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最後の戦士達

 暗い部屋の中、カムは寝台から窓の外の月を見ていた。模様からして今出ている月はコヒの方だった。
 扉を軽く叩く音がして、カムは寝台から起き上がった。
 誰だろう。
 扉を開けようかとも思ったが、寝ている振りをしてそのまま過ごしてもいい。扉の向こうに居るのが誰かは分からないが、だいたい想像は付いた。そして、その人が来るのは嬉しいことだった。
 いや、だがまだ分からない。
 もう少しでノブに手を掛けるところだったが手を引っ込めた。
「カム、起きてる?」
 その声が、カムに扉を開けさせた。扉の前に立って居るのはセイだった。
 セイはカムの顔を見ると言った。
「外に散歩しに行きましょうよ」

「どうして俺が起きていると分かったんだ」
「分かった訳じゃないけど、わたし、眠れなかったから、誰か誘って外でも歩こうかなって……」
 宿の中で話していたときよりも少し大きな声で二人は話す。セイが立ち止まって空を見上げた。
「なんだか暗いと思ったら、今日は月が一つしか出てないのね」
 そしてまたゆっくりと歩きだす。
「今出ているのはコヒだろう?」
「……そうね、そうだわ。わたしたちが行く宮の名の月ね」
 街灯が二人を照らした。カムがセイを見て驚いたように言う。
「セイ、今まで泣いてたのか?」
 セイは急いでカムに顔が見えないように下を向いた。ずっと泣いていたセイの顔は赤く浮腫[むく]んだようになっていたからだ。
 街灯の光の輪から抜ける。
 二人が今歩いているのは宿の中庭だ。かなり広いところで、ずっと遠くに次の明かりが見えている。
「ねえカム、もしユメがもうカムは連れて行かない、って言ったらどうするの?」
 もう光から離れたことを確認してセイはカムを見上げる。だがセイは、思っていたより近くにカムが居るのに気づいて顔を逸らした。
「そうだな。王の命令に背いたことになったから、フライディに帰っても王に殺されるだけだろうな。俺がもし姿をくらましたら、もう師匠は用無しだし逃がしてもらえるだろう。セイとは一緒に行けなくても別に行くかもしれない」
「そう……」
 セイは呟くように言った。カムが別行動ででもコヒの宮に行くと言ったのは自分にとって良いことなのか良くないことなのか、セイには分からなかった。
 セイは、明日からは一緒に居られないかもしれないカムと、もっと庭を散歩していたかったが、残念なことに道は行き止まりになっていた。
「そろそろ部屋に戻ろうか」
 カムがそう言って、二人は元来た道を戻り始めた。
 二、三歩も行かない内に、突然銃声と硝子窓の割れる音が二人の耳に届いた。音がしたのは二階の、セイたちの居た部屋辺りだ。今二人の居る位置からは見えない。二人は顔を見合わせると、カムがセイの手を引いて走りだした。
 銃声がまた、硝子窓の割れる音と共に聞こえる。カムたちが部屋へと走っている間も銃声は何度も響いた。二人が部屋の前に着く寸前に銃声は止み、もう撃ってこないようだった。カムが左の、セイが正面の扉を開ける。
「ユメ、トライ、大丈夫?」
 暗闇の中、セイはとにかく声を掛けてみる。
「俺は大丈夫だ。トライはどうだ」
「わたしも大丈夫。セイ、扉の近くに居るなら明かりを点けて」
 部屋に今晩二度目の明かりが点く。
「標的は俺たちだけじゃない。隣もだ」
 ユメは部屋を出るとナティとカムが居るはずの部屋に入った。
「誰だ?」
 カムの声がする。暗くてよく見えない。
「いや、誰でもいい。明かりを点けろ。ナティがケガをした」
 ユメがスイッチを入れる。だがさっきの銃撃でどうかしたのか、明かりは点かない。
「駄目だ……。カム、ナティを隣の部屋に運べるか。俺の声の方に来い」
 少しして、暗い中にナティと肩を組んで来るカムが見えた。
 ナティは足を怪我しているので一人では歩けないが、意識はしっかりしていた。
「大丈夫?」
 セイがナティに聞く。
「掠っただけだ」
 ナティが答えた。
「それよりも一体何なんだ。どう考えても俺たちを狙ったとしか考えられないが……」
「よし……」
 カムが立ち上がる。
「宿の者に何か見ていないか聞いてみよう」
 そう言うと直ぐに部屋を出た。
「カムがわたしたちを殺そうとしたんじゃない? 近くの殺し屋、みたいのに頼んで」
 トライが言う。
「そう言われれば、丁度カムは部屋に居なかったしな」
 ナティもトライと同じ考えのようだ。
 トライが気づく。
「そういえば、セイも居なかったよね。どこ行ってた?」
「眠れなかったから外に散歩に行ってたの。カムを誘ったのもわたしよ。カムが部屋に居なかったのは、だから偶然なの」
「セイがカムを誘いに行ったとき、カムは起きていたんだろ?」
 ナティが聞く。
 セイは頷いた。
「セイに誘われなくても、どうせ部屋を出るつもりだったんじゃない?」
「カムは一度俺たちを裏切った。それでもう失敗したんだ。カムにもう一度こんなことをするような度胸はない。そうだな?」
 それまで黙って三人の話を聞いていたユメが口を開く。
 そこへカムが宿の者らしき人を連れて戻って来た。
「その人は何?」
 トライが尋ねる。カムはその人物を部屋に押し入れた。
「こいつさ、俺たちの居る場所や、俺が王の命令を果たせなかったことを奴らに知らせたのは」
 男は下を向いて肩を震わせた。顔を上げると、弁解するように小さな声で言った。
「違います。私は殺し屋なんかには知らせていません。王の側近のワイズに……」
「金を貰って俺たちがここに来たら知らせるように、と言われたんだな」
 男が頷く。
「もうお前は戻っていいぞ」
 ユメが言うと男はそそくさと部屋を出て行った。
「カムが失敗した時のために、最初から考えておいたのね」
 セイが言う。
「あの男の考えそうなことだ。どうする? ここで俺たちが死んでないことが王に知れたらまた狙われるが」
 カムがユメを見た。この場合、先を決めるのはユメだろう。
「明日の朝指示する。今はもう寝ろ」
 ナティとカムは部屋に戻り、そしてやっと明かりは朝まで点くことがなかった。

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