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最後の戦士達

 カムが一日目の練習を終えて部屋に居ると、部屋の扉が軽く叩かれた。
「誰だ?」
 まだ整頓し終わっていない荷物を隅に寄せながら言う。
「セイよ」
 カムは荷物を寄せるのを止めて扉を開けた。自分を盾にして、部屋の中がセイに見えないように、だ。
「部屋があんまり片付いていないから、外に行こうか?」
 セイが頷く。
 まだ明るい空の下を二人は歩いた。別に目的地がある訳ではなく、魔法を使うのに邪魔なものがないような場所が見つかるまで、歩かなくてはならない。すぐにそれは見つかった。
 庭園に囲まれた泉があるところだ。自然の泉なのか、人工のものなのかは分からないが、この島の大きさから考えて、自然のものではないようだ。泉からは細い水路が掘られていて、それが周りの庭園まで延びている。カムはその泉の縁に腰掛けた。
「セイも座れよ」
 カムはそう言って、自分の居る泉の縁を叩いた。
 セイが言われた通りにカムの隣に座る。
「どんな魔法を知りたいんだ?」
「そのことなんだけど。ごめんなさい、さっき部屋の前で言えば良かったんだけど、わたし、もういいわ。魔法教えて貰わなくても」
 セイはそう言った。
「何だって?」
 聞き取れなかった訳ではない。カムはセイの突然の言葉に驚いたのだ。
 もう少し日が経ってからなら分かるが、昨日言って今日変わるものなのか?
「何かあったのか?」
「違うの。……魔法を使えれば便利だけど、このままじゃなんとなく気術も魔法を中途半端になりそうな気がするの。だから」
 セイが言ってカムを見る。
「ごめんなさい」
 なぜセイが謝るんだろう? 謝らなければならないとしたら、それはこっちの方だ。
「いいさ。別に、仕方ないことだ」
 カムは立ち上がった。
 セイの方を振り向く。セイは下を向いて、もう何も言わなかった。
 カムは胸の奥が熱くなるのを感じた。セイの髪を、海からの風が揺らす。その時のセイは、小さくて、静かに、悲しく見えた。
 手を伸ばせば、まだ届く範囲にセイは居る。けれどカムはそうしなかった。カムにできたのは、セイに背を向けて一人、部屋へと帰るぐらいだった。

「いいか、カム? 魔法は体力がなければ使えないんだ。だがそれだけじゃない。精神力、集中力が必要なんだ。……聞いてるのか?」
「ああ、すまない。もう一度言ってくれ」
 ライトがカムを見る。
「魔法を使うには体力と精神力が必要だと言ったんだ」
「何だ、そんなことか。当たり前だろ。いちいち言わなくても」
 カムが前髪を掻き上げながら言う。そんなにも長くない前髪だ。そう何度も掻き上げる必要はないはずだった。
 カムはイライラしていた。昨日はよく眠れなかったのだ。なぜかというと、いやな夢を見た。恐ろしいとかははっきり覚えてないが、とてつもなく嫌な夢だったことは確かだ。そんな夢を見た原因は、カムに思い当たることと言えばセイのことだけだった。
 魔法を習っていたら『気』の方も中途半端になりそうだから、と言ったが、あれは嘘に違いない。両方ともきちんとやろうと思えばできることだろう。スウィートから言われたのか? 魔法なんかにかまっている時間はない、とでも?
「カム、何考えてる? それに何でそう何度も髪を掻き上げる?」
「ライトには関係ないことだ」
 髪を掻き上げるのは、思い通りに行かないときのカムの癖だ。また髪の方へ自然と行こうとした手を止めて、その手で頬杖をついた。
「……魔法の起源、知ってるか?」
 ライトが突然、関係のないことを言い始めた。
「昔語りで話されるような昔からあったんだろ? 知る訳ないじゃないか」
「そう思うだろ? 俺もそう思っていた。だがそうじゃない。確かに、魔法という言葉自体はそんな昔からあったらしい。しかし、魔法がちゃんと確立されてから、大体何年経ったと思う?」
 最盛期が千年前で、昔語りで話されるのは何万年も昔の話だ。……何の目安にもならないな。適当でいいか。
「二、三万年くらいじゃないか?」
「惜しい。四万年だ。魔法が確立されて、大体四万年経った。」
「四万年か。……それで?」
 カムにはライトが言わんとすることがどうしても掴めない。
「思い当たらないか? 約四万年前だ」
 カムに何も言う様子がないので、ライトは話し始めた。
「……お前の仲間のあの女、ユメルシェルとかいったな。あの女、生命の星の住人の子孫なんだろう?」
「何のことだ……? そうなのか? 知らなかったが……。ユメが生命の星の住人の子孫なら、セイもそうだろ?」
「何だ、お前知らなかったのか。セイはホイ家の養女だ」
 ライトが何の気無しに言った言葉が、カムの頭の中で響いた。同年のくせに、双子ではなさそうだ。姉妹にしても似ていない、とは思っていた。
 しかしそれではおかしくないか? 普通自分の子供が居るのに養女を貰うか……?
 その疑問にはライトが答えてくれた。
「勘違いするなよ。ユメルシェルも養女だ。だから今のあの二人の両親は、二人にとって実は赤の他人なんだ。……いいか、話を元に戻すぞ。魔法は、つまり生命の星から伝わったんだ」
「生命の星から? では、当時の俺たちの文明よりも遥かに劣った文明しか持たない奴らから教わったと言うのか?」
「そうなるな。しかし生命の星とここでは言語が全くと言っていいほど違うから、生命の星での魔法はこの星では使えない。逆に言えば、俺たちの魔法は生命の星の住民には効かないってことだ。俺はこれが伝説の力だと思っているが」
「伝説の? 何のことだ」
 ライトはそれには答えずに、一冊の本を取り出して来た。
「今日はもう終わりだ。この本を読んでおけ。明日も一冊持ってくるからな。今日の内にこれを読み切っておいた方がいいぞ」
 その本は呪文の意味が書かれてある、いわゆる辞書のような物だった。部屋に戻ってから、カムは一通り、本を読んでみた。
 別にこれといっておもしろいことは書かれていなかったが、中で最もおもしろかったのは『使えない魔法』の頁だった。実際には使えない、使った人のない魔法が連ねてある。人の姿を変えてしまう魔法や、架空の獣などの招換、瞬間移動などがそれだ。
 しかし待てよ。ライトは部屋の壷は瞬間移動させた物だと言っていなかったか。ということは、ここに書いてあるのは完全に無理という訳でもないらしい。
 カムは考えた。
 試してみるか……。
「ホポト」
 獣の召換呪文だ。突然カムの後ろにあった壷が二、三個倒れて転がった。カムがその音に振り返る。
 壷は中に何か居るらしくて、カタカタ揺れている。
「何だ、一体?」
カムが倒れた壷の方へ近寄ろうとすると、生き物が壷の中から飛び出して来た。そしてその生き物はカムには目もくれず、半開きになっていた扉から出て行った。

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