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最後の戦士達

 

第一章

はじまり


 ユメルシェルが相手の男を倒すと、辺りからものすごい歓声が聞こえた。ユメルシェルが片手を上げると、一層大きな歓声が起こった。相手の男は完全に息の根を止めている。ユメルシェルはその男の方を見て笑うように、唇の端をあげた。
 闘技場から下りると、まっすぐ出口に向かう。さっきの歓声とは裏腹に、ユメルシェルに声を掛けようとするものは誰もいない。皆恐いのだ。驚異的な殺傷能力を持つユメルシェルに、殺されるかもしれないから、誰も近付こうとしない。ユメルシェルはそう分かっていた。
 殺しは街のどこにでもある、ありふれた風景だ。だが勿論、人を殺すことは罪になる。そうして監獄に入れられたものは結局死刑になる。弁解はできない。死を待つだけだ。それを知っていてユメルシェルが、わざわざ罪になるようなことをするわけがない。
 確かに、何億といる人間たちの中には殺してやろうかと思うような態度を取る奴もいる。それを我慢して四年に一度のこの大会にでるのだ。
 ユメルシェルは観戦のキャンセル待ちをしている人々の間を抜けて、シャワールームへ向かった。後から、一人の少女がユメルシェルを追いかけてくる。黒い、長い髪を頭の上の方で一つにくぐってある。髪を短く切ったユメルシェルとは見た目、正反対だった。
「ユメ、すごいじゃない。あんな大男軽々倒すなんて」
 少女は親しげにユメルシェルに話しかけてきた。
「セイ、おまえ自分の試合は大丈夫なのか」
「ええ。まだまだ大丈夫よ」
「どうして出て来たんだ」
「わたしの出番、ずっと先なのよ。あんな暑苦しいとこ居たくないもの」
 口数の少ないユメルシェルとは違い、セイウィヴァエルはよく話す。
 シャワールームに着くと、ユメルシェルは汗と砂ぼこりで汚れた服を傍らに置き、水道の栓をひねった。外は日が照り付けて燃えるように暑いが、家の中や日陰は少しだけ涼しい。
 短く切った髪をかるく濯ぐ。ユメルシェルの顔や手足は日に焼けて黒かったが、普段日に当たらない所はそれなりに白かった。さっき脱いだ服は水を被っていたが、ユメルシェル本人は気にしていなかった。
 ユメルシェルには、予言者を名乗る父親がいた。父はこれから起こることを知って、ユメルシェルをそれと戦わすために育てたのだった。母は夫のことをかたく信じていたから、夫のすることにはまったく文句を言わなかった。彼らはユメルシェルと同い年の少女を養女として育てた。それがセイウィヴァエルだった。セイウィヴァエルは孤児で、親に捨てられてのだ、と人々は噂していた。
 セイウィヴァエルがホイ家に引き取られたとき、二人はまだ三歳で、その上ユメルシェルは本宅とは別に建てられた道場で男たちと暮らしていて、セイウィヴァエルとは会わなかった。父の考えで、ユメルシェルは男たちの中で育ったのだ。毎日闘って……。だからユメルシェルが、セイウィヴァエルや母親と会ったのは、初めて試合に出た四年前の今日だった。生まれてから十年近く、男ばかりの環境で育ったのだから、ユメルシェルが男言葉を使うのは仕方のないことだった。女は皆髪を伸ばすものなのに、ユメルシェルは男のように短く切り、仕草も女らしいとはとても言えなかった。
 今も、セイウィヴァエルであれば、服は濡れないようにちゃんと別のところに置いただろうに、ユメルシェルは体を洗うためのタオルなどを置く場所に投げただけだった。
 毎年、この惑星の平均気温は高くなっている。両極の氷が溶けだし、海水は豊富にあったが、飲み水には向かなかった。今、ユメルシェルが使っているシャワーの水もあまりきれいなものとはいえなかった。
 人なんて簡単に死ぬものだな。
 ユメルシェルは考えていた。
 今日の男だって全然相手にならなかった。父様はなぜこんな弱いものと戦わすのだろう。
 四年に一度、デイ国の主催で開かれるこの大会は、以前は各国が競技で争うものだったらしいが、現在は全然違う。無差別に、どんな方法を使っても、殺しても良い。とにかく相手を倒せばいいのだ。そんな闘いの場になっていた。命を賭けるのだから、それ相応に勝った場合の待遇は良くなる。ユメは前大会の優勝者だった。女が、しかも十歳そこそこの少女が勝ったのだ。今まで見ているだけだった者たちもそれなら、と参加したのだ。だから今回は随分休める。前回は最初から連続で試合をした時もあったのに。
 シャワーの水が止まった。自然と止まる仕組みになっているのだ。すぐには使えない。ユメルシェルは栓を閉めるとセイウィヴァエルを呼んだ。
「なに?」
「セイ、俺の荷物の中から袋に入った着替えを取ってくれ」
「分かった。少し待って」
 セイはそう言うと、着替えの入った袋をひっぱりだした。扉の上下が少し開いているからそこからその袋を放りこんだ。
 セイウィヴァエルにはどうしてもユメルシェルが同じ女性には思えなかった。四年前に初めて会ったときは、てっきり男だと思い込んでいた。四年経って、体つきはセイよりも女らしくなっているけれど、四年前の第一印象が残っているのか、どうしても男に思える。実際にまだ、ユメルシェルのことを男だと思っている人も少なくない。ユメルシェルが気にしていないようなので、セイウィヴァエルもいちいち人にユメルシェルが女だとは言わないのだ。
 セイウィヴァエルは細すぎる自分の腕を見た。
 父様はわたしをユメのようにしたかったのかもしれない。でもわたしは病気にかかってしまって、ユメのように訓練を受けることができなかった。病気はすぐに回復したけれど、もうユメには追いつけなかった。
 セイウィヴァエルは小さくため息をつくとユメルシェルのいるシャワールームの方を見た。と、足音がして誰かが入って来た。
「トライ、どうしたの?」
 トライと呼ばれたその人物は二メートルは越す背丈でセイウィヴァエルを見下ろしていた。服装は袖のない簡素なシャツを着て、布切れを腰に巻き付けている。
「セイ出番だよ。さっきから呼ばれてる。早く行かないと出場辞退したことになるよ」
 筋肉質な体と厳つい顔のせいで男に見えたが、声は女だ。
「分かった。教えてくれてありがとう」
 セイはそう言って、シャワールームがある小さな小屋から出た。
 力でならトライファリスに勝る者はいないだろう、セイはそう思って、またため息をついた。トライファリスのように生まれなくて良かった、とは思う。瞳が小さく、一見すると怖そうだ。鳶色の髪には全くつやがない。それでもユメルシェルよりはましだとセイウィヴァエルは思っていた。
「セイ、やっと来たな。早く上がりなさい」
 父が言う。無言で頷くと正方形の闘技場へ上がった。セイウィヴァエルには自覚がなかったが、人から見れば十分に強かったし、また、美しかった。セイが使う『気』の技は普通相手から見えないぶん強く攻撃できたし、衣装にも凝っていて自分に合うものを選んでいたから、力だけが頼りの者たちの中で人目を引いた。
 セイが相手を場外に一瞬で吹き飛ばすと、観客は驚いたようにざわめき始めた。セイウィヴアエルのような少女がこんな大会に出ることはまずなかったし、前回ユメルシェルが出場してから女性の参加者が増えたが、皆トライファリスのような男か女か分からないような者ばかりだったのだ。
 相手はまだ生きていた。ユメルシェルなら止めを刺していただろうが、セイウィヴァエルにはそこまでする必要もなかったし、力もなかった。ユメルシェルのように人を殺したとて、平気でいられるとは思えなかった。さっきのユメルシェルの試合で、ユメルシェルが死体を見て笑ったとき、セイウィヴァエルはぞっとした。
 本当にあの優しいお父様とお母様の子どもなの? よく考えるとユメはどちらにも似ていないような気がする。
 考えていたが、すぐにトライファリスの試合が始まったので、セイウィヴァエルは見物することにした。

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