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最後の戦士達

「セイ、あなたはいつから気術を習い始めたのですか?」
「さあ、……かなり小さい時から使っていたような気はするけれど……」
 スウィートの質問にセイが答える。
「どなたから習ったのですか?」
「お母様や、もっと小さかったころは孤児院の先生から教えて貰いました」
「そうですか」
 スウィートは目が見えない。だが生活に不便なことはないようだった。二十歳でこの宮に来たというから、もう五年もここに住んでいたことになる。何がどこにある、だとか、もう覚えてしまっているのだ。人を見分ける事もできる。一人一人のもつ『気』が違うからだ。セイも一人一人の『気』の違いは分かった。だがそれで誰か分かるかといえば、そうではない。目が見えないスウィートだから区別が付くのだろう。
「スウィート、一体わたしはどんなことをするのですか?」
 『気』は誰でも持っているが、それを使えるのは生まれつきの体質としか言いようがない。使えるものは最初から使える。それだけだ。だからセイは、これまで特に練習をしていなかった。上手く使えるようになるという、変な体操や発声練習も、したことはしたが、効果はあったのか分からなかった。
「集中力を付ける訓練です。そして、どんなときでも落ち着いて居られるように」
 気持ちが集中してないと『気』を一所に集めることはできないし、落ち着いていなくては集中できない。それくらいはセイにも分かっていた。
「今日はまだ初めだから、まず試験をしましょう。セイにどれくらいの集中力があるのか知っておきたいですし」
 スウィートはそう言うと、糸玉を取り出して、セイを囲む木々に絡ませた。つまり、糸でセイを囲った訳である。
「あなたはこれから、わたしがもう一度来るまでここに居て、それまでにここから見たり、感じたりしたものをわたしに伝えなさい。この糸から外には出ないで下さい。」
 そう言って、スウィートは糸の下を潜って外に出て、宮の中に入って行った。
 そして、宮の裏にある塔の二階に行く。そこからなら、今セイが居る場所が見えるのだ。スウィートは目が見えないから、インバルブも一緒だ。
 インバルブは自分が見たものを、全てスウィートに知らせた。しかし、ただ待っていても、特別なことが起きてくれる訳ではない。スウィートは飼い馴らした鸚哥に自分の『気』を送って窓から放した。
 鸚哥は真っ直ぐ、セイの居る方へ向かって行った。馴れていることもあるし、『気』を送ることによって、少しの間なら操ることもできるのだ。
 鸚哥が帰ってくると、スウィートはセイの所へ戻った。
「どうでしたか?」
 スウィートが尋ねる。
 セイは見たことを全て話した。勿論、鸚哥が来たことも。それほど多くのものがあった訳ではないので、覚えているのは当然だろう。
「他には、何か感じたことはないのですか?」
 スウィートが催促する。
「どんなことでも、わたしが感じたことならいいんですか?」
「そうです」
「……気温が、最初は涼しかったけれど、だんだんと暖かくなって来たわ。風は今と同じ、西から吹いていて。他には特別に……」
 セイは思い出しながら言った。スウィートに感じたものを伝えろと言われたとき、セイが最初に思い浮かべたのは匂いと音だった。だがこの二つは、全くないという訳ではなかったが、ほとんど感じることがなかった。
「そう。……セイは記憶力はあるのね。でも、あなたはこれから何を習うのか、ちゃんと考えて」
 スウィートは間を置いた。セイの答えを待っているらしい。
「気術だけど……」
 分かり切っていることを質問されると、何と答えればいいのか分からなくなる。取り敢えず、そのものをそのまま言って、それからセイは質問された理由を考えた。
「そうです。…『気』は感じませんでしたか?」
「感じなかった訳ではないけれど、あまり気にしていなかったので覚えていません」
「そうね。何も言ってなかったのですからいいでしょう。今日はもう終わりです。セイ、明日も同じ時間に来て下さい」
「分かりました」
 セイが返事をすると、スウィートは自分の部屋へと帰って行った。
 まだ日の入りまでにはかなりな時間があった。
 少し早く終わり過ぎじゃないかしら。カムはきっとまだ終わってないわ。
 セイはそう思ったが、早く行っても別に悪いことはないから、とカムの部屋へ向かった。
 カムの部屋に行くには、宮の表の道を行くのと裏を行くのと二通りある。どちらを通っても、さほど距離の差はないように思われた。時間はあったので、セイは裏の道を行くことにした。通ったことがない道だったし、そちらの方が距離が長いように思ったからだった。
 少し行くと、北西の風と一緒に甘い薔薇の香りが流れて来た。セイの部屋まで行くまでの宮の表側にも庭園は沢山あったが、薔薇は植わっていなかったようだ。セイはその庭を見たくなって、香りのする方へと歩いた。
 薔薇の香りはだんだん強くなって行く。香水と同じくらいに強い香りに包まれた頃、セイは歩みを止めた。薔薇の園が見えたからではない。セイが見たのは、カムとシュラインの姿だった。
 二人は何か話しているようだったが、波の音が大きくてセイまでは聞こえない。セイは二人の居る露台に近付いた。
「カムが前にここに来たとき、約束してくれたわよね。私をここから連れ出してくれる、って」
 シュラインが、露台の手摺りに背をもたせ掛けたカムに向かって言う。
「今はそれどころじゃないけれど、でも、これからの旅が終わったら、また戻って来て、その時こそ私をここから出して。もう一度、約束して」
 連れ出す? 何の事なの? カムとシュラインで駆け落ちでもしようって言うの? 約束って何? シュラインが勝手に決めたことじゃないって事?
「帰って来られないかもしれないぞ?」
 カムが念を押すように言う。
「あり得ないわ。死ぬかもしれないってことでしょう? あり得ないことにしてみせるわ。その為に他の人達に色々教えているんでしょう。私だって、できるだけのことはするわ」
 シュラインがそう言って微笑む。露台にまで伸びてきた薔薇の蔓に咲く花を手に取って。
「言い香りね。でもこの花なんて、私が取ったりしなくても、後何日かで散ってしまうのよ。ねぇカム、薔薇と蒲公英の話、知ってる?」
「いや。でも、シユラインはどちらかと言えば薔薇だな」
「何言ってるのよ。だったらこの話し、私にとってあまり言い話じゃないわね。だって、薔薇は高慢な悪い役なんだもの」
 さっきシュラインが薔薇の花を摘むためにセイの側に来たので、セイからはカムの顔がよく見えた。シュラインの笑顔に釣られてか、カムの顔も綻んでいる。
 セイの見たことのない顔だった。狡そうに笑ったり、作った笑顔なら、見たことがあった。しかし、こんなに素直に笑うことができるのなら、なぜ自分の前で見せてくれなかったのか。セイは思った。
 思って、居たたまれなくなった。その時セイは、自分がカムに用事があって、カムの部屋まで行こうとしていた事など忘れていた。ともかく、この場から消えたい。それだけ思って、セイは元来た道を戻った。
 セイは自分の部屋に入り、静かに扉を閉めた。
 胸の鼓動が恐ろしいほど速い。途中から走って来たせいもあった。しかし、それよりも、覗き見したことを悪いと思う気持ちや、自分が見たことを、多分誰にも言ってはならないだろうという秘密の重さが、セイの鼓動を速めていた。セイとて、宮に住まう神子の決まりを知らない訳ではなかったから。
 不安。
 カムがシュラインと好き合っているのではないかという不安。部屋の硝子窓がカタカタと音を立てて揺れていた。不安が『気』に表れてるのだ。
 セイはその不安を振り払うように大股で窓まで行って、窓を大きく開けた。
「昨日約束したんだもの。カムに会いに行かなきゃ」
 セイは小さく呟いて窓に背を向けた。

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