソードのように光る剣を出した。
 男の剣が、カリスを掠った。掠った所が痺れた。
「雷の剣……、そうか」
 レジが言った。
「何がそうか、なの?」
「あいつは純粋な魔族じゃないんだ。長い間人間に姿を変えていたとか、そんな理由で魔法を自由に使えなくなってるんだ」
 レジが嬉しそうに言った。
「それなら勝てる!」
 純粋な魔族なら、剣に頼ったりしない。魔族にも色々種があるが、人の形をした魔族は特に魔力が強いはずだった。剣に頼らなくてもいいほどの魔力を持っているのだ。
 だがこの男はわざわざ剣を使うから、それは即ち、魔法を自由に使えないということだった。
 呪文さえ正しければ、レジにも勝てる可能性がある。
「おい、そこの入れ墨男、離れろよ、邪魔だ」
 レジがカリスに向かって言った。
 同時にそれは、魔族の男に対する宣戦布告だった。
 レジの左腕に光が集まった。
「長い間の人間生活ってのは、魔族にとっては地獄だぜ? よくおじさんは我慢したよ。でも、それが裏目にでたね」
 左腕に集まっていた光が、男に向かって飛んだ。
 とっさに男は結界を張ろうとしたようだったが、間に合わなかった。
 魔法は男に直撃し、男は血を流した。
「秘宝を渡せ。私の願いはただ一つ、私の大切な妻と子を、この手で殺さずに済むように、……私の心がまた魔族に戻る前に、殺して貰いたかった。……秘宝は、私が死んだ後に、妻と息子にとって住み易い世界になるように、…この世を一度、浄化するために必要だったのだ」
 黒い血を流しながら、男が言った。
「この世を浄化することなんて、できるもんか。確かに秘宝を使えば、この世の全てが奇麗さっぱり無くなるかもしれないけど、それじゃあ、おじさんの奥さんや子供を助けることにはならない」
 レジが言った。
 何か凄いことを言っている、メルグにはそう思えた。普段のレジからは想像もつかないような、人を説得する言葉。
「それに、俺はメルグを守るんだ。だから、秘宝を取るなんて、絶対にさせない」
「愛する者を救おうとするのは、誰も同じか」
 カリスが言った。
 レジは己の全てをなげうってでも、メルグを守りぬくだろう。
 カリスはただ、テュリアの代わりをメルグに求めていたのかもしれない。メルグでなくても良かったのかもしれない。
 けれど、レジの場合は違うだろう。メルグでなくてはならないのだ。
 カリスは獅子から人間へ、また姿を変えた。もう勝負は付いたのだと考えてのことだった。
 男の体が、足の方から次第に消えていった。
「私の体が、消えてしまう……」
「それはおじさんが俺に負けたからだ。ヤベイの村で結界を壊したのはおじさんだったね。どうしてそんなことしたの? 秘宝のため?」
 男の姿が、人の形をした物から、別の形――異形のモノへと、変わっていく。
「秘宝の力を試すためだ。……強くなったな……、我が息子よ!」
 男は姿が消える寸前に、レジがいつも首に巻いている革紐をちぎり取った。
「覚醒せよ、我が子、レジ」
「俺がおじさんの子供? 冗談はよしてよ。んなわけな……」
 レジの心臓が一つ大きく鳴った。
 すでにレジたちの前に男の姿はない。にもかかわらず、辺りには男と似たような気配が漂っていた。
「レジ?」
 メルグはレジを呼んだ。
「……違う、俺は…あいつの子供なんかじゃない。…いや、それともそうなのか?」
 レジはメルグの声などまるで耳に入らなかったかのように、独り言を続けている。 
 自分の心臓の音が、いやによく響いて聞こえた。
 レジの足元には、さっき男にもぎ取られた革紐と石が落ちていた。
「そうだわ、何で、レジがここにわたしたちと一緒に来たのか、不思議だったの。それが今わかったわ」
 メルグは言って、レジの足元の革紐を指さした。
「これが、レジが持っている秘宝なのよ。多分、ゼルム公国の」
 メルグがそう言うと、レジの尖った耳が動いた。
(そうかもしれない。だったら、あの女が、俺の母親ってことか?)
 レジはフィスィスを思い浮かべた。
 そう言えば、見覚えがある顔だった。
 レジの回りを白い光が包んだ。
 レジの表情が変わった。
「そうか、やっとわかったぞ」
 レジが言った。そして声を上げて笑い出した。
「ハハハ……。そういうことか。……ではさっそくあいつを殺した方がいいな」
 言うが早いか、メルグがレジに声を掛ける間も与えずに、女王が逃げた方へ向かった。
「カリスさん、追いかけましょう」
 メルグはカリスに声を掛け、自分はすぐにレジの後を追った。
 カリスもそのメルグを追いかけた。
 メルグがレジに追いつくことはできなかった。立ち止まって休むこともできない。
 次第にメルグは苦しくなってきた。
「待って、レジ」
 とうとう、それ以上走れなくなって、メルグは立ち止まった。
 レジはメルグを待ちはしなかった。
 フィスィスの居場所はわかっていた。なぜなら、彼女はシグナ族の秘宝を持っていたから。秘宝は秘宝を呼ぶのだ。
「メルグ、大丈夫ですか?」
 後から来たカリスがメルグに言った。
「わたしはいいから、レジを追いかけて。お願い」
「わかった」
 カリスは短くそう答えて、既にその姿は見えなかったが、レジを追いかけるために、彼が行ったと思われる方へ走った。
(わたしの秘宝はあの魔族に取られてしまった。だが、奴が死んでから、秘宝は今誰が持っているのだ?)
 カリスは走りながら考えた。
 アマルナとカリスの秘宝を今持っていそうなのは、女王フィスィスか、レジだった。



「お母さん、秘宝を渡してくれませんか?」 
 フィスィスに向かって、レジが言った。
 レジの周りにはただならぬ気が漂っていた。フィスィスが普通の人間であれ、その異常さはわかるだろう。
「知らない。私はおまえなぞに母親呼ばわりされる覚えはありません。私に子はありません」
 フィスィスは震える声で言った。
 彼女の傍らには、王であることを示す冠がある。わざわざ持って来たのだろう。
 レジは笑った。
「嘘つき。お母さんだって、嘘はついちゃいけないんだって、教えてもらったでしょ? 早く秘宝を渡してよ。渡さないなら」
 レジの左腕が光った。
「殺すよ」
 フィスィスの返事を聞くより先に、レジはフィスィスに向かって左手を出した。
 フィスィスの顔が、恐怖と苦しみに歪んだ。
 だがそれも一瞬で、彼女の頭は粉々に砕け散った。
 残った首から下が、床へ倒れた。
 彼女が手に持っていた秘宝が床へ転げ落ちる。 
「これで四つ。あと一つは、メルグか……」
 レジは呟いて、床に落ちたシグナ族の秘宝を拾った。
「レジさん、一体何を!」
 カリスが来て、言った。
 レジはカリスを見て、悪戯が成功したときの少年のような顔をした。
「何って、見ればわかるでしょう。嘘をついた悪いお母さんを、懲らしめたんだ」
「自分の母親を、か? 信じられない。レジはそんなことをするような人では……」
「レジ!」
 メルグが来た。
「ああ、メルグ。来てくれたんだね。呼びに行こうかと思ってたとこだったんだ」
 レジが嬉しそうに言った。
「それからカリス、言っとくけど、僕はレジじゃないよ。レジは僕の一部だけどね」
 レジの瞳に、不思議な光が宿っていた。
 レジの中のもう一つの人格が現れた、そんな感じだった。
 後で来たメルグには、何が起こったのか、まだわかっていなかった。
「あいつには感謝してるよ。死ぬ間際になって、やっと封印を解いてくれたんだから」
 レジは言った。
「封印?」
 メルグが呟く。
 それを聞きつけて、レジは透明で茶色い石を目の前に掲げた。レジが持っていた秘宝だ。
「これだよ。この秘宝と革紐で、生まれたばかりだった僕は封印されたんだ。僕の祖父にね」
 魔族と人間の間に生まれた子が、魔の心を持たぬように、心を封印するための物だった。
 レジの持つ魔の心というのは、今まで表に現れていた人格とは、双子のような関係だった。
「おかしいだろう? 僕もレジなのに、僕が封印されなきゃならないなんて」
 無視され続けてきたもう一人の子供は、どうなるだろうか。外に出ていた片割れを羨ましく思うと同時に、恨めしくも思うだろう。
 レジは自分の胸に手を置いて、言った。
「今はまだ体にレジの記憶が残ってるけど、もう少ししたらこの体も僕のものになる」
 レジは一瞬で、メルグの後ろに回った。
 後ろからメルグの首を締め付ける。
「グッ……」
 メルグは声も出せなかった。息ができず、苦しい。
 レジは片手でメルグの首を絞め、一方の手で、メルグの服のボタンをはずした。
 狙いは、メルグの胸に埋め込まれている秘宝だろう。
「メルグを離すんだ!」
 カリスが言って、メルグとレジの所まで走りだした。
 レジが、メルグの服のボタンから手を離して、その手をカリスに向けた。
「サシヨユカ・ツレワテ」
 呪文を唱えた。
 竜がカリスに向かって行った。カリスが魔族の男に向かって使った魔法と、同じ魔法だ。
 が、威力がカリスのもと違って、桁外れに強かった。
 咄嗟にカリスは両手でガードしたが、ほとんど無駄だった。
 両腕の皮膚が裂け、血が流れる。
 その様子を見て、レジは笑みを浮かべた。
「カリス、あんたと僕じゃ、全然勝負にならないよ。ふーん、マジック・リングが右手に二つに、左足にも一個か。なかなか用意がいいけど、それくらいじゃ魔族ハーフの僕には勝てないよ」
 レジが言った。
 メルグにもレジが言っていることは聞こえた。
(魔族ハーフ? レジは、ハーフ・エルフじゃなかったの……? だから、こんな……)
 残酷なのだ。
 エルフと魔族の違いは、その心だった。優しいのがエルフで、残酷なのが魔族だと聞いていた。 
「もっとも、ここにメルグが居なかったら、話は別だろうけどね。あんたはメルグが居るから、大した魔法が使えないんだ。獣に化身できるってことは、あんただって、エルフか魔族の血をどっかで引いているんだろう。だからやろうと思えば、僕を倒すことだって、絶対に無理ってわけじゃないはずだけど」
 ずるそうにレジは言った。
 カリスがレジを睨んだ。
 レジの言う通りだった。メルグが人質のようになっている以上、カリスは魔法を使えない。
「わたしはメルグを守ります。たとえレジさんと相討ちになったとしても」
 カリスのその言葉を聞いたレジは、吹き出した。
「ハハハ……」
 声を出して、レジは笑い出した。
「あんたからそんな台詞が聞けるとは思わなかったな。あんたは所詮メルグを、死んだ女の代わりとしか見てないんじゃなかったの?」
「違う。それだけは断じて違う。メルグはメルグだから、愛したんだ」
 自分自身の言葉に驚く。嘘ではなかった。テュリアではなく、メルグを愛している。
 今更何を言うのか、と昔の自分が嘲っているような気がした。
 真面目にカリスが言ったので、レジは笑うのをやめて、暫く何か考えていた。
 レジは考えがまとまったらしく、また笑顔になった。
「あっ、そうか。忘れてた。僕らは秘宝を持ってるんだっけ。……僕らが魅かれ合うのは当然さ。魅かれ合っているのは、僕らの心じゃなく、秘宝なんだから。秘宝は集まる定めにあったんだ」
 レジはそう言って、持っていた秘宝を取り出してカリスに見せた。
「ほら、見てよ」
 四つの秘宝は宙に浮き、互いにくっついたり離れたりして、まるで遊んでいるようだった。
「五つ揃わないと、くっつけないんだ。これが一つになったら、何が起こると思う?」
 レジは誰も答えられないことを知っていて、そう聞いた。
 レジは呪文を唱え、カリスの動きを封じた。
「答えは、カリスにもわからないよね。試してみるのが一番いいんだ。これが五つ揃うと、僕の望みが叶うんだ。聞きたい?」
 何かの秘密を知った時、どうしても自分の心の内にだけに閉じ込めておけないで、誰かに喋ってしまう、そんな子供のように、レジは言った。
 聞きたい、という答えを期待している。けれど、カリスは聞きたいとは言わなかった。どちらにしろ、レジは勝手に、自分の望みのことを話すだろう。
 カリスの思った通り、レジは言った。
「僕の望みはね、みんなを独り占めすることだよ。好きな人たちだけを残して、他の人たちは殺しちゃうの」
 独占欲の強い子供のようだった。
 勝手な考えだった。もし、秘宝がなければ、そんなばかげた考えは一蹴されていただろう。
 秘宝の力は強かった。
 何も知らなかったメルグにも、秘宝の強さを次第に感じていた。『秘宝が惹かれ合う』というレジの言葉も、今ならわかる。胸に埋め込まれた秘宝が熱く、皮膚を破って飛び出すような気さえした。
 メルグの服のボタンを、レジは全部はずした。
 下着の肩紐に手を掛けて、下へずらした。
 メルグの左胸の痣が見えた。小さな痣。これが、秘宝なのだ。
 メルグは首を絞められているので、自分が何をされているのか良くわからなかったが、服を脱がされたことで、風が素肌に当たっているのがわかった。
 首を絞められているとはいえ、実際にレジとぴったりと体を合わせているメルグには、レジの息遣いまでもが聞こえていた。 
 レジの体が震えた。メルグの胸の痣に、レジの指が触れた時だった。
「……レジは君のことを随分好いていたみたいだ。だって、君の体に手を触れるだけでこんなにゾクゾクするんだもの。これはレジの感覚だよ。僕のじゃない」
 レジがメルグに言った。
「僕は男にも女にも興味がないもの。僕はただ、みんなを独り占めしたいだけ」
「やめろ。そんなことをしたら、メルグが死んでしまう」
 カリスが大声を出す。
 そう言うカリスを横目で見ながら、レジは言った。
「秘宝を五つ集めると、世界が滅びるんだって。世界が滅んでも、秘宝を持つ者は救われるんだ。素敵だろ? 僕らだけの世界だ」
 レジが思い描く世界、それは、以前メルグが見た空間の狭間、『天国』そのものだった。
 レジがそこまでして、『天国』のような何もない世界をこの地上に創ろうとするのは、彼が魔族で、『天国』には行けないからかもしれない。
「違うわ。……ここは、天国じゃないのよ。レジ……やめて、秘宝を集めないで……」
 途切れ途切れに、メルグは言った。
「うるさい!」
 レジが言って、メルグの首を更に強く絞めた。
 カタン
 音がした。
「何をしているの、レジさん? 首を絞めたら、人間は死んでしまうのよ。魔族とは違うの。人間は魔族に比べて、ずっと弱い生き物なのよ」
 アマルナだった。
 自分の弱さが悔しかった。
(私も人間だから、弱いから、レジさんを止められない)
 悲しかった。
 秘宝を取られた自分は、もうすぐ死んでしまうのではないだろうか、と思う。どうせ死ぬのであれば全員道連れで、とさえ思ってしまう自分が悲しかった。
「死ぬもんか。秘宝に僕らは守られてるんだ。だから、ちょっとやそっとじゃ死なないよ」
 レジが意地になって言った。
「そうかしら。もしそうなら、なぜあなたはメルグさんを守ろうとしたの? 秘宝が守ってくれるのなら、あなたがメルグさんを守る必要はなかったでしょう?」
 途切れる声で、アマルナが言う。
 レジの、メルグの首を絞める力が緩くなった。
 メルグはその隙に、レジから逃れる。少し離れて、レジを振り返った。
 レジは、メルグを追いかけようともせず、頭を掻き毟った。
「僕は、メルグを守ろうとしたわけじゃ……、ただ、秘宝が……」
(違うの? 何が違うの? 僕は秘宝をあいつから守るために、メルグを守っていたわけじゃないの? だったら、どうして……?)
 レジが今までしてきたことが、分からなくなっていた。
 レジは自分自身だ。それなのに、レジの気持ちが、理解できなかった。
「メルグ、杖を!」
 カリスが言った。
 カリスは自分で、レジにかけられた束縛の魔法を解いたのだ。
 一瞬で、獅子に姿を変え、メルグたちの側まで走った。
 すぐに人間に戻り、メルグが差し出した杖を受け取った。 
「レジには、他のどんな魔法より、マジック・ロッド自体が効くだろう」
 カリスは杖をレジに突き付けた。
「やめろ」
 レジが言う。その表情は、今まで見ていたレジのものとはかけ離れていた。
 メルグは今まで、レジが怒った姿を見たことがない訳ではない。今までのどのレジとも違う表情だった。
 別人。
「カリスさん、」
 メルグはカリスが持つ杖を、支えるように持った。
「レジ、ごめんなさい。……ガル・ゼンニ・サンサロー」
 魔法が、閃いた。
 ガル・ゼンニ・サンサローは、魔族が最も嫌う光の魔法だった。人間に対しては、軽いショックを与えるだけだが、魔族に対しては、計り知れない力を発揮するだろう。
 レジが苦しそうに顔をしかめる。
「メルグ、やめて。僕をもう封印しないで!」
「あなたは、レジじゃないわ」
 言うメルグの頬を、涙が伝った。
 自分の発した言葉を、心の中で反芻する。
 レジの姿はしていても、もう彼はレジではないのだ。
「違う、僕はレジだよ。だから、メルグ、助けて……」
 助けてあげたい、そう思った。けれど、メルグは助けなかった。隣にカリスが居なかったら、メルグはレジを助けてしまったかもしれない。
「秘宝は、渡せない。だから……。レジ、ごめん」
 光が溢れた。
 最期だった。レジの最期。そして、全ての終わり。
「メ ル グ……?」
 レジが呟く。
 その声に、メルグはハッとした。さっきまで話していた奴とは違う声。同じだけど、違う、レジの声だった。
「レジ」
 もしかしたら、このまま元に戻るかもしれないという、淡い希望がメルグに浮かんだ。
 が、魔法は途中でやめられなかった。
 レジが、メルグを見て言った。
「メルグ、ありがとう。俺を、救ってくれて……」
 レジは無邪気な笑顔を見せた。
 笑顔なのに、何の屈託も無い微笑みなのに、メルグにはそれが悲しく思えた。
 涙が止まらなかった。 

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