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最後の戦士達

 ナティはとても忙しかった。ベナフィトが計画していた勉強は時間通りに行われ、別の時間に、蜘蛛の残した砂を調べる。そしてその時間も、ナティにとって自由な時間ではなかった。
 ベナフィトはその時間も、ナティと一緒に居た。砂はベナフィトにとっても興味深い物だったのだ。
 その時間は、教える者と教えられる者の関係ではなく研究仲間といえるのだが、ベナフィトはよくナティのすることに口を出した。自分の考えているやり方と違う方法をナティが使おうとすると、つい、注意してしまうのだ。決して、ナティが間違っている訳ではなくてもだ。
 これはベナフィトが今まで、長い間教える立場に居たせいだろう。それは分かっていても、やはり、ずっと教えられなければならないのがナティは嫌だった。
 しかしナティもナティで、調べていると途中で切り上げるのがもったいなくなるのだ。だから、シュラインに言われた、食事は皆で一緒に、というのもできなかった。
 そうしている間中、ベナフィトはナティと一緒に居るのだ。ベナフィトからすれば、ナティ一人には任せられない、といった所なのだろう。詰まるところ、ナティの自由な時間といえば、部屋から宮までの往復の時間だけだった。
「ナティセル、今日は遅かったですね」
 朝、宮の一室に行ったナティは、ベナフィトにそう言われた。予定されていた時刻に少し遅れたのだ。
 理由は、ナティがここに来る途中に皆の練習風景を見て来たからだった。
 ナティの部屋は宮の北側にある。わざと遠回りして、宮の裏側を通って来たのだ。それをするのに、どれくらいの時間が必要なのか分からなかった。だから大体の目安を付けて、早めに部屋を出たのだが、それでは遅すぎたようである。
「すいません」
 ナティは謝った。
 ナティがベナフィトから教わることは、この星の歴史や地理、それに物理学が主だ。宮の壁画のことや、宗教に付いても教わった。

 この惑星の周りを回る二つの月の名は、ずっと昔から付いていた。コヒ、キフリという神が登場する神話や宗教はこの月から名付けたのか、それとも月の方が神の名から付けられたのか、それは分からない。
 宗教は今でも人々の間に残っている。神話と共に語られるのだ。沢山の宗教があったが、その中でもこれは一番歴史が古く、尚且つ、今も人々の心に最も残っているものだろう。
 太古の昔、人々はなぜ太陽よりも月を崇めたのだろうか。月の重要性をそんな昔から知っていたというのか。
 とにかく、もう誰も覚えていない過去のことなど分からない。コヒ、キフリの名が世界にもう一度広まったのは、エクシビシュンが二つの宮を海から引き上げてからである。その宮が引き上げられた日に生まれた子供が、神子として宮の管理をすることになった。何人もの中から、身寄りのない者が神子に選ばれた。宮を孤児院にでもするつもりだったのかもしれない。
 シュラインとナティは五千六百三十八年後のその日、生まれたのだ。コヒの宮とキフリの宮は一日違いで引き上げられたので、神子になるのはどちらか一方で良かった。なぜ後で生まれたシュラインが選ばれたのかか、理由はシュライン本人も知らないだろう。

 砂については、調べて分かったことは全て、ベナフィトがシュラインに知らせているらしかった。
 この部屋が、宮の広間からそのまま来られるせいか、シュラインは時々、研究の様子を見に来た。たとえ勉強中だったとしても、シュラインが来たらすぐに中断される。他の人ならベナフィトが追い返してしまうだろうに、流石にシュラインの時はそうはいかない。
「ナティ、あなたが朝食にも夕食にも来ないので、みんな心配していますよ」
 久しぶりに来たシュラインはそう言った。
「心配? どんな心配だ」
 ナティが尋ねる。自分が研究に没頭しているせいで食事を一緒にできない、というのは皆知っているはずだ。
「そうね、例えば、食事をしてないんじゃないかとか、三日前の晩は、ほら、とても寒かったでしょう。風邪をひいて寝込んでいるんじゃないかとか。あの人たちだけで言っている内はまだいいけれど、ローリーやライトまで言い出して、最近ではかなり有名になっています」
「そうか。シュラインから本当のことを皆に伝えておいてくれ」
 心配してくれるのはいいが、半分おもしろがられているような気がした。
「今日、ローリーがユメに真剣を持たせました。午後辺り、どちらかがここに傷の手当をしに来るかもしれません」
 シュラインが言う。
 その通り、その日の午後になって、ユメが傷の手当をしに来ていた。ナティは傷を受けるのはローリーの方だろうと思っていたので、ユメであったことに驚いたのだった。自分はベナフィトに、床の血を掃除するように言われた。
 カムにやられた傷はもう治ったのだろうか。
 腕に薬を塗るユメを見て、ナティは思った。かなりひどい傷だったので、跡が残っているかもしれない。
 あのときユメは、俺のことも信用している訳じゃないと言った。どんなことをすれば信用されるようになるんだ? ユメはどんな人なら信用できるのだろう。ユメにはセイやトライという友人が居る。けれどあの二人のことをユメは信用しているのか? 自分以外に信用できる人なんて、居ないんじゃないのか?
 次から次へと疑問が涌いてくる。分からないことだらけだ。始めは恐ろしい女だと思っていた。殺すことを楽しむような、そんな人間だと。けれどそうじゃない。そんな人間でないことは確かだ。
 ユメの瞳は明るい、けれど深い緑色をしている。森の木々の持つ葉の色だ。ユメ本人も、森のような感じを持っている。ユメの方から求めている訳ではないのに、自然と人が集まるのだ。
 森には沢山の生き物が集まる。居心地がいいからだ。森はどんな者も拒まない。人間が手に斧を持って入って来ても、火を使っても拒まなかった。ユメもそうだ。誰が来ようとも拒まない。気にしていないだけとも取れるが。
 やがてユメはローリーと部屋を出て行った。
「ナティセル、ウィケッドの資料はどこに置いたのですか?」
 沢山の資料が置かれた机を指さしてベナフィトが聞く。
 ナティは机の上から、何冊かの本を取って椅子に置いた。
「これだけです。他の国の資料より、随分少なかった」
「そうですね。ずっと他国との交流をしていなかったのですから。たとえここがどの国にも属さない宮でも、結局こういう物はエクシビシュンから買ってくるしかないのです」
 確かに、ベナフィトの言う通りだ。ここは静かで穏やかだが、静かすぎる。何も起こらないから日が経つのが分からない。そんな所だった。
 エクシビシュンへ行くのは買い物のためだけではない。情報を手に入れる為でもあるのだ。
 ナティも、エクシビシュンへベナフィトに付いて行ったことがある。丁度、エクシビシュンの次の王に誰がなるのか、もめている頃だった。
 王には子がない。兄弟もない。そこで今のところは、王の側近であったワイズが王の代わりを務めている。次の王が決まるまでの間だと言うが、それは数年後のことになるだろうということだった。

 砂について調べることは、もう少なくなっていた。ナティは時間に余裕ができるようになった。
 勉強は大切だ。しかし、ユメたちと一緒に行くなら、それだけでは邪魔になるのではないか……。
 ナティはそんなことを考えるようになった。
 久しぶりに皆と朝食を共にした日、ナティはユメに尋ねてみた。
「俺も剣をやりたいんだが、ユメからローリーに頼んではくれないか」
「いいんじゃない? 勉強ばっかじゃ嫌になるでしょ。ユメ、頼んでみなさいよ」
 セイが直ぐに賛成してくれた。
 ユメも別に断る理由がないので頷いた。
 その日の夕食の時に、ユメがナティに言った。
「明日から来いと言っていたぞ。ベナフィトと相談して時間帯をずらして貰うから、何も用意しなくていいから、ナティのやるべき事が終わったら来い、と」

 ナティは次の日から、ユメと一緒に剣を習うようになった。
 既にユメはローリーと同じぐらい剣が使えたので、ナティは自分の下手さを実感した。
 ある日、練習が終わって部屋に帰ろうとすると、ローリーに呼び止められた。
「どうしたのですか?」
 ナティが聞く。
「わたしはずっと前から思っていたのです。ナティはユメたちと一緒に行かない方が良いのではないでしょうか」
 言って、ローリーは少し間を置いた。ナティの反応を窺っているようだ。
「ナティが居ても、あまり、……こんなことを言うのは失礼ですが、役に立たないでしょう。それならむしろ、あなたはここに残って神子と――」
「そんなこと、あなたに言われなくても分かっています!」
 ローリーの言葉を遮って、ナティが言った。
「だから、こうやって、俺も剣を習いに来たのです。ユメの足手まといになりたくないから。……ユメと一緒に行きたいんだ……」
 最後の方は小さな声になって、ローリーには聞こえなかった。
 ナティ自身、ローリーの言う通りかもしれない、と思ったからだった。それでも、ユメたちと行きたいという思いが、まだ強かった。

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