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最後の戦士達

第三章

コヒの宮

 ユメたちは船を下りた。そして、ナティが言った、一本道を歩く。港の様子はザッドデイとほとんど同じであったが、それ以外は全く違った。
 道は緩[ゆる]い上り坂になっていて、途中から下り坂になっているらしい。前を見ても、道の向こうに見えるのは山と空だけだ。
 道の傍[そば]は畑だ。しかし、人は居ない。港からここまで、一人の人にも会っていないことにユメたちは気づいた。今、全体を見回しても、居るのはユメたちと、そして前を行くあの女たちだけだろう。
 坂の頂上まで来ると、宮らしき建物が見えた。セイが初めて後ろを振り返る。緩い坂ではあったが、かなり高い所まで来ていた。自分たちがさっきまで居た港も、天気さえ良ければ、エクシビシュンの大陸も見えそうだ。
「セイ?」
 トライに呼ばれて、セイは皆の後を追った。
 宮の前まで来ると、別の女が居て、ユメたちを案内すると言われた。
「神子が待っておられます」
 そう言って、女はユメたちの先を歩く。
 宮は、聞いて知っていたとおり、石造りであった。灰色の石を煉瓦のように積み重ねてできている。丈夫そうではあるが、大理石を削って造った南の文明のような美しさは全くなかった。この宮が建てられたのは、南の文明が起こるよりもっと前だそうだから、無理もないのかもしれない。
 中はひんやりと涼しい。この宮に、『コヒ』と名が付いた由来である壁画が、壁一面に所狭しと描かれていた。だがそれは画家が描いた訳でもなく、むしろ落書きのようだ。ユメには、この落書きが宮の名の由来になるほど大層な物には見えなかった。
 女はどんどん進む。だから壁画を見る暇はほとんどなかった。
 やがて、広間に出る。靴を脱ぐよう、指示された。
「インバルブ、お前は部屋にお戻りなさい」
 広間の奥で声がする。インバルブと呼ばれた、ユメたちの前に立って居た女は、深く、その声の主に向かって頭を下げると広間を出た。
 声の主であるコヒの神子はユメたちに、もっと前に来るように指示すると、自分が座っていた、一段高い椅子を下りた。
「皆さん、よく来て下さいました。私はこの宮を管理している、シュラインと申します」
 ユメたちは膝を床について、頭を下げていた。それを見てシュラインが言う。
「お顔をお上げになって」
 ユメが顔を上げる。
「ナティ……」
 ユメは呟いて、つい、後ろに居るナティを見た。同じように、顔を上げたセイとトライも、神子とナティとを見比べる。二人は似ていた。同じ顔なのだ。
 神子は微笑んで言った。
「ナティと私は双子なのです。皆さん、お立ちになって」
 ユメたちは言われるまま、立ち上がった。
「あなた方をここへ呼んだ理由は既にご存じかと思いますが、私の方から言わせて頂きます」
 神子はそう言うと、椅子に座った。
「五カ月後、正確にはそれよりも短いとは思いますが、この世に魔が降臨します。それを予言したのは、ユメルシェル、セイウィヴァエル、あなたがたの父君です。その魔が降りる前にあなた方は今よりも強くならなければなりませんし、装備も整えなければなりません。あなた方にはこれから約一カ月の間、ここで修行してもらいます」
 五カ月後というのは、ユメたちにとって驚きだった。
 父様は俺たちを急がしたのに、五カ月後なんて。家ではできない修行でも、ここでならできるというのか?
 それは信じられなかった。家にはユメが修行するための十分な環境があった。この古ぼけた石造りの宮に、それ以上のものがあるとは思えなかった。
 そんなユメの心情を察したのか、神子は自分の右手側にある扉に向かって声を上げた。
「ローリー、スウィート、ライト、ベナフィト、サプライ、お入りなさい」
 すると扉から、三人の男と二人の女が出て来た。女の内の一人は船で会った人だ。
「ユメルシェル」
 神子はユメを呼び、そして男を一人、ユメの前に立たせて言った。
「シュウシ=ローリーです。これから一カ月間、あなたに剣技を教えます」
 同じように、セイにスウィートをトライにサプライを、カムにライトをナティにベナフィトを紹介した。
「神子、なぜ俺が剣技を教わるのですか」
 ユメは言った。納得が行かないのだ。
 俺は今まで剣など使ったことがない。
「あなたにはそれが一番合うのです。今まであなたがしていたことはトライに教えます」
 神子はそう言った。
「ああ、そうだわ。私のことを神子と呼ばなくても結構です。シュラインと呼んでください」
 シュラインは右の扉へと見えなくなった。

「俺たちはこれからどうすればいいんだ?」
 ユメがローリーに尋ねた。
 金茶色の短く切った髪が、少し色の黒いローリーに良く似合う。背はカムよりも少し高い位だ。三人の男の中で一番に背の高いライトとは、それでもかなり差がある。
「稽古する場所や、その他の部屋を各自案内致します。来て下さい」
 ローリーはそう言うと、先を歩き始めた。それに続いて他の四人も、セイたちにそれぞれ付いて来るよう、指示して歩きだす。
 宮とは別の建物に、ユメとローリーは入った。いつの間にか、後ろに居たセイたちの姿が見えない。
「ここで剣の稽古をします。時間は改めて連絡致しますから」
 ローリーはユメに対して敬語を使っているが、どちらかと言えば、ユメの方が下手に出なければならないはずだ。ユメは不便を感じた。
「何でお前は俺に敬語を使うんだ」
「あなたはこの星を救える、二人と居ない戦士です。そう思って接しておりますから」
 『この星を救う』ローリーはそう言ったが、ユメには実感がなかった。
「敬語でなくていい。むしろ、そうでない方が俺は楽だが。どうだ?」
 ユメが言うと、ローリーは言った。
「では次から気を付けましょう」

「セイ、私たちはここで、これからもっと上手に『気』を使うための練習を行います」
 ここまで来る途中には花々の咲き乱れる美しい庭園があって、セイは暫し見入っていた。が、また後で見れば良い、というスウィートの言葉に従って先へ来たのだ。
「スウィート、来る途中に庭園があったのだけど、あれの手入れは誰がしているの?」
 セイは尋ねた。
「庭園ですか、どのような? どんな植物を植えてありましたか?」
 逆に、スウィートに尋ねられた。その質問を、セイはおかしい、と感じる。あの広間からここに来るまで、庭園はいくつかあったけれど、どれにも似たような花が植えてあったのだ。いちいち聞かなくても、分かるはずである。
 セイが何も言わないので、スウィートは振り返ってセイを見た。
「どうしました?」
 セイはスウィートを見上げる。そして、スウィートの青い瞳があまり動かないことに気づいた。スウィートは確かにセイを見ているが、セイのどこを、という訳ではない。ただ何となく見ているのだ。
「あなた、目が見えないの?」
「ええ、そうです。……?」
 スウィートは気にした様子もなく、微笑んだ。

 トライは、サプライという名の老人について、小さな部屋に入った。四角い、結構広い部屋だ。トライには、なぜこんな老人が自分に割り当てられたのか、不思議だった。並ぶとトライの半分も背はない。髪は全て白くなっている。
「良いか、トライ。おぬしにはわしが言ったことの全てをこなしてもらう」
 サプライはいかにも、トライを見下すような口調で言った。
 トライはなぜ、と言いたいのを我慢して、サプライの次の言葉を待った。
「今日はもうよいから、先に教えた部屋で休むが良い。だが明日からは修行を始めるぞ。おぬしはかなり努力せんと、ユメルシェルには追いつけんじゃろうからな」
 そう言って、サプライは声を立てて笑った。笑うと、細い目は線にしか見えなくなった。

 カムはライトディルフィに案内された。途中の庭園までセイたちと一緒だったが、途中で別の道に入った。
 ライトは一番背が高い。ただ高いだけでなく、痩せて、ひょろりとしている。カムとライトを比べると誰もが、カムの方がいいと思うだろう。
 カムとライトは歳が近かった。二歳違いだ。だから、二人は既に意気投合している様子だった。
 二人が居るのは何の変哲もない、普通の部屋だ。強いて言えば壷や花瓶が多い、という点が普通と違うだろうか。
「この部屋はなぜこんなに壷があるんだ?」
 カムが聞いた。
「俺の趣味だ。悪く思わんでくれ。……これは別の部屋から瞬間移動させたものだ」
 ライトが一つの壷を手に取って言う。
「これはスウィートの部屋にあったんだ。あの女目が見えないから、代わりに俺の部屋にあったやつを置いといた。気づかれたけどな」
 持っていた壷を元の場所に置くと、ライトはカムを、カムの寝室に案内した。

 ナティは広間を突っ切って、多分一番奥の部屋に来た。研究室のような所だ。隣は沢山の本と一つの机がある部屋で、そこで勉強しろ、ということらしい。
「ベナフィト、俺は調べたいことがあります」
 ナティは取り敢えず言ってみた。
「あなたが神子の兄で、かなりの勉強をして来たことは知っています。しかし、これからもより多くの事を学んで頂かなければなりません。自由時間にナティセルの気の済むように実験でも観察でもしたらいいでしょう。でも決められた時間には決められたことをしてもらいますよ」
 ベナフィトはナティを窘めるように言った。
 何か悪いことでも言ったか?
 ナティには思い当たることがない。――あの砂を一人で調べることは難しそうだ。ナティは砂の入った小瓶をベナフィトに突き出した。
「これを調べたい」
「この砂がどうかしましたか」
 ベナフィトが怪訝[けげん]そうな顔で言う。
 ナティは自分の立場を確認した。
 今は俺の方が優勢だ。
「エクシビシュンの王だ。正確には、王の中で育った蜘蛛の成れの果てだ」
 ベナフィトははっきりと驚きを表情に表した。
「良く、持って来ました。早速、明日から調べましょう」
 ベナフィトはそう言うと、小瓶を鍵の付いた戸棚に置いた。

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