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最後の戦士達

 夜、ユメは物音に目を覚ました。自分たちの部屋の扉がそっと開けられる。ユメは壁の方を向いて寝ているふりをした。誰かの足音がユメに近づいて来る。セイやトライではない、ということはすぐに分かった。足音が二人の物ではなかったからだ。
 不意にユメは殺気を感じて寝台から飛び出した。そして振り返る。
 暗くて良く見えないが、月明かりが、ユメに近づいて来る人物の手にある短剣に反射する。ユメを殺しに来た、ということはそれだけで確実だった。
 明かりを点けた方がいいな。
 ユメはそう考えて扉の方へ退がった。
 手が電灯のスイッチに届く前に、ユメは何かにつまづいて倒れる。昼間ならつまづいたぐらいではバランスを崩して倒れたりはしない。だが今は夜だった。体の各機能がまだ眠っている。
 相手はユメの右肩を押さえ付けた。ユメはその手を払おうと左手を上げる。
 ユメが相手の手を払うよりも先に、相手の振り下ろした剣がユメの左腕の付け根当たりに刺さる。
 ユメは短い叫び声を上げた。その声にセイが目を覚ます。
「どうしたの、ユメ?」
「セイ、起きたのか。駄目だ。ベッドから出るな」
 ユメはそう言うと、相手がもう一度剣を振り上げた隙に、相手の腹を蹴り上げた。その人物はセイが居る寝台にぶつかって止まった。寝台がなければ壁まで飛ばされていただろう。
 ユメは立ち上がって電灯のスイッチを入れた。部屋が明るくなる。
 セイは突然明るくなったので一瞬何も見えずに目を細める。光りに目が慣れてセイが最初に見たものは、肩から血を流し、荒い息をしているユメだった。ユメの視線の先を見る。
 血が、ユメの足元から広がっている。そして、ユメの視線の先に居る、自分の居る寝台の脇で気を失っているのは――紛れも無い、カムだ。
 トライがこの騒ぎにやっと目を覚ました。セイと同じようにユメを見て、それからカムを見る。同時にナティが扉を開けて部屋に入って来た。
 ナティには最初にカムが目に入った。血の付いた短剣がすぐ側に転がっている。右を見ると、ユメが血まみれで壁にもたれ掛かっているのが見えた。
 ユメの目が、怒りに満ちている。ユメは静かにカムに歩み寄った。
 カムが目を覚まして手元にある短剣を拾い上げようとすると、ユメはそれを蹴飛ばした。
 カムの服の襟を掴んで立たせる。ユメはカムの頬を力任せに殴った。
 抵抗する術のないカムをユメがもう一度殴ろうとしたとき、ナティが声を掛けた。
「ユメ、もうやめろ。傷の手当が先だ」
「うるさい! 傷ぐらい、自然に治るから構わない」
 ユメはナティの方を向いて叫んだ。
 だがナティも引かない。
「聞き分けのない女だ」
 そのナティの言葉に、ユメは一瞬怯む。ナティが一歩、ユメに近づいた。
 ユメは傷口を手で押さえて立って居る。カムに向けたものと同じ怒りの目をナティにも向けている。だかユメはそれでもナティに従った。
 ナティは止血だけするとユメを抱き抱えて、自分の部屋に戻った。部屋を出る際に、セイとトライに、カムを椅子に縛り付けるように言って。

 ユメの着ていた服は血で赤く染まっていた。ナティは布と水を用意して、服を脱がすと傷口を洗った。
もし、こういうことがカムの手によってではなく、別の者によって起こったのなら、ユメの傷の手当はセイがしていただろう。セイは何もできずに、寝台の上に起きて居ただけだった。カムがユメを殺そうとしたということは、カムが自分たちを裏切ったということだ。セイにはそれが衝撃だったらしい。
 一通り傷の手当が済むと、ナティはユメに血の付いた体を洗うように言った。服に付いた血は洗っても取れないだろうから、トライに別の服を持って来るよう頼んだ。
 トライは服を持って来たついでに、『セイが泣いている』とだけ告げて出て行った。
 風呂の戸が開く音がした。ナティはユメに背を向けたまま、トライが持って来た服を投げた。
「ユメ、カムをこれからどうするつもりだ」
 ユメからは一時返事がなかった。
「それはカム次第だな」
 そう言うとユメはナティの横を通り、部屋を出た。ナティもその後に続く。
 隣の部屋の扉を開けると、カムが椅子の背に手を回されて手首を縛られて居るのが見えた。体も椅子に固定してある。ユメが寝台に腰掛けると、カムは顔を上げてユメを見た。
 まずユメがカムに聞く。
「どうしてお前は俺を殺そうとした。エクシビシュンの王の命令か?」
「……そうだ。三日前俺が王に呼ばれたのも、このためだ」
「何か王に弱みでも握られているのか?」
「……」
 カムは答えようとしなかった。
「今更黙秘しても意味はないぞ。お前の答えによって、お前への処置は変わる」
 ユメは聞き出そうと、脅しをかけた。
「人質を取られている」
「親か? 兄弟か?」
 ナティが聞く。
「俺に魔法を教えてくれた師匠だ。何の血の繋がりもない」
 ユメは立ち上がって、カムを縛っていた縄を解いた。
「俺を殺せばその先生の命は保証する、そう言われたんだろう?」
 カムが頷く。しかし、反抗的な目でユメを見る。
「どうして縄を解くんだ。俺は別にユメに殺されても仕方ないと思っていた。ユメは俺を許すのか?」
 ユメは一瞬微笑み、そして冷たい目で言った。
「俺はカムの事を信じ切っていた訳じゃない。いつかはこんなことが起こるんじゃないかと思っていた。第一、先生一人の命の為に、殺されるかもしれない命令を聞くぐらいだ。そんなカムに俺を殺すことはできないはずだ」
 ユメが夜中に目を覚ました理由もそこにあったのかもしれない。勘、とでもいうものか、カムの様子がおかしいことにはユメも気づいていたのだ。
「まだ夜中だ。部屋に帰って寝ろ。……ナティもだ」
 ユメは続けてそう言った。
 カムが部屋から出る。ナティは自分も部屋に帰るように言われたことが不思議だった。裏切ったカムが部屋から出されるのは当然だ。だがなぜ自分まで。
「ナティ、俺はお前の事も信用している訳ではない」
 ユメのその言葉でナティの疑問は無くなった。
 何も言わずに、ナティも部屋を出た。
 ナティが出て行ってから、セイは流れる涙を拭った。セイはユメとは違う。セイはカムを信頼していた。
 ユメが部屋の明かりを消す。寝台には横になったが、セイは眠たくなかった。自分が泣いても仕方のないことだとは思っていた。だが涙は何度拭ってもまたこぼれる。
 ユメはカムを許した訳じゃない。これからの旅はカムを外すのかもしれない。
 セイは初め、ユメたちに置いて行かれたくない、という思いから旅をしていた。でも今は違うのだ。
 カムが居ないのなら、もうユメたちと一緒に行く必要もない。
そんな風に思う。セイはユメとトライの寝息を確かめると、そっと寝台を抜け出した。

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