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最後の戦士達

 ユメは何も持たずに、ローリーに言われた場所に行った。どんなことをするのかも分からないのに、何を持って行くかなど分かる訳がないのだ。何も持っていない、というのは待っている時間を余計に暇な時間にした。
 かなり待って、やっとローリーが来るのが見えた。
「すみません。いつもならもっと早く来れるはずなんですが、今日はちょっとした騒ぎがあって」
「別に謝らなくてもいい。……騒ぎとは何だ? 俺たちは全然知らないぞ」
 今日も、昨日の夕食と同じように、食事は静かに行われた。シユラインも普通にしていた。
「本当に、つまらないことが元なんです。喧嘩[けんか]みたいなものでしたから」
 だからいちいちシュラインにも知らせなかったのだ、とユメは納得した。
 ローリーは持って来た作り物の剣をユメに渡した。流石[さすが]にまだ真剣は扱えないだろうからである。
 自分も、同じ作り物の剣を持つ。まずローリーはユメに、形、素振りを教えた。
 最初はそれも上手くできなかったユメだったが、昼を過ぎたころには良くなった。朝食が遅いので、昼食は取らない。だが日が高くなる頃に、少し休みを取った。その休みが終わるとまた稽古をする。
 そんな日が何日も繰り返された。

「ユメ、そろそろ実戦の練習も始めましょうか」
 ある日、ローリーが言った。
「まだ真剣は持たせられませんが、この剣でならできるでしょう」
 そう言って、腰に提げた作り物の剣を鞘から引き抜く。作り物とはいっても、かなり重くて丈夫だ。切れはしないが、これを使って人を殴れば大怪我になる。それぐらいの物だった。
 その日は天気も良く、二人はいつもの部屋ではなく、外で練習することにした。
 ユメが剣を構える。ローリーに、剣は両手で持つ方が良いと言われたから、そのようにした。ユメにとってはその剣の重さも、大した物ではなかった。片手でも十分持てるだろうが、何といっても、自分の何倍もの間剣を使ってきたローリーが言うのだ。従うべきだろう。
 ローリーも同じように構えた。同じように、というよりは、まるで鏡を見ているかのようだ。
 一対一で教えるのはいいことかもしれないが、教える身になれば辛い。特に、ユメの様に優秀だと、教えたことを丸々覚えてしまう。つまり、先生の技が優れていれば良いが、そうでなければ余計力を弱くさせることになる、という訳だ。
 そういうこともあって、ローリーにとって、ユメに剣を教えることはあまり嬉しいことではなかった。唯一の救いは、ユメが自分に心を開いてくれていることである。
 実際ユメはどんどん上達した。言ったことを覚えて、身に付けて。今、剣の相手をしても、最初と比べれば全然強くなっている。
 すぐにわたしには追いつくだろうが、果たして追い越せるのだろうか。
 ローリーはユメの相手をしながら考えた。ユメがローリーに追いつくのは時間の問題だった。ユメがローリーに追いついたとき、それからは何を教えればいいのか、ローリーには分からなかった。
 ローリーは考えるのを止めた。あまり手を抜いていると、ユメにそれが分かってしまう。それに手抜きで相手されたのでユメも嫌だろうと思ったからだ。
 ローリーの持った剣の切っ先が、ユメの胸の前で止まる。いくら作り物でも、本当に突くと怪我をする。だからローリーは剣を、ユメに触れる寸前に止めた。
 そして剣を鞘に戻す。
 ユメの息が上がっている。
「いいでしょう。あなたがわたしに追いつくのも時間の問題ですね。……少し休みを取りましょうか」
 ユメは頷くと、近くにある椅子に座った。ローリーもその隣に座る。
 ローリーは、追いつくのは時間の問題だと言ったが、追いつけるのだろうか。
 ユメにはそんな不安があった。
「……ナティ……」
 ローリーが突然呟く。一つの庭園を挟んだ向こう側の道をナティが行くのが見えたからだ。
 ユメがローリーの顔を見る。ユメはナティを見なかった。だから、なぜローリーがナティの名を口にしたのか、不思議だったのだ。
「気のせい、か……?」
 ユメがあまり不思議そうに自分を見るので、ローリーはそう呟いてみた。
 ナティがさっき居た道は、普段自分たちが稽古をしている部屋からも見える。ナティは最近、本当はもっと前から、毎日あの道から見ているのかもしれない。
 ローリーが、なぜ最近、ナティが来ることに気づいたのかといえば、それはユメがナティの話を最近、したからである。最初からナティのことが話題だった訳ではなく、自然と話題がナティの方へ向いたのだ。
『ナティが朝食にも夕食にも来ない。他のみんなには毎日会っているが、ナティだけはもうずっと会ってないんだ』
 ユメはそう言った。
 それからである。ローリーがナティが来るのに気づいたのは。
 前にも一度、今日のように外で稽古した日があった。その日もナティは来ていて、部屋に誰も居ないことを知ってがっかりした様子だったが、こちらに居ることが分かると、突然笑顔になった。
 ナティはローリーが見ていたことを知らないだろう。つまり、ナティの目当てはユメなのだ。ナティはずっとユメばかりを見ていて、ローリーと目が合うなどということは絶対になかった。当のユメはナティに気づかない。それだけ稽古に集中しているのだから、いいことではある。が、あまりにも気づかないので、稽古を中断して教えようかと思ったほどだった。

 数日経った。ユメは、もう実戦形式の稽古に慣れたのか、ローリーが本気で相手をしても、疲れた様子を見せなくなった。
 これは、ユメがローリーに追いついたということだろう。今の所、これではローリーの模写に過ぎない。これから先、ユメが強くなれるかどうかは、ユメ次第だった。
 ローリーはユメに真剣を渡した。作り物の剣と、大きさも重さも、そんなに変わらない。違うのは、これを使って物が切れるか、切れないか、というだけだ。
 ユメはそれを持って、前と同じように素振りをした。その間にローリーは革の鎧を持って来た。
 二人は鎧を身につけて、実戦形式の練習を始めた。真剣だから、少し掠[かす]っても傷になる。鞘から剣を抜くときも気を付けないと、手のひらを切ることもあるらしかった。
 ユメは剣を前のように上手く扱えなかった。剣が相手に触れるのを恐れたからだ。ローリーの方は慣れた物である。ユメに当たらないような攻撃をどんどんしてきた。
 ユメは防御するばかりだ。
 ローリーは攻撃を止めた。
「反撃しなさい、ユメ」
 ローリーは剣を降ろして言った。
「だが……」
 作り物の剣で稽古をしていた時も、ユメは何度かローリーに剣の先を当てた事があった。今度はただ当たるだけでは済まない。
「仕方ありませんね。わたしが本気でしないから、あなたもできないのでしょう。今からわたしも本気を出します。ユメも攻撃して下さい」
 二人はもう一度、向かい合って剣を構えた。
 直ぐにローリーが攻撃する。本気を出すと口では言っても、本当なのかどうか、ユメには分からない。だからユメは今一攻撃できずにいた。
 恐る恐る攻撃しようと出した剣が、ローリーによって跳ね飛ばされた。そしてローリーはそのまま剣をユメに向かって刺した。といっても、ユメはそれに気づいて避けたので、左腕を少し掠ったぐらいで済んだ。
「剣を拾いなさい。続けます」
 そんなにひどい傷ではなかった。だが今まで一度も、ローリーはユメを傷つけたことがないのだ。練習で本当に傷を負わせられるとは、ユメは思っていなかった。
 昔、家で訓練していたころは、ユメが相手を傷つけることはあっても、相手にユメが傷つけられる事はなかった。
 ユメが剣を拾う。
 二人は練習を再開した。ユメも攻撃する。
 二人の力は互角だといって間違いないだろう。いや、技が互角なのだ。力は、ユメの方が上だった。
 長く続けていると疲れて、体力がなくなる。だがユメには鍛えてきた体があった。次第に、ユメが優勢になっていくのが分かった。
 ユメの剣が、ローリーの首の前で止まる。ユメは口を開いた。
「俺の、勝ちだ」
 ユメは剣を鞘に戻した。左腕から流れる血が、指先まで伝わって、地面に落ちる。
「手当をしましょう。来て下さい」
 ローリーはそう言うと、自分も剣を鞘に収めて歩き始めた。
 一度宮に入る。そして宮に来た時に集まった広間を通って、さらに奥の部屋に入った。
 部屋では一人の女が……ベナフィトだ。何か書いている。二人が入って来たのに気づいたのか、頭を上げた。
「ローリー、どうしたのですか。今は稽古中ではないのですか?」
 ベナフィトは、ユメの方を見ようともしなかった。ユメの存在を無視しているようである。ベナフィトとユメは、あの船の中で話して以来、滅多に会わなかったのだから、仕方ないのかもしれない。
「稽古中、ユメが怪我をしたのです。手当をしてあげて下さい」
 言われて、ベナフィトはやっとユメの方を見た。指先から床へと落ちる血を見て、急いで包帯やら消毒液やらを持って来た。
 そこに丁度、ナティが入って来た。
「ベナフィト、ウィケッドの資料はこれだけです」
 そう言いながら扉を開けたナティは、そこにユメとローリーが居ることに驚いたようだった。
「良いところに来ました。ナティセル、床に付いた血を掃除して下さい」
 ベナフィトはそう言って床を指さした。その先には一、二滴、血が落ちている。
 ナティは水を持って来て、それを拭き取った。その間に、ベナフィトはユメの傷の手当をする。二つの作業は同時に、短時間の内に終わった。
 そして、ユメとローリーは、また稽古に戻った。

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